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材料編  36 【強制終了版】

 ドラゴンウィングの王都から続く道――。

 ほくほくの笑顔を浮かべて、クリスはイオルクの前を歩いていた。

「いや~、良かったよな。あれから王家の方からも謝礼が出てさ」

「貰い過ぎじゃないか?」

「よく言うぜ。ちゃっかり必要な緑風石を追加で用意させたくせに」

 そこはイオルクも笑って誤魔化すしかなかった。

 今回はハンターの仕事で貰える賞金に加え、それ以外にもドラゴンウィングの国から謝礼が出たのであった。

 ちなみに謝礼に至って、クリスは堂々と現金を頼み、グレイの御付きの爺と支払額で少し揉めた。この時、クリスは高額の謝礼金を吹っ掛け、グレイの御付きの爺は謝礼金を値切ろうとした。結局、心の狭い戦いはどちらも譲らず、両方の希望額の中間で謝礼金の額は決まった。

 一方のイオルクは、盗賊達から手に入れた麻袋一個分の緑風石では鍛冶場を造るのに必要な量が足りず、謝礼について駄目元で緑風石を頼んでいた。その結果、以外にも二つ返事で、直ぐに用意して貰えることになった。

「これでドラゴンウィングには、もう、用はないんだろ?」

「ああ」

 イオルクのドラゴンウィングでやることは、先にほとんど片付いたと言ってもいい。鍛冶場の情報と緑風石を手に入れることが出来た。

「今度は、何処に行くんだ?」

 イオルクは額に指を立てる。

「え~と、残りのドラゴンウィングの町を回って……。最終的に翼の先から海路で尻尾の先からドラゴンテイルに入る」

「ハアッ⁉ 残りの町、全部回るのか⁉」

「そうだけど?」

「何の意味があるんだよ……」

「この国では緑風石を手に入れたから、大方の目的は果たしたんだけど、鍛冶屋の修行をするためには町を回らないといけない」

「……面倒臭いな」

「まあ、今までのパターンだと、鍛冶屋自体がないとか、修行お断りのケースがほとんどだから、町に立ち寄るだけで無駄になることも多いな」

「……本当に面倒臭いな」

「でも、そうしないと各地の鍛冶屋の技術を体得なんて出来ないんだ。店に鍛冶屋マップなんて妙なものは売ってないから、自分の足で回るしかない」

 クリスは諦め顔で片手をあげる。

「確かにオレも、そんな妙なものが売ってるのは見たことないな」

「そういうクリスこそ、何で、お金なんか必要なんだ?」

「オレ? ……まあ、いいじゃないか。秘密がある方がカッコイイだろ?」

「別に」

「ノリの悪い奴だな」

 話の最中で、二人は足を止める。道の先には武器を構えた男達が待ち構えていた。

 イオルクは軽く頭を掻きながら溜息を吐く。

「身なりからして盗賊には見えないが……」

 男達の装備や服はバラバラだが、盗賊とは違う小綺麗なものだった。

「新聞に載ったからな。オレ達を倒して、お零れに与ろうって輩だな」

「クリスも、時々やるのか?」

「オレは、そんなことしねぇよ」

「お前が良識ある考えの持ち主で良かったよ」

「そんなことしたら、自分が終われる立場になり兼ねねぇだろ。……それに――」

 イオルクは目前の男達からクリスに視線を向ける。

「――群れて襲うと分け前が少ないからな」

(……どう考えても、後半が本音だとしか思えない)

 クリスは片手をあげて説明を続ける。

「大体よ……。イオルクなんか襲う意味あるか? 石しか持ってないんだぜ? 事前調査で謝礼が出たのを調べたなら、内容も調べとけって話だ」

「クリス……。お前が、どう思おうが勝手だが、あの石は大事なものなんだ。人のものを『しか』扱いするのはやめろ」

「いいじゃねぇかよ。勝手に思っていいんだろ? そして、この世は勝手に口に出してもいいんだぜ?」

「お前、歪んでるよ……」

 クリスは男達を指差す。

「大体、アイツらも馬鹿だよな。ハンターの営業所があるんだから、旅に邪魔になるから大金なんて持ち歩くわけないじゃねぇか」

「それはそうだが……」

「アイツら、頭ん中に何が詰まってんだろうな? ハッハッハッ!」

 イオルクは右手で額を覆い、項垂れる。

「馬鹿が……。言わなくてもいいことを大声で……」

「ん?」

 目前の男達全員に青筋が浮かんでいる。

「おぅ……」

「お前、本当に考えて話せよな!」

 イオルクは腰の後ろからロングダガーとダガーを引き抜き、右手にロングダガー、左手にダガーを構える。

「オイ。そんなんで、詠唱中のオレを守れるのか?」

「お前、自分の都合ばっかだな! こんな狭い道に十人近く居るんだぞ! 混戦で剣なんか振ってられるか!」

「だからだろ。この道幅なら、リバー系の魔法使えば一発じゃねぇか」

「なるべく殺したくないんだよ!」

 イオルクがクリスを無視して仕掛けると、クリスの暴言で沸点の上がっていた男達と直ぐに乱戦が始まる。

 クリスは頬を掻きながら状況の分析を始める。

「イオルクが居るから、隙間を通して狙い撃ちする方がいいな」

 クリスがレベル1の詠唱を始め、援護射撃の準備をしているうちに、イオルクは三人の男を倒していた。ロングダガーとダガーは刃物の攻撃を受け止めるのに使い、攻撃は柄を利用して鳩尾や首の後ろを殴りつけて気絶させている。

(あれは、どう援護すればいいんだ?)

 クリスが邪魔に感じているのは、イオルクのリュックサック。鍛冶道具や大工道具で膨らんで邪魔になってしょうがない。後ろから見ると、リュックサックが戦っているようにも見える。

(とはいえ、やっぱり凄いな……。一人もこっちに来ねぇ……)

 考えながらも詠唱が終了し、クリスは右手を翳す。戦う乱戦地帯の一角に狙いを定め、ファイヤーボールを撃ち出して乱戦を分断する。ファイヤーボールは足を止めるためのものだった。

 イオルクも、クリスの意図に気付くと分断されて少数相手で戦える状況を活かす。ファイヤーボールの通り過ぎた軌道を背に後ろを気にせずにロングダガーを振るう。

(クリスの奴……。結構、戦い慣れている。これなら、殺さないで進めそうだ)

 イオルクはバックステップしてクリスの側に戻ると、ロングダガーとダガーを腰の後ろに戻した。

「剣で行く」

「まだ半分残ってるぞ?」

「お前なら気にしなくていい」

 鞘の付いたままの剣を抜けないように紐で固定すると、イオルクは残る五人の男達に向かって歩き出した。

(オイオイオイオイ……。何で、普通に歩いていくんだよ……)

 イオルクを追いながら、クリスは声を掛ける。

「突き進む気か?」

「大した相手じゃない」

「だからって、数は居るんだぞ」

「全員相手になんかするかよ。最短のコースを進んで行って問題ない」

(コイツ、馬鹿なのか?)

 クリスは仕方なく援護をするために呪文の詠唱に入るが、イオルクは襲い掛かる男達を剣の先で、ただド突く。速度も落とさず進行方向も変えない。際限なく続くような攻撃にタイミングを合わせて当てるだけで、ぶっ飛ばしていく。

(コイツ……! オレに合わすんじゃなくて、自分に合わさせるように攻撃を変えやがった!)

 クリスのたった一回の攻撃で、クリスなら出来ると信頼した。故に、イオルクは真っ直ぐに突き進む。

「っ!」

 いつもと違う位置での魔法の使用。詠唱の時間が短くて、レベル1かレベル2しか使えない。レベル3の長めの詠唱時間が掛かるものは使用不可になる。

「アースウォール!」

 本来、敵を攻撃する土壁を形成する魔法が、守備、戦略のために使用される。

(冗談じゃねぇ! 何なんだ、このふざけた戦い方は!)

 戦闘しながらにもかかわらず、移動距離は普段歩いている距離と変わらない。イオルクは、このペースを維持することをクリスに求めていた。

(こんなの魔法使いの戦い方じゃねぇ……!)

 接近戦のため、魔法は物理的な効果を発揮するレベル2のアースウォールがほとんどになり、相手との距離が開いた時だけ、遠距離攻撃できるレベル1のボール系に切り替わる。

(何かが違う! だけど――)

 自分の直ぐ近くを通り過ぎる武器を気にしながら詠唱するのに神経をすり減らせる。また、一歩退いて戦っていた時とは違い、回避するのに体を頻繁に直接使うのも初めての経験だった。

 そして、ようやく退けた男達に、クリスは肩を弾ませていた。

「やっぱり、お前なら出来ると思ったよ」

 イオルクの言葉が耳に入った時、クリスはさっき止めた言葉の違和感の正体に気付いた。

(――信頼されて戦ったことに、少し充実感を感じている……)

 今まで一人でハンターをしながら、クリスは戦ってきた。時には分け前を分割する約束で集団戦をしたこともあったが、それは魔法使いとしてサポートするだけだった。本当に信頼して助け合ったことなどなかった。

「行くぞ」

「ちょ、ちょっと待てよ」

「ほら、第二陣だ」

「っ!」

 視線の先には別の賊の姿が映る。クリスは『こんなことが延々と続くのか』と、額の汗を拭った。しかし、胸の奥には、何か別の熱いものを感じていた。


 …


 先頭を行くイオルクにクリスは必死に着いて行く。戦いながらの進行に、いつもより余計に体力と神経を使う。

 そして、最初の戦闘から二時間ほど賊の襲撃が続くと、賊達の方から根をあげた。

「だらしない奴らだな」

 イオルクは腰の左横に剣を納めると、鞘に固定していた紐を解いた。

 一方のクリスは息が上がり、イオルクの軽口に答えられないでいた。

(冗談じゃねぇ……。オレは、詠唱時間を稼ぐ相棒としてイオルクと組んだってのに、コイツはお構いなしだ……)

 当初の予定とは違い、明らかに連携して戦ったという実感がない。だが、イオルクがまるでクリスを無視して戦っているかと言えば、そうではないことをクリス自身が分かっていた。

(イオルクにとっては、これが普通なんだ……。つまり、この動きについていける相方が理想なんだ……。オレとは、こんなに……。こんなに差があるのか……)

 今まで一人でハンターを続け、それなりに自信を持っていたクリスの胸に悔しさが込み上げる。対等だと思って仲間にしたイオルクは遥か先に居て、クリスとの実力の差をまざまざと見せ付けた。クリスの中で、当たり前だと思っていた魔法使いの常識が少し揺らいでいた。

(オレは、コイツとどうするべきなんだ?)

 息の整わないクリスに、イオルクは話し掛ける。

「大丈夫か?」

「……無茶させやがって」

 イオルクは軽く笑ってみせる。

「だから、言っただろう? 俺と旅するのは大変だって」

「足手纏いになったかよ」

 クリスは無理して強気な言葉を返した。

 それに対して、イオルクは首を振る。

「いや、想像以上だよ。歩きだったとはいえ、俺に着いて来た魔法使いは初めてだからな」

「そうか……」

 イオルクはリュックサックから水筒を取り出すと、クリスに差し出す。

「魔法使いって詠唱するから、しゃべりっぱなしみたいなもんだからな。携帯用の水筒を用意していた方がいいんじゃないか?」

 クリスは水筒を受け取り、グイッと一飲みする。

「今までは、そんなことなかったんだよ。足止めて詠唱するのが当たり前だった」

「これからは、どうするんだ?」

 クリスは少しだけ俯くと、呟く。

「考え中だ……」

 クリスから水筒を受け取ると、イオルクは先を歩き出した。

 クリスは、その後ろ姿を見ながら『このままではいけないかもしれない』と思い、イオルクに続いた。

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