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材料編  10

 引き続き、トーマスの鍛冶場にて――。

 事前説明が終わり、今度はトーマスの鍛冶仕事についての説明に変わる。これは鍛冶職人が、皆、同じことをしているわけではないため、トーマスという鍛冶職人が行う仕事内容を理解するためである。

 村の鍛冶屋のトーマスが教える鍛冶技術とは溶鉱炉を利用した金属――主に鉄の加工になる。そして、この溶鉱炉を使った武器造りというものを大別すると二つに分かれる。一つは鋳物(いもの)、もう一つは鍛造(たんぞう)である。

 この二つの製法を順に説明すると、次の通りになる。

 鋳物の武器造りでは、まず丁寧にならした砂を入れた長方形の木箱に作製する武器の型枠を押し付けて型を取り、型に溶鉱炉で溶かした鉄を流し込む。その後、型通りに冷えて固まった鉄を取り出して叩いて歪みをなくし、最後に焼入れをして表面を硬くした後で磨くだけの製法だ(※1 焼き入れ)。

 次に鍛造での武器造りだが、こちらは溶鉱炉から精製した鉄を取り出したあと、火炉を使いながら融解しない程度に柔らかくした鉄を入れ槌で叩いて鍛え、焼入れと焼き戻しを繰り返して入れ槌一つで武器を作成する製法である(※2 焼き戻し)。

 では、鋳物と鍛造では、どちらが優れた武器を造れるのか?

 それは鍛造である。これにはちゃんとした理由があり、鍛造の鉄を叩くという行為で違いが出るからである。

 溶鉱炉から取り出しただけの鉄は大小様々な大きさで結晶化している。鍛造では溶鉱炉から取り出した鉄を火炉で熱して柔らかくして叩くことにより、結晶を細かく微細なものにして結晶を均等なものにする。更に結晶が均等化した状態で叩くことにより一定の圧力が加わり、金属内の隙間がなくなる。

 この結晶を均等化して隙間をなくすというのが重要な意味を持つ。隙間がなくなるということは均等な結晶同士が押されることでピッタリと合わさり、隙間を作らずに鉄の中に残る不純物や空気を押し出して鉄の純度が高まり、強度が高まるということに繋がるからだ。

 このように鍛造により鍛えられた鉄は、型に流し込む鋳物よりも強度を増すことになる。

 だが、ここで疑問が出てくる。

 だったら何故、強度の劣る鋳物の武器が造られるのか? ということだ。

 その理由は簡単で、武器を大量生産できるからに他ならない。戦をする時には多くの兵士に武器を持たさなければならないが、鍛造で造る武器は一から鉄を叩く分だけ時間が掛かってしまう。明日までに百本の剣を造らなければいけないという時に鍛造で造っていたら間に合わない。素手の兵士と粗悪でも剣を持った兵士を戦わせた時の結果は言うまでもない。


 …


 二つの製造法の違いを説明してから、トーマスは実際に造った鋳物と鍛造の二種類の釘をイオルクに見せた。

 見た目だけでは判断のつかない二種類の釘をそれぞれ両手に一本ずつ持ちながら、イオルクは呟く。

「俺は、今まであまり気にしないで武器を使っていたな」

 普段使っている武器が、何故、同じ形同じ厚さでも強度が違うのか、イオルクは理由の一つが分かった気がした。そこには鍛冶に携わるらない者は知らない、鍛冶職人達の知識が組み込まれているのだ。

 いや、それを言うなら大工仕事も携わらなければ知らないままだっただろう。イオルク自身がさしがねの使い方にこそ極意があると感じ取ったように、どの職業にも、その職業に携わった者しか知らない奥深さがあるのだ。

(武器は鍛冶屋の色んなものが掛け合わさって出来ているんだな)

 イオルクは改めて奥が深いと思った。

 材料、道具、精製法、作成法……始まる前の予備知識の説明だけで大工仕事の時とは違い、説明に時間を掛けている。

(これは別次元だ。振った側から結果が直ぐに分かる騎士。作った側から材木の良し悪しが分かる大工仕事。それに対して鍛冶仕事の結果が分かるのは……)

 イオルクの表情は考え込むような表情に変わっていた。

 その表情の違いで、トーマスはまたイオルクが考え始めたのだと気づいた。

(大工仕事の時も、よく考え込んでいたな)

 それとなく察すると、トーマスはイオルクの思考に新たな可能性を与えようと意識しながら説明を続けることにした。

 トーマスがイオルクの持つ二種類の釘を指さす。

「その釘も用途によって使い分けるから鍛造と鋳物で造ってあるんだよ。例えば、数本しか打てない狭いところを支える釘は強度のある質の高いもので補って、それ以外は大量生産した釘を使うという感じでね」

「用途によって……か」

 イオルクは鍛造で出来た釘と鋳物で出来た釘を掌で転がす。

「あとは単純に太さを変えて強度を調節したりもするね」

「それで釘にも種類があるのか」

 説明を聞き、イオルクは感嘆の声を漏らした。

(釘一つにも、これだけの拘りがある。職人っていうのは発明家でもあるみたいだ)

 きっと、物づくりをしていく度に何度も壁にぶつかり、その度に用途に合わせた道具や手法が生み出されてきたのだろう。そして、それを継承し洗練し、今の技術としてここにある。

 その一端を、今日、イオルクはトーマスから受け取っている。

 イオルクは鍛造の釘を右手で握り込んでトーマスに言う。

「鍛冶屋は色んな要求に応えて“もの”を造らないといけない。俺は、その要求に応えられる鍛冶屋になりたいと思う。でも、俺が一番に求めるものは、ノース・ドラゴンヘッドで俺のロングダガーを切り裂いた武器を超えるもの。鋳物の武器も造るけど、最終的に俺の目指すものは鍛造の武器だ」

 強い視線で訴えたイオルクに、トーマスは頷く。

「そうなるね。でも、鋳物の武器も進化し続けているから油断は禁物だ」

「鋳物の進化?」

 トーマスが再び頷く。

「鍛造が純粋な金属を叩いて鍛え上げていくのに対し、鋳物は型に流す前の溶鉱炉の中で色んなものを混ぜて不純物をなくしたり、逆に混ぜたもので結晶の隙間を埋めて強度を上げる。よく混ぜられるのは不純物を減らす石灰だ」

「鍛造と鋳物で溶鉱炉で溶かす金属に対するアプローチが違うんですか?」

「ああ、違う」

 はっきりとと肯定して、トーマスは説明を続ける。

「イオルクは騎士だったから鍛冶屋で金属を叩いているのを見て、火花が飛んでいるのを見たことがあるだろう?」

「あります」

「その火花に含まれているものが、金属から叩きだされる不純物だ」

「あれ、不純物だったんですか?」

「そうだよ。だから、叩き終わった時には叩き始めた時の金属よりも軽くなっている。そして、不純物がなくなったことで純粋な金属が残ることになるんだ」

「火花が出るのは、そういう理由なんだ」

 トーマスは頷き、右手の人差し指を立てる。

「じゃあ、鋳物で不純物を追い出すには、どうすればいいと思う?」

「どうって……叩こうにも溶鉱炉でドロドロになるまで熱した金属を叩くなんて出来ないから――あ」

 イオルクは気づいた。

「それで溶鉱炉で金属を溶かす時に手を加えるんですね!」

 トーマスは頷く。

「鍛造で精製する金属と鋳物で精製する金属は別物なんだ。鍛造で精製する金属は不純物を含まない純粋なものを目指す。それに対し、鋳物は二つの手法でより良いものを目指す。金属の精製のアプローチとしての一つは型枠に流し込んだ金属ができるだけ純粋で、鍛造のように均一な金属の結晶で取り出すアプローチ。もう一つは均等化されていない結晶の隙間を別のものを混ぜて補うことで、鍛造で叩いた金属の質に近づけるアプローチだ。これは日進月歩でどちらのアプローチも進んでいて、一概にどちらの方が優れているとは断言できない。色んなものを溶鉱炉で混ぜて、日々研究が行われている」

 ここでトーマスは眉を歪め、声を落とす。

「だけど、実のところここはあまり説明できない。さっき石灰が不純物を減らすということを伝えたけど、何で不純物を減らせるのかまでは分かっていないんだ」

「……そうなんですか?」

 トーマスは苦笑いを浮かべる。

「鋳物が進化していると言ったのは溶鉱炉で溶かす金属以外に入れる材料を鍛冶屋が色々試して発見して、使える情報を他の鍛冶屋に広めたからなんだ」

「そういう経緯で技術が広まっているのか」

 イオルクは顎に右手を当てて撫でる。

「そうなると、鍛冶屋によっては門外不出の独自の製法を隠し持ってる人も居るかもしれませんね?」

「居るだろうね。研究には時間もお金も掛かることだから、おいそれと人に教えられない情報もあるだろう」

(鋳物は鍛造のように叩いて技術を磨くというよりも、地道な研究を繰り返して試し続けるようなイメージだ。将来的に鍛冶屋を開くことになったら、俺も色んなものを研究するようになるのかな?)

 イオルクは鋳物に対しての結論を確認するように訊ねる。

「つまり、鋳物は鍛造に劣るにしても、鍛造で叩いた金属の強度に近い仕上がりへ日々近づいているってことですよね?」

「その通りだ。鋳物で造った大量生産の武器が強度と粘りを持つようになり、その武器が曲がり難く折れ難いものに変わっていっている。これがどれだけの脅威かは騎士だったイオルクの方が分かるだろう?」

 イオルクは片眉を歪めて右手を頭に持っていく。

「確かに大量の敵すべてに良質の武器が行き渡るというのを想像すると怖いですね。壊れ難い武器というのは戦うのを有利にするだけでなく、戦闘可能時間の延長にも繋がる。持久戦なんかに持ち込まれたら、更に怖い」

「そういうことだ。そして、今の説明で金属以外の材料を扱う知識というのも重要なのが分かったはずだ。金属を鍛える腕も必要だが、その金属の特製を理解して応用する知識も研究し続けなければいけない」

「技術と材料の研究か……」

 今日、何度目になるかの感嘆の声。

 トーマスの説明を聞いて、今まで自分が扱っていた武器がどれだけの鍛冶職人の努力があって手元に辿り着いたかを想像すると、今度からは粗野に扱えない気がした。

 しかし、数多の戦場を駆け抜けてきたイオルクの頭の中には、かなりぞんざいに扱った武器の記憶があり、途端に申し訳ない気分になった。

「う~ん……もう少し丁寧に使うべきだったなぁ」

 眉をハの字にして溢したイオルクの言葉が、トーマスには何となく騎士時代の言葉だと分かった。

(造る者と扱う者の認識の違いだな。ボクは逆に自分が造った武器がちゃんと使う人の手に馴染むか、強度不足で破損しないかなどが気になるところだ)

 騎士と鍛冶屋の視点では受け取り方や考え方が変わってくる。

 トーマスは、それもまた面白いと感じる反面、騎士として武器を扱っていたイオルクがここに居て、その騎士の考えを聞けるのは貴重なように感じた。

「まあ、色々と言ったけど、最初の基になるものがないと技術も磨けないし、材料の研究も出来ない。今日から、どんどん溶鉱炉と火炉を使っていこう」

「はい」

 早速、鍛冶場では鋳物の鉄器造りが始まった。

 トーマスは鋳物を造るために使っていた溶鉱炉に鉄鉱石を溶かすための燃料を追加し、鞴で風を送る。

 溶鉱炉の温度が上昇し出すと、トーマスは長年の経験から鉄が溶けるまでの時間を予測して、イオルクに暫く待つことを伝える。

 その溶鉱炉の鉄鉱石が溶けるまでの時間で、イオルクは、もう一つ質問する。

「一番最初の方の説明に戻るんですけど、最後に焼き入れをするって言ってた“焼入れ”っていうのは、どういう技術なんですか?」

「その説明は、まだだったね。鋳物でも鍛造でも最後に叩き終わった武器を熱して水につけることをするんだ。こうすると加熱した鉄が急激に冷やされ、鉄が鋼に変わって硬度を増す。これが焼き入れという技術だよ」

 トーマスが右手の人差し指を立てる。

「ただし、硬度が上がると靭性が弱くなるから脆く折れ易くもなるんだ。靭性――金属の持つしなりが弱くなるんだ」

 思い出したようにイオルクはポンと手を打つ。

「ああ、それで騎士剣って厚いのが多いんだ。薄ければポッキリいくけど、厚ければ折れ難いから」

「そうだね。騎士は力があるから多少重くても剣を振れるから剣に厚みを持たせている者が多い印象だ。でも、焼き戻しという鋼を再加熱して徐冷する技術を使えば、硬度は下がるが粘り強さを得ることが出来る。こうなれば薄くても折れ難い。だけど、その半面硬くない分、曲がりやすいけどね」

「逆も出来るんだ……」

(いや、それも出来て当然か。打ち直して修理することもあるんだから)

 トーマスが続ける。

「つまり、最後の仕上げに鍛冶屋は焼入れと焼き戻しを繰り返して、硬度と靭性のバランスを取って客の依頼に合わせた武器へ仕上げるんだ」

 イオルク頷く。

「どれぐらい硬く、どれぐらいの厚さで、どのぐらい折れ難いか、という注文ですね」

「ああ、傾向としては大量生産の鋳物はバラつきが出るからどこからどこまでという間での注文が多く、鍛造は一点ものだから細かい注文を要求される感じだね」

 イオルクはコリコリと額を右手の人差し指で掻く。

「硬度、厚さ、強度……厚ければ全部解決だけど、厚過ぎると切れ味は落ちるし、何より重い武器になってしまう。このバランスを調整するのは大変そうだ」

「ここら辺は鍛冶屋としての感覚が大事だね」

 トーマスの話を聞いてイオルクが想像したのは、何回もの試みの繰り返しであった。

 客の要求に応えることができたかは、当然、確認をするために試し切りなどもするだろう。その時の失敗は造り直しを意味し、上手くいくまで何度も造り直しが必要となる。

 失敗に対する出戻りの大きさを想像して、イオルクはクラリと頭が傾く気がした。

 イオルクは恐る恐るトーマスに訊ねる。

「ちなみになんですけど……硬度、厚さ、強度のバランスの感覚を覚えるコツはあるんですか?」

 トーマスは笑みを浮かべながら――

「努力あるのみ」

 ――と、キッパリと答えた。

「鉄を叩いて自分の手に返る感覚を体に覚え込ますしかない。こればっかりはボクの感覚をいくら伝えても、イオルクが完全に理解することは出来ないよ」

「なんて厳しい世界だ……」

「そうだよ」

 イオルクは天井を仰いだ。

(これ……たぶん、騎士みたいに全力で武器を正確にぶん回せるかっていう話じゃないよな。もっと繊細な感覚を身につけないといけないって話だ)

 今まで身につけた技術とは明らかに違う技術の習得。繊細さというものは、今までやってきた騎士とも掛け離れている気がするし、イオルクの性格からも掛け離れている気がした。

 しかし、イオルクの口元は徐々に唇の端を上げ、顔を落とし両手を見る。

「……でも、楽しそうだ。何か、自分にしかない感覚を持っているっていうのは特別な感じがする。それは自分だけにある絶対で、誰にも侵されることのない宝物みたいだ」

「宝物……?」

 突いて出たようなイオルクの言葉に、そうかもしれないとトーマスは自分の中にある技術を思い返した。振り返れば、随分と長い間、鍛冶屋として仕事をしてきた。こうしてイオルクに鍛冶仕事を教えることができるのも、自分がひたすらに努力を重ねてきたからに違いない。

 自分の作り出すものは自分にしか出来ない。積み重ねてきた自分にしかない唯一無二のものに他ならない。トーマスは自分に身についた技術が誇らしく思えた。

「確かに宝物だね」

 トーマスの言葉に、イオルクは頷いて見せる。

「俺、トーマスさんに鍛冶仕事を教わって色んなものを造ってみたいです」

「ああ、たくさん造ろう」

 イオルクはニッと笑う。

「この村ではどんなものを造っているんですか?」

「主に農耕器具と調理器具かな」

「……え? 武器は?」

 トーマスは苦笑いを浮かべながら肩を竦める。

「武器造りを目的に来たイオルクには申し訳ないが、ここは山の中の村だよ。自給自足のための道具が主流だ」

「……そう言えば、ここの内陸へ売りに行く時に売り物として造ってるって言ってたっけ。トーマスさんは、いつ武器を造ってるんですか?」

「村の皆の注文が終わってから、内陸で売って貰う用に造り溜めをする時だけだね」

(よく考えれば、この村に武器の需要はないもんな……)

 イオルクは焦り過ぎたと頭をガシガシと右手で掻いた。

 そもそも武器しか造れない鍛冶屋になっては客を選ぶことになる。職人としての感覚と知識を身につけ、精進の上、一人前の鍛冶職人になるための努力の方が先だ。

 イオルクは目の前のことに集中しようと反省する。

 そして、待つこと十分。トーマスが溶鉱炉の様子を見て、イオルクに声を掛ける。

「さあ、武器造りを習得したいのも分かるけど、まずは鋳物を使って鉄の特性から理解しよう」

「はい」

 溶鉱炉の鉄鉱石が溶けて型枠へと流す準備が整うと、鍛冶場には熱気が篭もり始める。

 それと共にトーマスの指導にも徐々に熱が入り始めた。



〈〈補足〉〉

 鍛冶屋の技術である焼き入れ、焼き戻しについてですが、これらは現代の科学でマルテンサイト化という現象で説明がつく現象です。焼き入れによって鉄から鋼に変わった鋼の強度は、鋼に含まれる炭素量によって硬度と靭性が決まるということが分かっています。

 ですが、この物語ではそれらの説明を入れていません。マルテンサイト化を含めて説明すると膨大な説明が必要になるうえ、原子を知ることのないこの物語の人々が炭素の量うんぬん……と会話をすることになってしまい、物語に違和感が出てしまうからです。

 よって、焼き入れ、焼き戻しの説明については、物語の雰囲気を壊さないように私のさじ加減で説明をしています。この物語では漫画の1ページで鍛冶屋が鉄を叩いて熱した鉄を水でジュッとする程度のイメージを意識しました。

 以下の説明程度に理解いただければと思います。


※1 … 【焼き入れについて】 焼き入れは熱した後で急激に水で冷やす方法をいう。これをすると、鉄は鋼に変わる。全体を鋼にせず表面だけにとどめるのは、硬くなると靭性が失われて折れやすくなるためである。


※2 … 【焼き戻しについて】 焼き戻しは熱し直すことで焼き入れ前の靭性が失われる前の状態に戻すことをいう。

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