武闘会の帰路では観客達が満足気にしている。時間的には一時間にも満たないが、内容は十分だった。
自国の英雄であるテンゲンの戦い。それを十分に引き立ててくれた対戦者。最後は有耶無耶にされた感があるが、連れのもう一人の戦い方には予想を覆された。この国で魔法使いの価値観が変わったのは間違いない。観客達は、いつまでも興奮冷めやらずだった。
そして、観客達の話の主役のイオルクとクリスは、既に自分達の部屋に撤退していた。
「まったく……。意識を失うまで魔法を使い続けるもんか?」
イオルクは布団の上でだらしなく口元を緩めているクリスの額に濡れたタオルを置く。
「まさか、このまま死ぬなんてことないよな」
イオルクは物騒なことを呟くと、クリスが目を覚ますのを待ちながらクリスの戦いを振り返る。
(普段は適当に魔法を二重詠唱していただけなんだな。その気になれば属性を組み合わせて使用できるんだから。コイツ、本当に魔法使いでも接近戦が出来ることを証明したんだ)
イオルクは、クリスが最後に親指を立てた時の笑顔を思い出す。
(何が、そんなに嬉しかったんだ? 相棒?)
イオルクはクニクニとクリスの鼻の頭を突っつく。
「はぁ」
一向に起きないクリスに飽きると、イオルクは部屋を出る。
「腹減ったな……」
イオルクは城の中の調理場を探して、フラフラと臭いを頼りにうろつき始めた。
…
食べ物を求めて、イオルクは広い屋敷を歩く。
途中で侍女にでも会えば調理場を教えて貰い、料理に在り付けるのに誰ともすれ違わない。
「何で、人の気配がしないんだ?」
皆、武闘会の後片付けに借り出されているからであるが、運営側の人間ではないイオルクには分からないことだった。
そのフラフラしているイオルクをテンゲンが見つける。
「おーい」
「ん?」
イオルクが声のする方に顔を向ける。
「テンゲンさん」
イオルクは早足でテンゲンのところに向かうと、笑顔で話し掛ける。
「いいところに」
「どうしたんじゃ?」
「腹減ったんで調理場を探してたんです」
「君が料理をするのかね?」
「まさか。ただ……確実に食料はあるかと」
テンゲンは、やれやれと首を振る。
「腹が満たせればいいとは……、本当に戦う者の考えだな。食は楽しむものじゃぞ」
「そうですかね? 俺は味噌さえあれば、何でも腹に入れられますから」
「まったく……。着いて来なさい」
イオルクはテンゲンの後に続く。
「一番偉い人に案内して貰って悪いですね」
「構わぬよ。儂も戦った後に話したいと思っておった」
テンゲンは温和な笑みを浮かべていた。
…
テンゲンの部屋――。
部屋はイオルク達の客間と変わらない畳の部屋。大きな違いは部屋の広さぐらいで、物は少なく、整理差整頓されている空間が部屋を引き締めている感じだ。
テンゲンは自分の部屋にイオルクを通すと、控えている付き人に酒と食事の用意を頼む。
暫くして、本格的な食事の繋ぎである酒と摘まみの魚の刺身が用意された。
「さあ、飲もう」
座布団の上にどっかりと胡坐を掻いたテンゲンが、イオルクに酒を勧める。
「俺、未成年ですよ」
「幾つになるんじゃ?」
「十八です」
「この国では、もう大人だ。気にすることはない」
テンゲンはノース・ドラゴンヘッドの二十歳の年齢制限を無視すると、イオルクに御猪口を持たせ、強引に酒を注いだ。
「俺、酒に弱いみたいで、前に飲んだ時は酔い潰れちゃったんですよね」
「一気に飲むからだ。最初は、御猪口一杯に時間を掛けて飲みなさい。体が少しずつ慣れていく。酒は百薬の長じゃよ」
テンゲンが御猪口の酒を一気に飲み干すと、それを見て、イオルクは言われた通りに少しずつ口をつけることにした。
「久々に楽しい戦いじゃった」
「はい。勉強させて貰いました」
「最後のあれはワザとかね?」
テンゲンが戦いの決着のことを問い掛けると、イオルクは皮の鎧のベルトを外し、皮の鎧を脱いで背中の部分をテンゲンに向ける。
「俺の鎧です。見てください」
イオルクは皮の鎧の背中を指差す。
「この盾の下に、俺はロングダガーとダガーを固定しているんです。ロングダガーは右向き、ダガーは左向き」
「ほう」
「でも、急遽思いついた戦闘方法だったんで、ロングダガーの鞘とダガーの鞘の間隔が近過ぎたんです。換装する度にお互いの鞘がぶつかり合って最終的に親指を折りました」
「……やっぱり、思い付きだったのか」
「テンゲンさんが間合いを狂わせる戦いをしたのがヒントになりました」
「大したものだ」
テンゲンは酒を御猪口に注ぎ、イオルクは刺身を摘まんだ。
「俺、不器用なんでテンゲンさんみたいに武器一つじゃ間合いを変えられないんですよ」
テンゲンは少しだけ笑う。
「嘘つきめ。知っておるぞ。ブラドナー家は、一つの武器を極める家系だ。だから、応用できないではなく応用しない。基本から外れれば武器の精度と威力が落ちるのは必然だからな」
「知ってたんですか?」
「戦いは趣味じゃからな」
老人のはずのテンゲンが子供のような笑顔を見せる。
「一度、ノース・ドラゴンヘッドのブラドナー家の人間とは手合わせしたかったのじゃ。しかも、今回は戦場で曰く付きの相手じゃったから、楽しみで仕方なかった。キリから話を持ち掛けられた時は、二つ返事で了承したわい」
(この人は……)
イオルクは苦笑いを浮かべた。
「戦い自体は、本当に楽しかった。しかし、解せないこともある」
「解せない?」
「御主……。何で、武器を三種類も携帯しておる? ブラドナー家の者なら一つだけじゃろう?」
イオルクは御猪口の残りの酒を飲み干す。
「俺、三人兄弟の中じゃ落ち零れでしてね。まだ、どの武器を極めるか決めかねているんです」
「あれだけ戦えて落ち零れなのか?」
(どんな家系なんじゃ?)
空のお猪口を見ながら、イオルクは語り出す。
「父さんは、俺をいつまでも待っていてくれました。でも、正規の騎士になるのに時間が掛かり、ある事件で国を離れることになって……。結局、決めず終いです」
「それで武器をいくつも……」
「ロングダガーは色んな武器の特徴を併せ持つからと、父さんが選んでくれました。旅に出るならと、長兄が剣を。守備力を補うならと、次兄が厚めのダガーを。……俺は恵まれています」
「母親は?」
「……あれ?」
テンゲンは可笑しそうに笑う。
「冗談じゃよ。母は偉大じゃから、愛情だけで十分じゃ」
テンゲンの言葉に、イオルクも納得して頷く。
「それで、俺は未だに武器の基礎をやっているわけです」
(道理で、一振り一振りが純粋で必殺なわけじゃわい)
「と、戦闘術においてはそんな感じですが……。実は、俺、鍛冶屋も目指してるんです」
「何ィ~ッ⁉」
テンゲンの素っ頓狂な声に、イオルクは笑みを浮かべて続ける。
「今、二足の草鞋で頑張ってます」
「何故じゃ?」
「さっき話したある事件の延長から、いい武器が欲しくなりまして」
「どの程度を言っておるのじゃ?」
「出来れば、何でも斬れる武器」
テンゲンは呆れている。
「御主、伝説の武器でも造る気か?」
「それぐらいの武器を造りたいと思っています」
テンゲンはパシンッと膝を打つ。
「くぁ~っ! 世の中には変わった人間がおるわい! 伝説の武器なんぞ、伝説になってから誰も手を出しておらんぞ」
「はは……。まあ、失敗しても、やり直せる年齢ですし」
「本当に変わった男じゃわい。……ん? そうじゃ!」
「どうしました?」
「御主、伝説の武器を見たくないか?」
「見れるものなら」
テンゲンがニヤリと笑う。
「御主、鍛冶屋の腕はどうなのじゃ?」
「まだまだ修行中の身ですよ」
「ふむ」
「出来ればドラゴンテイルの鍛冶技術を習得したいと思っています」
「好都合じゃな」
イオルクは首を傾げる。
「あの……、さっきから何を?」
「いや、こちらのことじゃ」
そこに襖が開き、料理が運ばれて来る。
「まあ、今日はゆっくり英気を養って、この話はキリが居る時に、またな」
(キリさんが関わると碌なことにならないんだよな……)
イオルクは一抹の不安を覚えながら、テンゲンとの食事を続けた。