ドラゴンウィングの城――。
グレイを乗せた馬車が城門を潜り、城に到着する。老人――御付きの爺の先導で、グレイは、両親である王と王妃の前まで連れて来られた。グレイの前には、まだ若い王と王妃が心配そうにグレイを見ていた。
「…………」
しかし、喧嘩による失態から盗賊に誘拐されるという事件が起きたのだ。原因は、どちらにもある。広い王宮の中の王の間は、沈黙に支配されていた。
そして、その沈黙を破って口を開いたのはグレイだった。
「御父様、御母様。私の我が侭のせいで迷惑を掛けました。申し訳ありません」
王と王妃からすれば意外なことだった。今までにない剣幕で出て行ったグレイが、自ら謝るとは思えなかったからだ。
王は戸惑いながらも言葉を搾り出す。
「あ、その……なんだ……私も大人気なかった。……ただ、これだけは信じて欲しい。憎くてやっているわけではないのだ」
王妃も王に続いて話し掛ける。
「そうです。私達は貴方のためを思って――ダメね……。こんな言葉を繰り返してばかりじゃ……」
グレイが不満を漏らすと繰り返し口にしていた言葉を王妃は飲み込んだ。
グレイは王妃の悲しげな顔を見ると、イオルクとの会話を思い出し、冷静になった頭で両親の気持ちを考える。今なら、何故、二人が怒ったのかも分かる気がする。意固地な考え方だけではなく、別の見方が出来ることも教えて貰った。
「御父様、少し御話をしてもいいですか?」
「ああ、構わない」
「私達は、もっと会話をするべきだったと思います。私は、御父様と御母様が怒る理由を考えませんでした。そして、私の考えは分かって貰えないと勝手に判断しました」
「それは……。私達がグレイの話を聞こうとしなかったからだ……」
「そうなのです。私達は自分の気持ちだけを押し付けあっていたのです」
グレイが少し変わったと、王と王妃は感じる。
「私を助けてくれた人に諭されて、御父様達のことを考えました。私は愛されていなかったのだろうか、と……。そんなことはありません。私は愛されていました」
「…………」
王と王妃は静かにグレイの話を聞いている。
「私は、御父様の教えを親の敷いたレールと思いました。でも、それは悪いことではなかったのです。きっと、理由があるはずなのです。そして、私は、その理由が未だに分からない。だから、そのことについて話し合いたい。話して欲しい」
王は目を閉じると何かを考え込み、ゆっくりと語り出す。
「王になる道は険しい……。私が自分自身で歩んだ道だからこそ、分かる。大人になってから身につけては遅いのだ。だが、そのせいでグレイには子供の時間が少なくなっているのも理解している。そして、グレイが、ある騎士に憧れているのも知っている。しかし、この道はグレイしか歩めない。その将来を手助け出来るのは、今しかないのだ」
「私も大人になり、自分で道を決める時がくるでしょう。その時に、騎士になるという選択肢はあるでしょうか?」
「それは――無理だろう……」
「やはり……」
「すまない。私は、お前から将来の選択肢を奪ってしまっているな」
本当の気持ちを語り、少し父親の気持ちが分かると、グレイは微笑む。
「では、ナイフ術を身につけるのは、どうですか?」
「ナイフ術?」
「王家にしか受け継がれていない武器を使いこなすのは、私しか居ないでしょう?」
「……その申し出は嬉しいが、騎士ではないのだぞ?」
「構いません。気持ちは騎士です」
王と王妃は疑問符を浮かべて首を傾げる。
「私は強くもなりたいのです。だから、私の将来を思うなら、そういう修練も入れて欲しいのです」
「……よく分からないが、王家に伝わるナイフ術の訓練も取り入れよう」
「ありがとうございます」
親子の蟠りは、少しずつ解け始めていた。
「あと、もう一つ御願いがあるのです」
「言ってみなさい」
「私を助けてくれた者に御礼を伝えてください」
「当然だ。誰なのだ?」
「イオルク・ブラドナーです」
「「!」」
王と王妃は驚く。その人物こそ、グレイが憧れていた騎士だと知っていたからだ。
王妃は、理由が分かると微笑む。
「グレイが素直になったと思いましたが……。道理で……」
「彼は想像以上の人物でした」
「誇り高かったのですか?」
「いいえ、自由な人でした。自然体です。だから、私も素直に自分を見詰め直せました」
王と王妃は安堵の表情を浮かべると、短い出会いがグレイを少し大人にしたのだと理解した。
「全て叶えよう。……そして、話し合おう」
「ええ」
「はい」
それから、イオルクの素性を知るドラゴンウィングの王からノース・ドラゴンヘッドの王へと書簡が届けられることになった。
…
数日後のノース・ドラゴンヘッド――。
この国の姫であるユニスの元に『自分よりも、ユニスにこそ相応しい』と、王から手紙が手渡された。ユニスは、それを読むと嬉しさが込み上げてきた。
自分の親衛隊の隊長のティーナと副隊長のイチをユニスは緊急召集する。
「どうかなさいましたか?」
ティーナがイチと供に、ユニスの部屋の扉を開ける。
「手紙が届いたのよ」
ユニスは、手紙を二人に自慢げに見せる。
「ひょっとして、イオルクですか?」
「アイツに、そういう甲斐性があるとは思えませんが」
「ティーナが正解。ドラゴンウィングの王様からよ」
「…………」
ティーナとイチが沈黙する。
「我々に関係ありますか?」
「ええ。内容はイオルクのことですもの」
その言葉に、ティーナは渋い顔になる。
「もしかして……、旅先で事件でも起こしたのですか?」
「ええ」
「やっぱり! この二年近く、やけに大人しいと思えば国単位で!」
ティーナが頭を抱え込むと、それを見たイチは、ティーナの条件反射に苦笑いを浮かべる。
「あの馬鹿は、今度は何をしでかしたのです⁉」
(もう、悪いこと前提ですね……、ティーナ殿)
「凄いわよ。今度は下手したら国が滅ぶかもしれなかったのだから」
ユニスの言葉一つで苦悩して悶えるティーナ。イチはティーナを見て、『遊ばれているな』と心の中で思う。
そして、今までもったいぶっていたユニスが真相を、声を大にして告げる。
「なんと! 盗賊団から王子様を救い出したんですって!」
「へ?」
ティーナは暫し呆然とすると、やがて戻ってきた。
「ほ、本当ですか⁉」
「ええ、これは御礼の手紙。読んでいいわよ」
ユニスから渡された手紙を握り締め、ティーナは一心不乱に読み進める。
「本当だ……」
ティーナがイチにも手紙を読むようにと手紙を渡すと、イチも手紙を読む。
「意外なところで、ノース・ドラゴンヘッドの株をあげましたね」
「嬉しくって、行商に来ていたドラゴンチェストの商人から、大枚叩いてドラゴンウィングの新聞も買っちゃった」
ユニスは机に新聞も広げる。
ティーナとイチが机を囲むと、事件の見出しを確認する。
「死傷者なしの救出劇ですか。一体、どんな手を使ったのか?」
「一人じゃなくて二人の手柄と書いてありますから、途中で仲間を引き入れたのですね」
「それだけじゃないわ。ほら、ここにドルズドの一件も載っているの」
「何で、国内の機密事項が漏れているのですか……」
「恐るべきドラゴンチェストの新聞記者……」
とはいえ、手紙一つ寄こさないイオルクの動向を知り、三人は懐かしい気持ちになる。
「しかし、相変わらず事件に呼び寄せられる性質がありますね」
「全くだ」
ユニスが新聞に噛り付き真相を探す。
「あ」
「どうなさいました?」
「やっぱり、イオルクだわ……」
ティーナとイチが疑問符を浮かべる中で、ユニスが指差す。その指し示された場所を読むと、ティーナとイチはガクッと肩を落とした。
「ア、アクシデントによる粉塵爆発により、入り口が崩壊⁉」
「何故、粉塵爆発なんて……」
「相棒がミスしたみたいね」
「類は友を呼ぶ。馬鹿は馬鹿を引き寄せるのか……」
「その後、入り口を掘り出しているうちに盗賊は酸欠で全滅……」
ティーナとイチが、がっくりと机に突っ伏す。
「これ……。イオルクは何もしてないではないですか」
「有名人をダシに使った記事ではないのか?」
「だったら、何故、ドラゴンウィングから御礼の手紙が?」
「アイツは、いつも妙な謎だけを残していく……」
ユニス達は知らない。救出後のほんの少しのイオルクとグレイの会話が家族を結び付けたことを……。
それは、当然、イオルクも知らないことだった。