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材料編   2

 当たり前だが、砂漠は暑い。熱せられた砂と代わり映えのしない景色が延々と続く。

 フード付きの外套を羽織り、大きなリュックサックを背負ったイオルクはおでこの前に右手をかざし、日差しを遮りながら遠くを見る。

「そういえば、この砂漠は世界の要なんて話があったな」

 イオルクの頭の中で、城に勤めていた頃のユニスと学者の話がよみがえる。

 城の学者の話では、各大陸をつなぐ竜の胴体には砂漠が円を描くように存在しているという。

 そして、この砂漠に太陽の直射日光が降り注ぎ、砂漠の熱が世界を寒くさせずに気温を適度に保ち、一年を通して変わることがないということだ。

「昔っから砂漠の大きさは変わらないって話だし、まんざら嘘ってわけでもなさそうだよな」

 そう独り言ちながら、イオルクが砂漠で蠢く何かを見つけた。

「ん? あれは……犬ぐらいの大きさ、黒光りして反射する甲殻、先端が尖った尾……モンスターだ!」

 初めて見るモンスターにイオルクは自然と笑みを作って走り出し、五秒も走らないうちにモンスターまで辿り着いた。

 イオルクは左の腰から剣を抜く。

「おお! これがモンスターか! 初めて見た!」

 今、目の前にいるモンスターを含め、世界にモンスターは砂漠に数種類しかいない。人々の生活を脅かしかねない強いモンスターがいたのは、もう過去の話である。

 そのため、普段陸路で砂漠を越えないイオルクのような人々が、砂漠でモンスターを初めて見るというのも珍しい話ではない。

「さて、コイツはどれぐらい強いのかな?」

 イオルクが近づいたことで、名前も分からない砂漠の甲殻モンスターは戦闘態勢に移行して威嚇をし始めていた。

 一方のイオルクも相対する初めての敵に集中力が増していた。下からの攻撃に即対応できるように抜いた剣は腰の高さで待機状態に入った。

 砂漠の甲殻モンスターの鋭い尾が延び、勢いよくイオルクの右太ももを狙う。

「とはいえ、俺の方が大きいもんな」

 初見のため油断なく対応していたが、砂漠の甲殻モンスターのリーチよりもイオルクの持つ剣の方がリーチは長い。

 カウンター気味に甲殻の真ん中を剣で貫かれたモンスターは、キィキィと二、三度鳴いて直ぐに絶命した。

「騎士を相手にするには役不足だけど、旅する商人なんかには荷が重いか」

 イオルクはリュックサックを下ろし、ハンターの営業所で貰った小筒を取り出した。

「さて、お次はこれを使ってみるか」

 空に向かって小筒のお尻から下がる紐に手を掛け、イオルクは勢いよく引っ張った。

 すると、魔法仕掛けの閃光弾が打ちあがり、雲一つない青い空に赤い球系の発行体が浮かび上がった。

「へ~……。これは面白いや。この筒……分解してみよう♪」

 手作り感の漂う小筒を見ながらイオルクはニッと笑い、その場でどっかりと尻もちを搗くように腰を下ろした。

 そして、腰の後ろからダガーを取り出し、小筒を形成するために止められているネジの頭に当てる。

「ドライバーを持ってないから、これで代用するしかないな」

 マイナスの溝に大きさの合わないダガーの刃先を斜めに当て、僅かに引っかかる取っ掛かりに強引に力を込める。てこの効きが薄いこの状態では常人なら回すことすら困難なはずだが、常人離れした筋力を持つイオルクは何事もないようにネジを回していく。

 八本のネジで止められていた金属製の小筒の中身は、思ったよりシンプルな作りになっており、魔力を貯める金属製の箱のようなものとプレートが二枚だけで構成されていた。

 よく見れば、プレートの一枚は金属製の箱に張り付けられ、もう一枚はバネと筒のお尻の紐に繋がっている。

「何で、こんなもんで魔法が発動するんだ?」

 イオルクの言った通り、妙な仕組みだった。

 紐を引いて火打石の着火で火薬に引火させて閃光弾を打ち上げているという作りの方が納得がいく。

「仕組みからすると、このプレートが紐を引くことで、もう一枚のプレートに接触するんだよな?」

 イオルクは紐を引っ張って接触するプレートと金属製の箱に張り付いているプレートを指で押してくっ付けてみる。

 すると、金属の箱の口が光り、筒の発射口に繋がるはずの方向に淡い赤の閃光を発射した。

「本当に出た……」

 秘密の鍵になりそうなのは、金属の箱よりもプレートのようだった。

 イオルクは小筒の仕組みを壊さないようにプレートを確認する。

「これ……月明銀じゃないか。白銀の騎士達が着ける鎧の材料で、魔法攻撃にも耐性があるやつだ」

 月明銀はティーナやイチが装備していた鎧と胸当てを見ていたために馴染みがあり、鉱石に詳しくないイオルクでも判別がついた。

「何で、こんなものが閃光弾を打ち上げる筒なんかに使われてるんだ?」

 更にプレートを見ると、プレートには何やら記号とも文字とも取れるものが刻み込まれていた。その一部はプレートが二つ重なった時、一つの記号の完成形を表すような細工がしてあった。

「分かって来たぞ。この月明銀には魔法を制御する効果があるんだ。でも、銀の鎧を着けた騎士が完全に魔法を無効化できないことを考えると、扱える魔法にも制限がある。それが威力なのか量なのかは分からないけど」

 イオルクは腕を組む。

「たぶん、こういうことだ。金属の箱へプレートに刻まれた記号の指示で魔法に必要なエネルギーを貯める。そして、紐を引っ張ってプレートが合わさって、魔法を打つ指示に変わる」

 イオルクは小筒を手に取り、金属の箱を指でトントンと叩く。

「きっと、コイツの内側にも月明銀のプレートが使われているんだろう。そうでなければ、赤く発光させることはできないからな」

 大きく息を吐き出し、イオルクは唇の端を釣り上げた。

「すごいな。世界は知らないことだらけだ」

 知らないことを知る、知的好奇心がイオルクの胸を高鳴らせる。


 ――世界には、もっと知らないことがあるのかもしれない。

 ――世界には、もっと楽しいことがあるのかもしれない。


 誰かに命令されたわけではなく自分の意志で歩き出した世界は、どこまでも自由で、いくつもの好奇心を内包しているような気がした。

「十年じゃ短いかもしれないな」

 そう言ったイオルクの目に、また新しい好奇心が飛び込んできた。

 モンスターを運搬するために現れた自分の十倍近い大きさの巨鳥を見て、イオルクは喝采を叫んだ。


 …


 砂漠で少ない獲物を求めてモンスターが活発に動き続けている中、馬鹿も一人動き続けていた……。

 両手より大きい甲殻モンスターを倒し、小筒を使って巨鳥がモンスターを運ぶのを見てから楽しくて仕方がない。ハンターの営業所の主人が言っていた巨鳥の話は見るまで信じられなかったが、一度目にすれば疑う余地はない。

 今後、ハンター業を続けていれば当たり前になる光景だろうが、イオルクは、もう一度巨鳥を見てみたいと思わされた。

 しかし、一匹ずつ運んで貰うのも手間と考え、見えるモンスターを片っ端から剣でぶっ倒していくことにしたのだった。


 …


 二時間走り回ってモンスターを狩りまくったあと――。

 小筒を使って巨鳥を呼び出し、再び倒したモンスターを運んで貰う。

 巨鳥は目一杯網に詰まったモンスターを大きな鍵足で掴むと、フラフラと危なっかしい飛び方で去っていった。

 それをイオルクは満足気に眺めて呟く。

「ふぅ……。初日に、こんだけ倒せばいいだろう。あとは普通に砂漠を抜けるルートで出くわしたモンスターを追い払うだけでいい」

 路銀の心配がなくなり、イオルクは旅を続けるために地図とコンパスを取り出した。

「…………」

 取り出した地図を見て、コンパスで方向を確認して……じっくりと、もう一度確認する。

「……走り回って位置が分からなくなった」

 顔を上げたイオルクは青い顔でタラタラと汗を流し出した。

 眉間に皺をよせ、苦悶に満ちた表情で額に人差し指を立てる。

「待て~。落ち着け~。南西が最短ルートだったはずだ。……そのまま進めばいいんだっけ?」

 イオルクは両手で地図を広げ、砂漠に踏み込んだ位置を確認し、そこから進んだ方向を思い出す。

 だが、まっすぐに進んでいたのは最初の甲殻モンスターを倒した時までで、それ以降は方角も気にせずに縦横無尽に走り続けた自分の馬鹿な行動しか思い出せない。

「どれ位ずれたんだ? ……分からないな」

 溜息を吐くとイオルクは地図をリュックサックに突っ込み、コンパスだけを見る。

「南西がこっち。で、さっきのでかい鳥があっちに飛んで行ったから……」

 巨鳥は、ほぼ南を飛んでいった。

 ということは、そっちにハンターの営業所か何かがあるのかもしれない。

「……間を取って進むか。最短じゃないにしろ、砂漠を抜けることは出来るだろう」

 イオルクは、これ以降は馬鹿な行動を慎み、真面目に砂漠を抜けることにした。

「ところで、モンスターって、夜、襲って来るのかな?」

 夜になるまで砂漠を進み、初日はモンスターを警戒しながら夜を過ごした。

 結論から言えば、砂漠は静かなままで朝を迎えることができた。

 これにより、夜の砂漠は安全に眠れることが分かり、砂漠抜けの旅は進んでいる方向が分からない以外は、順調に進むのだった。

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