早朝。
寝ていた俺は、人の気配を感じて目を覚ました。殺気や邪気ではない。近くで人の寝息と、甘い香りがしたのだ。
横に温もりを感じてそちらに視線を移すと、誰かが寄り添って寝ていた。
「・・・うそぉ。」
あわてて昨夜の記憶を探るが、間違いなくひとりで就寝したはずた。
薄暗い中でじっと目を凝らすと、それが誰なのかに気がついた。
顔は見えないが、寝ていてもボリュームのある胸、女豹のようにしなやかな手足に見覚えがある。
「ニーナか?」
「う・・・ん~。」
名前を呼んで反応したが、そのまま俺の腕を抱き込んで再び寝息を立てた。
柔らかい・・・おぉ・・・この感触は・・・はっ!?
トリップしそうになった意識を無理やり引き戻して、ニーナを起こすことにした。
残念だが・・・本当に・・・残念だが・・・
「ニーナ、起きて。」
肩を揺らすと眠そうな目を擦りながら、何とか起きてくれた。
「ん、タイガ・・・おはよう。」
「おはよう。何でここにいるんだ?」
「朝方に蒼龍とバスタードソードの調整が終わったから持ってきたのよ。」
「もしかして徹夜?」
「それに近いかな。早くタイガに渡してあげたくて・・・ふぁぁ・・・」
口許を押さえてアクビをするニーナは、いつものクールな感じとは真逆で新鮮だ。刀の話をする時のギャップも激しいが。
「どうやって入ったの?」
「玄関から~。」
いや、それはわかっている。
「鍵は?」
「私は鍛治士よ。」
それも知っている・・・
「解錠くらいすぐにできる。」
いや、あのね・・・
「ついでに合鍵もつくっちゃったぁ~。」
クスクス笑いながら話すニーナ。
「それは・・・ダメだよな・・・」
「えぇ~、ダメなの?」
逆に何で良いんだ?
「私とタイガの仲だし、良いでしょ。」
「俺にもプライベートというものがあるぞ。」
「彼女いてるの?」
「いや、いない。」
「じゃあ、大丈夫よ。」
どういう理屈だろうか。
「・・・一緒のベッドに何で寝てたの?」
「寝不足だから仕方ないよね。」
「襲われたらどうするんだ?」
「タイガに?大丈夫よ。信用してるから・・・あ、でもタイガなら良いよ。」
いたずらっ子のように笑うニーナ。たぶん、からかっているんだろう。
真面目に相手しても仕方がないので、起き上がってバスタードソードを手にした。
「柄の部分の調整は完璧だな。鍔のバランスも良い感じだ。さすが。」
注文通りに柄は俺の手に馴染むように調整されていた。革が巻いてあるのでしっくりと掌に馴染む。鍔は小さくまとめられており、重量バランスも安定していた。
「結構がんばったんだから。それより、タイガって着痩せするのね。すごい体。」
俺は上半身に何も着ていなかった。寝るときはシーツの感触を楽しみたい派なのだ。
「ああ、ごめん。すぐに何か着るよ。」
俺はあわててシャツを羽織った。
「そのままでも良いのに。目の保養になるし。」
ニーナは楽しそうに笑っていた。
社交辞令はいいって。
ニーナと一緒に朝食を取った後にギルドに向かった。
「これ、プレゼント。」
別れ際にそう言ってニーナがくれたのは、帯剣ベルトだった。
「蒼龍とバスタードソードを同時に装備するのにはいろんな方法があると思うけど、その帯剣ベルトなら馬に乗る時でも問題はないはずよ。」
たすき掛けにして、背中に剣を装着するのは持っているものと同じだ。違いは両剣が平行に同じ向きに吊るすようになっていること。2本とも右肩の方に柄があり、左の腰の方に剣先が伸びている。このタイプなら乗馬時に邪魔にはならないし、それぞれを左右のどちらの手でも抜くことが可能だ。防具屋にはなかったので、ニーナの心遣いがありがたかった。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ。」
「うん。そのかわり、どんなに強い敵が相手でも必ず倒してね。」
その言葉でフラグが立ったかのように、この後に激しい戦いが巻き起こるとは、知るよしもなかった。
「タイガ!大変だよ!!」
ギルドに到着するなり、パティから緊張を帯びた声がかけられた。
「どうした?」
「前に巡回に行った付近に、大量の魔物が発生したみたい!」
先日の魔族とオークが出没した地域だ。
「被害は?」
「今はまだ大丈夫みたい。でも近くの村に住む猟師が、100体近くのオークが山間部を歩いているのを見たって。」
すぐにギルドホールに向かうと、職員に声をかけられた。
「ギルマス補佐!すぐに出発は可能ですか?」
「ああ。オークが大量発生したって?」
「はい。たった今、巡回に出ていたパーティーからも連絡がありました。オークの出没地点に近づくと、報告以上の数を確認したと。」
「何体くらいだ?」
「300体以上はいると···。」
「わかった。俺達はすぐに出発する。現場にいるパーティーには、交戦はせずに監視役を2名残して近くの村で待機。魔物が村に近づくようなら、住人の避難を優先するように伝えてくれ。」
「わかりました。数が数ですので、レイドを発令します。増援可能なパーティーに参加を募り、順次現地に向かってもらいます。」
レイドとは強力な魔族、魔物と対峙する時に発令される全体への召集任務だ。
「頼む。何かの陽動の可能性もある。アッシュに相談して、戦力を割きすぎないようにな。」
俺はパティ、バーネット、シス、テスの4人と、馬を借りてすぐに出発した。
「オーク300体なんて、ありえるのか?」
「普通なら考えられないよ!出ても十数体がいいとこなのに。」
バーネットの質問に、パティが答える。
先日討伐した魔族たちに関連している可能性があった。何らかの罠かも知れない。
「オーク300体···対応できるかな?」
シスが不安そうに聞いてきた。
「大丈夫よシス。修練でやった連携どおりにやれば、あとはタイガさんが壊滅してくれるわ。」
「はは。その通りだね。」
「やっぱり、タイガはめちゃくちゃ強いんだな。戦いっぷりを直に見れるのが楽しみだぜ。」
シス以外の3人よ。
俺はまだケガが完治していないぞ。
忘れていないか?
「そ···そうですよね。タイガさんなら、オークの1000や2000くらい。」
いや、シスよ。
そんな数はさすがに相手したくないぞ。
街を離れ、俺たちはそんなことを馬上で話す余裕もなくなり、全速力で目的地に向かった。