朝――。
ドラゴンウィングの図書館に日の光が差し込む。
本棚の隙間から差し込んだ光がイオルクの瞼に当たるとイオルクは目を覚ました。大きな欠伸を一つ入れ、伸びをしたいのを我慢しながら目元を擦る。
「朝か……。昨日はほとんど寝ていた気がするな」
深夜に忍び込むために仮眠をし、目的の図書館に忍び込んでから本を読むために朝を待つまで寝ていた。
(偶にはこういう日もあるか……)
騎士の鍛錬と鍛冶屋の鍛錬を欠かさないイオルクが体を動かさずに一日を終えるのは珍しい。そして、今日は体を動かすよりも頭を使う方が主体となる。
昨夜見つけた本を読み始める前にイオルクは集中力を高めて騎士の警戒心を引き出して目を閉じる。本格的に本を読み始める前に自分が場内で捜索されていないかを騎士の警戒心を使って探りを入れるのだ。
(特に殺気立った気配や気の昂ぶりは感じない。侵入者があったことに誰も気づいてないようだ)
周囲に危険がないことを確認して騎士の警戒心を解くと、今度はその集中力を目の前の本へと向ける。イオルクは窮屈な本棚の隙間で鍛冶場の設計図を描いていた本に目を通し始める。
「さて、ここまで忍び込んでおいて何だが、本の内容が外に出すと軍事バランスを壊すようなものなら閲覧は中止しないとな」
イオルクは最後の最期に判断を設けていた。その理由は特殊金属の武器の内容が意図して封印されている可能性があるからだ。温和なエルフが特殊金属の武器を作製しない理由は分かるが、ドラゴンレッグという脅威を抱えている人間が特殊金属の武器の作製を規制する理由はない。もし、イオルクの知らない何らかの理由で特殊武器の作製が禁じられているのであれば、それには従わなくてはならない。騎士として理不尽な争いを止めるために戦ってきたイオルクが新たな争いの火種を作るわけにはいかないのである。
イオルクは緊張した面持ちで読み進める。
「こいつは……」
イオルクの顔がピクリとひくついた。昨晩は流し読んでいて分からなかったが設計図の描いてある本の書き出しはなかなか香ばしい書き出しになっていた。
イオルの顔をひくつかせた本には、次のようなことが書いてあった。
『この本に記載されている内容は何処まで本当か分からない。古代人の遺産を纏めたものと云われているが、筆者である私は出鱈目であると結論して執筆している』
(おいおいおいおいおいおい……この本、いきなり完全否定じゃないか。こんな書き出しをして誰が特殊金属の武器造りを試そうって思うんだ? ……これじゃあ、後世に伝わらないわけだよ)
イオルクの心配は杞憂のようだった。人間に特殊鉱石の武器作製の技術が広まっていないのは規制が原因ではなかった。史実を嘘だと決め込んで伝える気がないからだった。
「俺の心配は何だったんだ……」
国が判断したのであれば、イオルク個人よりもしっかりとした検討の上で意図的に特殊鉱石の作製方法の封印は必要なしと判断したのだろう。新たに世界の脅威を生み出すかもしれないとイオルクは閲覧をやめることも覚悟していたのだが、特殊鉱石の武器作製による世界への影響はあまり気にされていないようだった。伝説の武器という大層な扱いを受けていても、世界的な規模で見れば、たった一つだけの強力な武器の存在というのは案外重要な事柄ではないのかもしれない。
とはいえ、これで心置きなく本を読むことができる……できるのだが、エルフの口伝の伝承と違い、人間の伝承はどうなっているのか、とイオルクは項垂れる。
「できることなら本を取り換えたい……」
しかし、代わりになる本が何冊もあるわけがなく、ドラゴンウィングの王家も執筆をこの筆者以外には頼んでいないだろう。
「読むしかないな」
イオルクはやや諦め気味にページを読み進めていく。しかし、十分、二十分と読み進めるごとにイオルクの頭は痛くなってきた。三分の一ほど読み進めてはみたが、この筆者は暴言という表現でしか伝説の武器について書いていなかった。
(……これは読む気なくすわ。興味があって読んでる俺ですら読みたくなくなってくるんだから。こんな書き方をされたら誰も本の内容が正しいと思えないで作製方法に疑いを持つに決まってる。失敗を前提に書いて誰が希少金属を使用して試すっていうんだ。もし、この本の伝承のせいで特殊金属加工の技術が廃れたとしたら、人間って相当馬鹿な種族だぞ。この国の王族は、何でこんな奴に執筆させたんだ?)
気力をそがれ、本を書いた筆者に僅かな怒りを覚えつつ、罵詈雑言が散りばめられている文章から本題を読み取るという苦行を更に二十分続ける。本の内容はようやく本題の鍛冶場設計へと差し掛かった。
ここでイオルクは舌打ちをした。
「クソ……。ここまでで収穫になったのは最初の見開きにあった鍛冶場の設計図だけだったぞ……。目次に大層なタイトルがついてるから読み進めたけど、まるで子供が宿題の作文の課題を回避するために意味のない文章のかさ増しをしてるのと変わらないことばかりが羅列されてるだけだった。この筆者、ページ単位で対価が決まってて適当なこと書いて金をふんだくってたんじゃないか?」
ぐりぐりと眉間を右手の人差し指で押しながらイオルクは大きく息を吐き出す。
「兎に角、ここからが本題だ。ここにきて初めて里で聞いたゴブレさんの話通りの書き出しが出てきた」
今ではすっかり暗記してしまったゴブレの言葉を、今一度イオルクは思い出す。
『緑風石の火炉に赤火石を燃料として使う。そして、着火に黄雷石を使用し、オリハルコンを錬成する。白剛石の入れ槌でオリハルコンを叩き、青水石で清めた水で焼入れをする。仕上げの砥石はオリハルコンと白剛石の合金で出来たものを使い、水は青水石で清めた水を使う』
この言葉が人間の史実では、どのように説明されているのか? 次のページを捲ると鍛冶場の鍛冶道具ごとに詳細な設計図が目に入り、気になっていた火炉の全体図が目に入った。火炉は開閉口が縦長に鍵を差し込むような形になっていて奥が丸いという独特な形をしていた。
『円形の部分が火炉である。ここに赤火石を燃料として置く。配置は石炭を使用する時と同じで構わない』
(この本でもゴブレさんの言った通り赤火石は燃料扱いなのか。赤火石は金属なのに……)
疑問は解消されないが当時の筆者に聞くことは出来ない。ここは納得できなくても読み進めるしかない。
説明は更に続く。
『赤火石は金属になる素質と石になる素質を持っている鉱石である。着火の際に黄雷石を使用することで赤火石は性質を石に変えることができる』
(金属が石に変わる? 赤火石にはそんな特性があるのか……。エルフの口伝は間違いじゃないんだ)
『この赤火石の石になる性質を利用して溶けたオリハルコンを受ける受け皿を造る。まず金属として溶かした赤火石でオリハルコンを受ける器を造り、その後、焼成に黄雷石で着火をして器の性質を変化させる。これで受け皿は完成だ』
(新しい情報だ……。溶けたオリハルコンを受けるには赤火石じゃないといけないんだ。熱に対する耐久性が段違いってことなんだろう)
『同様に溶かしたオリハルコンと特殊金属の合金を流し込む武器の型も造る。この型は最後の研磨で苦労しないように青水石で清めた水を使って研いでおくとよい。ちなみに型は赤火石の性質が石に変わっているので特別な道具での加工は必要としない』
(結構、赤火石から専用で造る物があるんだな。特殊鉱石の中で一番量が必要になるのは赤火石かもしれない)
『説明が前後したが、火炉を造るのも性質が石の赤火石である』
(火炉の材料は、ここに書いてあったのか。というか、火炉には緑風石以外にも赤火石が必要なんじゃないか)
『さて、黄雷石の着火についてだが……オリハルコンが関わっているらしいが詳細は分かっていない。石に変えるには黄雷石で着火が必要とのことだが、今現在、赤火石が石の性質変化したことは確認されていない』
(これを書いた時には赤火石の性質を変えることは出来なかったのか)
イオルクは右手で顎を撫でる。
(この筆者には分からなかったかもしれないが、ゴブレさんに会った俺には黄雷石の着火の仕組みの予想がつく。魔力を使わないで黄雷石を反応させるなら意思に反応する性質を持つオリハルコンの欠片を黄雷石へ近づけて、そこで集中して放電させて着火するに違いない)
イオルクは右手を頭に載せ、フッと軽く笑う。
(本当にゴブレさんに話を聞いといて良かった……。ゴブレさんからオリハルコンを見つける方法を教わってたから予想できたけど、オリハルコンの入手方法が分からなければ黄雷石での着火方法は、ずっと分からないままだったんじゃないか?)
過去に廃れてしまった高度な技術はエルフの伝承だけでも人間が残した史実だけでも解き明かせない情報だった。エルフの伝承を教えて貰ったイオルクがここに居なければ、今後もこの技術は埋もれたままだったかもしれない。
そして、その埋もれたままだったはずの人間が残した史実の本の内容は、まだ終わっていない。イオルクは頭に載せていた右手を戻してページを捲った。
『最後に火炉に繋ぐ円筒についてだ。これを緑風石で造る。この円筒は鞴(ふいご)の役目で風を自動で送り続けることが出来る造りになっており、通常の鞴とは比べ物にならない熱量を生み出すことができる』
(ここは微妙にゴブレさんとの伝承と違うな。火炉を緑風石で造るということだったけど、火炉は石に変わった赤火石で造って、それに繋がる円筒状の鞴が緑風石できたものだった。口伝と言ってたから少し間違ったのかな? ――いや、火炉と鞴が一体になっている特殊なものだから上手く口伝で伝承できなかったのか。この情報をゴブレさんに伝える機会は……もうないか)
イオルクはここで読むのを一旦止めた。恩のあるゴブレに伝えてあげたい内容だったが、人間のイオルクがエルフの里を訪れるのはエルフ達にはリスクしかない。万が一にも後を付けられて人間に里の位置がばれてしまっては取り返しがつかない。エルフの里を再び訪れるのは諦めるしかなかった。
大きく息を吐き出して残念な気持ちを切り替えると、イオルクは続きを読み出した。
『緑風石の鞴の作製でポイントとなるのが月明銀だ。月明銀に送風のマークを刻みつけ緑風石を制御する』
(??? 何のことを言ってるんだ? 月明銀? 騎士団の銀の鎧以上の鎧に使われている素材のことだよな? 魔法防御が高い。月明銀にこんな特性があるのか?)
『月明銀はオリハルコンを除く特殊金属の魔法特性に形態変化の効力を持たすのに使う。例えば、火球。これは炎の魔法を球状に留めている。これを赤火石で鍛えた武器に球状の能力を持たせるには棒状の月明銀に球状を意味するマークを刻み、芯に埋め込むだけでいい(ちなみにここでは例として棒状としたが、当然、棒状である必要もない)』
(こんな簡単な細工で形態を付加できるのか)
『補足になるが形態変化で使われる月明銀は使用する武器に合わせて大きさが決まってくる。例えば剣だが、これの柄に月明銀の棒を埋め込むのは一つにするべきだろう。折角造る特殊金属の武器に月明銀を大量に使用するのは本末転倒以外の何ものでもないからだ』
(月明銀の大きさ……そういう制限もあるのか。この本の通りだとすると暗殺事件の時に見た隊長の持っていた赤火石のレイピアには剣身を熱する形態変化が付いていて、あのレイピアから炎を撃ち出したりすることはできないということになる。逆に炎を撃ち出すレイピアだったら剣身を熱する効果は持てないということか。同じ見た目の特殊鉱石の武器があったとしても、備わっている能力は同じとは限らないんだな)
武器に付与する能力については分かった。では、火炉に風を送り込む緑風石の鞴はどういう仕組みなのだろうか?
イオルクは悩みながらも一つの仮説を立てる。
(たぶんだけど、緑風石の鞴には少なくとも二つ以上の能力が付いてるんじゃないだろうか? 隊長の赤火石のレイピアを考えた時、剣身を熱するための魔力は自分自身で注いでいた。これに対して、この本では緑風石の鞴についてそんなことは記載していない。つまり、緑風石の鞴自身が魔力を取り込んでいると考えられ、『魔力を吸収して風に変えろ』という命令の刻まれた月明銀が組み込まれているはずだ。そして、鞴である以上風を送ることを考えると、『火炉の方に風を送れ』という命令の刻まれた月明銀も組み込まれているはずだ。武器は柄に仕込むのがせいぜいだけど、鞴なんてでかい装置なら武器の何倍も大きさがある。緑風石の鞴がこの二つの命令を実行できるのは大きさが関係しているに違いない)
武器に限らない大きなものであれば、鞴にとどまらず何か便利なものを造れるのではないか? と一瞬、イオルクの頭に過ぎった。
「…………」
しかし、直ぐにイオルクは首を振った。
(おそらく『魔力を吸収しろ』の命令を月明銀に刻んでも利用できる魔力の量は多くない。火炉に接続できる大きさの緑風石の鞴を使っても風を送る程度の魔力しかかき集められないことを考えると、特殊金属を使った見返りが得られるほどの結果があるとは思えない)
そう。特殊金属を使ってまでの結果を得なければならないのである。希少金属であるが故の値段を想像した時、特殊鉱石の鍛冶場を造ったあとで、どれだけイオルクの手元にお金が残っていることか。
(鍛冶場に必要なもの以外の特殊金属の利用方法は考えるのをやめよう)
金銭的事情で実現できないものをいくら考えても時間の無駄だと判断し、イオルクは反れていた考えを本の内容へ戻す。
(とりあえず、この本の書き方は酷かったけど史実は脚色しないで書いてくれているみたいだ。ゴブレさんの話と突き合わせて、ようやく本来の鍛冶場の姿が見えてきたし、特殊金属の武器に形態を刻む方法も分かった。あとは形態変化のマークを……)
次のページを捲った瞬間、再びイオルクは絶句した。そこに載っていたのは月明銀に刻み付けるマークの多彩な種類の紹介だった。しかも、ここに載っているのはほんの一部らしい。
(……そりゃそうだよな。形態なんて山ほどあるんだからこうなるわ。これを全部覚えるのか?)
とてもじゃないが、ここで覚えるなんて出来そうもない。今、将来造る武器の形態を決めて、それだけここで覚えるか?
(待て待て……この本で一部と言ってんだから、別に全部の説明を記載している本があると考えるのが自然だ。ここで全部理解しなくても月明銀に刻み付けるマークの本は、きっと、町でも売ってるはずだ。月明銀はノース・ドラゴンヘッドの鎧にも使われてるぐらいなんだし。とりあえず、今は緑風石の鞴に必要そうな魔力を取り入れるものと送風のマークを覚えて、他に使えそうなヤツを適当に二、三個覚えるだけにしておこう)
月明銀のマークはノース・ドラゴンヘッドででも調達することにして、イオルクはページを読み進めることにした。そして、読み進めていった結果、他の鍛冶道具についてはゴブレから聞いた話と変わらないことが分かった。また、オリハルコン以外の特殊鉱石は通常の火炉でも徹底して火力を上げ続ければ溶かすことが出来るということも分かった。
イオルクは溜息を吐く。
(鍛冶場が最低でも二つ必要になってくるな。自分で開く普通の鍛冶場とオリハルコンを鍛える特別な鍛冶場を二つ用意しないといけない。オリハルコンを鍛える鍛冶場があれば両方を賄える気もするけど、オリハルコンを錬成する鍛冶場で普通の鉄を溶かすには火力が高過ぎるうえに赤火石なんて勿体なくて使えない。逆にオリハルコンを普通の鍛冶場で錬成するのは無理だ)
イオルクは乾いた笑みを浮かべる。
(ははは……。そりゃあ、伝承がしっかりしてなくても廃れるわけだ……。製法の違う鍛冶場を二つも用意するのは相当な労力だし、お金が掛かり過ぎる。しかも、オリハルコンは集め方を知っていたとしても集めるだけで一苦労するから、オリハルコンの武器を一つ造るのに必要なオリハルコンを集めるだけでもどれだけの時間が掛かる分かったもんじゃない。そんな集めるのに時間の掛かるオリハルコンを鍛える鍛冶場は使用頻度が極端に低いだろう。生涯で数回使うかどうかだ。それしか使わない鍛冶場のためにお金を出しても採算が取れるとは思えない。……こりゃ大変だ。クリスじゃないけど、俺もお金を貯めないと――)
「あ」
ここでイオルクは伝説の武器を造った時の材料費と人件費の書かれた本があったことを思い出した。
「もう一冊の本を見れば、具体的に必要な金額が分かるんじゃないか?」
読んでいた本を閉じ、材料費と人件費の書かれた本を開いてざっと読んでみる。
「…………」
一人で専用の鍛冶場を造る予定のため人件費は掛からないので人件費は除外したが、鍛冶場を造るのに必要な材料費だけで信じられないぐらいの0の羅列が並んでいた。
金銭感覚が狂った気がしたイオルクはそっと本を閉じ、現実逃避をするように鍛冶場についての本を読み直すことにした。
…
その後、イオルクはエルフの里で話の内容を覚えた時と同じようにメモではなく伝説の武器の作製情報を頭で記憶することにした。この国が伝説の武器の存在にあまり興味がないことは分かったが、オリハルコンを使った武器が強力であることに違いはない。強過ぎる力は災いを呼び寄せるかもしれない。人の手が触れたり目で見たりするものに残すより記憶という誰も見れないもので残しておく方がいいと判断したからだ。
そして、日が暮れて夜になる頃に暗記は終わり、本を元あった本棚へ戻すと穴だらけの警備のドラゴンウィングの城をイオルクは後にした。
「警備がザルだったせいで思ったよりも早く帰ることが出来たな」
目的の情報を得ることができ、ドラゴンウィングでの重要案件はすべて片付いた感じだ。
「…………」
そのはずなのだが、城の警備がやたらと緩いことがどうにも気になった。一体、ドラゴンウィングの城で何が起きていたというのか?
イオルクは懐を漁り、黄金の林檎を取り出した。これは城に飾ってあったものを持ってきたものだ。
「あんまりいい方法じゃないけど、コイツがなくなっていることぐらいには気づいて欲しいものだな。もし、気づかないようなら、お節介を焼かなきゃならない。手紙を出してユニス様経由でドラゴンウィングに警告を入れて貰わないと」
イオルクの顔が真剣になる。
「ノース・ドラゴンヘッドで起きていたことと同じことがドラゴンウィングで起きているのかもしれない」
一抹の不安を抱えながらイオルクは黄金の林檎を懐へ仕舞うと、クリスの待つ宿屋へと足を向けた。