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材料編   4

 村の鍛冶屋の家――。

 台所のテーブルを囲みながら、イオルクの前にミルクの入ったコップが置かれ、鍛冶屋の父子にも同様にコップが置かれる。

 若い鍛冶屋の主人は、少し年期の入ったシャツにくすんだ青い色の丈夫なズボン。女の子は、厚めの布で出来た、シャツとスカートが一繋ぎのオレンジに近い色の服。

 二人はイオルクのせいで、いつもより早い朝支度をさせられ、普段着に着替えていた。

 若い鍛冶屋の主人がイオルクに話し掛ける。

「ボクは、ここで鍛冶屋をやっているトーマスという者だが、君は?」

「俺は、イオルク・ブラドナーと言います」

「ブラドナー……。苗字があるということは貴族なのかい?」

「世間一般では、そういう風に言うかな?」

 どうでもいいように答えたイオルクに、トーマスのイオルクに対する疑問が深くなる。

 貴族というのは鍛冶屋に武器を造らせる――もしくは武器造りを依頼する立場の人間で、決して自ら武器を造るような仕事をする人間ではない。

 身なりを気にする貴族はススで汚れたり、火の近くで洋服に穴が空くような行動はしないというのが、トーマスの中にある常識だ。

「よく分からないんだけど、何故、貴族の君が鍛冶屋の弟子になろうと思い至ったんだい?」

「まあ、いきなり言われても分からないか」

 イオルクは足元に置いてあったリュックサックの中から布に包まれた切断されたロングダガーを取り出す。

 その包まれた布を解き、イオルクは鞘を取ってテーブルの上に置く。

「これは? 二つに分かれてしまっているけど?」

「元はロングダガーです」

「ロングダガー?」

「はい。そして、切り裂かれたことで、このロングダガーは二つに分かれたんです」

「切り裂かれた?」

 どうにも妙な言い回しと、これが鍛冶屋になりたいことにどう繋がるのか分からない。

 しかし、イオルクがこの切り裂かれたというロングダガーを見せた以上、これが何かに繋がるのだろうと、トーマスは思う。

 まずイオルクが見せたロングダガーについてから順を追って聞くすることにした。

「このロングダガー、見ても?」

「どうぞ」

 イオルクが右手を返して答えると、トーマスはロングダガーの柄の方を手に取り、柄側に残る剣身を叩いてロングダガーの質を確認する。

(叩いた感じ、気泡や不純物が混ざっている感じはしない。それどころか、このロングダガーは鍛造された、手の掛けられたものだ)

 トーマスは切っ先の方の切断されたロングダガーの剣身を反対に持ち、次に切断面を確認する。

(滑らかだ。断面に引っかかった跡もない。これは力任せな方法で切断されたものではない)

 トーマスは率直な感想を言う。

「このロングダガーは、とてもいい武器だと思うよ。材料だけでも上質な物が使われている。それなのに切り裂かれている。……確かに斬られた跡だった」

 イオルクは頷きながらトーマスから切断されたダガーを受け取り、鞘に戻して布を巻き直しながら言う。

「このロングダガーを切り裂かれた時、俺は凄い衝撃を受けたんです。幾ら腕があっても、武器が信用できなければ戦えないって」

 女の子は父親とイオルクの話を眠たそうに聞きながらあくびをした。鍛冶屋の娘と言っても、まだ子供。ましてや、女の子には退屈な話だった。

 その女の子を横目に見たあと、トーマスは言い難そうにイオルクに話し掛ける。

「え~と……イオルク様――」

「ストップ! イオルクで!」

 イオルクが両手を突き付けて、トーマスに静止を掛けていた。

「いや、しかし……」

「お願いします。トーマスさんと対等でありたいんです」

 この旅は、自由でなくてはいけない。亡き親友や見習いだった友人達のように、自分もそうありたいと、イオルクは思っていた。

(不思議な人だな)

 一方のトーマスは、イオルクという人物が少し分かってきた気がしてきていた。

 最初に感じた“変な人”という印象は、自分の娘と揉めていたからだけではない。よくよく見れば、イオルクの身なりは平民のそれとは違い、清潔感のある綺麗な身なりをしている。身に付けている皮の鎧も破損していたり汚れていたりしておらず、手入れが行き届き、その下に着こんでいる麻の服もズボンも皮のブーツも上質のものだ。

 つまり、旅人の装いをしていても、貴族と分かる身なりなのだ。


 ――では、どうして自分は最初にイオルクを貴族と思わなかったのか?


 それは、イオルクがあまりにも普通に平民と同じ振る舞いをし、言葉遣いが自分達と変わらないからだった。

(ボクと対等でありたい……。そんなことを思う貴族が居るのだろうか?)

 平民と一緒でありたがる貴族というのは初めてだった。何よりも対等でありたいと望むこと……それは貴族も平民も飛び越えた、人としての個を求めるようだった。

 にわかには信じられないことだったが、トーマスを見つめる目はまっすぐで偽りを感じることはできなかった。

(よくよく考えれば、貴族が平民と同じ扱いをされるのにデメリットはあってもメリットはないよね)

 そう結論付けたトーマスは頷いて答えた。

「……分かったよ。貴族として特別扱いをする方が、君を傷つけるらしい」

「そうなんです」

 イオルクの何処か変わった雰囲気にトーマスは苦笑いを浮かべ、表情を穏やかにして話を再開する。

「では、気を取り直して。イオルク、まず訂正しておかなければいけないことがある。君は『武器が信用できなければ戦えない』って言っていたけど、そのロングダガーは決して信用できない武器ではない。ボクの目から見る限り、切り裂いた武器の方が異常だ」

「ええ、武器を信用していなかったわけじゃないんです。この武器は、父さんがくれた物ですから」

「というと?」

 イオルクはチョコチョコと頬を掻く。

「簡単に言うと、俺は与えられたり貰ったりした武器以外の、自分で手に入れた信頼できる武器が欲しい」

「では、買えばいいのでは?」

「そうじゃなくて……武器を造りたいんだ。出来れば、このロングダガーを切り裂いたような」

 トーマスが椅子に体重を預けると、呆れながら口を開く。

「鍛冶屋にもなっていない君が、凄いことを言うね」

「素人だからだと思います」

 ここでトーマスに疑問が浮かぶ。

(武器に興味を持った経緯は分かった。じゃあ、その求める武器の存在理由は何だ? 上質な鉄をも切り裂いてしまう武器を求める理由とは?)

 武器自体は、ただの道具に過ぎない。

 しかし、扱う者の使い方次第で殺戮する道具にも人を守る道具にでもなる善悪の意味合いが変わる極端なものとも言える。

 トーマスは、イオルクが何のために武器を使用するのかを見極めるべきだと思い、真剣な眼差しで問う。

「君は……一体、何のために武器を求めるんだい?」

「何のため? 別に武器を手に入れて何かをするなんて考えてないけど?」

 イオルクの即答に、トーマスはガンッと頭をテーブルに叩き突けた。

「き、君ねぇ……」

 イオルクは難しい顔になると、右手を顎に持っていく。

「そうですね~……。無理に理由をつけるなら、安心して壊れない武器を使いたいからかな?」

 ぶつけたおでこを擦りながら、トーマスは溜息を吐いた。

(何か、この人ずれてるんだよな。普通、愛する者を守りたいとか、何々の誇りを守るためとか……悪い人なら、人を殺すためとか平気で言いそうなんだけど)

 複雑な表情を浮かべるトーマスに、ケニーが声を掛ける。

「お父さん」

「何だい?」

「この人、変だよ」

(……ボクも同意見だ)

 そんな親子の妙な視線を受けながら、イオルクは自分の話が伝わっていないのは何となく分かっていた。

 普通は有能な武器を求めるのには明確な理由が付いて回る。

 例えば、成すべきことを実現するに届かない自分の実力を補うため。

 例えば、圧倒的な武器の性能で相手を圧倒するため。

 など、扱う武器には目的が存在する。

(だけど、俺の求める武器には目的が存在しない)

 倒すべき敵の姿もない。脅威を振り払うためでもなく、明確な何かを守るべきものでもない。

 理由は、ロングダガーを斬られたという衝撃から湧き出た好奇心。強いて理由をつけるなら、遠い未来に同等の脅威にさらされた時に対抗するため。

 イオルクは視線を自分の右手に落とす。

(きっと、俺に普通に見習いをしていたら備わらない力が備わっているから理由が形にならないんだろうな)

 イオルクは親友との約束を守るため、死にに行かせるのと同意義の戦線に送られて戦い抜いた経験を持っている。思い返しても苦い経験だと思うし、二度とやりたくない経験だと思っている。

 しかし、その経験は、本来であれば数年単位、十数年単位で修得しないと獲得できない力や技術を短い年数に圧縮して習得させたとも言える。イオルクには同年代の騎士達が習得している以上の力や技術が備わっているのである。

 そして、そういう実力を手にした者は武器の性能に頼った力の有利には拘らない。己の力で示すべき道を進む。

 だから、イオルクが求めるのはロングダガーを切り裂いた武器と対等に戦える武器という漠然としたものしかない。

(俺がブラドナーの使命に従って昇華させる武器の技術を選べていないのにも原因があるんだろう。俺は戦場で生き抜くために戦場に転がる武器なら何でも使用した。そのせいか、どんな武器も扱えるようになって得意武器というものがなく、一つを選ぶことができない。だから、造りたい武器の姿が浮かばず、『安心して壊れない武器を造りたい』なんて言葉が出てきて具体性がない。でも、ロングダガーを切り裂いた武器と同等のものがないと、同じ武器を持つ者と対面した時、戦うことすらできないのも事実)

 イオルクは自嘲めいた笑みを浮かべる。

(本当に滅茶苦茶な理由だ。俺の好奇心と小さな危機感が理由で、ただ造りたいという想いしかない。これを他人が理解できるわけないよな)

 イオルクは顔を上げると、それでもと、トーマスにお願いする。

「俺がどういう人間か分からない限り、トーマスさんの質問の答えは出ないと思います。試しでいいんで、俺を雇って貰えませんか?」

 トーマスは腕を組み、言葉を漏らす。

「悪い人ではなさそうだけど……」

「じゃあ――」

「雇うにあたっては、こっちに問題があるんだよ」

「問題?」

 イオルクは疑問符を浮かべ、次の言葉を待つ。

「うちは、君に給金を払えるほど儲かっていないんだ」

「そんなこと? 衣食住の食と住だけ与えて貰えればいいんですけど」

「給料は要らないから、住み込みだけでいいってことかい?」

「はい」

「う~ん……」

 トーマスは腕を組んだまま考え込んだ。

 体の弱かった妻が早くに亡くなり、部屋は一つ空いている。食の方も、若い男の下働きが増えたと思えば、家計に負担はないはずである。

 考え込んでいるトーマスに自分の熱意を伝えるため、イオルクは言葉を投げかける。

「俺は武器の造り方さえ教えて貰えればいいんです」

「そこにも問題があるんだ」

「え?」

「ボクは鍛冶屋だけど、腕利きじゃないんだ。基本的なことしか知らない。君が求める強い武器の造り方を教えられないと思う」

 イオルクはテーブルに手をついて頭を下げる。

「十分です。基礎を教えてください」

「う~ん……」

 トーマスは娘を見て話し掛ける。

「ケニー。お父さんは、この人を雇ってもいいかなって、思ってる。お母さんの居た部屋を使わせることになるけど、ケニーは、どうだい?」

 ケニーと呼ばれたトーマスの娘は暫く下を見て考えていたが、ゆっくりと顔を上げると小さく答えた。

「……お父さんがいいって言うなら」

「うん、分かった」

 トーマスがイオルクに向き直る。

「雇うことにするよ」

「ありがとう」

 イオルクはトーマスの両手を握ってお礼を言うと、トーマスは『よろしく』と握り返した。

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