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材料編  37 【強制終了版】

 数日後の夜――。

 道の脇の森の中で金属を叩く音が響く。野宿の側らで焚き火を囲みながら、イオルクは鍛冶の鍛練に励んでいた。トーマスに言われた通り、金属の質を落として小型の武器造りをしているのだ。

 クリスは、ここ数日の間で見慣れた光景を見ながら、イオルクに話し掛ける。

「お前……、凄いんだな」

「どうしたんだ? 最近、元気ないじゃないか?」

「この数日、お前の強さを見せ付けられてな」

 ドラゴンウィングの王都を出て以来、賊の襲撃は続いていた。王都から離れるほど襲撃回数は減っていったが、その時の戦いを終える度、クリスはイオルクとの実力差を感じていた。

 イオルクはさっき拾ってきた枝を焚き火に放り込むと、小型金敷の上の金属を入れ槌で叩く。

「オレは、お前と対等のつもりでいたんだけどな……」

「旅をする分には心強いよ」

 クリスは自分の鞄から酒を取り出すと口をつける。

「同い年だろう? いいのか?」

「いいんだ」

「…………」

 いつもと違う雰囲気のクリスに、イオルクは言葉を止める。

「これから話すことは、オレの愚痴だ」

 イオルクは少し緩んだ顔になる。見習い時代に仲間達と焚き火を囲んで他愛のない話をした。貴族も平民もなく、友達だから語ることが出来る話……。

 イオルクは、クリスとの距離が少し縮まったように感じていた。

「オレはガキの頃、ドラゴンチェストのスラムで育ったんだ。父親も知らない……。母親も知らない……。スラムには、そんなガキ達が溢れ返っていたよ。オレは、そんな生活が嫌で、一人で身を立てたかった。ある日、気まぐれで唱えた魔法の成功で、オレには魔法の才能があることが分かった。文字を覚えてギリギリの稼ぎの中から魔法に関する本を買って、自己流で魔法を覚えていった」

 クリスがボロボロになった本を鞄から取り出す。

「これがオレの全てだ」

 イオルクは鍛冶の鍛錬を止め、クリスから本を受け取る。ゆっくりとページを捲ると、何度も何度も読み返されたであろう本は日焼けし、捲ったページが磨り減っているのが分かる。

「それから戦場に出るようになった。ハンターとして雇える年齢に達しない以上、オレの魔法の技術を活かせる場所はなかったからな」

 戦場で戦う兵士の理由など、イオルクは聞いたことがなかった。あの時は、自分のことだけで精一杯だった。だから、今、目の前に居るクリスは、とても大切なことを語ってくれているように感じた。

「大人に混じっての戦い……。その中でも、オレは誰にも引けを取らなかった。自分で自分に自惚れた。これで、オレは一人で生きていける。オレは強い。オレは自由だ……ってな」

 クリスは、イオルクに視線を向ける。

「だけど、自信がなくなっちまった」

「俺が奪ったって?」

「そうだ」

 イオルクは笑う。

「勘違いだよ」

「何だと?」

「魔法を使う才能がある。戦場で戦い抜いた経験がある。間違いなく自信を持っていいことだよ。特に何の訓練もなしに戦場で生き残ったんなら、俺よりも戦うセンスがある」

 クリスは『確かに、そこは自惚れて自信に繋げていいのかもしれない』と思う。だとしたら、一体、何が自信を失くす原因になったのか?

 ここ数日、お互いを見てきたから分かることがあり、イオルクはクリスに視線を向ける。

「お前、戦場に出てから鍛練とかしてないだろう?」

「実戦こそ、最大の経験値だと思ってるよ」

「そこが俺との違いだ。俺は、今でも鍛練を続けてるし、技術も進歩させてる。だから、対等じゃないんだ」

 イオルクにきっぱりと言い切られ、クリスはショックを受けて固まる。それは『お前は怠け者だ』と言われているようだった。

 イオルクは続ける。

「毎日欠かさずに鍛練するから、これだけは絶対に出来るという確信が持てる。だけど、クリスは、それをハンターになってから止めてしまっている。揺らがない部分が細いんだ。俺の強さに何か感じるところがあるのは、まだ伸び代があることを無意識に感じているからじゃないのか?」

「どういうことだ?」

「俺とクリスは、どうやったって同じ方法で強くなれない。俺は武器を使って戦うし、クリスは魔法を使って戦うからだ。だけど、共通して出来ることがある。日々、鍛練して研鑽を続けることだ。『自分は、もっと強くなれるのに何で足踏みしてるんだ?』って、分かっているのにやらないから不安になるし、自信が揺らぐんだよ」

 クリスは少し酔った頭で考える。

「そうかもしれない……」

「お前、俺が夜中に鍛練してるのを見て『やれ、暑苦しい』だの『やれ、見っともない』だの言ってたけど、お前もやりたかったんじゃないのか?」

「そうかもしれない……」

「これだけは言えるよ。クリスには才能がある。しかし、まだ活かし切れてない」

 クリスは自分の手の中に視線を落とした。

「……もっと、強くなれると思うか?」

「間違いなく」

「そうか……」

「なかなか居ないんだぜ? 魔法使いで背中を任せられる奴って」

 クリスはイオルクを見ると、そこには、いつもの緩んだ顔のイオルクがあった。

 クリスは、その顔を見て強くなることを決意する。

「約束を守るためにも鍛え直さなきゃ……だな」

「約束?」

「こっちのことだ」

 イオルクは深く追求することもなく、腕を組む。

「当面は体力が問題だな。動きながら詠唱すると、直ぐに息が上がるから」

「そこはしょうがないだろ」

「まあ、俺と居れば嫌でも心肺機能は強化されるし、スタミナつくからいいか」

(今、さらっと怖いこと言ったな、コイツ……)

 この日からクリスは変わる。努力することを惜しまず、カッコ悪いと思うこともやめにした。親友に背中を預け、預けられる男になろうと才能に溺れた日々に決別することにした。

 あの日の少女との約束を違えないために……。

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