町から町に旅を続けながら、ある時は賊に追われ、ある時は賞金首を追う。その間でも、二人は努力を続ける。
イオルクは、父に手渡された本を頼りに基礎の技を磨き、武器を振るう一振りごとに鋭さを増していく。その側らで鍛冶屋の修行も忘れない。本格的な修行は町で雇って貰えた時のみ、それ以外は焚き火に適当な金属を放り込み、小型武器造りに精を出す。そして、金属を叩きながら思いついた武器のアイデアをノートに書き込む。ノートは、イオルクがいつか自分でオリジナルの武器を作製するための地道な夢の積み重ねである。
一方のクリスは、自分の魔法を見詰め直していた。イオルクと戦うのに、ただ魔法を使えるだけではいられない。戦況に応じて動き回るイオルクに合わせる必要がある。そのためには、『呪文を詠唱する時間を自分の中に、正確に刻み付けること』『呪文の詠唱後に発動する魔法を完全に扱うため、イオルク並みの戦況を読む洞察力を身につけること』が必要だった。詠唱時間の刻みつけは、日々の努力――数をこなして体に覚えさせ、戦況を読む洞察力は、一つの戦闘が終わる度にイオルクと会話をして情報と経験を蓄積した。そして、それ以上の力を求めるなら、レベル3からレベル4への魔法使用制限を引き上げることが必要になるが、一日で使える魔法を操る精神力が急に向上するわけはない。
焚き火を前にイオルクが小型武器のナイフを研磨している横で、クリスは読み返してボロボロの本を閉じると、目を閉じる。もう、本は読まなくても全てが自分の頭の中にある。
「これ以上、自分の成長を待っていられないな」
クリスは紙に自分の使える幾つかの呪文を書き込み、呪文に下線を引きながら数字を振っていく。それを見続けて頭で何かを繰り返すと、紙を見ながら呪文を唱え始める。
だが、紡がれる呪文は得体の知れない言葉の羅列――何より、耳障りに他ならない。イオルクはクリスの呪文詠唱を聞きくと気持ちが悪くなった。
「何だ……。この、今まで聞いたことのない不快な呪文は……」
イオルクは手を止めてクリスを見るも、クリスは真剣な顔で紙を見ながら呪文を唱え続けている。その真剣さに文句も言えず、何をしているのか分からず、クリスを観察し続ける。
やがて、クリスが紙を地面に置くと両手を斜め上の空に掲げる。呪文の詠唱の終了と同時に右手からは炎が巻き上がり、左手からはエアボールが飛び出した。
「失敗か……」
クリスは再び紙を拾い上げると、ガリガリと何かを書き始めた。
イオルクは思わず質問する。
「今のは一体、何なんだ?」
クリスが顔を上げる。
「ああ、オレが開発中の魔法だ」
「開発? そんなことが出来るのか?」
クリスは笑い出す。
「そんな大それたものじゃないけどな。言い方が悪かった。オレの実力をレベル4まで持っていくのに時間が掛かるから、それと同時に別の使い方を模索することにしたんだ」
「でも、高等技術はレベル5を覚えてからが通例じゃないのか?」
「その通りだな」
クリスは、一旦、作業を止める。
「イオルクは魔法使いについて、どれぐらい知ってる?」
「正直、あまり分からない。呪文唱えると魔法が出るぐらい。あとは、熟練者がレベル5以上かな」
クリスは焚き火を見詰めながら、気晴らしに説明を始める。
「そのレベル5以上の魔法使いってのが、どれぐらい居ると思う?」
クリスの問い掛けに、イオルクは腕組みをして考える。
「俺……、レベル5の魔法使いって見たことないんだよな」
「オレも見たことない。それぐらいレベル5を扱うのは難しいんだ。……大体、魔法使いは自分が扱えるレベルで満足する、気楽な職業なんだよ」
「何で?」
「呪文唱えて魔法が使えれば魔法使いだから。レベル1でも使えればハンターになれる」
「そうなんだ」
「そして、この魔法ってのも、おかしいんだ」
「いきなり自分自身を否定する言い方だな」
クリスは眉を歪める。
「少し黙って聞けよ」
「ごめん……」
クリスは咳払いをする。
「この世界の魔法……。使えば使うほど違和感が増すんだ。何故なら、この世界の何処かに魔法を制御している何かがあるからだ」
イオルクは分からないながらも驚きを表わす。
「どういうことだ?」
「魔法を使い続けていると、外から魔力を吸収して自分の中に必要な分だけ魔力を留める感覚がハッキリしてくるんだが、その時に違和感がある。呪文を唱え終わると、自分以外の何処かでスイッチが入る感覚があるんだ。それがオレの精神を制御して魔力を吸収して留めるとこまで勝手にサポートしやがる」
「つまり……。何かが誰でも魔法を使えるようにしているってこと?」
クリスは頷く。
「オレなりの仮説を立ててみた。呪文詠唱の魔法は、古代人の何かの遺産じゃないかって。この世界で、誰でも魔法を使えるようにするためのな」
イオルクは、クリスの話を夢でも見ているように聞いている。
クリスは続ける。
「だから、魔法使いになることは困難じゃない。そして、才能によって差が出る。呪文を唱えても、どのレベルまで魔法が発動するかしないかはやってみないと分からない。オレの場合は、レベル3が限界だった。……だけど、ここからはオレ自身で魔法を使いまくって、より多くの魔力を蓄える体にしていかないといけない」
クリスの説明で、イオルクはようやく魔法使いというものを理解した。
「そうか。そこで努力を続ける魔法使いが少ないから熟練した魔法使いが少ないのか」
「オレ自身も、それでいいと思っていた。戦場では騎士達に守られて、ゆっくり詠唱が出来る。射程の長いレベル1でも数打ちゃ当たるし、状況に応じて、使える魔法を使い分ければいい。だけど――」
クリスは、イオルクを見る。
「――どっかの馬鹿のせいで無性に先が見たくなってね。レベル3しか使えないけど高等技術に手を出してみようと思った」
「馬鹿って、俺のことかよ?」
「ああ、そうだ。お前に合わすなら、ゆっくり呪文詠唱している時間はない。なら、どっかで何とかしなければならないだろ」
「どっかで何とか?」
「そう。まず、二重詠唱を使いこなす」
「何だ、それ?」
クリスは右手の人差し指を立てる。
「例えば、さっきみたいに炎の魔法を唱えながら風の魔法を唱える」
「だから、同時に出たのか」
「本当は炎の魔法を出した後に、更に呪文を唱えて風の魔法を打ち出して、風の魔法を唱えている時には別の魔法を……と、連続するはずだった」
「それで失敗か」
「まあ、同時に打ち出すのも出来るのが分かったから、完全な失敗じゃないけどな」
「確かに今の話が本当なら、エンドレスで魔法が打てるな」
「だろ? 最初に二つ分の魔法を唱える時間が問題だけど、わざわざ無詠唱ほどの高等技術を使わなくてもいいはずだ」
「無詠唱は覚えないのか?」
クリスは両手をあげて首を振る。
「試したけど、攻撃魔法の無詠唱は恐ろしいぐらいの集中力がいる。自分自身で魔力を掻き集めて形態を作るのは、まだ正直しんどい。努力は続けるが、ものにするまで時間が掛かる」
「そうなのか」
「ああ。古代人の何かにおんぶに抱っこだったのがよく分かるよ。時間が掛かるから、オレでも開発できそうな二重詠唱から手を出してみることにした」
「それがあの気持ち悪い呪文か……」
「仕方ねぇだろ。この二重詠唱って、魔法発動のバグを利用するようなものなんだから」
「バグ?」
あまり使わない言葉に、イオルクは首を傾げる。
「誤動作だよ。さっきも言っただろ? 魔法を使わせて貰ってるって。だったら、それが起動する途中までで魔法を自分の中にスタンバイさせておいて、別の魔法にも起動を掛けることも可能じゃないかと思ったんだよ」
「そんな使い方ありなのか?」
「知らねぇよ。こんな使い方、正規のもんじゃねぇし。だけど、呪文を分解すると、恐らくと思われるパーツに分解できるんだよ」
イオルクは、クリスを奇異の目で見る。
「お前……。ひょっとして、とんでもないことしてないか?」
「してるかもな。ただ、呪文を分解して組み合わせていったら、さっきの事象が起きたから間違いじゃない。あとはパターンを生成して、自分の中で確固たるものにするしかない」
(コイツ……やっぱり、天才なのかもしれない。戦場で多くの魔法使いを見てきたが、そういう発想をする奴は居なかった)
そんなイオルクの視線を無視して、クリスは溜息を吐く。
「そもそも、こんなもんを開発しなくちゃいけなくなったのは、イオルクのせいなんだからな」
「俺? 何で?」
クリスはビシッとイオルクを指差す。
「今までの会話を聞いて、まだ理解してねぇのかよ! イオルクに合わせて戦うと、呪文を詠唱する時間が足らねぇんだよ! だから、いつでも魔法を使えるようにしとくには、戦況を先読みした上でストック貯めて詠唱するしかねぇんだよ!」
「それ! 俺、関係ないだろ!」
「いいや! あるね! イオルクは、オレに常に自分と同じ戦い方をすることを求めている!」
「っんなこと、口にしたことないわ!」
「お前の戦い方って魔法使いに気を遣ってないじゃねぇか!」
「それは、クリスがしぶとく着いてくるから……」
「やっぱり、そうじゃねぇか!」
鍛練の最後は、大抵いつも煮詰まったあとに、いざこざが起きて終了する。それでも二人は着実に成果をあげて、昨日とは違う自分になっていった。
こんな感じでドラゴンウィングの後半を鍛冶修行を目的に町を回りながら、イオルクは鍛冶屋として一回り成長し、クリスは詠唱魔法の分解、研究の成果から二重詠唱を作り出すことになる。
しかし、この時、イオルクも二重詠唱を完成させたクリス本人も知らなかった。この世界で、そんな試みをしたのはクリスが初めてで、それを扱える魔法使いはクリスしか居ないことに……。イオルクと出会ってしまったために、クリスは魔法使いとして異端な成長を始めていたのである。
そして、異端の騎士と異端の魔法使いのドラゴンウィングの旅は、各自の修行をメインに続いていくのだった。