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材料編  39 【強制終了版】

 ドラゴンウィング最南端の町――。

 陸路での道が終わり、船を待ちながらイオルクとクリスは海を眺めている。

「クリス……。お前、少しいい体つきになったな」

「まあな……。賞金首を捕らえるのに、あれだけ走り回ってればな」

「意外と体術も出来るんだよな」

「町のゴロツキ相手の喧嘩仕込みだよ」

「お前、転職したら?」

「冗談じゃない。……イオルクこそ、鍛冶屋の腕が上がったんじゃないか?」

「まあ、毎日、欠かさず入れ槌を振ってるからな。こういうのは継続した積み重ねだよ」

「そっか……」

 イオルクとクリスは溜息を吐く。

 二人の表情は何処か覇気がなく、何かに飽きた風にも見える。その理由をイオルクが溜息混じりに口に出す。

「しっかし、まさか船が三週間に一度とはな……」

「今日で七日目だ」

「今日、出航だろう?」

「……確かな」

「でも、船ないな」

「ああ、ないな……」

 ドラゴンウィング最南端の町に到着して分かったのは、船は三週間に一度のみで、次の来航が一週間後ということ。イオルクとクリスはドラゴンテイルに行くため、船を一週間待ち続け、時間を潰していた。

 この町の近くには賞金首も居らず、地味な基礎修行が続いていた。また、騎士と魔法使いで模擬戦も出来るわけもなく、この一週間は基礎修行後の余暇を無駄に過ごしていた。

 港で座り込む二人に町の人が声を掛ける。

「ドラゴンテイルからの船は、大抵予定から二、三日ずれ込むぞ」

「「何っ⁉」」

 イオルクとクリスが凄い勢いで振り向くと、二人はバタバタと這い蹲って町のおじさんにしがみ付く。

「本当か⁉」

「じゃあ、いつ来るんだ⁉」

「そんなの分かるかよ!」

 二人は頭を抱えてしゃがみ込む。

(何なんだ、コイツらは?)

 ダークなオーラを背負って悶える二人から、おじさんはゆっくりと離れようとする。

 しかし、二人がおじさんを離さない。

「一体、ドラゴンテイルって国は、どんな国なんだ⁉」

「そうだ! いくらなんでも三週間に一度なんて貿易する気があるのか! ここからドラゴンテイルなんて、そんなに離れていないだろ!」

「俺に言われても困るよ。そもそもドラゴンテイルは自給自足が国で推奨されているから、貿易には力を入れていないんだよ」

「そう……なのか」

 クリスが手を放す。

「一体、何を取り引きしているんだ?」

「物々交換だ」

「通貨の流通している、この御時世に……」

 イオルクが手を放す。

 イオルクとクリスから解放されたおじさんは、酷い目にあったと去って行く。

「クリス。何か情報を知らないか?」

「生憎と……。イオルクは?」

 イオルクは腕を組んで話し始める。

「切ることを前提にした国だな。鎧の隙間から肉を切ることに特化している。『斬る』ではなく『切る』という方がしっくりくる」

「……何の話を言っているんだ?」

「ドラゴンテイルの武器の話だ」

 クリスに青筋が浮かぶ。

「馬鹿か! そんなもんが何の役に立つ!」

「知っている情報を聞いたじゃないか」

「国の特色だ! この馬鹿! 武器の特色なんか聞いて、どうするんだ!」

「はは……。からかっただけだ」

 クリスのグーが、イオルクに炸裂する。

「真面目に話せ!」

 イオルクは頭を擦りながら話し出す。

「……何回か遠征したことがある」

「そういう情報が欲しいんだよ」

「だけど、期待するなよ……。戦場では仮面をつけてるし、話し掛けても無視するし、必要以上に国のことを見せてくれなかったんだ」

「何で、イオルクは、そんな国に派遣されたんだ?」

「ドラゴンレッグが直ぐ近くにあると言えば分かるか?」

「ああ……。あの戦争オタクの軍事国家ね」

「そういうこと。ちょっと、ドラゴンテイルの人間だけでは対応できない人数で攻めてきたから、ノース・ドラゴンヘッドに依頼がきたんだ。……あれ?」

 イオルクは首を傾げた。

「どうした?」

「いや、騎士団に支払われたのはお金だったって話だから、さっき言ってた物々交換って合わないなって」

「そうなのか?」

「そうだった」

 クリスは腕を組む。

「まあ、国同士の命運が懸かっているから、手段を選ばずってところじゃないか?」

「そうかもな」

「あとは?」

「…………」

 クリスの問い掛けに、イオルクの眉間に皺が寄った。

「オイ?」

「凄く睨まれてた……」

「は?」

「仮面つけた集団が俺を見てた……」

 クリスは、その場面を想像して一筋の汗を流す。

「そ、それは怖いな……」

「正直、二日ほど夢に出た」

「災難だったな……。しかし、益々、分からない国になったんだが……」

 イオルクは頷く。

「だから、そんな国なのに入国許可が下りたのが不思議でならない」

 不安だけが募る中で、俄かに港が活気付き始める。

『船が来たぞーっ!』

『交易品の準備をしろーっ!』

 活気づき出した港に、二人は首だけ港に向ける。

「何かイオルクのせいで、船に乗りたくなくなってきたんだけど……」

「事実を述べたまでだ」

「仕方ない……。行くか?」

「行きましょうか」

 二人は港へ向かって歩き始めた。


 …


 港に着いた船は、年季の入った簡素な帆船だった。ドラゴンウィングとドラゴンテイルの端から端を結ぶ海路は距離が短いため、それほど大それた船は必要ない。ただ、あまりに簡素な造りの船にイオルクとクリスの胸には不安が募る。

「これ、沈まないだろうな?」

 クリスの言葉に、イオルクは頬を掻く。

「俺が乗ってたのは、騎士と武器と物資を積むデカい船だったからな……」

「そうか……」

「こんな形の船に乗るのは始めてだ」

「だよなぁ。どっか、違うんだよな?」

 不安そうな二人に、ドラゴンテイルの船乗りが声を掛ける。その人物の服も少し変わっていて、簡素な服に帯紐というのは見たことがない。

「あんた達、乗るんだろ?」

「乗るけど……。これ、沈まないのか?」

 クリスの失礼な質問に、ドラゴンテイルの船乗りは笑って答える。

「大丈夫。沈む時は港から出て直ぐだ。海の真ん中では沈まないよ」

「沈んだことがあるのかよ……」

「荷物の積み過ぎでな。俺は、常に限界に挑む男だからな」

「客を乗せて挑戦することか!」

「普段は、乗らないからな」

(何を考えてんだ……)

 クリスが項垂れるのを見て、ドラゴンテイルの船乗りは笑っている。

「……イオルク、お前が先に乗れ」

「は? 何で?」

「重い荷物を持つ、お前が先に乗って大丈夫なら沈まない」

「お前な……」

 イオルクが拳を握る。

「いいから、乗れや」

「「へ?」」

 イオルクとクリスを蹴り飛ばして、ドラゴンテイルの船乗りは二人を船の中に突き落とした。

「船出すからな」

「何て酷い船出なんだ……」

「全くだ……」

 ドラゴンテイルの帆船は、ドラゴンウィング最後の町を後にした。


 …


 ドラゴンテイルへの荷を積んでの短い時間の船旅。

 帆船はゆっくりと、そして、時々、きしむような音を立てながら海を進む。

 ギシギシ……。

 ギシギシ……。

 ……ギュバッキ!

「…………」

 イオルクとクリスは、音のした方に目を向ける。

((この船下りてぇ……))

 ドラゴンテイルの船乗りは、特に気にすることもなく鼻歌を歌っている。

「いつものことなんだろうな……」

「そうなんだろうな……」

 やがて、船はドラゴンテイルの港に着き、イオルクとクリスは大地を踏みしめると安堵の息を吐き出した。

「大地に立つということは素晴らしい」

「右に同じ」

 この船には二度と乗るまいと、イオルクとクリスは誓いを立てた。

 それから辺りを見渡すと、この国が独自の進化を遂げたのが分かる。ほとんどのものが木で造られている。からぶき屋根の家や瓦の屋根の家。どれも見たことがない家の造りをしている。

「ドラゴンテイルか……。秘境に来た感じだな」

 到着早々、失礼極まりない感想を漏らしたクリスとは別に、イオルクは何処か落ち着かない。

「気のせいか視線を感じるのだが……」

 イオルクと一緒にクリスも辺りを念入りに見回す。

「気のせいじゃない。イオルク……お前、ガン見されてるぞ」

「何故だ……」

 この国の人間の視線がイオルクに集中していた。

「しかも、厳つい男にばっかり見られてる」

「俺、あっちの趣味はないからな」

「イオルクがなくても、あっちが――」

「怖いこと言うなーっ!」

 イオルクは、今までにない恐怖を感じた。

「とりあえず、宿とハンターの営業所を探そうぜ」

「賛成だ」

 イオルクとクリスは、そそくさと退散する。

 しかし、港を抜けると、イオルクは暫く絶句する。

「視線の先に何もない……」

 港を抜けた先に、店は一軒もなかった。

「ってことは、あそこの港が漁村か何かだったのか?」

 クリスは腰に手を置いて、溜息を吐く。

「ダメだな。こんな小さなところにはハンターの営業所も宿もない。戻って地図を買って、次の町に行くしかねぇ」

「ぐあ~っ! 激しく戻りたくない!」

「我が侭言うな。イオルクさえ我慢すればいいんだ」

 イオルクがクリスの首根っこを掴み、縦に振る。

「この薄情者~! 掘られるかもしれないんだぞ!」

「そんときゃ、ぶっ飛ばせ」

 クリスは我関せずでイオルクの手を払うと、港へと歩き出した。

「クリスが一人で行ってくれればいいのに……」

 イオルクは仕方なくクリスの後に着いて行った。

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