ギルドの前には格式の高い馬車が駐まっていた。
見覚えのある紋章だったので、持ち主はすぐにわかった。
チェンバレン大公だ。
ギルドホールに行くと、リルが俺に気づいてやってくる。
「タイガ、遅かったのね。チェンバレン大公が執務室でお待ちよ。」
「わかった。ありがとう。」
特に約束をした覚えはないが・・・この時間まで、わざわざ待っていてくれたのだろうか?
何の用だろうかと思いながら、執務室に向かう。
扉をノックするとアッシュが開けてくれた。
「タイガ、待っていたぞ。」
室内に入ると、ソファにはチェンバレン大公とテレジアが座っていた。
「大公閣下、テレジア様、お待たせして申し訳ございません。」
「いや、急に来たのだ。忙しくしているところをこちらこそすまない。」
国のナンバー2にそんな風に言われると、逆に落ち着かない。
「何か急用でしょうか?」
「いいや。私は明朝に王都に向けて出立するのでな。挨拶がてらに寄ったのだ。」
ターナー卿は早々に王都に戻っていた。むしろ、大公がまだこの街にいることを忘れていたくらいだ。
「タイガ様、パーティーに参加させていただけると聞いております。ふつつかものですが、よろしくお願い致します。」
大公の隣に座っていたテレジアが立ち上がり、頭を下げてきた。
「テレジア様の実力はリルからも聞いております。こちらこそ、お力添えいただけて助かります。」
社交辞令って大切。
「その件だが、テレジアのことを頼んだぞ。いろいろな意味を含めてな。」
いろいろな意味って何だよ、大公閣下様。
どうも、この親子は俺にとって危険な気がする。貞操とか、人生とか・・・俺は長い物には巻かれないぞ。
「はい。
遠回しに拒否っておいたが、親子はニコニコしたままだ。鈍感か、おい。
「ところで、魔族三体と戦って負傷したそうだが、もう体は良いのか?」
「ご心配をおかけしました。すでに傷は塞っています。無理をしなければ、数日中にはスレイヤーとして現場復帰しても問題はないかと思います。」
「ふむ。流石だな。」
大公が俺の体に遠慮のない視線を投げてきた。
やめて。
種馬を選別するような目で見るんじゃない。
「本当に流石ですわ。魔族一体でも相当な脅威なのに、三体もひとりで倒されたなんて。タイガ様、体が痛むようならいつでもおっしゃって下さいね。私が介抱させていただきますわ。」
「ありがとう。大丈夫ですよ。」
介抱はされてみたい気がするが、そのまま伴侶にされそうで怖いんだよ。
ちょうど良い機会だと感じた。
今日を逃せば、大公に市井の状況と課題を進言するタイミングを逃すだろう。
「大公閣下。少し聞いていただきたい事がございます。」
「ん、何かな?」
俺は今日の出来事を話し、地上げによる被害や、地売屋の悪質な商売の実態を大公に伝えた。
「なるほどな。孤児院までそんなことに巻き込まれていたとはな・・・」
「孤児院に関しましては、殉職したスレイヤーの子供もおります。今後の運営のために、スレイヤーギルドとしても何か経済的な支援ができないかを、アッシュに相談するつもりでした。しかし、不動産に関する問題は私どもで何かを是正することはできません。これ以上被害に苛まれる者たちが増えつづけないように、何か方法はないものでしょうか?」
真剣な表情で話を聞いていた大公は、しばらくしてこう答えた。
「確かに、今の法は古いものだ。現代の社会に見合ったものに変えていく必要があるかもしれんな。王都に戻ってから検討しよう。」
「ありがとうございます。」
大公は本当に柔軟な考えをしていて助かる。アッシュやテレジアも、このやり取りを見ていて暖かい視線を送ってきていた。
「ところで、君はどうして、そこまで他人に対して優しくあろうとするのだ?」
「おかしいでしょうか?」
「いや、素晴らしいことだと思う。私は知りたいのだ。絶対的な強さと見識を持つ君が、そこまで誠実なままでいられるのが、なぜなのかをね。」
元の世界では、ここまで他人のことを考える視野は持ち合わせていなかった。そんな風に変わったのは、単純なことなのだろうと思う。
「私はこの国に・・・この街に来て、多くの人の優しさに助けられました。単純にここが、自分にとって大切な居場所だと思っているからです。」
大公も、アッシュやテレジアも、俺の答えを聞いて満面の笑みを浮かべていた。