キィーン!
先頭にいたスレイヤーの首を刈り取ろうとしていた斬撃は、ぎりぎりのところでアッシュの剣で弾じかれた。
ほんの一瞬でも遅れていれば、仲間の命は消えていただろう。
鋭く重たい剣撃であっても、スピードが速ければ速いほど、ピンポイントへの衝撃で軌道はそれやすい。
もちろん、剣筋を見極められる動体視力と反射神経があるアッシュでなければ防ぐことはできなかったのだが、その本人にしても全力の応戦でなんとか間に合ったことに全身から汗が吹き出るのを感じていた。
「ほう。今のを弾けるのか。」
これまでにない存在感をそいつは放っていた。
魔族であることは間違いない。
しかし、静かに押し込めたような重圧と、密度の濃い邪気を孕んでいる。
こいつはヤバい奴だ・・・
直感として感じる。
普通の魔族ではない。
鋭利な剃刀のような、触れただけでも切れるような危険な存在だ。
「こいつは俺が相手をする。みんなはそのまま走れ。」
他のスレイヤーに指示を出す。
目線は逸らさない・・・いや、逸らせないと言った方が正しいのかもしれない。
「行けっ!」
目の前の魔族からの重圧で動けなくなった仲間たちを、奮い立たせるかのようにもう一度指示を出す。
その強い口調に我を取り戻したスレイヤーたちは、躊躇いながらもその場を離れだした。
これで良い。
後ろの50体のオーガよりも、こいつの方が100倍ヤバい。
アッシュは精神干渉を受けないように体の周囲に障壁を張り巡らし、同時に身体能力強化の魔法をかけた。
「貴様だけだな。」
魔族が抑揚のない声でつぶやく。
「何がだ?」
「我とほんの少しの間だけでもやりあえるのは、貴様だけだと言っている。」
その言葉には、背筋が凍るような冷たさが含まれていた。
やりあえても自分には勝てないと最初から決めつけ、見下した態度でいるのは他の魔族と変わらない。
しかし、隙がまったくなかった。格下の相手に対して油断など微塵も感じられない。
こいつは・・・本物の強者だ。
アッシュは命を賭して戦う決意をした。
「一つ聞いておこう。我の同朋たちを葬ったのは貴様か?」
この一週間で、連続して五体の魔族が倒された。
やはり、魔族が敵が何者かを探るための手段として、多数のオークやオーガを投入してきたということか。そして、普通の魔族よりも格段に強いコイツが出張ってきたのだろう。
「ずいぶんと焦ってるんだな。仲間が何人も討伐されて恐怖を感じたか?」
「質問の答えにはなっていないな。もう一度聞く。同朋たちを葬ったのは貴様か?」
「残念ながら違う。そいつなら、他のところでお前の仲間を新たに四体討伐したばかりだ。」
「ほう、ならばこちらは空振りか。」
すぐ後ろにオーガたちが迫っていた。このままコイツと話し込んでいても囲まれる。
さて、どうしたものかと考えていると、
「ならば、貴様の相手はオーガたちに任せよう。」
と、急に体を浮かせて、そのまま上空に飛び上がった。
「高みの見物かよ。」
はるか上空で静止した魔族は、こちらを伺うような視線を投じている。
俺が大した相手ではないと認識したということか。
アッシュは自分がなめられたと考えた。
だが、冷静さを失うことはない。今は先にオーガたちを殲滅することが優先だ。その上で奴を引きずり出してやる。
少し先でこちらをうかがっている仲間たちを確認し、アッシュはオーガたちとの戦闘に集中することにした。あの魔族が途中で割り込んでくるとは思えない。敵ではあるが、妙な気高さを感じる。卑怯な手段に出ることはないだろう。
アッシュが剣を構えると、避難していたスレイヤーたちも、すぐ近くまで来て同じように戦闘に備える。先程はアッシュの指示と、状況を判断して一度下がった。自分たちでは戦闘の邪魔にしかならない相手だったからだ。だが、オーガは違う。自分たちの持てる力で排除すべき敵だった。