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材料編  31

 夜――。

 クリスの待つ宿の部屋の扉をイオルクは開ける。部屋ではクリスが何をするでもなく、ベッドに寝転がっていた。

 イオルクは軽く手を上げてクリスに声を掛ける。

「ただいま」

「お前……本当に行ってきたのか?」

「行ってきたよ」

 イオルクがクリスに何かを投げると、クリスはそれを右手でキャッチする。すると、クリスの体が仰け反るように後ろへ引っ張られた。

「重っ⁉ 何だこれ?」

「金で出来た林檎の置物だよ」

 クリスはベッドの上で跳ね起きて胡坐を組んで座ると、鈍い輝きを放つ林檎を服に擦り付けて磨いた。汚れが落ちて元の輝きを取り戻した黄金の林檎を見てクリスが叫ぶ。

「本物じゃねぇか⁉ どうしたんだよ⁉」

「う~ん……ちょっとな」

 さっきまで半信半疑だったクリスだが、こんな高価なものを見せられてはイオルクが城に忍び込んできたというのは嘘ではないと信じざるを得ない。疑心は確信に変わった。

「……お前、とんでもない奴だな。で、コイツは何なんだ?」

「どう説明すればいいんだろう?」

 イオルクは右手で頭をガシガシと掻きながら困り顔で話し出した。

「まず言っておくけど、俺の用事ってのは城の図書館にある本を読むだけだから、特に誰かに迷惑が掛かるわけでも掛けるわけでもなかったっていうのは断っておく」

 クリスが右手の黄金の林檎をポンポンと投げて弄びながら言う。

「まあ、本を読むだけだしな。そこら辺は突っ込まねぇよ。気になるのは、どういった経緯でコイツを盗って来たかってことだな」

 イオルクは腕を組むと小さく溜息を入れて話す。

「実はドラゴンウィングの城への侵入が容易だったことに起因してるんだ」

「……は? いくら気の抜けてるドラゴンウィングでも城の警備がザルってことはないだろ?」

 イオルクが首を振る。

「それがノース・ドラゴンヘッドの城と比べると、どうにも見劣りするんだ」

「お前はノース・ドラゴンヘッドの城にも忍び込んだのか?」

「いや、城勤めの騎士として通ってたんだ」

 その言葉で思い当たったようにクリスが一拍開ける。

「そうか……そうだよな。お前なら城勤めをしている騎士になっていてもおかしくない」

 イオルクが城に忍び込んだというのは直ぐに信じられないクリスだったが、戦場でイオルクの戦いを見ていたこともありイオルクが城勤めをしていた方はすんなりと信用できた。

「で、その城勤めをしていたような騎士のお前が、何で盗みなんてしたんだ?」

「ドラゴンウィングの警備状況を調べたくてな」

「調べる?」

 イオルクは頷いて右手の人差し指でクリスの右手の中にある黄金の林檎を指差す。

「そいつがなくなれば、普通なら大騒ぎになるはずだろう?」

「そうだろうな」

「じゃあ、明日になっても騒ぎにさえなっていなかったとしたら、ドラゴンウィングの警備体制をクリスはどう見る?」

「……ああ、なるほどね」

 クリスは顎を左手で撫でながら言う。

「確かに何も起きないってのは変だ。この林檎はそこそこ値打ちがするものだろうし、薄汚れていても金で出来てる本物だ。なくなったのに気付かないなんてあり得ない。もし、誰も気づかないのであれば、ドラゴンウィングの兵士達の練度は低いと言わざるを得ないな」

「そういうことだ。で、そこを心配している」

「ん?」

 イオルクが腕を組み直した。

「ノース・ドラゴンヘッドでお姫様の暗殺事件が起きたのは知ってるか?」

「国の尊厳に関わることみたいだからぼかした発表しかされてないけど、暗殺事件があったのは世界中が知ってるぜ」

「なら、話が早い。その事件な、内部犯が暗殺者を手招きしてたんだ。しかも、綿密に計画も練られてな」

 クリスの表情があからさまに変わった。

「おいおいおいおい……まさかお前が気にしてるのって――」

「ああ、そのまさかだ。ドラゴンウィングにも同じようなことが起きているんじゃないか、って気にしている」

 クリスは左手で頭を掻いたあと、左手の人差し指を立てる。

「つまり、内部犯によってドラゴンウィングの警備体制が緩まされてる可能性があるって言いたいのか?」

 イオルクは頷く。

「確証がないから断言はできないけど、何日かしても、その林檎に対して何も反応がなかったらノース・ドラゴンヘッドへ手紙を出して内情を探って貰えないか、頼んでみるつもりだ。よその国とは言え、何かあってからじゃ遅いからな」

「何か、きな臭くなってきたな」

 イオルクはノース・ドラゴンヘッドの暗殺事件を経験したため、慎重になり過敏になり過ぎているのかもしれない。しかし、普通という言葉がピッタリとくる国で見えた僅かな綻び。ただの杞憂ならいいが、万が一ということもあり得る。

 部屋の中は重苦しい空気が流れ、静寂な雰囲気が広がった……かのように思えた直後、クリスの普段と変わらない声が響く。

「まあ、それはそれとしてこの林檎はオレが貰っとくな」

「……へ?」

 クリスは自分の鞄を引っ張ってくると、しっかりと金の林檎を鞄に仕舞い込んだ。

 それに対して直ぐ様イオルクが声をあげた。

「ちょっと待て。何で、それをお前が持って行くんだ? 今、話した通り、そいつはドラゴンウィングの警備状況を確認するためのもので確認が済んだら返すんだぞ」

 クリスは右手をひらひらと振って言う。

「別にいいじゃねぇか、そんなもん。気づこうが気づくまいが、どうせ犯人まで辿り着けねぇよ。ここにお前がいるってことは、これから気づくんだろ?」

「……まあ、そうだけど」

「それに騒ぎになっても辿り着けない自信があるから、お前も盗って来たんだろ?」

「それは……そうだけど」

「だったら、この林檎は既に役目を終えていて、誰がどういう風に使おうが足がつかない臨時ボーナスってことじゃねぇか」

「……どういう理屈だよ。それにそれを売ってお金にしたら、そこから足が着くじゃないか」

 クリスはにやりと笑いながら言う。

「安心しろ。そんなヘマはしねぇよ。金なんだから形なんていくらでも変えられるだろ? 削って細かくしてもいいし溶かしてもいいし、王都で売るなんてこともしねぇ」

 自信満々に言い切ったクリスに、イオルクはがっくりと項垂れた。

(犯罪者側の発想だ……。コイツ、俺に『盗って来たのか?』なんて言っといて、しっかりと自分の懐に入れるんだな……)

 溜息を吐きながら、どこか諦めた感覚がイオルクに流れる。

(……まあ、いっか。こんな美術品なんかなくなっても国が傾くようなことはないだろうし、クリスの態度を見てたら真面目に城へ戻すのが面倒くさくなってきた)

 最近は紳士的な態度を取ることが多かったイオルクだったが、元来の性格はクリスに近い。美術的価値を理解せず、粗野で面倒くさがり。盗って来た黄金の林檎も貴族の道楽ぐらいのものとしか思っていなかった。

(案外、コイツとは気が合うかもしれない)

 類は友を呼ぶとでもいうのか。イオルクに妙なところでクリスに親近感がわいた。

 イオルクは一息つくとクリスに話し掛ける。

「話し変わるけどさ。俺もお金が必要になったんだ」

「じゃあ⁉ ……でも、林檎はやらんぞ」

「林檎はいい……」

「そうか? 返せと言われても返す気はなかったけどな」

(コイツ、本当にいい性格してるな)

 イオルクは溜息を吐いた。

「兎に角、これからはハンター業の仕事も積極的にやるから、クリスの手伝いをすることにした。よろしく頼む」

 そう言ったイオルクに対し、クリスはニッと笑って見せる。

「いや~、よかった! これでガッツリ稼げるな! で、どんな案件がいいんだ?」

「性急だな。もう情報を持ってるのか?」

「ああ、持ってるぜ。オレも、ただ無駄に過ごしていたわけじゃないからな。それで?」

 クリスに促されると、イオルクは顎に右手を添えて考える。

「そうだな……二人で仕事ができるんだし、盗賊団なんかを狙ってもいいかもしれない。ハンターの規約では盗賊とかから奪った物品は懐に入れていいって書いてあったから、その方が分け前も多くなるだろう」

「いい目の付け所だ」

「あ」

 イオルクは自分で盗賊団の案件を口に出したことで、ひとつ思い出した。

「実は鍛冶で必要な鉱石関係を集めなくちゃいけないんだけど、城で調べたら高くつきそうなんだ。もし、盗賊が特殊な鉱石類を持ってたら優先的に譲ってくれないかな?」

「特殊な鉱石? 高く売れるなら売って山分けにしたいところだな」

 ここでイオルクは眉間に皺を寄せて頭を傾けた。

「まあ、そうだよな。でも、売ってるものは高そうなんだけど、特殊鉱石は買い取ってくれるのかな?」

 クリスが肩眉を歪める。

「買い取りに何か問題があるのか?」

「いや、特殊鉱石なんて鍛冶屋しか使わないのに買い取ってくれるのかっていうのと、特殊鉱石の買取りを国が認めているのかってのが気になってな」

「特殊鉱石っていうと、その国でしか採れない属性が付いたヤツだよな?」

「そう、その国でしか採れないような希少なヤツ」

「そういうヤツか」

 クリスは額に右手の人差し指を立てて考える。

(う~ん……そっちは詳しくないから分からんな。販売店は国から許可貰って売ってるんだろうけど、オレ達が売る時は盗品だと疑われる可能性があるな。というか、そもそも販売許可が必要なのかもしれない。そんなんで毎回トラブルが起きるのは面倒くさいな。売る度に手続きの足止めが発生することになる。それに重たい鉱石を抱えてる盗賊なんて滅多に出ないだろうし、鉱石ぐらいでコイツの戦力が得られるんなら、そっちの方が得だな)

 クリスは数秒で結論を出し、面倒くささと旅の時間のロスを考えて決めた。

「分かった。鉱石類は好きにしていいぜ。他にも何か優先して欲しいものがある場合は要相談だけどな」

「助かるよ。賞金は山分けにして、他は好きに分配率を決めていい。元は、そっちからの提案だったから取り分はクリスがいくら多くても文句は言わない」

「いい条件だな。まあ、オレも後味悪くなるから9:1で分けるなんてことはしないけど、分配して半端に余ったり割り切れない時は遠慮なくいただくことにするよ」

「ああ、それで構わない」

 ざっくりだが分け前が事前に決まり、鉱石類についても機会があればイオルクに譲って貰えることになった。これで問題なくハンター業に打ち込める。

 イオルクが腰に右手を当てる。

(特殊鉱石のせいで余計なことに会話が反れたな。でも、盗賊が鉱石を持っていたら譲って貰えるわけだし、悪くはな――ん? でも、運よく鉱石を手に入れたとして大量に鉱石があった場合、どうしよう?)

 実際に鉱石を手に入れてからの問題が思い浮かんだ。それを解決する手立てがないわけではないが、それを利用したことがない。

 イオルクはクリスに訊いてみることにした。

「ところでさ、クリスはハンターの預け屋ってのを利用したことあるか?」

「よく利用するぜ」

 イオルクが眉間に皺を寄せながら言う。

「それって……信用できるのか?」

「多分、世界で一番な」

 自信満々に答えたクリスにイオルクは疑問符を浮かべる。

「そんなに信用があるのか?」

「当たり前だ」

 クリスがピッと右手の人差し指をイオルクへ向ける。

「ハンターの連中ってのは、オレを含めて全員金銭主義なんだよ。そいつらが一番大事にするものを蔑ろにしてみろ。この業界は直ぐに崩壊するぞ」

「崩壊って……そこまでのことか?」

「そこまでのことだよ。ハンターなんてやってる奴の性格が控えめで穏やかな奴ばかりなわけねぇだろ?」

「まあ、好戦的な性格な奴の方が多いだろうな」

「だろ? そんな血の気の多い奴らがルールを守ってるのは、金についてだけは運営が裏切らないからだ。だから、ハンター連中はルールを守って利用してんだ。そして、預かり屋もハンターの営業所が関わることだから信用できるってことだよ」

「なるほどね」

(じゃあ、俺もバンバン預けるか)

 クリスが部屋の隅にあった机を部屋の真ん中に引っ張り出すと、その上に地図を広げて最後に手配書を並べた。

「もう聞きたいことはないよな?」

「ああ」

「じゃあ、仕事の話をしようか」

 イオルクが頷いて机に近づくと、クリスは地図の上のドラゴンウィングの王都を右手の人差し指で差した。

「ここの近辺には三つの盗賊団が居るんだ」

 クリスが手配書を指差す。

「そこに載ってるのが、それぞれの盗賊団の頭な」

 イオルクは少し視線をずらして頷く。

「そのうちアジトが割れているのは一つ」

 クリスが城下町から少し離れた草原へ右手の人差し指を動かし、左手で手配書の一つを叩いた。

「ここの草原のどこかにある洞窟を使ってるって噂だ」

(草原か……。こっちから近づけば遮蔽物がないから直ぐ見つかってしまう場所だ。この盗賊は考えて拠点を作ってるのか)

 盗賊の割には使い捨てのアジトではなく守備防衛する拠点を構えていることから、イオルクは攻略の難易度は高い可能性があると思う。

「ちなみにオレはここで賞金首を捕らえたあと、残りの盗賊団の場所を吐かせようと思ってる」

「??? 何で、ここの盗賊が他の盗賊の場所を知ってるんだ?」

 イオルクが疑問符を浮かべてクリスに訊ねると、クリスがニッっと笑った。

「そこが今回の仕事のポイントだ。オレ達がハンター同士で情報提供や協力をするように奴らも情報提供や協力をしてるってことさ」

「盗賊同士が?」

「間違いないと思うぜ。この三つの盗賊団は人数の補強をし合って仕事をしている節がある。過去の被害を調べてみたが、一つの盗賊団じゃ成功しない盗みを何回か成功させている。それが草原の近く以外でも起きているとなれば、盗賊の貸し借りをしているって考えるのが妥当だろ?」

 イオルクは腰に両手を当て感嘆の息を吐く。

「情報の引き出しじゃ勝ち目がなさそうだ。クリスの情報を信頼するよ」

「そうしてくれ」

「じゃあ、明日決行でいいか?」

「ああ、そうしよう」

 両手をパシンと胸の前で合わせると、クリスは不敵に唇の端を釣り上げた。

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