翌日――。
クリスの見つけた案件――盗賊団殲滅のため、まずイオルクとクリスはハンター営業所へ向かう。預かり屋を利用して戦闘で邪魔になる荷物を預けるのが目的で、今後、預けていく鉱石類などを預けるためのお試し体験でもある。
預かり屋のコースは二つあった。
Aコース:一時預かりして再び取りに来るコース。
Bコース:本部に送って各地の営業所から取り出すコース(届くまで、数日掛かることもある)。
イオルクは、今回は鍛冶道具などの重いリュックサックを預けるAコースを利用。Bコースは本格的に鉱石を集めてから利用しようと心の隅に留める。
荷物を置いて身軽になると、早速、イオルクとクリスは王都近くの草原へと向かうことにした。王都の城下町を東へ進んで抜けると他の町へ続く道とは外れた広大な草原が一面に広がっていた。
「さて、行くか」
そう切り出してクリスが歩き始めた。
そのクリスを見て、次に空を見て頭をガシガシと掻いたイオルクは先頭を歩くクリスに今更ながら提案を持ち掛ける。
「なあ、夜に行かないか?」
「何でだよ?」
「昼間だと、草原だから俺達が近づくの丸分かりじゃないか」
「ああ、なるほど……それでも行く」
「何で?」
「夜だと敵が見えないからだよ。オレは夜目が効くわけじゃないし」
「……まあ、それでいいなら」
どうもクリスという人間は、ここ最近会った人間の中では特殊な部類に入るようだ。簡単に言うと、振り回す側のイオルクに近い。一般の頭の固い魔法使いのイメージと、何処か印象が違う。
どこか気の抜けた感じで広大な草原を見回すと、イオルクは溜息をひとつ入れる。
(地図で見た通り大きな草原だ。こんな見晴らしのいいところで盗賊に見つかるのより早くアジトなんて見つけられるのかな?)
アジトを持っている盗賊とやり合うなら奇襲されるよりする方が断然有利である。つまり、こちらが見つからないことが絶対条件なのだが、クリスは用心とか心配とかをするそぶりを見せず、視界が開けているにも関わらず堂々と背を伸ばして歩き続けている。
(クリスに任せていたら大変なことになる気がする……。ここは俺の勘を頼らなければいけないかもしれないな)
クリスのしていない警戒をイオルクは代わりに受け持つことにした。視線をやや遠くに置いて人影や投擲による奇襲に注意しつつ意識を近くよりも遠くに向け、道案内はクリスに完全に任せることにした。
…
そして、捜索を開始してから、時間は随分と過ぎる――。
「この辺りだと思うんだよな」
「あちこち歩いていたけど、どの辺に居るか分かっているのか?」
クリスは腰に手を当て、辺りを見回しながら足を止めると、右足で草原の簡略図を描き、草原の中央よりやや東に右足を置く。
「ここだ」
「クリスは凄いな。こんな目印もない草原で位置を特定できるなんて」
「まあ、地図を頭に入れて、オレの歩行速度と方角から割り出した大体だけどな」
「俺、荷物の量によって歩く速度変わるから、その方法は使えないもんな」
「それは今後、イオルクと旅するオレも使えないってことじゃないか?」
「そうなるな」
「……賞金首を押さえる時は、今日みたいに荷物を預けてくれよ」
「善処する」
クリスは、もう一度、辺りを見回すが人っ子一人居ない。どうも、仕入れてきた情報と微妙な誤差があるようだ。盗賊のアジトの近くではあると思うが、盗賊のアジトは草原の中央やや東ではないらしい。
「よくあることだが……。さて、どうやって見つけようか? 盗賊達が動き出すまで、ここで見張るか?」
イオルクは顎に手を当てたあと、クリスに視線を送る。
「俺達ならではの方法で探すか?」
「何だ、それ?」
クリスが腕を組むと、イオルクが説明を始める。
「俺達は戦場に居ただろう? 戦いの臭いみたいなものを探す感覚が優れているはずだ。それを頼りに探す。盗賊なんて戦う気を出している奴らなら分かるはずだ」
「専門外だな。オレは後ろからの援護射撃がメインだから」
「魔法使いって、勘は使わないのか?」
「あまりな」
「じゃあ、ここから俺の勘で探すけどいいか?」
「期待しましょう」
イオルクは目を閉じると耳を澄まし感覚を研ぎ澄ます。さっき警戒していた意識よりも、少し遠くの外に意識を広げ、ゆっくりと草原を時計回りに確認する。
すると、ここより、東の方から何となく濁った感覚というか雑音みたいなものを感じる。
「やっぱりクリスの情報通り、東は東なんだな。でも、多分、もう少し東だ」
「頼りになるのか?」
「行ってみないと分からない」
今度は、イオルクが先頭に東へと移動を開始する。違和感を感じた東へと歩みを進める度に、その濁った感覚は強くなる。しかし、ここは見渡しのいい草原の中。隠れる場所などないはずだ。
移動すること二十分、人の声が二人の耳に入った。
「ビンゴみたいだな。人の声が聞こえてきた」
イオルクとクリスは草原で身を低くして、声のする方へと足を進める。
そこでは草原の窪地にぽっかりと洞窟が口を開けていた。見渡しのいい草原の中では、絶対に見付からない天然のアジトが、そこにはあった。
「イオルク、オレ達に気付いていると思うか?」
「まだ気付いてないだろう。ずっと話してるし」
(コイツ、あれだけ堂々と草原を歩いていたくせに、一応、仕掛ける時は気にするんだな)
イオルクがクリスに質問する。
「クリスの魔法は?」
「普通の魔法使いと同じだよ。レベルは3まで使える」
◆
魔法について
攻撃魔法は、『地』『水』『火』『風』『雷』の五系統で構成されている。
基本、攻撃魔法魔法は全て、呪文を唱えることで発動するが、魔法を使う者の力量が低いと唱えても発動しない。また、各系統レベルを5まで設定されている。
魔法を極めていくと無詠唱での実行や呪文以外の形態を発動することが出来るが、一般的にはレベル5に達した者が修行をして身につけるのが通例である。
攻撃魔法
レベル1 球体…掌大の球体を発生させる。射程…長。詠唱時間…短。
地…存在しない(レベル1では、魔力が不足して形成できない)
水…ウォーターボール
火…ファイヤーボール
風…エアボール
雷…存在しない(レベル1では、魔力が不足して形成できない)
レベル2 壁…一辺が片腕ほどの長さの立方体を発生させる。射程…短。詠唱時間…短。
地…アースウォール
水…ウォーターウォール
火…ファイヤーウォール
風…エアウォール
雷…存在しない(レベル2では、魔力が不足して形成できない)
レベル3 川…一辺が片腕ほどの長さの正方形からなるエネルギーの奔流。射程…中。詠唱時間…中。
地…アースリバー
水…ウォーターリバー
火…ファイヤーリバー
風…エアリバー
雷…サンダーリバー
レベル4 圧縮…レベル3のエネルギーをレベル1の球体に圧縮して使用する。射程…長。詠唱時間…長。
地…アースボールC
水…ウォーターボールC
火…ファイヤーボールC
風…エアボールC
雷…サンダーボールC
※Cは、Compression のC。ネーミングは仮。人によって呼び方が変わる。~ボールと省略する者も多い。
レベル5 独特…各系統独自の長所を生かしたもの。射程…?。詠唱時間…長。
地…アースイーター(大地が敵を飲み込む)
水…ブリザード(吹雪)
火…エクスプロージョン(爆発炎上)
風…サイクロン(竜巻)
雷…サンダーボルト(落雷)
回復魔法
『回復』『特殊能力』として構成され、『回復』は無詠唱、『特殊能力』は詠唱を必要とする。
◆
イオルクはクリスの戦力を加えて作戦を練り始めるが、クリスは余裕の表情でイオルクに説明に入る。
「作戦は、もう出来ている。オレが魔法を使って奴らの大半を一掃するから、イオルクは残党狩りを頼む」
イオルクは自信たっぷりのクリスに感心する。
「まさか、作戦の立案までしてくれるとは思わなかったよ」
「魔法使いは頭で勝負だからな。しかも、オレは天才の類だ」
「天才か……。頼りになるな」
イオルクは『自分を売り込んできただけはある』と納得する。
「しかし、まず洞窟の前の見張りを倒さんことには、どうにもならん。レベル3の魔法を使うには、少し長めの詠唱が必要だからな」
「あの人数だけなら、俺がやる」
イオルクが洞窟の前に居る盗賊の人数を確認する。
「影に隠れている奴も居ない。見えている三人だけで間違いないな。こっちにも気付いていないし、奇襲すれば仲間も呼ばれない」
イオルクは草の中をゆっくりと移動し、会話をしている盗賊達の後ろで止まる。そして、盗賊達が会話を続けて気付いていないことを再確認すると、窪地に飛び降り、一気に盗賊達の居るところまで走る。
「速いな」
行動に移したイオルクを別の位置から見守りながら、クリスは状況を観察する。
その一方で、イオルクは盗賊達に接近すると鞘の付いたままの剣で、声を出させる間もなく三人を殴り倒した。
「やっぱり、アイツはとんでもない化け物だ」
クリスは戦場でのイオルクの戦いを思い出し、今の戦いと過去のイオルクの戦いを頭の中で重ね合わせる。
「鍛冶屋をやっても衰えなしか……」
クリスは隠れていた草から出ると、窪地に下りてイオルクのところまでゆっくりと歩いて向かった。