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第69話 大切な居場所⑧

俺は男に話しかけた。


「殺しはしない。だが、簡単には許さないぞ。お前は悪質な営業をした上に、ギルドと俺の名誉を著しく傷つけようとした。死ぬよりも辛い目に合わせてやらないとな。」


「・・・・・・・・・。」


震えて涙目になる男。


そんな顔をしてもかわいくはないぞ。むしろ、そんなに怯えるなら最初から人の名前を使うなよな。




男は地売屋の経営者だった。


とりあえず、漏らすものを漏らしたので臭いし汚い。


俺は決裁権を含む全ての権利に関する譲渡書と、ギルドと俺の名前を騙った詐欺行為についての告白文を男に書かせた。


次いで、女性店員4名を呼び、譲受人欄に署名と拇印を押してもらう。これでここにいる全員が証人及び直接的な関与人となるから、後で文句は言えないだろう。


こちらの世界でも司法裁判は存在する。


多少脅しを入れた感はあるが、告白文が直筆で自署のサインもあるので証拠的効力は大きい・・・と、図書館の本にも書いてあった。


科学的な捜査がない分、旧態依然とした証拠が有効なのだろう。


あとはこの地売屋が所有する全不動産の取得経緯及び取得額をリスト化させた。もともとの帳簿があったので、時間はそれほどかからずに完成する。


こういった手法はエージェントとして粛清対象の企業を乗っ取ったり、個人を社会的に破滅させる時によく使った。こちらの法については元の世界と似通ったものが多いが、書類関連が簡素なのでそれほどの労力はかからない。


図書館の本にある知識は本当に素晴らしい。


経営者の男は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていたが、完全に諦めたようで躊躇いもせずに書類を作成していった。


完成したリストを見ると、不正ともいえる悪質な手段で手に入れたものが5件もあった。


中には今月中の立ち退きを強要している孤児院まである始末だ。


俺は軽蔑の眼差しで男を眺めながら確認した。


「他にも同じような物件を隠していないよな?もしあるのがバレたら、その時点で即人生が終わると思えよ。」


「あ、ありません!死にたくはないです!!嘘なんか言いませんっ!!!」


とりあえず信じることにした。


過去に遡って同様のケースをリカバーするのはさすがに厳しかった。


せめて、間に合うものだけでも救済しておこう。


「購入した価格に3割を上乗せした金額で、俺がすべての物件を買う。出た利益はそこの女性たちを含めた5人で均等に分配しろ。」


「そんな、均等だなんて・・・」


「退職金と迷惑料を支払うと思え。俺が購入した不正入手物件はすべてを元の持ち主に返す。訴えたかったら好きにしていいぞ。」


訴えられるはずがなかった。


地上げ行為は、慣習として罪には問われないのかも知れない。だが、ギルドやその要職の名を無断使用して行った商売については、完全な違法行為だ。


俺は金銭と権利書を引き換えに売買契約を交わし、今後もこの街で商売を続けるつもりなら、まともな商行為を行うように誓約書を書かせた。


地売屋でのやり取りがすべて終わると、俺は土地を買い叩かれ奪われた人たちを周り、権利書を返して行くことにした。


予想外だったのは、ほとんどの人たちが売却した金額を手元に残しており、権利書を持って行くと涙を流しながら俺が支払った3割増しの代金と同額を用意してくれたことだ。


事情を聞くと、弱味を握られて脅迫されたり、嫌がらせに耐えられなくなって泣く泣く売ることになったという人たちばかりだった。


もっときついお仕置きをした方が良かったのかもしれないなと思いながらも、不動産を取り戻したことで感謝の言葉をかけられる度に俺の心は癒された。


「ギルマス補佐様は神様のような人だ。この世もまだ捨てたものじゃない。」


そうつぶやく老人の言葉を聞いた時には、自分の存在意義が高まった気がした。


なにせ、化物扱いをする奴も多いことだし・・・




最後に、立ち退きを強要されている孤児院に行った。


「本当に、本当にここにいて良いの?」


孤児院を運営している人に事情を話して無償で権利書を渡そうとしていると、孤児の何人かが近くに来てそう言った。


目に涙を浮かべながらそんなことを言う子供たちの頭を撫で、「大丈夫だ。何かあったら俺が守ってやる。だから強くなれ。みんなを守れるくらいにな。」と、自然と口にしていた。




「本当にありがとうございます。ギルマス補佐様のご厚意は、一生忘れません。」


泣き崩れる人たちの中にいるのは苦手だった。感謝の言葉を繰り返されるが、湿っぽいのは遠慮したい。


俺は子供たちに手を振って、その場を後にした。


孤児院には亡くなったスレイヤーの子供たちもいるという。


公的な補助金だけで運営しており、経済的にはかなり厳しい状態といえた。地主の好意で無償で土地を提供されていたが、その地主が老衰で亡くなり、相続人が孤児院の立ち退きの手間も含めて安く売却したらしい。


孤児院の運営者は権利書を受け取らなかった。


「これはあなたに所有しておいて欲しい。」


と言って、礼だけを述べてきたのだ。


孤児院は広い土地だ。


今後も利権のために狙う奴が出てくるかもしれない。そう考えると、渡さない方が良いとも思えた。


日はすでに暮れかかっていたが、俺はギルドに戻ることにした。





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