王都の城下町――。
城下町に入っても、イオルクとグレイの会話は続いていた。コリーナの時と違い、グレイは何処か憧れを持った目でイオルクと話をしている。時々、グレイの視線がイオルクの左の腰にある剣に向くのを見て、イオルクは少年らしい剣への憧れだろうと思っていた。
そして、二人がハンターの営業所に着いてカウンター席に腰を下ろすと、主人がイオルクに話し掛ける。
「大活躍だったみたいだな」
巨鳥に貼り付けたクリスの連絡を主人は知っているらしい。
「失敗が原因で成功したようなものだけど……」
張り紙には書かれていない真相に主人は首を傾げ、イオルクの隣に座るグレイに目を向ける。
「ところで、その子は――」
少年を見た主人の顔がみるみる変わっていく。その様子を見て、グレイが右手の人差し指を立てて口に運ぶ。
主人は、その行為にあたふたしていた。
「知り合いなのか?」
「え? ああ……、まあ」
「だったら、このガキンチョの親に連絡入れてくんないか?」
主人がグレイに目を移すと、グレイは無言で頷く。
「わ、分かった。連絡を入れとく」
主人の変貌に疑問符を浮かべて、イオルクは首を傾げる。
そして、会話が止まって暫くすると、グレイの方からイオルクに話し掛けてきた。
「イオルクさん」
「ん?」
「イオルクさんは、私の憧れている人と同じ名前なのです」
「憧れ?」
「はい。私は騎士になりたいのです。イオルク・ブラドナーのような正義の騎士に」
イオルクは思いっきり吹いた。
「どうしました?」
「……いや。また、どうして?」
「彼は『世間では戦場の悪魔』とか『人殺しの殺人狂』のように言われています――」
イオルクは、そんな噂があったのかと落ち込む。
「――しかし、私の調べた情報では、そんなことはないのです。彼は戦闘前には必ず敵に宣戦布告し、撤退を勧告した上で戦闘しています」
イオルクは複雑な顔で笑みを浮かべる。
(まあ、そこには色んな理由が絡むんだよな。国同士の戦争なら宣戦布告をして戦を開始して、戦を終える時は終戦協定を結ぶのが暗黙のルールだったり、仲間を守るために、俺に敵を誘導させたかったり、そこそこ有名になってたから、それで逃げる奴が居れば戦う敵が減るって理由で、名乗って宣戦布告することもあったな……)
グレイの言っていた行為の本当の理由は、実は戦を有利に進めるための駆け引きも絡んでいる。イオルクは状況に応じて、名乗ったり名乗らなかったりしていた。例えば、相手が自分を知っていて逃げ出す要素があれば、名乗った上で宣戦布告する。逆に名をあげたり、有名な騎士を倒せば賞金が出るような雰囲気が敵方にある時は、絶対に名乗らない時もある。
故に、そんな駆け引きの行為は、その時々によって、いい噂で流れたり悪い噂で流れたりするものなのだ。
「それで、グレイは憧れちゃったんだ」
グレイは首を振る。
「いいえ、それだけではありません。彼が強いからです」
「まあ、あれだけの敵を打ち倒しているしな。強さに憧れるのもありだ」
「そうではありません。彼は、心も強いのです」
「ん?」
イオルクは首を傾げた。
「彼が戦う理由を御存知ですか?」
(そりゃあ、もう)
「彼は仲間のために戦っていたのです。上官からの命令で死地へ送られる仲間のために……」
(……おかしいな?)
イオルクは、グレイの話に疑問を覚える。
「何で、そんなことを知ってるんだ? ノース・ドラゴンヘッドの機密事項じゃないか」
「数年前にドルズド・メペルトが殺されたのを御存知ですか?」
「知ってる」
「彼が握り潰していた真実が、彼の死を切っ掛けに世間に広まったのです」
(……まさか、ユニス様達が広めたなんてことはないだろうな)
「イオルク・ブラドナーはドルズド・メペルトのことを知っていたにも関わらず、自分の名誉が傷つけられても仲間のために黙秘した。きっと、彼は誇りの方が名誉より大事だったのです。同じ貴族として尊敬します」
(……クロトルとの約束を守っただけだから、実際はあまり関係ないんだよな。名誉とか誇りとか……。っつーか、どれだけの情報が広まってんだ? 二年近くも隔離された場所に居たから分からんな。もしかして、クリスもグレイの話してる噂を聞いて、俺を誘ったのか?)
イオルクがあれこれ考えているうちに、グレイの話は終わりに近づいていた。
「――だから、私は彼のような男になりたいのです」
途中、少し聞き逃したが、グレイの最後の言葉にイオルクは反応した。
「お勧め出来ないな」
「何故ですか?」
「いくら取り繕っても、人殺しは良くないことだ」
「人殺し?」
「そう」
「…………」
イオルクは主人に飲み物と料理を二人分注文すると、話を続ける。
「子供の頃は騎士とかってカッコイイとか、名誉ある職業とかって思うかもしれないけど、実際は、さっきの盗賊達と変わらないんだ」
「では、誰が正義を守るのですか?」
「皆だよ」
「皆?」
「そう。皆が正義を守れば争いは起きない」
「……理想論です」
イオルクは首を振る。
「理想論なんて言葉で誤魔化しちゃダメだ。だから、騎士なんてものがある。それをカッコイイって勘違いしちゃいけない。騎士達は、皆の間違いを後処理するために戦っている。騎士が居るということは、皆が正義を守っていない証拠だ。だから、正義を語るなら騎士もパン屋も鍛冶屋も農民も、皆が等しいんだ」
「…………」
グレイは『同じ貴族として尊敬します』と言った言葉を否定された気分になると、視線を下げてしまった。
イオルクはグレイを励ますつもりで話を続ける。
「まあ、皆等しいんだから、その中から騎士を選ぶのも自由なんだけどね。グレイは俺より幼いから、そこに気付いて、これからの人生を選んで欲しいってことだよ」
「……重みが違いますね」
「そうかな?」
「ええ、私の憧れだけの言葉とは違う」
グレイは視線を上げる。
「それでも、私は強くなりたいと思っています。守られる存在だけでは居たくありません」
イオルクはチョコチョコと頬を掻く。
「……もう、そんなことを考えてるの?」
「はい」
「俺はグレイぐらいの時は、親の言ったことが全てだったけどなぁ」
「本当ですか⁉」
グレイの声に、イオルクは少し体を反らす。
「ほ、本当だけど……。そんなに驚くことか?」
「だって……」
「親の方が、子供より経験も豊富だろう? だったら、何も分からんうちは従っとけばいいじゃん」
「それでは親の敷いたレールの上を走るだけです」
「馬鹿だな。違うって」
イオルクは首を振りながら溜息を吐く。
「親が自分の子供に不利益なレールなんて敷くかよ」
「私は、そうは思いません」
「じゃあ、グレイが親になったら、子供に不利益なレールを敷くのか?」
「しませんよ!」
「だろう?」
「でも、私が親なら自分の人生は自分で選ばせたい……」
「そんなの当たり前じゃん」
グレイは片眉を歪める。
「言ってること、矛盾していませんか?」
「俺が言いたいのは、途中までってこと。子供の期間は、がっつり甘えて誘導して貰えってこと。人間なんだから、いずれ大人になる。その時に選べばいいんだよ。その時から自由に生きるなり、親のレールに納得いかなきゃ好きにすればいい」
「遅過ぎませんか?」
「グレイ……。お前の寿命は、一般の人間より短いのか?」
「そんなことはないと思います」
「じゃあ、そんなに急ぐことはないよ」
「そうでしょうか?」
「そう思うね。今は親の言う通りにするべきだね」
グレイは強い視線で、イオルクに問い掛ける。
「では、あの戦いは――貴方の行動は、自分の意思ではなかったのですか?」
「自分の意思だったよ。だけど、それは親の敷いたレールを真面目に進んだからでもある。何をするにしても、判断する基準がないと、どうしようもないだろう?」
「それは……」
「うちは騎士の家系だから、どう振る舞うか迷ったよ。父さんだったら、どうするか? 兄さんだったら、どうするか? 親が敷いてくれたレールがあったからこそ、迷うことが出来た。何もなければ、迷うことも出来なかった。俺は、それを親に貰って葛藤して答えを出した。だから、自分の意思を貫くことが出来たんだ」
イオルクの言葉に、グレイは自分を省みる。
「……そうですか。……では、私が決められたレールを走っていると思ったとしても、悪いことではないのかもしれませんね」
「そう思うよ。どうも親の敷いたレールってのに不満があるようだけど、親がそれを押し付けるのは、グレイの未来を心配してだよ。反抗するのは悩み抜いてからでもいいさ。そして、悩んだことで強くなりたいと思ったんなら強くなればいい」
「そう思っていいのでしょうか?」
「誰に断りがいるんだ? 毎日、腕立てでも腹筋でもして鍛えればいいんだよ。そして、自分の道を進む時に出遅れないように準備しておけばいいじゃないか」
「……その通りですね」
「まあ、今、話したのは、俺みたいな大きいお友達だったけど、同年代の友達と話すのもいいぞ。皆、悩みを持っているはずだから」
「そうします」
話が一段落すると、イオルク達の前に注文の料理が運ばれてくる。
「迎えが来るまで食事をしよう。今回、賞金首のお金も入るから、俺の奢り」
「ありがとうございます」
お互い『いただきます』と声に出すと、早速、グレイは料理を口に運ぶ。
「美味しい……」
「偶には別の人の料理を食べるのもいいよな」
「はい」
「旅してると、いつも新しい発見だよ」
「イオルクさんは、何で旅を?」
「強い武器を造りたくて鍛冶屋になって、今は鉱石を集めてる」
「騎士は辞めてしまったのですか?」
「いや、気持ち的には、今でも騎士だよ。世間の人が認めてくれるか分からないけどね」
「自由ですね……。イオルクさんって……」
「最近になってからだよ」
「そうなのですか?」
「そう。最近になって、自分でやりたいことを決めた」
グレイは子供の自分と真剣に話をしてくれるイオルクを嬉しく思う。また、憧れだったイオルクも、自分と何ら変わらない悩みを抱えて生きていたことに親近感を感じていた。
「私は、我が侭だったのかもしれない」
「誰もがそうだよ。正直に言えば、さっき偉そうなことを言ったけど、後悔もあるんだ」
「後悔ですか?」
「俺、友達ばっかりを優先して、家族に相談できなかったんだ……」
「どういうことですか?」
イオルクは料理を食べるのを止める。
「確かに悩んで葛藤して、自分で答えを出したんだけど、友達との約束を優先して家族に相談しなかったんだ。家族も大事なのに、その時は友達との約束を優先してしまったんだ」
「それが後悔なのですか?」
「今思えばなんだけど、俺が正直に話せば、家族の皆は力になってくれたはずなんだ。それなのに、俺は家族に頼らなかった。もっと素直に頼っていれば、別の結果になっていたんじゃないかって思うこともあるんだ……」
「イオルクさん……」
イオルクはクロトルとの『皆を守ろう……。何も言わずに心配掛けないで、仲間も家族も……』という約束を思い出していた。子供だったからこそ、純粋で違うことの出来なかった約束。でも、素直に父や兄達に相談していれば、クロトルは死ななかったのではないかという後悔も胸にある。友達か家族かと、どっちを優先するか秤に掛けることは出来ないが、あの時、家族よりも友達を大事にした結果が今なのである。
「だから、グレイには俺と同じ後悔をしないような行動をして欲しい」
「……悩みが少し晴れました」
「少し偉そうなことを言っちゃったけど、『家族を大事にしてくれ』ってことだから」
「はい」
そして、食事を再開し、料理が半分ほどなくなった頃に地響きが聞こえ出した。
「何だ?」
ハンターの営業所を囲むように足音が止まり、身なりのいい老人が営業所に姿を現わす。
「王子様!」
イオルクが老人からグレイに目を移す。
「王子様だったのか?」
「……はい」
「何で、隠すんだよ?」
「貴方と普通に話がしたかったからです」
「仕方のない奴だな」
「すみません」
その言葉に、老人が怒りながらイオルクに近づく。
「この痴れ者が! 王子様に向かって『仕方のない奴』とは、何という言い草じゃ!」
「ダチなんだから、いいだろう?」
「ダチ……? 私を友達と認めてくれるのですか⁉」
「当然だ。一緒に食事もしたし、本音を語ったじゃないか」
「ありがとう!」
グレイはイオルクの手を取って力強く握手するが、老人は感慨に耽る時間も与えてくれなかった。
直ぐに歓喜しているグレイを促した。
「さあ、王子様」
「……分かっている」
老人は、イオルクの前に来ると頭を下げる。
「王子様を御救いして頂いたこと、真に感謝します。しかし、先ほどの発言は許しませんぞ」
イオルクは、このタイプに何を言っても無駄なことをティーナによって刻み込まれている。
「分かった。プラスマイナス0で、何もなかったことにしよう」
「……御主、意外と物分かりがいいな?」
「ダチですから、迷惑は掛けれない」
「ふむ」
老人も少しイオルクに関心を持つ。
「王子様の人を見る目も中々ですな」
老人は振り返るとグレイの肩に手を置き、店を出ようと再度促す。
「グレイ!」
店の外へ歩き出していたグレイがイオルクに振り返る。
「アドバイス」
「え?」
「ナイフ術を覚えるといい。この国の宝で強くなれば、全て解決するんじゃないか?」
グレイの頭に伝説の武器が過ぎる。確かに国の宝は王家の者しか使えない。その自分が強くなることを目的にしているなら、国の宝に相応しくなればいい。そこに行き着く先は、きっと全てが交わっている。
グレイは微笑む。
「頑張ってみます」
イオルクが手を振ると、グレイは老人に連れられて去って行った。
「王子様だったか」
イオルクが軽く微笑んでいると、カウンターの中で主人が大きく息を吐いた。
「冗談じゃないぜ……。俺は、緊張しっぱなしだったよ」
「ははは……」
イオルクは同情しながら主人を笑うと、質問する。
「ところで、グレイは、いつから誘拐されてたんだ?」
「三日前だ。一般には知らされていないが、ハンターの営業所には連絡が入ってた。腕の立つハンターが居たら連絡するようにって」
「三日前か……」
(それで、城の警備が杜撰になっていたんだな。王子捜索で人員を裂いてたから、城を巡回する兵士が足りなかったんだ。道理で、簡単に忍び込めたわけだ……)
イオルクは『これは運が良かったのかな?』と、少し複雑な気持ちになる。
「しかし、何で、城に居るはずの王子が誘拐されたんだろう?」
「親子喧嘩が原因らしいな。毎日毎日、王になるための修練やらで、逃げ出したんだと。そこを盗賊にとっ捕まったんだ」
「王になるための修練ねぇ……」
(ユニス様の騎士だったから、よく分かるな……)
ユニスに仕えていた頃を思い出すと、イオルクはグレイに少しキツイことを言ってしまったと反省する。イオルクが同じ立場なら、逃げ出している可能性が高い。
「あと、よく分からないのは、何で、グレイが強くなりたかったかだな。俺に憧れる理由も分からないし」
「あのぐらいの子にとって、あんたは憧れの象徴なんだよ」
「何だ、それ?」
「イオルク・ブラドナーは、物語の騎士みたいで有名なんだ」
「そうなの?」
「ああ。ドルズドの情報封鎖がなくなってからは真実が広がって、子供達の間で大人気なんだよ」
「へ~」
「王子様と言っても、まだ子供だ。王様になりたいと思うより、強い男になりたいというのが普通じゃないか?」
「俺が大暴れしいたのは、丁度、同い年ぐらいだしな」
「そういうことだ。まさか、イオルク・ブラドナーの本物を拝めるとは思ってなかったがな」
「サインでも欲しいか?」
「いらねぇよ」
イオルクが悪戯っぽい笑顔を浮かべていると、扉が開いてクリスがニヤけながら現われた。
「えへへ……。大収穫だ」
「いくらで売れたんだ?」
「何か知らんが、王族が盗賊を買い取ってくれて大儲けした。しかも、これから狩るはずだった二つの盗賊団も、情報提供だけで買い取ってくれた」
クリスの頬は緩みっぱなしだった。
「グレイが王子様だったから、きっとお礼だよ」
「へ~……。何ーっ⁉」
クリスは大声をあげる。
「どうするんだ⁉ オレ、アイツに偉い粗相を――」
「平気だよ。万事解決して帰ったから」
「そうか……」
クリスは安堵の息を吐くとイオルクの隣の席に腰掛け、ニヤけながら報酬のお金を数え始めた。気分の入れ替わりの激しいクリスを見て、イオルクと主人は呆れて会話を止めてしまった。