港に戻ると、イオルクを見詰める集団との余計な接触を避けるため、即行で、からぶき屋根の道具屋らしき店に入る。
イオルクとクリスは、道具屋の店主に地図を所望する。
「ドラゴンテイルの地図だな」
道具屋の店主は、大きな町が載っているだけの地図を取り出した。
「何と交換するんだ?」
「やっぱり、お金は使えないの?」
イオルクの質問に、店主は片手を軽くあげる。
「この国では、お金を使えるのは王家が外国と取り引きする時だけだ」
「ああ、それで騎士団にお金が払われたのか」
「一応、この国専用の通貨はあるんだけど、国を守るためにドラゴンテイルの人間しか使えない仕組みになっているんだ」
「自給自足の仕組みを壊さないためかな?」
「そんなところだ」
イオルクとクリスは、それぞれリュックサックと鞄を漁り、物々交換できそうなものを探す。
「クリス、何かあるか?」
「オレはイオルクほど体力ないから、最低限のものしか鞄に入れてないぞ」
「俺も……ないことはないけど、夜の鍛冶修行で造った簡易的な武器しかない」
「他は生活必需品だもんな。とりあえず、それでもいいから出してみろよ」
クリスの言う通りに、イオルクは今まで造り貯めていた小型武器を支払い台の上に並べる。
「これの、どれかと交換して貰えるかな?」
店の主人は、ナイフの一つを手に取ると満足そうな顔をする。
「いい仕事をしてるな。丁寧に造られている」
「手間の掛かる鍛造で、時間を掛けて造ってるからね」
「これなら、異国の武器を収集しているアサシンにも売れそうだ」
「売れない場合もあるの?」
「ドラゴンテイルの武器は質がいいからな。鋳物で造った武器は、まず無視される」
「凄いな……」
「君達は、次の町を目指すんだろう? 地図と一緒に必要な分の食料もおまけするよ」
「ありがとう」
イオルクは商品を受け取り、クリスと道具屋の外に出る。
そこでイオルクは、食料の量を確認しながらクリスに話し掛ける。
「この国、意外といい人が多いみたいだな?」
「そうだな。……でも、当面の問題は物々交換だよな」
「俺の武器も無限にあるわけじゃないし」
「何にしても、この国は早く立ち去ろう」
「賛成」
イオルクは確認し終わった商品をリュックサックに詰め込むと背負い直す。
イオルクとクリスは一本道を進んで、二日ほど掛かる割と大きな町を目指して港町を後にした。
…
道の途中で野宿を一回。その後は、何事もなく目的の町まで辿り着く。
何者にも襲われないで町に着くのは久しぶりで、イオルクとクリスは少し拍子抜けしていた。
「大きな町だな」
クリスの言葉に同意しながらイオルクは辺りを見回す。
「やっぱり変わった造りの建物だな」
ドラゴンテイルの建物は、簡単に言えば純和風の造りをしている。立派な物は武家屋敷を思わせ、庶民が住む家は長屋である。
「オイ! あの扉! 紙が張ってある!」
クリスの指差す方を見て、イオルクも驚いている。
「突風で破れたりしないのかな?」
「無用心過ぎるだろ」
イオルクとクリスが話しながら歩いていると、また、あの視線を感じる。
「見られてる……」
「お前、何か恨みでも買うことしたのか?」
イオルクは首を振る。
「そんなことないよ」
その時、困った顔をしているイオルクのズボンの裾を誰かが引っ張った。
「ん?」
イオルクが振り返ると緊張した面持ちの少年が立っている。
「あ、あの! イ、イ、イオルクさんですか⁉」
「そ、そうだけど!」
(何で、イオルクがつられて緊張してるんだよ)
クリスは呆れた顔で緊張している二人を見る……が、よく見るとイオルクの唇の端が吊りあがっている。
(あのヤロウ……。からかってるな)
少年は、更に続ける。
「尊敬しています! で、出来れば握手してくれませんか!」
イオルクは首を傾げ、握手しながら尋ねる。
「……君、何で、俺を知ってるの?」
「これがイオルクさんの手か……。凄いなぁ。日々の鍛練で、手がガチガチだ」
少年は興奮と憧れを持って、イオルクの手を握っている。
(からかえる雰囲気じゃない……。というか、最初の接触でいきなり流されたけど……)
イオルクは、再度尋ねる。
「あの……、聞いてくれる?」
「あ、はい! すみませんでした!」
「そんな畏まらなくていいから」
「イオルクさんは有名人だからです!」
(今度は、いきなり答えが返ってきたな)
横からクリスが話しに割って入る。
「何で、イオルクが有名人なんだ?」
「あなたは、従者の癖にそんなことも知らないんですか?」
「誰が従者だ!」
クリスがガシッとイオルクの首に腕を廻すと、イオルクもそれに習いクリスの首に腕を廻す。
そして、二人同時に自分に親指を立てる。
「「ダチだ!」」
息のあった行動に少年は暫し沈黙すると、慌ててお詫びを入れる。
「す、すみません! そのような関係とは知らずに!」
「分かればいい」
(偉そうだな……、クリス)
イオルクの視線を気にすることなく、クリスは続ける。
「で? イオルクが有名人ってのは?」
「この国では強い人物が尊敬されます。数年前のイオルクさんの戦いに、皆が釘付けになりました」
イオルクは、仮面の集団に凝視されたことを思い出す。
(あれは睨んでいたんじゃなくて、憧れの目だったのか……)
クリスに代わり、イオルクが少年に質問を続ける。
「でも、他の皆も俺と同様に戦ってたじゃん?」
「戦場で戦っていた人の話では、最前線で一歩も退かずに戦っていたと聞きました」
(またか……。ドルズドの馬鹿のせいで捻じ曲がって伝わってる……。一歩も退かなかったんじゃなくて、一歩も退けなかったが正解)
少年は少し興奮気味に話を続ける。
「ノース・ドラゴンヘッドでは、我が国一番のくノ一であるコスミさんと引き分けたとも聞いています」
「クノイチのコスミさん? 誰?」
「おかしいですね? コスミさんは律儀に定期連絡の手紙をくれるから、間違いないはずですが」
イオルクは腕組みをして考えると、少年の着ている服装を見て直ぐに件の人物に検討をつける。
「イチさんかも……。偽名だって言ってたから」
イオルクはリュックサックを地面に置くと、紙と鉛筆を取り出しデッサンを始める。
「イオルク、絵上手いな」
「鍛冶屋だからな。武器の設計図を描くのに絵が下手じゃどうにもならん」
「なるほど」
二分ほどで描き上げると、イオルクは少年に描いた絵を見せる。
「これがコスミさん?」
「そうです!」
「イチさんの出身国だったのか」
クリスは、イオルクから紙を取り上げるとイチを見る。
「可愛いじゃないか」
「それで、俺より年上だ」
「嘘だろ?」
「本当」
「じゃあ、今は、もっといい女になってるな」
イオルクと少年は少し軽蔑した目でクリスを見ている。そして、少年はクリスから紙を奪い取ると、ビリビリと破り捨てた。
「ああ! もったいねぇ……」
「我々の尊敬する人を破廉恥な目で見ないでください!」
クリスは諦めの溜息を吐く。
「まあ、いいか。あとで、イオルクにもう一回書いて貰えば……。今度はヌードで」
イオルクと少年のグーが、クリスに炸裂する。
「仲間の裸を描くか!」
「最悪だ! あなたは!」
壁際までぶっ飛ばされたクリスを無視して、イオルクが少年に話し掛ける。
「アイツは放っといて、少し聞きたいんだけど」
「ええ、いいですよ」
「この国にハンターの営業所はあるかな?」
「残念ながら、ありません」
「そうか……」
イオルクは、そんな気が少ししていた。
「じゃあ、鍛冶屋はあるかな?」
「ありますが、王都まで行かないとありませんよ」
「王都? ……何で?」
「武器は戦争の道具なので、造るには王家の許可が要るからです」
イオルクは納得して頭に手を置く。
「なるほど。この国では、そうやって治安を守っているのか」
「理解が早くて助かります」
イオルクは頭を掻きながら少し整理すると、呟く。
「王都に行ってみるしかないな」
「え?」
「ああ、こっちのこと。あと、黄雷石って店で売ってるかな?」
「それも王家が管理しています」
「確定だな……」
イオルクはクリスの側まで歩くと、クリスを引っ張り起こす。
「行くぞ」
「何処にだ?」
「王都」
「何処でもいいけど、その前に補給しろよ」
「そうだった」
イオルクとクリスは少年の案内で町を回り、必要な商品を物々交換で揃える。そして、短い時間の滞在だけで、直ぐに王都へと旅立つことにした。