トーマスが自分を腕利きではないと言っていたのには理由がある。それはトーマスの鍛冶仕事が主に家庭で使う包丁や鍋、農耕器具などを中心に造ることを生業にしているためで、鍛冶屋と言っても武器造りが専門ではないからだ。
もちろん、武器を造ることもあるが、それはドラゴンチェストの内陸にある大きな商業都市で、年に数回ある村の特産品を出品する時を利用して多くのお金を得るために一緒に売って貰うためだけの、本業とは違うものだ。
そんな村の生活に根差した鍛冶屋の一日の予定は、イオルクが押し掛けて来た初日に木材となる木を一本伐採することが予定に組み込まれていた。鍛冶屋の仕事は金属を加工するだけではなく、木材の加工も必要であり、その材料調達も自ら行う。
その木の伐採にはイオルクも同行することになり、トーマスとケニーと一緒に山中へと向かうことになった。その際は、荷物を下ろして皮の鎧を外し、両手両足の重りと剣を携帯するだけという軽装である。
見た目は一般人になったが、腰に騎士を象徴するものを下げるイオルクに、三つ編みのおさげを二つ揺らす女の子が話し掛ける。
「何で、木を切るのに剣なんているの?」
イオルクは左腰の剣の柄を擦りながら答える。
「国を離れても、俺は騎士だからね。ちゃんと仕事をしないと」
「仕事?」
イオルクは頷き、立ち並ぶ木の幹を一つ指差す。
「その木の幹には何もないけど、ある種の動物は自分の縄張りを示すために、幹に目印を残すことがあるんだ」
「目印? どんな?」
「爪痕や角を擦り付けた痕なんかだね」
「ふ~ん……それが縄張りの目印になるの?」
イオルクは頷く。
「そうだよ。それが人間と動物の住み分ける境界を示すことでもある。村の人が山の中で山菜を取ったりするところや畑を耕すところに凶暴な動物が入り込まないように見回るんだ」
「へ~、騎士ってそういうこともするんだ」
木々の間に細く伸びる道は狭く、頻繁に使われていなくても長年使われているようで薄っすらと地面が見えた。
その狭い道をしばらく進むと、今度は大きな石と砂利の間を進むための足場の悪いところに出た。
そこでイオルクはケニーに右手を差し出す。
「大人の足一歩分、危ないから掴まって」
「ありがとう」
イオルクの右手に小さな右手を添えて、ケニーはぶら下がるように足場の悪い道を飛び越え、土の見える地面に両足を揃えて着地した。
直ぐ先を行くトーマスは、その様子を振り返りながら見て微笑んだ。
(大分、打ち解けたみたいだ)
正直なところ、イオルクを居候させるのに一番いやな顔をするのはケニーだと思っていた。早くに母親を亡くしてしまったケニーは見た目よりもずっと大人びており、突然の訪問者に対して心を開かないのではないかと予想していた。
父と娘でやってきた生活のうち、ケニーは家事全般を自ら引き受けるようになり、今の生活が当たり前の日常になったのは、それほど遠い日ではない。その生活を新参者に壊されるのをケニーは嫌うのではないかと、トーマスは思っていたのである。
しかし、思いのほかケニーのイオルクに対する警戒心は強くなく、背が高く体の大きいイオルクを怖がったりもしなかった。
(まあ、恐怖心はないか……。ボクが二人を見た時、ケニーはイオルクの顔面に足を押し付けていたんだから)
あの妙な場面はどういう風に形成されたのか、今だに想像ができない。何をどうすれば、初対面の人間の顔面に蹴りを喰らわすことが起きるのか……。
(深く考えるのはやめよう……)
今ある目の前の光景からイオルクとの関係を築くことにしようと、トーマスは複雑な顔で目的の木を伐採する場所へと歩みを進めた。
…
トーマスの家から歩いて二十分ほど。周辺は木々で埋め尽くされ、木漏れ日から覗く太陽の光は木々の葉っぱに覆い隠され、地面にはまばらに光が点在するのみ。
太陽の光を遮られているせいか、葉っぱの蒸散作用のせいか、森全体が少しだけひんやりとする。
「イオルク、これを切り倒すんだ」
村と山頂の中間辺りの森で、トーマスは目的の木を叩いた。
「何で、こんな遠いところの木を切るんですか? 村の近くにも木は育っていたのに」
「同じところの木ばかりを切ると、そこの地面は木の根が張ってなくて地盤が緩くなりがちになるんだ。大雨なんかが降ったら地滑りを起こすから、木を切る場所は同じところだけというわけにはいかない。それに木が育ちすぎると、他の木が育たなくなるから適度に切る場所を変えないといけないんだよ」
「なるほど」
あの、あまり使われていないような道は木を切る時だけに使用されるため使用頻度が少なく、山で生きていく人達にとっては、たとえ遠くてもここまで来て木を切る理由があるのだと、イオルクは納得する。
「ここは木を切る場所でも一番遠いところだね。これ以上奥は木を切り倒しても運ぶのが大変だから」
「へ~」
イオルクは両腰に手を当てて辺りを見回す。
「ここなら、どの木を切ってもいいんですか?」
「ああ、構わないよ」
「じゃあ、あれを切れば? あっちの方がそっちの木より大きいから」
そう言ってイオルクが指差した木は、トーマスが手を置く木よりも二回りほど大きなものだった。
「切ってもいいけど……切り倒すのも運ぶのも手間だよ?」
「いいじゃないですか。俺が居る分、多く運べるんだし」
「う~ん……そうかい? 分かったよ」
必要な分の木材があれば十分だが、余分に木材があっても邪魔にはならない。
一人多ければ運ぶ量が増えるのは道理だが、運ぶ日程を一日多くしなければならないかもしれないと、トーマスは思った。
「じゃあ、木を切るから二人とも下がって」
そう言われたイオルクとケニーがトーマスから距離を取ると、トーマスは持参した斧を振り上げて木に打ち付けた。
コーンコーンと木を打つ音が響くが、選んだ木が大きすぎたのか、斧はなかなか幹に食い込んでいかない。
暫く見ていたイオルクがトーマスに近づいた。
「俺がやります」
額の汗を拭い、トーマスは大きく息を吐いてから訊ねる。
「慣れていないと、結構、大変だよ。それとも、木を切るのは得意なのかい?」
「はい。見習いの時に下っ端が木を集めるんで、よく切ってました」
「そうなのか」
「どっちに倒すんですか」
トーマスがケニーの立つ反対方向を指差すと、イオルクは指で丸を作る。
「じゃあ、これ」
トーマスが斧を差し出すと、イオルクは右手で制した。
「斧はいりません。これを使います」
イオルクは左の腰に下げた剣を叩いた。
「剣で?」
「ケニーのところまで離れていてください」
言われるままトーマスがケニーのところまで離れるのを確認すると、イオルクは左の腰の鞘から剣を抜いて両手持ちにして腰を落とした。
「ふぅぅぅ……」
大きく息を吐き出し、両足を開いてどっしりと腰を落とし、普段はやらない鎧斬りという剛剣を発動する構えを取る。
鈍らな剣ではイオルクが繰り出す技に剣が耐えられないが、フレイザーに貰った鋼の剣の強度と切れ味なら可能になる。
(兄さんに貰った剣を疑うわけじゃないけど、これから使う上でこの剣の切れ味は知っておきたい。人じゃない木が相手なら遠慮なく試せる)
体を右に捻り、左足を踏み込む。前に体重を向けさせつつ右足を蹴り、足からの回転を腰へ。
(よし! 上手く体重が乗った!)
回転は腰から上半身、両腕へと伝わり、捻る力と向かう力が束ねられ、右から左に一閃する。
(……さすが兄さんが造らせた剣だな)
イオルクはゆっくりと腰を上げながら背筋を伸ばして剣を鞘に納めた。
その数秒後、木は枝葉を揺らして大きな音を立てて倒れていった。
「イオルク、凄い!」
ケニーが驚きの声をあげ、トーマスも感嘆の声を漏らす。
「一振りで……本当に凄い」
目の前に倒れた木の幹を見て、トーマスは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
(これが騎士の実力……そのイオルクが鍛冶屋をやる?)
こちらに向かって歩いてくるイオルクを見て、本当にふさわしいのは今まで通りの騎士ではないのかと、トーマスは思ってしまう。
(これだけの力をつけるために彼は、どれだけの努力をしたのだろう? 騎士を続けていけば、将来、地位や名誉も手に入れられる実力が備わっているんじゃないか?)
そこでトーマスの脳裏にイオルクが見せた切断されたロングダガーの姿が浮かぶ。
(あのロングダガーが、本当にイオルクの道を変えるほどのものだったのだろう。鍛冶屋のボクには分からないけど、武器を扱うイオルクにはとてつもない衝撃を与えたんだ)
将来を分ける分岐点には転機がある。あるいは切っ掛けと言ってもいいかもしれない。それが良い方に転ぶか、悪い方に転ぶかは、やってみないと分からない。
(真剣に見極めないといけないかもしれない)
弟子入りを許したものの、一人の若者の将来を左右する選択が目の前にある。人には向き不向きがある以上、鍛冶屋に向いてないと判断した時は、直ぐに辞めさせるための引導を渡すのも師であるトーマスの役目であり、大人の役目であるとトーマスは思った。
そんなトーマスの胸中を知らないまま、イオルクはトーマスに話し掛ける。
「トーマスさん、斧を貸してください」
「あ、ああ」
考え込んで周りが見えなくなっていたトーマスは慌てて右手に握る斧をイオルクに差し出した。
「借りますね。――さて、あとはバラして運ぶだけだな」
イオルクは倒れた木の幹に飛び乗り、斧を振り上げ……止まった。
(これ、どんな風に切り分けるんだっけ?)
暫し思案すると、直に木を切る目的があったのはトーマスで、トーマスしかどの大きさに切り揃えるか分からないことに気付く。
イオルクの首がトーマスの方へと向く。
「トーマスさん」
「何だい?」
「これ、どういった具合に大きさを揃えますか?」
予定よりも大きな木を見ながらトーマスは右手を顎に当てる。
「そうだね……ちょっと、待ってくれる?」
「はい」
当初の予定よりも大きな木を切り倒すことになり、使える材料は多くなった。
(少し大きめに切り揃えて、村に戻ってから必要な大きさにバラしてもよさそうだ)
一つの木材の重さは重くなりそうだが、その点は一人増えた分だけ協力して運ぶことが出来る。
トーマスはイオルクに指示を出す。
「まず縦に割って、それから横を揃えよう。ボクとイオルクが居るから二人で運べば長めの木材として運べるから、今回は大きめに切り揃えていこう」
「ああ、そういうことも出来ますね」
「じゃあ、縦に四つに割っていこう」
「了解です」
イオルクはトーマスの指示の下、手馴れた感じで木の筋に合わせて斧を振り下ろし解体していく。元より力のあるイオルクの一振りは一回で幹の奥に食い込み、それを根の方から上に向かって繰り返せば、あっという間に大きな木は二つに分かれた。
「騎士というのは、日ごろから木材の解体業でもしているのかい?」
「そういうわけじゃないんだけどね。戦いでの手斧の使い方は習っているから、それを応用しただけ。さ、どんどん指示を出してください」
木を切り倒してから解体するまでの苦労は、身をもって知っている。木材とするために真っ直ぐに切るには重い斧を振り下ろし続けなくてならず、それが如何に体に負担をかけ、疲労を蓄積させるか……。
それを今までの騎士の経験を活かすことで、イオルクは使い慣れた体の動きで対応している。
(……ということは、武器を道具に持ち替えての技術の習得は早いかもしれない。イオルクは経験を活かして応用することが出来るわけだから、武器の扱いに似た道具の使い方は覚えが早いんじゃないか?)
トーマスは、イオルクの経験が鍛冶屋の技術習得に活かされるものもあるのかもしれないと考える。土台になる動きを壊さないまま流用できれば、習得期間は短縮できる。イオルクの見せた動きは、素人目に見ても長い期間修練して身に付いたもののように見えた。
しかし、トーマスは首を振る。
(それを考えるのは、まだ先だな……。ボクはイオルクのことを何も分かっていない。イオルクと話しながら、ボクの技術を伝えられるか考えなければならない。それに――)
トーマスは思い出す。
(――大事なことを確かめてからだ)
また物思いに耽ってしまったトーマスに、木を縦に四つに割り終えたイオルクが話し掛ける。
「トーマスさん、質問していいかな?」
「え? あ、ああ、構わないよ」
「木材と材木の違いって分かります?」
「……は? どうしたんだい? 急に?」
イオルクは斧を脇に挟みながら腕を組んで頭を捻る。
「今一、分からないんですよね。確か材料にする木を木材と言って、加工した木の材料を材木と言うんですよね?」
「確か厳密に言うと、そうだったと思うけど」
「じゃあ、伐採して分解まで終わった状態は、木材? 材木?」
「え、と……木材だと思うよ。これを更に加工して、何かを造る材料になったら材木と呼ぶと思うから」
「でも、木を切る前のそれが木材では?」
「そこは普通に木でいいんじゃないか?」
「なるほど。切られた時点で木材か……」
(イオルクは、何に納得したんだろう?)
イオルクと会話をしていると、時々、妙な質問や答えが返ってくる。真剣に考えていた分、その相反する気の抜けるような質問に思わず気が抜けてしまう。
何故、イオルクから普通の人なら気に掛けないような質問が出てくるのか? これは普通を当たり前のように過ごしていたトーマスには分からないことだった。
イオルクは見習いの時に各地に派遣され、色んなところに行っていたが、そこには戦いしかなかった。見習いが終わってからはユニスのお付きの騎士となり、ほとんどの行動範囲はノース・ドラゴンヘッドの王都に収まっていた。十六年生きてきたが、イオルクの見てきたものは偏った狭いものだったのである。
だから、ここでも城に居た時と同じで好奇心が顔を覗かせ、知識である木材と材木の違いを実際に目の当たりにして考えずにいられず、思わずイオルクらしさというものが出てしまったのであった。
…
木は木材に分割され、様々な大きさに合わせて積み上げられる。思いもよらなかったイオルクの手際の良さに予定していた時間よりも早く作業が済んだ。
「無理しなくていいから、それぞれ持てる木材を持ってね」
そう声を掛けたトーマスが中間的な大きさに分解された木材を一本持ち、ケニーは枝を纏めたものを手に持った。
その横でイオルクはトーマスが二人掛かりで運ぼうとした大きな木材を両肩に二本担ぎ上げた。
「イオルク、力持ち!」
ケニーは驚きながらトーマスに振り返る。
「タダで、いい人見つけたね!」
「はは……。そういうことを言っちゃダメだよ」
トーマスは苦笑いを浮かべながらケニーを注意した。
それを見ながらイオルクは声を出して笑っている。
「重いものは任せてください。騎士の家に生まれて、体の頑丈さは折り紙つきです。でも、すっ転んだりしたら危ないから、二人は少し離れて歩いてね」
「わかった!」
そう元気に返事を返したケニーに、トーマスとイオルクは笑みを浮かべて村へと歩き出した。
それから山中とトーマスの家を何往復もして、木材をトーマスの家の庭へと運び込む作業が続いた。木材は庭の屋根付きの専用の資材置き場に置かれ、桟と木材を交互に挟んで積み上げる桟積みという方法で積み上げられた。
これは立木の時に水分を通していた木が切り倒されて乾燥するにつれ、歪みや曲がりが出るのを防ぐためである。桟積みすることで風通しを良くし、歪みが出ないように自然乾燥させるのである。
…
最後の木材を運び終える頃には、午前中も僅かになっていた。トーマスからすれば、あれだけの量の木材が午前中で運び終わってしまった……なのだが。
とはいえ、ひと仕事終わり、時間的にもお腹の空き具合にしても、丁度、頃合いと、お昼にすることになった。
お昼はトーマスの家の縁側でケニーが作ってくれたサンドイッチを並んで食べることになった。庭に運ばれた壮観な木材の山を見ながら、イオルクはケニーの作ったサンドイッチに噛りつく。
「美味しい」
思わず、本音が出た。
(挟んであるのは、普通のものだよな? 野菜一枚に薄い肉一枚……ソースか? このソースが旨いのか?)
歯形のサンドイッチを指差し、イオルクはケニーに訊ねる。
「このソースって、どこで売ってるの?」
「はあ?」
ケニーは呆れたような顔をして答える。
「こんなもの有り合わせの調味料を混ぜて、辛さを整えるためにマスタードを適当に入れただけじゃない」
「そんなに簡単に作れるものなんだ」
イオルクは残りのサンドイッチを口の中に放り込み、しっかりと味わいながら咀嚼して飲み込む。
「今朝のご飯も美味しかったけど、ケニーは料理が上手いんだね」
イオルクの隣に座るケニーは口に入っているサンドイッチを飲み込んでから理由を口にする。
「毎日、料理を作ってるからね。自然と上手くなっていったんだと思う。お母さんの味に近づけるように、日々、努力してるよ」
唇の端に付いたソースを舌で舐めとり、イオルクは言う。
「へ~、それで腕がいいんだ。俺は基本的な料理しか出来ないから尊敬しちゃうよ」
「基本的? 料理の基本って広いけど、どんなものをイオルクは作るの?」
「このサンドイッチに挟んであるようなソースは作れないから、サンドイッチに味噌挟むだけとか、魚採って味噌つけて焼くとか、獲物獲って味噌つけて焼く」
「何でもかんでも、味噌⁉」
「これが男の基本料理だ」
イオルクは鼻から荒く息を吐き出しながら堂々と言い切った。
ケニーが疑いの眼差しを向けていると、トーマスが用意していたやかんからコップに冷たいお茶を三人分注いで、コップをケニーとイオルクへと手渡す。
「少なくとも、ボクが若いころには味噌だけの料理が主体なんてことはなかったね」
「そうだよね!」
明らかにイオルクがおかしいと言いたげに声が強くなったケニーにイオルクは続ける。
「見習いの連中は料理なんて習ってないし、戦の後は腹ペコだらけだから、獲物を捕ったら『うおおおぉぉぉ! 焼いて食うぞ!』って感じで腹に収めることばっかり考えてた感じだったな」
項垂れた表情でケニーは思ったことを零す。
「……なんか、想像していた騎士と違う。ハンター業をやってる人と違って、騎士って優雅な鎧に身を包んだ礼儀正しいイメージがあったんだけど……」
コップから一口分だけお茶を飲み、イオルクはぶっきら棒に言った。
「まあ、階級の高い騎士は落ち着いた振る舞いをしていたから、俺達の居た部隊が品がなかっただけだろう」
それを聞いたケニーが溜息交じりに言葉を漏らした。
「はあ……。イオルクが、どうしてうちなんて村の鍛冶屋を訪ねて来たか分かった気がする」
そう言って、さっき以上に項垂れたケニーを見てイオルクは声を出して笑った。
その横でフォローを入れるようにトーマスがイオルクに話し掛ける。
「でも、イオルクのお陰で助かったよ。普段、こんなに木材を運べないからね」
「そうなんですか?」
「ああ、普段は二人掛かりで一本運ぶ木材を、君は両肩で二本担ぐから往復する回数も半分だし、必要な人数も半分で済んだよ」
「それだけが取り柄ですよ」
「まあ、あれは凄かったよね」
トーマスのフォローのお陰か、ただの品のない騎士という印象は、どうにかケニーの頭から拭い去られた。
そして、自分がどう思われようとあまり気にしない少年は、視線を屋根付きの資材置き場へ移して言葉を漏らす。
「しっかし、この山のような眺めは壮観だな~」
屋根付きの資材置き場は所狭しとぎっしりと木材で埋まり、まるでパズルでも当て嵌めたように上から下、右から左へと木材が隙間なく詰まっていた。
いつも以上に積み上げられた木材に、トーマスは釣られるように笑ってしまう。ここまで目一杯に積み上げられた資材置き場は、トーマスも今まで見たことがなかった。
イオルクが資材置き場を指差して訊ねる。
「この木材の山、どうするの? 何か作るにしても多すぎない?」
「まあ、暫くは君の練習用に使うだけだね」
「俺だけ?」
トーマスは腕組みをしながら答える。
「道具を使えないと、鍛冶仕事はできないだろう?」
「うん」
「武器には木を使うものもある。まず、金属じゃなく柔らかい木から教えていこうと思っているんだ」
イオルクも同じように腕を組み、上を見上げながら言う。
「確かに弓なんかは、ほとんどが木だもんな……。俺、強い武器としか言ってなかったけど、習得する技術は幅広く覚えた方がいいのかも」
「ボクは、そう思うよ」
これから始まることに、イオルクの好奇心がまたうずき出す。
よくよく考えれば、武器と一括りに言っても扱う材料は沢山あるのだ。木や金属はもちろんのこと、獣皮や骨、繊維を使うこともある。防具まで含めると、他にも多様な材料を使うことになる。また、金属を加工する時は熱を得るための燃料も必要になり、これも材料の一部と考えられるかもしれない。
好奇心が出て来たイオルクが、トーマスに訊ねる。
「木を使うものとして、最初に何を覚えるの?」
「最初は木材を正確に切れるようになるところから始めようか」
「正確に切る?」
「そう。使う物の大きさを揃える。木材を思った通りの大きさに切れるようにするんだ。そして、鑢掛けで木というものに、直に触れて、知って、感じて貰う」
目の前には山のような木材。
イオルクはチョコチョコと右手の人差し指で頬を掻く。
「つまり、これが全部なくなるまで木を使った鍛冶屋の技術を覚えるってこと?」
「そういうことだ」
「こ、これだけやれば、嫌でも体が覚えるな。――ちなみに大きさを揃えるのや鑢掛けが終わったら、どうするの?」
トーマスは、自分の家を指差す。
「ボロボロだろう?」
「まあ、全部じゃないけど、年季は入ってると思う」
「外装と内装を造り替えよう。君が基本的なことを習得しているうちに桟積みした木材の水分も飛んで使えるようになっているだろう」
イオルクは『え?』と声に出し、直に『ああ』と納得しながら空を仰ぐ。
「木材を切り揃えて材木に変えるのは、そのためだったのか……。トーマスさん、しっかりしてるなぁ」
イオルクの反応に、トーマスとケニーは笑っている。
「大きな柱は、一人じゃ無理だからね。イオルクのような人手がある時にしっかり直さないと」
イオルクは、してやられたことを楽しむようにニカッと笑う。
こういう考えをする人は嫌いではない。
「じゃあ、しっかり食べて頑張らないといけませんね!」
「ああ、そうしてくれ。午後に切り分ける木材の大きさを指定するから」
「了解!」
イオルク達は、笑いながら昼食を続けた。