三ヵ月後――。
村では色んなことが噂になっていた。日々、改築が進み綺麗になっていく鍛冶屋のトーマスの家。子供達に紛れて遊ぶ、謎の長身の青年。そして、その青年が何故かケニーの子分になっていること……。
ある日、一人の主婦がトーマスに事の真相を聞き出すことになった。主婦は鍛冶屋のトーマスの家を訪れ、家に誰か居るかを確認しようと縁側のある庭に回った。
その覗き込んだ最初の場所が悪かったのかもしれない。主婦が庭先で見たのは、木材に鉋を引いて材木を造っているイオルクの姿であった。それを見た主婦は、イオルクを大工だと勝手に思い込んでしまった。
そして、縁側でトーマスと会話をした主婦は、トーマスの説明をどう勘違いしたのか、イオルクをお金を取らない大工というように理解してしまい、間違った話を井戸端会議で村の主婦達に広めてしまった。
その結果、ここ数日の間に村中の依頼がトーマスの鍛冶屋に舞い込んできていた。
「何で、こうなったの?」
「本当だね……」
縁側でイオルクとトーマスは茫然としていた。
鋸を引いたり、鉋を掛けたり、鑢を掛けたり、鑿を使ったりと、基本の道具の使い方を覚えたのは木という材料を理解するために他ならない。これらの大きな材木を加工する技術は基礎的な使い方の習得までを目的としており、トーマスの家の改築をもって終わりを迎えるはずだった。
そもそもイオルクは大工になるわけではなく、鍛冶屋として必要な技術の習得ができればいいのだ。武器として扱う材木は手に収まる大きさでことが足りる。大きな材木で柱や板壁を造ることよりも、手に収まる武器の材料を加工する技術の方が重要になる。小刀で弓を造る技術や彫刻刀で模様を刻んで装飾を入れる技術などを向上させる方が重要なのだ。
よって、村の家をすべて修繕して、家の柱を造る技術などを更に向上させる必要はない。
「折角、鍛冶修行に入って鉄の精製をすることになったのに……」
イオルクはがっくりと肩を落として溢す。
「また材木造りをしないといけないのかよ……」
大工仕事から鍛冶技術に必要な木材の加工を経験して一通りの道具の扱いを覚えたため、明日からは鍛冶仕事に必要な技術を覚えていくはずだった。
「はぁ……」
溜息を一つ入れ、イオルクは三ヵ月で増改築に成功したトーマスの家に視線を向ける。
トーマスの家は古くなった柱や壁を修繕しただけではなく、余った材木を使って内装にも手を加えていた。トーマスとケニーの部屋が広くなっており、その分だけ家を大きく改築した。
外観を見ると、新しくなった箇所が模様のように家を彩り、誰が見ても改築が入ったのが分かるぐらいに目立っていた。
「……調子に乗り過ぎて、トーマスさんの家を増築したのがいけなかったのかな?」
「ボクも、イオルクにここまで大工としての才能があるとは思わなかったよ」
イオルクは左手を腰に当て、右手を返しながら答える。
「多分、今なら簡単な長屋ぐらい造れるんじゃないですか? 大工の極意って、どっちかと言うと図面を起こしたり、さしがねの使い方だったりな気がするし」
この三ヶ月は濃密な時を過ごしたという自覚があった。
特に後々に影響を与える職人の集中力の習得には積極的に取り組んだ。一ヶ月目は度重なる失敗を繰り返したが、時間を掛けたお陰で職人としての集中力を獲得することができた。職人の集中力を獲得するまでは基礎の繰り返しを徹底し、イオルク自身、決して楽しいとは思えないことも多かったが……。
しかし、基礎を礎にして開花する時は必ず訪れる。材木の減りが多くなったのは二ヶ月を過ぎてからだった。予定よりも早い具合で作業が進み、家造りに必要な材木の乾燥が追い付かなかったぐらいだ。
家に必要な柱は乾燥を待たずに生木のまま使用してしまうと柱になった後で乾燥して四散して爆散してしまうこともあるため、あえて柱に切れ目を入れて乾燥による変形を誘導する方法を入れて対応した。
トーマスがイオルクの三ヶ月の成長を思い返しながら言う。
「イオルクは体で覚えるのが異常に早かったよね」
イオルクは右手で頬をチョコチョコと掻く。
「それは経験ゆえですね。武器を扱うのも真似から入るんで、トーマスさんの動きを真似るという行動は応用が利くんで。でも――」
そう切って、イオルクは途中で難しい顔になった。
「――さしがねの使い方は何度やっても固定したものに行き着かないというか、他にも有効的な使い方があるような気がするんですよねぇ」
(大工仕事に関しては、ボクよりも本格的になっちゃったかも)
このイオルクの成長の早さはトーマスにとって嬉しい誤算ではあったが、自分の鍛冶とは専門外の分野で技術が伸びてもアドバイスができないので、正直なところ喜んでいいのか微妙なところでもあった。
「そこまで拘るなら、いっそ大工になったら?」
「そうなると、本末転倒なんだけど……」
イオルクは腰に両手を当て、溜息を吐く。
「まあ、大工仕事が身についたお陰で、ケニーは部屋が新しくなって大喜びでしたけどね」
トーマスは外から見ても分かる、拡張された部屋のある窓へと目を向ける。
「うちは先祖代々の古屋だったから、ケニーはまさか自分の部屋が綺麗になるなんて思わなかったんだよ」
そういえばと、イオルクはトーマスの家を改築した時のことを思い出す。
トーマスの家は木造で随分と古い感じがしたのを覚えている。今回のように家のパーツごとに修繕が可能なつくりをしているのなら、それを考慮して木造の家は傷んだパーツを取り換えられるようにできているはずだ。それにしては修繕した形跡は小さなパーツのみで、家全体が古臭い印象を受けた。
「村では定期的に家を直さないんですか?」
「その時の村の人員によるんだ」
「人員?」
予想しなかった答えに、イオルクは首を傾げた。
「力のある君は気づかないかもしれないけど、家を修繕するのは大仕事なんだ。修繕には屈強な男が五人は欲しいところだ」
「そうなんですか?」
イオルクは今一、分からないという顔を浮かべた。
それに対し、トーマスは苦笑いを浮かべながら答える。
「大工修行の時、君は一人で資材置き場から材木を取ってきてたよね?」
「はい」
「本来、材木は二人以上で運ぶんだよ」
「へ?」
「家の新しい柱を入れ直すのも、その間に梁を支えるのも、本来、ボクとイオルクの二人だけで出来ることじゃないんだ。つまり、イオルクが一人で重いものを運んだり支えたりしてくれたから出来たことなんだ」
イオルクはガシガシと右手で頭を掻いた。
(もしかして、騎士っていうのは思ったより体のつくりが違うのか?)
こんなところでも、世間の常識と乖離がある。
騎士として鍛えられえた体と職人として鍛えられた体では大きな違いがある。職人が荷物を運ぶ時に背負う重量のものを騎士は武器として振り回すことができるのだ。付け加えるなら、イオルクはブラドナーの騎士としての血筋を引いているので、一般の騎士よりも体が大きく筋肉も付きやすい。
トーマスが説明を続ける。
「だから、村で家を修繕するには条件があるんだ。まず男の子が生まれ、その子が大きく育ち、村の鍛冶屋のボクの家系と一緒に働けること……ってね」
「かつ、頭数が最低四人ってことですか?」
「ああ」
イオルクは『なるほどね』と呟き、腕を組む。
「道理で、ケニーが大喜びしたわけだ。あまりに反応がいいから何かと思ったけど、家の修繕自体が久しぶりだったんですね。調子に乗って色んなものを作ってあげた甲斐がありました」
トーマスは笑顔を浮かべながら言う。
「机とベッドまで造ってくれるとは思わなかったよ」
「まあ、家具作りは鍛冶屋の仕事に活かせそうだったし、材木が生木じゃ使えないから時間に余裕もあったしね。問題はないですよ」
と、ここまでは穏やかな顔をしていたイオルクだったが、顔を曇らせた。
「……誤算だったのは、ケニーの要求の細かったことです。見ました? 俺、ベッドにバラの彫り物を入れさせられたんですよ?」
「そこは本当に面目ない」
トーマスは、イオルクに手を合わせた。
イオルクは溜息を吐きながら資材置き場を見る。
「まあ、トーマスさんの家は予定に入っていたからいいとして、問題は他の家ですね。依頼された家の修繕を本当に全部やるんですか? 資材置き場の材木の残りは、トーマスさんの仕事用に確保してるんでしょう? 足りませんよ?」
トーマスは頷いて答える。
「そうだね。また木を伐採しないといけないね」
「あと、改築する期間にも問題があります」
「ん?」
イオルクは右手の指を三本立てる。
「トーマスさんの家を一軒修繕するだけで三ヵ月掛かりました。十軒直したら二年半近く掛かります」
トーマスは笑いながら答える。
「大丈夫。今の腕なら半年で済むよ」
「半年って……」
イオルクは項垂れた。
「俺、大工になりに来たんじゃないんだけど……」
そのイオルクを見て、トーマスはまた笑うことしかできなかった。
「はは……。それで、どうしようか?」
「どうって……トーマスさん、今から村の人の依頼を断われます?」
そう言ったイオルクにトーマスは激しく両手を振りながら首を振る。
一旦引き受けてしまったものを断われないということだろう。
(まあ、断ったら何が起こるかは、俺も想像できるからな)
イオルクの頭の中には、喚き散らす自分の母・セリアのヒステリックな声が響いていた。
逆らえば、同じように主婦達が喚き散らすのは予想がつく。
イオルクは頭に右手を持っていく。
「まあ、鍛冶仕事ではないけど、やりますか。村のガキンチョ達が大きくなるのを待つのも時間が掛かるし、俺が居る時じゃないと出来ないことだから」
「そう言って貰えると助かるよ」
一息挟むと、イオルクは右肩を回す。
「ケニーだけ特別扱いしたら村の子達に怒られそうだ。あいつらの要望もしっかり聞いてやらないとな」
直ぐに鍛冶修行に入れないのには未練が残ったが、イオルクは割り切った。
村の家を直すにはイオルクの鍛えられた身体が必要で、イオルクが居れば修繕できないままだった村の家々を修繕できる。
これ以上は、村の家の修繕を断る必要はなかった。
イオルクは頼られた。
理由は、それだけで十分だった。
「しっかりと村の家を直しましょう」
そうイオルクが言うと、トーマスは強く頷いた。
「ああ、ボクも頑張るよ」
妙な流れで、イオルクは更に半年の間、大工仕事に精を出すことになってしまった。
しかし、イオルクは笑う。状況を受け止め、回り道をしたのも理解して笑う。
「きっと……俺は、こういうのを楽しまなくちゃいけないんだよな」
ノース・ドラゴンヘッドから追放の旅の期間は、十年。そして、旅には寄り道がつきものだ。旅を楽しむということは、旅先で会った人達とも楽しむということ。
イオルクは空を仰ぎながらトーマスに言う。
「新しい設計図が必要ですね」
イオルクが見上げる空を同じように見上げながらトーマスは言う。
「そうだね。村の家々のつくりはボクの家と丸っきり同じじゃないから新しい設計図を起こさないといけないね」
新しい設計図を作るには修繕する村の家を一軒一軒訪ねて、何を修繕しないといけないかを見積もらなければならない。
また、そこから必要な材木の量を予測し、伐採に必要な木の本数を洗い出す必要がある。新たな木を切り倒すのは、なるべく早い方がいいだろう。生木を乾かすのに、また時間が掛かる。
(半年後には、大工仕事は何でも出来るようになっているかもな)
イオルクはトーマスに目配らせする。
「トーマスさん、今度は設計図を起こすところからやってみたいです」
その言葉をキョトンとして聞いたあと、トーマスは声を出して笑った。
トーマスはイオルクの背中を叩くと縁側へ向かう。
「鍛冶屋には必要ない技術だけど、設計図の書き方も教えよう。好奇心旺盛な君の人生には必要になるかもしれない」
イオルクはニッと笑い、トーマスの後に続いた。
今日から、また大工仕事の日々が待っている。
…
ドラゴンチェスト最初の村での寄り道は、鍛冶修行が始まる前に更なる延長が決まった。
当初の目的である鍛冶仕事の習得から再び遠ざかり、大工仕事の習得という寄り道は、イオルクに何を齎すのか?
習得した大工仕事を活かす場面が、今後あるのか?
予定にない状況に流された技術習得のため、今後活かせる場面があるかは分からない。
それでも、イオルクはこの経験は無駄ではないと思った。たとえ一回限りの活用だとしても、この村で活かすことができれば、それに後悔はないと思えたから。
この村の人が自分をただのイオルクと受け入れてくれたから。