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材料編   1(世界地図)

 直立した右向きの竜。

 この世界は、そのような形をしていた。各大陸は、竜の――首、翼の付け根、腕の付け根、足の付け根、尾の付け根――と大陸を砂漠で挟んで分かれていた。

 そして、区別された大陸を『ドラゴンヘッド』『ドラゴンウィング』『ドラゴンチェスト』『ドラゴンアーム』『ドラゴンレッグ』『ドラゴンテイル』と人々は呼んでいた……。


 だが、人々は当たり前にあった世界に納得し、疑問を抱かなかった。

 各大陸を大陸と呼ぶほど、この世界は広くないことに……。



 ユニスの暗殺事件を切っ掛けに十年間の国外追放の処分を受けたイオルク・ブラドナー。その国外追放の本当の理由は十年掛けて世界を回り、旅行をすること。国が荒れるため、理由を知るのは、イオルク本人と王族を含めた極一部の者だけである。

 しかし、イオルクには別の目的も存在していた。この旅では武器を知り、造ることが目的に含まれている。


 ――暗殺事件の際に切断されたロングダガー。


 今まで当たり前に使っていた武器が斬られた時、イオルクの中に武器に対する強い想いが芽生えた。それは武器を造り出す者――鍛冶屋の道というものを示すものであり、元々なりたかった強い騎士になるという道を二足の草鞋で歩ませることになる。


 イオルクはドラゴンヘッドの北西にある騎士の国ノース・ドラゴンヘッドの王都を旅立ち、南下する進路を取る。国境を越え、魔法使いの国サウス・ドラゴンヘッドの王都を越え、南西にある竜の胸ドラゴンチェストで鍛冶技術を習得することを旅の第一の目標にして、イオルクは歩み続ける。


 ◆


 旅の装備について


 イオルク…

  ロングダガー(腰の後ろ・柄右向き)、厚めのダガー(腰の後ろ・柄左向き)、鋼の剣(腰の左横)。

  皮の鎧。


 以外は、替えの服や本類をリュックサックに詰め込んでいる。


 ◆


 …


 ノース・ドラゴンヘッドの王都から歩き続けること二週間――。

 イオルクの前には、ドラゴンヘッドとドラゴンチェストに跨る砂漠が広がっていた。地図で言えば、ドラゴンの首に位置するところである。

 広大な砂漠を眺めながら、イオルクは腕を組んで移動方法を考える。

「さて、陸路で砂漠を突っ切るか? 路銀を減らしてでも船で行くか? 騎士団に居た時は、国でお金が出たから海路だったけど――」

 辺りを見回して遠くに目に付くのは、町外れの変わった位置にある建物だった。

「――情報収集してから決めるか」

 イオルクは、見つけた建物へと向かった。


 …


 サウス・ドラゴンヘッド 砂漠の前の町の最後の酒場、兼、宿屋――。

 イオルクが両開きの扉を開けて中に入ると、椅子が四つほど並ぶ小さ目のカウンターが目に入る。店の奥に見える階段は、二階の宿屋の客室へ繋がっているようだった。

 壁に目を向けると、手書きで書かれた張り紙に、昼は定食屋、夜は酒場の営業になっていることが書かれていた。

 店のおかみさんに、イオルクは話し掛ける。

「すみません。砂漠を越えようと思うんだけど」

「越えればいいじゃないか」

「何日ぐらい掛かるかな?」

 おかみさんは素っ気なくイオルクにお品書きを差し出して言う。

「何か買ってきな」

「……さすが商売人」

 お品書きを受け取ると、イオルクはそのまま首を傾け、眉間に皺を寄せる。

 その妙な仕草に、おかみさんは右手を腰に当てて訊ねる。

「どうしたんだい?」

「……俺、貧乏なんだ。ここで飲食するのもいいけど、砂漠を越えるなら水筒と水を買わなきゃと思って。――で、買うなら砂漠を越えるだけの水筒を用意しないといけないけど、砂漠を越えるのに何日掛かるか分からないと水筒を買うことも出来ないことに気が付いた」

「しょうがない子だね」

 おかみさんが呆れたその時、イオルクのお腹が鳴った。

 イオルクはお腹を擦った後で、ポンと手を打つ。

「そうだ! ここで昼食にすれば無駄がない!」

「馬鹿の類か……」

「おかみさん、Aランチ一つ!」

 おかみさんは溜息を吐いて振り返りながら、カウンター前の厨房で料理を作り始めた。

 イオルクはカウンター前まで行き、料理を作るおかみさんに再び話し掛ける。

「今度は答えてね。砂漠を越えるのって、何日ぐらい掛かるの?」

 料理を作る手を止めずに、おかみさんが口を開く。

「あんた、一人かい?」

「うん」

「普通は三日ぐらいで十分だけど、初めてで一人なら、五日ぐらい掛かると思いなさい」

「それぐらいの水筒売ってる?」

「ああ、あるよ」

「良かった」

 おかみさんは食材を混ぜ合わせているフライパンの上にAランチに必要な調味料を振りかけながら訊ねる。

「あんた、水ばっかり気にしてるけど、砂漠越えに必要な食料は?」

「……持ってない」

「日持ちするものも売ってるよ」

「じゃあ、それも」

「地図は?」

「それはある」

「コンパスは?」

「……持ってない」

「どうやって旅してたんだい?」

「ただ道なりに」

 イオルクの行き当たりばったりの旅の仕方に、おかみさんは溜息交じり言葉を漏らす。

「砂漠は目印がないから、買っていきな」

「そうするよ」

 イオルクは腰につけている皮袋から財布を取り出して中身を確認すると、チョコチョコと指で頬を掻く。

「かなりの出費だな」

「何で、そんなにお金ないの? 働いてなかったのかい?」

「騎士団で働いてた」

「じゃあ、給金が出てるじゃないか」

「しかも、城勤めだったんだけどね」

「あんた、からかってんの?」

 イオルクはリュックサックと剣を下ろして、カウンターの席に座る。

「自宅で親と暮らしてたから、給金の管理は親任せだったんだ。俺自身、必要な時しか引き出さなかったというか、臨時収入で間に合ってたというか……。だから、家出る時、いつもの癖で、その場にあった財布だけ持って出て来ちゃったんだ」

「あたしをからかってんじゃなくて、本当にただの馬鹿だったのかい……」

 そう言われても仕方がないイオルクは笑って誤魔化した。

「と、いうわけで、路銀も稼がないといけないんだ。砂漠に、ちゃんとモンスター居る? モンスターを売って路銀の足しにするから」

「長年、ここで店を開いてるけど、そういう理由でモンスターの確認されたのは初めてだよ」

「居るの?」

「ああ、居るよ」

「よし! 陸路で決定だな!」

 しゃべっている間におかみさんの料理も作り終わり、イオルクの前にAランチが置かれる。

 『いただきます』と手を合わせて、イオルクは美味しそうにAランチを食べ始めた。

「食べてる時は、可愛い顔するじゃないか」

「そう? まあ、若いから」

「いくつ?」

「十六歳」

「ホントのガキじゃないか」

「そうだよ」

「背が高いから、もう少し大人だと思ってたよ」

「騎士の家系の遺伝ってヤツだよ。――あ、さっき言ってたの全部用意してくれる?」

「いいよ。水筒……食料……コンパスだね」

「水の値段は?」

「水なんてタダだよ。川から引いてるだけなんだから」

「そうなんだ」

 おかみさんはイオルクが食べる横でカウンターに商品を用意し始めた。

「コンパス、50G。水筒、50G。食料、60G。Aランチ、10G」

 おかみさんの読み上げた金額を頭で合計しながら、イオルクは財布の所持金を口にする。

「遂に持ち金が500G切ったな」

「砂漠で頑張るんだね。――あ、そうだ」

「何?」

「頭まで覆る外套がないと火傷するから、外套も必要だったねぇ」

「本当に、少し路銀を稼がないと……」

 イオルクはAランチを食べ終わると、残り少ないお金しか入っていない財布から代金を払う。

 そして、おかみさんが用意してくれた外套を身に纏って、水筒と食料とコンパスをリュックサックに詰め込んだ。

「じゃあ、行きますか」

「しっかりね」

「ありがとう」

 イオルクは装備一式を背負い直すと、酒場を後にして砂漠へと足を踏み入れた。

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