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材料編  33 【強制終了版】

 盗族の洞窟のアジトの前――。

 イオルクは倒した盗賊を縛り上げて脇に移動させると、クリスが近づいて来た。

「お見事だな」

「不意打ちだから、こっちが有利なだけだよ。あとは任せる」

「期待していてくれ」

 クリスが洞窟の前に立ち、呪文を紡ぎ出す。焦る必要もないので、ゆっくりと確実に呪文を唱える。

 しかし、その呪文を聞いて、イオルクは首を傾げる。

(何で、一掃するのに風系統の呪文なんだ?)

 戦場で何度も聞いた呪文の一部を思い出すと分からなくなる。何故、風の呪文なのか? また、レベル3の呪文に洞窟内の盗賊達を一掃できるだけの威力を保つ射程があるとは思えない。

 イオルクの疑問を余所に最後の呪文の詠唱に近づくと、クリスは懐から何かを取り出した。

(何だ?)

 クリスが何かの封を切ると呪文の発動と同時に、それを開封する。

「エアリバー!」

 風の奔流が洞窟へと流れ込み、同時に粉が風に乗り洞窟へと流れ込む。

「何の粉なんだ? 神経系の毒か?」

「小麦粉だ」

「は?」

「よく見ていろ」

 クリスは、更に呪文を紡ぐ。

「ファイヤーボール!」

 突き出すクリスの手の先から小さな火球が打ち出されると、洞窟に飛び込んだ。

「これで粉塵爆発が起こって、盗賊は一網打尽だ!」

「粉塵って……!」

 拳を突き上げるクリスの前で爆発が起こる。砂煙のあがる中で、クリスは自慢げにイオルクに振り返った。

「どうだ?」

「大した威力だな……」

「だろ? オレの頭の良さが怖いぜ」

「でも……。あれ、どうすんだよ?」

「あれ?」

 クリスは、イオルクの指差す方向を見る。

「…………」

 爆発により、洞窟は入り口だけが崩壊して埋まっている。

「天才ねぇ……。紙一重の方じゃないのか?」

「オレを馬鹿扱いするな!」

 イオルクは指を差したまま、クリスに怒鳴りつける。

「あの結果を見て、何をほざいてやがる! 中に入れないだろうが!」

「うるせぇな! 天才にだって失敗はあるんだよ!」

「失敗じゃない!」

「アァッ⁉」

「粉塵爆発にそんな威力はないんだよ!」

「え?」

 クリスの勢いが消沈した。

「どんだけ夢見て爆発させたんだ!」

「そりゃ、お前……。爆発炎上の上、洞窟内の盗賊真っ黒こげ」

「夢見過ぎだ馬鹿……。入り口が崩れるだけの威力が出ただけでも奇跡だろうが……」

「そうなのか? だとしたら、凄くないか?」

「……何が?」

「オレは天才なだけでなく、奇跡まで起こせるんだぜ?」

(コイツ、最大級の馬鹿だ……。間違いなく紙一重の方だ……)

 イオルクは、とんでもない足手纏いがパートナーになってしまったかもしれないと項垂れた。

 その一方で、クリスは頭を描きながら、今回の失敗をこう語る。

「やっぱり、勢いで初めてのことを試すもんじゃないな」

「お前なぁ……」

 目の前には、入り口が崩壊して入れなくなった洞窟……。捕まえなければいけない盗賊が見張りの三人だけのはずがない。

 イオルクは溜息を吐きながら、クリスに話し掛ける。

「で? その天才さんは、このあと、どうする気なんだ?」

 クリスは腕を組んで少し考えると口を開く。

「今回は不幸な事故だった。掘り出すの面倒臭いし……、帰るか」

「帰るな! 生き埋めにしたまま殺す気か!」

「……じゃあ?」

 イオルクは苛立ちながら額に手を置く。

「ああ、掘り出すしかないな」

「肉体労働かよ……」

「誰のせいだ! 誰の!」

 怒鳴り終わり、洞窟の前の石や岩を撤去しようとイオルクが歩き始ると、クリスも仕方なく続く。

「クリス、これを魔法でどうにか出来ないか?」

「無理。オレはレベル3までしか使えない。レベル3じゃ、この岩はどうにもならない」

「役立たず……」

 イオルクとクリスは時間を掛け、人が一人通れる隙間を確保することになった。


 …


 二時間後――。

 イオルクは溜息混じりに呟く。

「今度から、絶対に作戦の内容を伝えてから行動しろよ」

「はいはい」

 イオルクとクリスがようやく通れるようになった洞窟に入る。洞窟の中は静まり返り、人の動く気配がしない。

「変だな?」

 洞窟の暗さに目が慣れ始めると原因が分かる。

「全員、酸欠で気絶してる……」

 目の前には大量の盗賊の倒れる姿。しかし、いくら盗賊団が大人数でも、こんなに早く酸欠にはならないはずだ。イオルクが洞窟内の地面を見ると、真新しい足跡が沢山残っている。

「コイツら、パニックになって洞窟内で走り回ってたのか……」

 よく見れば、洞窟内の所々にある松明の火も点けっぱなしだ。それも余計に酸素を失わせた原因だろう。

 イオルクは想像する。確かにいきなり唯一の入り口を塞がれたら慌てるだろうし、その入り口を掘り返すのに動き回れば、酸素を余計に消費する。加えて大人数で密閉されれば酸素消費も激しい。

「オレの作戦通りだな」

 自慢げに胸を張ったクリスをイオルクは睨みつける。

「嘘をつくなよ。偶々の偶然だろう」

「まあ、倒す手間が省けたんだし、縛り上げながら進もうぜ」

 クリスは意気揚々と盗賊に近づき縛り上げていく。それを見たイオルクは、仕方なしにクリスに続いて手伝う。盗賊のアジトは、妙な偶然により壊滅することになったのであった。

「これってさ、ある意味凄くないか?」

「無血開城だからな。でも、忘れるなよ。あと少し遅れてたら酸素が供給されずに、今度は大量殺人になってたかもしれないんだからな」

「…………」

 クリスは反省して大人しくなる。イオルクも、これ以上責めるのはしつこい気がして話を変える。

「まあ、何はともあれ。これで、お宝を回収できるな」

「そうだ! 宝物庫!」

 クリスは顔を輝かせると嬉しそうに洞窟内を駆け回り、宝物庫を探すために奥に走って行った。

「ターゲットの賞金首も捕らえたけど、他に仲間が居るかもしれないって考えないのか? というか、もう酸素が洞窟内に行き渡ってんのかな? 行き渡ってんだろうなぁ……。あの馬鹿が走り回ってんだから……」

 人数や状況の関係もあるが、洞窟は二時間で酸欠になるぐらいに狭い。故に入り口が空けば酸素が回るのも早いようだ。

 イオルクは、クリスの後を追う。

「イオルク!」

 洞窟の奥でクリスの呼ぶ声がすると、イオルクは何かあったかと急ぐ。

「あったぜ」

 クリスの声の先には、盗賊が掻き集めた金品が無造作に置いてあった。

「思ったより少ないな」

「どんなのを期待してたんだ?」

「扉を開けたら一面の金銀財宝が……みたいな」

「イオルク……。夢見過ぎだ……」

 盗賊達が宝物庫に使っていた洞窟の一部屋には、小さな皮袋に入った金貨銀貨が二袋分と大きな麻袋が一つあるだけだった。クリスが中身の分からない麻袋を確認する。

「何だ? 石じゃないか」

 イオルクはクリスの言葉に反応して、クリスの横から麻袋の中身を覗き見る。それは以前、店先に並んでいた緑風石に間違いない。

「これは、俺の宝だな」

「ということは鉱石か。要らねぇな」

 クリスは皮袋の方を持つ。

「お前のなんだから、そっちは運べよ」

「言われるまでもない」

 イオルクが麻袋を肩に担ぐ。

「あと、探していないのは……地下だな」

「地下もあるのか?」

 クリスが指差す。

「階段があるだろ?」

「本当だ。石を積んで造ってある」

「一応、調べるか」

 イオルクとクリスは洞窟の地下へと向かう。地下は松明の炎も点けられておらず薄暗い。しかし、薄っすら浮かぶ鉄の柱は触った感触で分かる。

「ここは牢屋なんだろうな」

「誰か居るか!」

 クリスが大声で叫ぶと、その声に反応して呻く声がする。

「居るみたいだ」

 クリスが消えてしまっている松明にファイヤーボールを打ち込むと、松明に火が灯り直した。ようやく見え始めた牢屋の部屋を見回し、イオルクが壁に架かる鍵を取ると牢の鍵を開ける。

 麻袋を地面に置き、呻き声を上げた件の人物に近づくとイオルクは目をしぱたく。

「ガキンチョ?」

 子供の口を縛る布を取ると、子供は大きく息を吐き出す。

「助かった……」

 クリスがイオルクの肩越しに子供を確認する。

「男の子か。どうする?」

「どうするって、保護するに決まってるだろう。営業所に一緒に連れて帰ろう」

「面倒臭いな」

「クリスは、何もしなくていいよ」

 イオルクは戦場でも何回か孤児や被害にあった子供を助けている。そのため、こういう場面には慣れていた。

「俺達は、ハンターなんだ。とりあえず、ここを出てから話を聞こうと思うんだけど……、いいかな?」

「はい。ありがとうございます」

 件の男の子は、しっかりと返事を返した。上の盗賊達と違って動かなかった分、酸欠の症状が軽かったらしい。

(随分と礼儀正しい子だな。身なりもいいし。もしかして、誘拐目的に攫われた金持ちの子かな?)

 イオルクは、再び麻袋を肩に担ぐと少年に手を差し出す。

「行こうか」

 少年は少し戸惑ったあとに、イオルクの手を握る。

「うわぁ……」

「何か変か?」

「これが剣士の手なのですね。硬い……」

「はは……。豆が潰れて皮が硬くなっちゃったんだ」

 少年は、何処か憧れを持った目でイオルクを見ると微笑んだ。

 それを見たクリスは、イオルクに目を向けた。

「イオルクは、子供に好かれるんだな」

「そこは自信がある。だが、知人の話では俺の精神年齢が子供に近いかららしい」

「的確な意見だな」

「そして、そんな俺は、クリスにも似た感覚を覚えている」

「何っ⁉」

 イオルクとクリスは大声で喚きながら、洞窟の外へと向かった。


 …


 洞窟の外に出ると、クリスは小筒を使い巨鳥を呼び出す。そして、巨鳥が来る間に捕まえた盗賊達のロープを次々と結び、約二十人近くの盗賊をロープで一繋ぎにした。

「これで大丈夫だな」

『大丈夫なわけあるか! お前、この状態で運ばせる気か⁉』

「そうだ」

『途中で、重さで切れるに決まっているだろう!』

「決まってねぇよ。運良く切れれば、何人かは落ちて助かるんじゃないか?」

『受け身も取れずに死ぬわ!』

 盗賊達の必死の訴えに、クリスは面倒臭そうに溜息を吐いたあと、仕方なくハンターの営業所に大人数を捕まえたための援助要請を書く。それを縛り上げたターゲットの中で一番賞金の高い賞金首に貼り付け、一人だけ巨鳥で運んで貰うように一繋ぎの輪から外した。

「イオルク、もう少し待ってくれ。ハンターの営業所から応援が来て、コイツら全部引っ張って貰うから」

「じゃあ、このガキンチョも?」

「持って行ってくれないんじゃないか? ハンターは金銭主義で、慈善事業じゃないんだから」

「そういうもんか?」

「そういうもんだ」

 イオルクは助けた少年を見ると、クリスに話し掛ける。

「先に営業所に行ってる」

「アァ⁉ お前、オレに雑務押し付ける気か⁉」

「もう、用ないし。宝物庫のお金とそいつらの報奨金はクリスにあげるよ」

「乗った!」

 現金なクリスに、イオルクは溜息を吐く。

「……ターゲットの報奨金だけは山分けだからな」

「分かってるよ。それによくよく考えれば、ガキの面倒なんて見たくないしな」

「じゃあ」

 イオルクは少年に向かって、王都の城下町の方を指差す。

「結構歩くけど、我慢してくれ」

「分かりました」

 イオルクと少年が王都の城下町に向かって歩き出すと、巨鳥が頭上を飛んで盗賊のアジトへと降り立つ。

「これから、ハンターの営業所が慌ただしくなるな」

 イオルクは携帯用の水筒を腰から外すと、歩きながら少年に渡す。

「喉渇いてないか?」

「渇いてます」

「町まで近くだし、全部飲んでもいいから」

「ありがとうございます」

 少年は、イオルクから水筒を受け取ると水を口に含む。そして、最初の一口をゆっくりと飲んだあとは、喉を鳴らして一気に全部飲み干した。

「ふぅ……」

 少年は生き返ったような顔をして息を吐いた。

「いい飲みっぷりだな」

「暫く飲まず食わずだったので……」

「じゃあ、仕方ないな。それにしても、捕まってたのに扱い酷いな?」

「直ぐに取り引きをするようでしたから」

「そうだったのか。……あ、そうだ。町に着いたらハンターの営業所に向かうつもりなんだけど、家は近くか?」

「はい」

「じゃあ、大丈夫か。営業所で預けた荷物を取り出したいから、先に寄っていいかな?」

「構いません。それと、これ」

 少年がイオルクに水筒を返すと、イオルクは水筒を再び腰に備え付けた。

 それから暫く歩き続けると、少年がイオルクに声を掛ける。

「イオルクさんと言うのですよね?」

「そうだよ。覚えてくれたんだ」

「はい。私は、グレイと言います」

「髪の毛の色と同じだな」

「はい」

(苗字は――まあ、いっか。どうせ直ぐに別れるんだし)

 グレイと名乗る少年が盗賊のアジトに捕まった出来事を聞きながら、イオルクは城下町へと歩き続けた。

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