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番外編・少年達の約束 1

 これは、イオルクがユニス達と出会う前の見習いの頃の話。

 まだ疑うことを知らず、目指すべき騎士は清廉なものであると夢見ていた、純粋過ぎた頃の話である。



 送られた最前線の戦場は敵で溢れ返り、見習いの騎士達は何処から攻撃をしていいかも分からなかった。一面に広がるドラゴンレッグの騎士達は鉄の鎧を装備し、自分達の装備している皮の鎧と違い、生半可な武器など通しはしない。

 戦略も授からず、経験もない。このまま見習い達は死を待つ他なかった。

 そんな中、二人の少年が先陣を切って抜け出した。未発達の大人になりきれていない体。持っている武器も配給された武器の中では一番、二番に最低な錆びついた短剣だった。

 まず二人の少年が最初にすることは敵から武器を奪い、戦える武器を手に入れることだった。

 居並ぶドラゴンレッグの騎士が作る壁に一人の少年が、いきなり武器を投げつける。錆びた短剣は鉄の鎧など、絶対に貫けない……はずだった。

 しかし、いくらボロボロでも刃物は刃物。鉄の鎧を貫けなくても、同じ人間の皮膚は貫ける。錆びた短剣は的確に相手の喉元に突き刺さり、その倒れた相手の持っていた剣を少年の一人が手に入れた。

 もう一人の少年は見習いの装備する皮の鎧の唯一の長所である軽さを活かし、敵騎士の通常よりも長い槍の一振りを華麗に避けて後ろに回り込む。そして、関節を持つ人間が鎧で覆うことのできない右膝の関節の裏側に錆びた短剣を力任せに突き立てた。

 ドラゴンレッグの騎士が呻き声をあげて膝をつき、その隙に少年は通常よりも長い槍を握る相手の右手の肘を逆に反らせる。

 そして、転がった槍を素早く拾うと、先ほど剣を奪った少年に背中を預ける。

「イオルク! まず囲まれない状況を作るぞ!」

「分かった! 戦場を割る!」

 剣を持つ黒髪黒目の背の高い少年、イオルクが前に出る。

 少年でありながら熟練した騎士のように剣を巧みに操り、基本通りの絶対のタイミングで敵騎士を斬り捨てる。日々の鍛錬が見て取れる動きは正確無比だった。鎧に当てないように振り下ろし、横薙ぎし、斬り上げ、居並ぶドラゴンレッグの騎士の壁に穴が空いていく。

 一方の通常よりも長い槍を使う茶色の髪に茶色の目を持つ一般的な身長の少年は、不釣合いの大きな槍を体全体で旋回させる。腕の振りだけで足りないものは足から腰に力を伝えることで補っていた。

 その動作は、一見、大き過ぎる動きに見えたが、少年が通常よりも長い槍を使うための最適な動きだった。槍に遠心力が加わり、槍自身の優秀な切れ味を利用し、辺りの敵騎士が薙ぎ払われる。

 しかし、少年達の周りに余裕を持って武器を振れる空間はできたが、通常よりも長い槍は最後の敵騎士を両断できず、鎧に喰い込んで止まってしまった。

「クロトル! 強引過ぎだ!」

「問題ない! このまま武器を換える!」

 クロトルと呼ばれた少年は槍を手放し、鎧に槍が喰い込んだ敵騎士の腰に下がる大き目のダガーを右手で抜き取った。

 すると、体の感覚が頭で理解するよりも早く反応したかのように、クロトルの動きが大型武器の動きから小型武器のものへと変わる。その場で反転して近くの敵騎士の手首を跳ね飛ばすと、跳ね飛ばした手首に握られていた同型のダガーを左手で掴み取る。

 ……と、そこでドラゴンレッグの騎士達の動きが止まっていた。

 目の前で変わる少年の戦闘スタイルに驚いているのか、ただ対応できないだけなのか、少年の動きに目を奪われていた。

 その敵騎士達の動きを見逃さず、クロトルの握るダガー二本が逆手持ちに替わり、目にも止まらぬ六連撃で敵騎士達を打ち倒す。

 イオルクを追い抜き、混戦する戦場の中をクロトルは駆け抜ける。

「混戦の中で大型武器は振り回せない! 近くの敵はオレが片付けて近づけさせないから、イオルクは斬り進んでくれ!」

 クロトルの武器換装の意図を理解すると、イオルクは大きく息を吐き出した。

 斬り進むことに戸惑いはない。友への信頼が目に力を与え、前だけに集中して斬り進むべき進路へ剣を向ける。

「全て振り切って進む!」

 二人の少年が戦場を割り始める。剣を使い突き進むイオルク。そのイオルクをダガーで援護し、混戦の中で小まめにステップを踏んで旋回するクロトル。

 両軍入り乱れる戦場は、突出した二人の少年により動き出した。ノース・ドラゴンヘッドの騎士達が見習い二人の作った流れに合わせて、敵の騎士達へと突き進み始める。

 小さな流れはやがて大きなうねりへと変わり始め、ノース・ドラゴンヘッドの騎士達が優勢にドラゴンレッグの騎士達を押し始めたのは、二人の少年が敵陣に突っ込んでから暫くしてのことだった。

「もう少し敵の隊列を乱しておくか?」

「ああ、そうすれば指揮の執れている味方の隊が、一気に叩いてくれるだろう」

 戦場を真っ直ぐに突き進んでいた少年達は進行方向を変え、斜めに進んで敵騎士を倒していく。まるで遊撃部隊のように自由に行動する二人だが、そのような命令は出されていない。

 少年達は自分で考え、判断し、たった二人で戦場をコントロールしようとしているのだ。当然、思い通りに全部をコントロールできるとは思っていない。駒の一つである自分達が誘導できるのは、相手の出鼻をくじいて有利になったところへ本隊を攻め込ませるまでだ。

 本来、見習い騎士の少年達がすべきことではないが、少年達にはしなければならない理由があった。

「「アアアァァァ――――ッ‼」」

 雄たけびを上げて自らを奮い立たせ、少年達が威圧感の違う敵陣へと進む。

 気合を入れ直して、敵の隊列の分断に掛かろうとしたのには理由がある。隊列分断の手段として二人が狙いを定めたのは、敵の隊長格を討つことだったからだ。ここで指揮系統を潰しておけば、指揮系統を失った隊は崩壊をする。人数二人の少年達が取れる方法は、これしかなかった。

 少年達の視線の先には一見して分かる、鉄よりも硬度の高い鎧を着た隊長格の敵騎士。それを取り囲む敵騎士も手練れだと分かる雰囲気を漂わせている。

「あの鎧に武器をぶつけたくないな」

「折角、手に入れた武器の寿命が縮むからな」

 しかし、心配しなければいけないのは武器の寿命だけではない。たった二人では数の有利は覆せない。動くのをやめ、足を止めれば立ちどころに囲まれてしまう。

 それを理解しているから、少年達の戦い方は、他とは全く違う歪なものになる。そこで隊長格を狙う少年達が取った行動は、極力戦わないことだった。

 周りを囲む敵騎士の攻撃をイオルクが受け、その隙間をクロトルがすり抜ける。そして、すり抜けたクロトルが次の騎士の一撃を受け流し、イオルクが駆け抜ける。

 一人一人を相手にしていれば武器を合わせる分、武器の寿命が削られるだけではなく時間が掛かり、敵陣深く切り込んでいる二人には囲まれるリスクが高くなる。圧倒的な数の差を埋めるために常に動きつつ、時間を掛けないように最短を進まなくてはいけない。

 そして、高い次元にいる二人だから成立するコンビネーションを交互に繰り返し、クロトルが隊長格の騎士に辿り着く。

「……はぁ」

 クロトルは隊長格の敵騎士を見上げて、大きく息を吐き出した。

(ドラゴンレッグの騎士と立ち会うのは、本当に気味が悪いな。コイツらは人としての熱が、一段階低い気がする。命令に忠実で、見習い騎士なんかのオレがここに居ても、油断すらしない。対峙する威圧感は隊長格のものなのに、敵はただの敵しか見ていないような感じ。オレを見た目通りの見習いと思って油断してくれれば戦いやすいのに……)

 軍事国家のドラゴンレッグが各国に戦を仕掛けてどれぐらいの年月が経つのか、まともな正史はノース・ドラゴンヘッドだけではなく世界中で曖昧だ。数百年に渡るというのが一般説で、本当はもっと長い、千年単位ではないかという説もある。

(まったくいい加減にして欲しいぜ! コイツらのせいで、オレ達は世界中に派遣されなくちゃいけないんだからな!)

 そうクロトルが思いながら動き出そうとした時、先に隊長格の敵騎士が動いた。腰の鞘から剣を引き抜き、そのまま鋭い突きがクロトルに迫る。

 カウンター気味に伸びてきた突きをクロトルは上半身を反らして躱す。

「っ! 動き出しを後出しの動きで狙ったのか⁉」

 クロトルの上半身のあった空間を風斬り音と共に殺気が駆け抜ける。

 しかし、彼はただの見習いではない。そのセンスで幼い時から修練を積んでいたイオルクに、僅か一か月で肩を並べるまでに成長した才能豊かな見習い騎士だ。


 ――その一瞬。


 反った勢いを利用してクロトルが隊長格の騎士の懐で回転する。手首、肘、肩、関節部分の、装甲を付けることが出来ない僅かな隙間を狙って一回転するうちに三箇所全てを切り裂いた。

「行くぞ!」

 手に残る手応えを感じ取り、クロトルはイオルクに声を掛けて走り出していた。

 敵を確実に仕留める必要はなく、戦闘できない状態にすれば、それでいい。隊長格を倒した手柄が欲しいわけではない。少年達は別の意思で動いていた。

 たった二人の少年騎士達は要所要所に配置される敵の司令塔を狙い、次から次へと襲い掛かる。あまりに無謀。あまりに無茶。

 それでも、この先に繋がる行動を自分達が実行するには、この無理を押し通して自軍に有利な流れを作らなければいけなかった。

「もっとだ! もっと頭を潰していかないとダメだ!」

「ああ! まだ敵の指示が耳に届いている!」

 少年達の足は止まらない。放たれた獣が獲物の群れを荒らすように敵騎士達の作り上げた隊列を乱し、指揮を執る隊長格の敵騎士に向かっていく。


 …


 この作戦とも言えない行動は、それから二十分ほど続いた。その間、二人の少年は吠え叫び、在らん限りの力で武器を振るい続けた。

 荒い息を吐き出し、肩を上下させながら少年達が動くのを止めたのは、さっきまで出ていた自分達を取り囲む敵軍の指令が止まり、統制の取れなくなった小隊同士が内部崩壊して敵軍の隊列がぐちゃぐちゃに乱れたのを確認した時だった。

 少年達は自分達の役目が終わったのを敏感に感じ取り、額に流れる汗を乱暴な仕草で拭って顔を見合わせて頷く。

「これで、あの馬鹿の面目は保たれただろう! 戻るぞ、イオルク!」

「今度は仲間を守る!」

 二人の少年は自軍の騎士達の流れから外れ、最前線で散った仲間を探して逆行を始めた。


 …


 イオルクとクロトル……この二人は見習いの中でも強さが突出していた。

 イオルクは騎士の名家の出であり、幼い時から武器の扱いを叩き込まれ、多様な武器の基礎技術と修練による強い筋力を持っていた。

 クロトルは一般の商家の出で、イオルクに比べれば筋力は劣っていたが、それを補うのに十分過ぎるセンスを持っていた。そのセンスは拘らない自由な発想の中で開花し、普通の騎士とは違う、力ではない軽量武器の切れ味に頼る戦い方を重点的に習得させた。

 騎士ならば誰もが拘ってしまう一太刀で斬って落とす戦い方に拘らず、同じ仕留めるなら斬る回数で対応しても構わないという戦いの幅で勝負するスタイルは、短い修練期間の中でクロトルにイオルクと戦えるだけの技術を身につけさせたのである。

 しかし、その結果、戦績が抜きん出た少年達は目を付けられた。汚い大人の利己的欲求――地位と権力を欲する上官の男に戦場の最前線へと送られた。二人だけなら無視することも出来たが、仲間の見習い騎士達も一緒に送られたことで、二人は最前線で戦い続けるしかなかった。

 上官の男は、二人が仲間を見捨てられないのを知っていたのである。

 この時、二人が少年ではなく、もう少し大人だったなら無視できたかもしれない。汚い大人の考えを知っていれば無視してもいいのだと思えただろう。目指す騎士が清廉な者だけではないと知っていれば、戦うことをやめていたに違いない。


 ――だが、それはできなかった。


 まだ少年だった彼らは、あまりに純粋過ぎた。目指す騎士は清廉なものでなくてはいけなく、それを実現するには、自分達が戦い抜かなければいけないと思って疑わなかった。弱き者のためにあるべき力を使い、仲間を守り通す騎士の姿こそ、彼らの理想だった。

「向こうで囲まれている!」

 視線の先で、まだ入隊したての見習い騎士五人が背中合わせで足を止めていた。

 イオルクが方向を変えて走り出すと、クロトルも方向を変える。この数ヶ月で何度も体験した戦場は、二人を友人から親友に変え、短い言葉の掛け合いでお互いを分からせるほどになっていた。

 少年達の体に刻み込まれている、お互いがお互いを助け合える距離で着かず離れずで体を入れ替え、イオルクが大きく踏み込んだ瞬間、クロトルは立ち向かって来る敵の騎士を左右のダガーの連撃で、武器を握る指のみを正確に斬り裂いた。

 その直後、一呼吸遅れてイオルクが力を込めてとどめの一太刀を振り下ろし、巨漢の敵騎士の鎧を押し潰して剣を喰い込ませた。

「この剣は、もうダメだ。あと少しなのに……」

 最初に手に入れた剣は刃が欠け、歪み、斬るというよりも打撃を与えるだけの金属に成り下がっていた。

 イオルクのぼやきを聞いたクロトルが、左手のダガーをイオルクに放る。

「使え。武器を手に入れるまでは大事にな」

 イオルクは剣から手を放してダガーを右手で受け取ると、クロトルに背中を預ける。

「こっちの方が、まだマシか。ありがとう、助かった」

 ダガーを握ったイオルクが前傾姿勢で構え直す。

「……少し慎重に行こう。怪我でもしたら、守れるものも守れない」

「ご尤も」

 イオルクとクロトルは同時に大きく息を吐き出すと、左右対称に鏡合せのようにダガーを使って進み出した。途中、イオルクは落ちている戦斧を拾い、仲間の見習い騎士へ短めの槍で斬り掛かろうとする敵騎士に役目を終えたダガーを投げつける。

 だが、距離があり過ぎた。ダガーは狙った鎧の隙間を外れ、敵騎士の鉄の鎧に弾かれた。

「慎重に行くって言ったそばから……。使わないなら返せよな」

 クロトルの軽口に、イオルクは溜息を吐く。

「さっきの剣よりマシとは言ったけど、あれ、血糊が付いてて投げる以外に使えなかっただろう」

「まあな」

 イオルクはダガーを当てたことで自分に標的を変えた、短めの槍を持つ敵騎士の槍の突きを首を振るだけで躱し、戦斧を片手から両手持ちに変えると力任せに振り下ろして敵騎士の兜ごと叩き割った。

 そして、その敵騎士が取り落とした短めの槍を奪ってクロトルに放る。

「ほら、取り立てだ。新鮮だぞ」

「まるで木に槍でも生っていたような言い方だな」

 クロトルはダガーを捨てると、短めの槍を斜めに構える。

「今度は、オレが前に出る」

「戦斧だから援護が難しい。ヤバそうなら、下がって俺の間合いに敵を誘い込んでくれ」

「そうする!」

 クロトルが三歩踏み込み、短めの槍で敵騎士の兜を貫く。短めの槍は旋回させるのにも邪魔にならず、技術主体で戦うクロトルには合っているようだった。

「シッ!」

 短剣で斬り上げるように槍の縦回転で至近距離の別の敵騎士の剣を跳ね上げ、下半身の捻りで槍が体に纏わりつくように二度旋回すると、クロトルに迫ろうとしていた敵の騎士三人の首が飛んだ。

(囲まれそうになった仲間から敵を追い払おうと思ったけど、俺の出番はないかも)

 大型の戦斧でイオルクが一人倒している間に、クロトルは四人を倒す戦果を出していた。

 また、鎧の隙間を通すなら遠くから突ける槍の方が戦斧よりも有利であり、その結果、イオルクとクロトルの戦力の優劣が変わり始めた。

 短めの槍の威力とそれを扱うクロトルの技術を脅威に思った敵騎士達は、クロトルを前、左、右から取り囲もうとクロトルの周囲を伺い始める。

(囲まれる前に動かないと、拙いことになるな)

 クロトルはアイコンタクトだけをイオルクに送ると、前に突っ込むフェイントを入れて短めの槍を地面に置いて後転した。

 瞬間、釣られた敵騎士の三人が何もない空間に踏み込んだ。

 そこへ、イオルクの戦斧が薙ぎ払われる。地面に大きく跡が残るほどの踏み込みと足を反転させた軌跡。振り切ったイオルクの戦斧が敵騎士の体を吹き飛ばして、一気に三人を葬り去った。

 クロトルが短めの槍を拾い上げ、イオルクの横に立つ。

「さあ、これで辿り着いたな」

「間に合ったみたいだ」

 敵軍の隊列を乱し、自軍の流れを作り、最前線の乱戦の中で見知った見習い騎士の仲間たちのところまで辿り着いた。

 二人の中で、さっき以上に気持ちが昂っていく。同じ釜の飯を食った、気の合う仲間達。これからも同じように馬鹿をやって笑いあっていたい。誰一人、失いたくないと思った。

 イオルクが叫ぶ。

「一気に蹴散らす!」

 見習いの仲間達を見つけたものの、乱戦の中で見習い騎士達と敵騎士達の間合いは、まだ近過ぎる。間合いを開け、相手の全体像が見渡せる程度に見習い騎士達を敵騎士達から離したかった。

 イオルクが先陣を切り、クロトルが続く。

 イオルクは勢いをそのままに戦斧を振り上げて大地を蹴り、躱されてもいいという気持ちで、敵と味方の境界に戦斧を振り下ろした。

 ドォン!という衝撃音と一緒に砂塵が舞い上がると、敵の騎士達は一歩後退し、仲間の見習い騎士達と敵騎士達の間に僅かな隙間が出来た。

 その隙間にクロトルが短めの槍の真ん中を待って躍り出ると、敵の騎士三人を連続で突いて見習い騎士達に一息つける空間を確保した。

「こっちだ! オレ達が前に出る!」

『す、すまない……』

「ここからは乱戦だ! 全員、生き残るぞ!」

 見習いの騎士達を後ろに、クロトルとイオルクが前に出る。

 クロトルが後ろにいる見習いの騎士達をチラリと見る。

「大分、バラけたみたいだな。ここに居る見習いは、半分も居ない。どうやって、他を助ける?」

「集団行動になる以上、俺達だけで戦うというのは無理だ。急な連携も取れないだろうから、簡単なことしかできないだろうな」

「そうなると?」

 イオルクの頭の中に、家で読んだ戦略に関わる本の序盤が思い浮かぶ。

 その中から今できることを検索し、かつ、戦いの素人でもできることは『数で凌ぐ』ということぐらいしかなかった。

「皆には一人相手に複数人で戦って貰おう。未熟さを数で埋めるんだ。そして、出来ることなら、その間に実戦の戦い方を覚えて貰うしかないと思う」

「それしかないか」

 クロトルは仲間の見習い騎士達に振り返って言う。

「ここから組織戦をする! 一人に対して、絶対に複数人で戦うんだ! オレとイオルクが切り開くから、お前達は倒せる敵だけでいい! まず、慣れろ! それが出来たら、オレ達を手伝ってくれ!」

 クロトルの言葉に、見習い騎士達は頷いた。

「じゃあ、この包囲網から突破するぞ!」

『おお!』

 仲間から強い返事が返り、クロトルはイオルクに視線を送る。

 イオルクが頷いて返事を返すと、二人の中で役割が決まった。素早い攻撃が出来る短めの槍を持つクロトルが後衛で仲間を守り、大型の戦斧を持つイオルクが先陣を切って残りの見習い騎士達と合流するのだ。

(人数が増えれば、混戦になる。出来れば、小回りの利く武器に換装したいところだな)

 イオルクは戦斧の大きさが邪魔に感じていたが、今はこれしか手元にない。

(武器があるだけ、マシ。今は贅沢を言ってはいられない。確実に一殺していくしかない)

 イオルクは前に出ると戦斧の厚さと頑丈さを利用し、後出しで攻撃をすることにした。

 狙うのは敵の騎士が振るう武器に戦斧を合わせて、武器破壊と攻撃を同時に実行すること。一撃で仕留められればいいが、仕留められなかった時の討ち漏らしを担当する見習い騎士達の負担を少しでも軽減するのが目的だ。

 しかし、この方法は待ちから始まるので、進みが遅く同時に襲われると対応しきれない。

 その弱みが分かっていても、イオルクは雄叫びをあげ、戦斧を大きなモーションで振るい続けた。武器同士がぶつかる激しい音とともに敵騎士の断末魔の叫び声が響く。

 そして、発生するモーションの大きい行動の合い間に生じる隙を攻撃しようと、敵騎士の二人同時の連携攻撃がイオルクを襲う。

「俺は……ただ前へ!」

 イオルクが踏み出し、連携を仕掛ける敵騎士の一人の剣を戦斧に合わせてぶち当てる。振り切ったモーションのイオルクに短めの片手剣を持つ敵騎士が真横から飛び出す。

 だが、敵騎士の追撃は来ない。スピード重視の攻撃が出来る親友が守ってくれていた。二度、短めの槍が旋回し、敵騎士の片手剣の軌道を地面に変え、崩れた姿勢の敵騎士の喉元を正確に槍の刃先が掻き切った。

 短めの槍の旋回する領域内にイオルクを置き、その円の中には敵を入れさせないとクロトルの目が語っていた。

「イオルク! オレを信じて突き進め!」

「ああ! そして、残りの仲間達のところへ辿り着く! 俺達なら戦える!」

「その通りだ! 立てた誓いを守って、立派な騎士になるんだ!」

 イオルクとクロトルは、己を奮い立たせる。


 しかし、戦いは、まだまだ途中……。

 最前線で別れた見習いの仲間を追って、イオルクとクロトルは戦場で戦い続けた。

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