王都の一番大きな建物の前――。
仮面の集団は案内役を一人残して解散すると、案内役がイオルクとクリスを建物の奥へと案内する。他の国の文化と違い、石中心ではなく木が中心の造りは極めて珍しい。玄関で靴を脱ぐという習慣も独特だった。
クリスは綺麗な装飾や優雅でありながらも年季の入った柱を見て、イオルクに話し掛ける。
「ここ……、城じゃないか?」
「俺もそう思ってた。他の国みたいに堅牢な石造りじゃなくて、木とか土とか自然のものを利用する部分も多いんだ。そして、一階は横に広がっている……。屋敷と融合しているのかな?」
「どんだけの敷地面積だよ」
イオルクとクリスは、ひと際豪華な畳の敷かれた部屋に通される。
そこには見知った人物が居た。
「キリさんじゃないか」
「まだ、オレ達に我が侭を言いたいのか?」
クリスの顔面に、キリの投げた扇子がクリーンヒットした。
「うつけ者が!」
案内人は、また項垂れている。
「キリ様……。御客人にいきなり扇子をぶつけるのは……」
「しまった……。先ほどまでの勢いで……」
クリスが、ぶち当たった頬をさすりながら扇子を拾い上げる。
「あんた、滅茶苦茶だな?」
「クリスが、わらわを馬鹿にするからいけないのじゃ」
キリは側まで近づくと、クリスから扇子を受け取る。
「で? 何の用だ?」
案内役がクリスに、そっと近づく耳打ちする。
「あの、もう少し言葉を選んで貰えませんか?」
「何でだよ?」
「キリ様は、この国の姫様です」
「…………」
クリスが固まる。
「……本当か?」
「はい」
クリスは度重なる粗相を思い出すと、イオルクに勢いよく振り返る。
「オイ! どうするんだ⁉ オレ達、随分と馴れ馴れしく接したぞ⁉」
だが、イオルクは普段と変わらない。
「オイ! 何を落ち着いてるんだ!」
イオルクはキリの我が侭ぶりに少し懐かしいものを感じながら、クリスに話し掛ける。
「大丈夫だよ。お姫様なら心が広いはずだ」
「ハァッ⁉ どういう理屈だよ、それは⁉」
イオルクは、ゆっくりと腕を組む。
「経験かな」
「ダメだ……。当てにならん……。オレの人生は、ここで終わるかもしれない……」
緩い雰囲気のイオルクと落ち込むクリスを見て、キリは微笑んでいる。
「やはり、御主らは面白いのう。イオルクの言う通りじゃ。気にしとらんから、顔をあげるが良い。わらわは、礼を言いたくて呼んだのじゃ」
クリスが、ようやく顔をあげる。
「礼?」
「使者達を差し向けたであろう?」
「使者って……、あの仮面を付けた奴らか?」
「そうじゃ」
「てっきり拉致されるかと思ったぜ……」
キリは可笑しそうに笑っている。
「正直、一悶着あると思っておったわ。無傷で参上するとは思わなんだ」
「…………」
物騒な言葉に、イオルクとクリスは冷や汗を流して沈黙している。
今度は、イオルクが質問する。
「キリさん。さっきの彼らと俺達を戦わせるつもりだったと取れるんだけど?」
「その通りじゃ」
「それが恩人にすることなの?」
不機嫌そうなイオルクに、キリは微笑んで言葉を返す。
「もちろん、命を取る気はない。……この国の特徴を知っておるか?」
「知らない」
イオルクの返答に頷き、キリはセンスを握りながら説明する。
「この国では、強い者ほど尊敬され認められる。迎えに行った使者達は、御主達――特にイオルクと手合わせをしたかったのじゃ」
イオルクとクリスは、ドラゴンテイルの風習にただ呆然としている。
「この都だけではないはずじゃ。心当たりがあろう?」
クリスは直ぐに思い当たる。
「あれだよ。あの妙なイオルクに向けられた視線」
「あれか……」
「他にも港町の近くで会ったガキンチョ」
「握手求められたっけ……。あの子が言っていた以上に、この国では『強い』ってことが重要だったんだ……」
「そういうことじゃ」
イオルクとクリスは文化の違いを認識させられた。
「そうなると、さっきの仮面の集団には可哀想なことしたな。なあ、イオルク」
「何で?」
「やっぱり、本人が一番理解してない」
イオルクが首を傾げると、クリスは案内役に顔を向ける。
「あんた達、がっかりしたんだろ? 想像していたイオルク・ブラドナーが馬鹿だったんで」
「クリス……。失礼極まりない一言だぞ」
イオルクは不満を表わしたが、案内役はクリスの言葉に同意していた。
「……実を言うと、そちらの方の言う通りなのです。まさか、あの場であんな展開になるなど、予想もしていませんでした」
キリは案内役に説明を求め、案内役がキリに一部始終を話すと、キリは笑いを堪えられずにお腹を抱えて笑い出だした。
そして、一頻り笑い終えると、キリは案内役に謝罪する。
「すまぬな。どうやら、客人は予想以上に斜め上を歩くようじゃ」
「いいえ、我らにそのような気遣いは無用です」
案内役に頷くと、キリは扇子を顎に持っていき、眉をハの字に小首を傾げる。
「しかし、困ったのう」
「何が?」
「この城には、強い者しか客人として迎え入れんことになっておる。イオルク達が戦っていないのであれば、強いかどうかも分からぬ」
「……俺達、お礼を貰いに呼ばれたんですよね?」
「そんなものは些細なことじゃ。強さのみが求められる」
((そんなものかよ……))
イオルクとクリスがジト目でキリを見る中で、キリは思案している。
「そうじゃ。久しぶりに武闘会を開くとしよう」
「「は?」」
「今、わらわの夫は、この国に居ないので相手をさせられぬが、一番強い御爺様がおられる」
イオルクとクリスは嫌な予感がしていた。
「御爺様と戦って強さを示して貰おう」
「「やっぱりか」」
クリスが直ぐに反論する。
「何で、そんなことになるんだよ!」
「安心せい。御主は戦わぬ。相手をするのはイオルクだけじゃ」
「そうか。なら、安心だ」
イオルクが直ぐに反論する。
「ちょっと、待て! 何で、そこで納得するんだ! キリさんも、こんな横暴が通ると思ってんのか!」
「イオルクは、心が狭いのう」
「心の広い狭いの問題じゃないでしょう!」
「わらわ達は、ただ強い者の戦いが見たいだけなのに……」
キリの言葉に案内役が頷いている。
「話にならない……。クリス、行かないか?」
「そうだな」
イオルクの言葉にクリスが賛同すると、二人は踵を返した。
それを見て、キリが残念そうに呟く。
「武闘会に出てくれれば褒美も弾んだのに……」
クリスが止まり、イオルクの肩に手を置く。
「イオルク、参加しろ」
「お前、最低だな! この裏切り者が!」
クリスはキリに向かい、話し掛ける。
「報酬はデカいんだろうな?」
「当然じゃ」
「イオルクは、オレが説得してやる」
「頼もしいのう、クリス」
「お前ら、ふざけんのも大概にしろよ……!」
クリスがイオルクの首に手を掛け、胸元にイオルクの顔を持ってきて締め上げる。
「そのまま聞け。お前、黄雷石が欲しいんじゃないのか?」
クリスの言葉に、イオルクが動きを止めた。
「ここでは強さが全てらしいし、向こうも命を取るつもりはないみたいだ。出てみたら、どうだ?」
クリスの言葉に、イオルクは思考を巡らせる。黄雷石が王家の管理ということを思い出すと、クリスの方法でしか手に入れる方法がないように思え始める。
(黄雷石はオリハルコンの錬成で着火に使うもの。何度も使えるなら量は余り要らないが、この国で少しでも手に入れることが出来れば……)
イオルクは背筋を伸ばすと、キリに向き直る。
「参加しましょう!」
「おお、そうか! クリス、良くやってくれた!」
クリスは余裕の顔を見せると頼み事をする。
「キリさん、強さを見せれば褒美は弾むんだったよな?」
「その通りじゃ」
「じゃあ、オレも参加するぜ」
クリスの参加意志に、キリは驚いている。
「御主、魔法使いであろう? 武闘会では、呪文など、ゆっくり唱えている時間はないぞ?」
「この世は金が全てだ。強さを見せたら、20万G欲しい」
尚も要求するクリスに、キリは唇の端を吊り上げる。
「いいじゃろう。そこまで言い切れるのも強さに自信がある証拠じゃろう」
これにより、イオルクとクリスは武闘会に参加することになる。
この日、イオルクとクリスは、キリの持て成しで久々のまともな食事と風呂と布団で英気を養うことになった。
…
イオルクとクリスが武闘会に参加することを決めたあと――。
イオルクとクリスを侍女に案内させて休息を取らせる間に、キリは別の指令を直ぐに出していた。国中に伝書鳩を飛ばして、イオルクが戦うことを知らせたのである。
しかし、例え伝書鳩が届いても王都まで辿り着ける者は限られる。それでも、このイベントがあるというだけで、ドラゴンテイルはお祭り騒ぎだった。
かつてのドラゴンレッグとの戦に参加した者から伝えられた噂は尾ひれもついて広がっており、イオルクの戦いぶりは、この国では有名だったのである。
そして、当時、年端も行かない子供が成長して、この国を訪れたというのも興味を引かれる要因の一つだった。ドラゴンテイルの王都には、近隣の町や村から人々が移動し始めていた。