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材料編  50 【強制終了版】

 テンゲンの部屋――。

 その部屋には先にキリが来ており、テンゲンと談笑をしていた。そこにイオルク達が訪ねて来たことに気付くと話をやめ、キリは部屋の中へと迎え入れた。

「遅かったのう」

「昨日は飲み過ぎまして」

「イオルクの話は御爺様に聞いたところだが、クリスも、そんなに飲んだのか?」

 クリスは腰に手を当て、笑いながら返事を返す。

「奢ってくれたアサシンのガキが涙目になるぐらい飲んでやった」

「それが原因か……」

 キリは自分に泣き付いてきたアサシンの少年の姿を思い出した。

「まあ、二人供座るがよい」

 イオルクとクリスが用意された座布団の上に腰を下ろすと、テンゲンがニヤリと笑う。

「では、早速――」

「20万G!」

 イオルクのグーが、クリスに炸裂した。

「お前は、少し落ち着け!」

「って~な! オレの目的は金なんだから仕方ないだろ!」

 テンゲンとキリが溜息を吐くと、お金の入った布袋を先にテンゲンが置いた。

「話が進みそうにないわい。先に受け取るがよい」

 クリスが布袋を抱きしめる。

「やった……! 目標金額に届いた……!」

 クリスは涙を流して喜び、それを見たイオルクは、何だか情けなくなった。

「泣くなよ……」

「お前には一生分からん! 貴族の凡々め!」

(それは分からないだろう……。クリスが金を欲しがる理由を話してくれないんだから……)

 イオルクがテンゲンを見る。

「コイツは置いといてください。本題をお願い出来ますか?」

「うむ。これだ」

 テンゲンが近くの紫の布袋に包まれた細長いものを取り出す。そして、ゆっくりと布袋を取ると鞘に収められた刀が姿を現わした。

 しかしそれは、ただの刀ではなく、刀の鍔に黄色い勾玉の形をした宝石がついている。

「これが……」

「そう。この国に伝わる伝説の剣。正体は刀だがな」

(やっぱり……)

 イオルクは吸い込まれるように刀を見続け、魅入られたまま言葉を失った。鞘に納められている刀身と刃に備わる切れ味を想像するだけで、胸が高鳴っていく。

 そして、その沈黙を破ったのは、意外にも武器とは無縁のはずのクリスだった。

「その宝石……、ただの石じゃないな」

 伝説の武器に付けられた勾玉風の宝石の力に、魔法使いのクリスは敏感に気付いていた。

 イオルクが勾玉を指差す。

「細工した黄雷石じゃないのか?」

「違う。恐らく無限に近い魔力の結晶だ」

「魔力?」

「鞘に納められているから押さえられているみたいだが、宝石に集中するとビリビリ感じるものがある」

 クリスが宝石の正体を見抜くと、テンゲンが静かに口を開く。

「この世界とは別の世界に、魔族と呼ばれる存在が居るのを知っておるかね?」

「知っています」

「噂程度だがな」

 テンゲンは、イオルクとクリスの返事に頷くと続ける。

「彼らは本当に存在する。強力な魔法を使い、性格も好戦的だと伝わっている」

「そいつらを滅ぼしたのが伝説の武器なんだろ?」

「いや、伝説の武器は全ての厄災を生み出す地――ドラゴンレッグで厄災の元凶を倒した英雄達が使用した武器だ」

 クリスは腕を組む。

「敵って魔族じゃなかったのか……。興味ねぇから、適当に伝承を理解してた――ん? でも、変じゃないか? 元凶を倒したのに、何で、ドラゴンレッグ絡みの争いが治まらないんだ?」

「それは分からない。しかし、かつて世界は、四回の平安を得たのは歴史的事実。その回数だけ、伝説の武器も存在するのじゃ」

「ふ~ん……」

 今度は、イオルクが質問する。

「テンゲンさん。魔族とか伝説の武器の歴史とかは分かったんですけど、結局、この宝石は何なんですか?」

 イオルクとクリスに、テンゲンは強い視線を向ける。

「魔族の体から剥ぎ取ったものじゃよ」

「「え?」」

「魔族の中でも、特別な者が居る。強大過ぎる魔力を有する彼らは、年月を追うごとに自らの魔力を結晶化させる。無限とも言える彼らの魔力を純粋に結晶化させるのじゃ。そこに出来る宝石には考えられないほど魔力が溜まる」

「それを剥ぎ取ったんですか?」

「そう伝わっておる」

「…………」

 全員の視線が鍔の宝石に注がれる。

 伝承は曖昧なのに証拠として存在し続ける武器。この異様な武器が造り出された経緯は、よく分かっていない。エルフの口伝、ドラゴンウィングの曖昧な歴史書、ドラゴンテイルの伝承、全てを持ち寄っても、まだ謎に満ちていた。

「まあ、歴史的な話はここまでじゃ……」

 テンゲンは『いくら考えても過去から伝わるものがなければ分からない』と、話を切り上げる。

「そんなことより、見たいじゃろ?」

 テンゲンの目が子供のように変わって輝き、それに対して、イオルクは黙って頷いた。

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 テンゲンが鞘から刀身をゆっくり引き抜く。

 徐々に現わす刀身には一切の曇りもなく、錆もない。刀は、長い時を過ごしてきたというのが嘘のような輝きを放っていた。

「ただの刀にしか見えねぇな?」

 クリスは思った通り口にするが、テンゲンの目は笑っている。

「そうかのう? では、試して見るか?」

 テンゲンが用意してあった鉄の塊を見せる。

「切れると思うかね?」

「まさか」

 テンゲンは刀を振り被ると、鉄の固まり目掛けて振り下ろした。その行為は、本来なら刀の刃を駄目にする。歪むか、亀裂が入るか、折れるかする。

 しかし、結果は違い、刀は甲高い音を立てて、鉄の塊を半分まで両断した。

「マジかよ……。鉄が斬れた……」

「刀身の方は?」

 テンゲンが刀を鉄の塊から引き抜いて見せる。

「当然、無傷じゃ」

 無茶な斬り方をしたにも関わらず、刃には傷一つ付いていなかった。

「これがオリハルコンと黄雷石の合金の強度……」

「よく調べておるな」

「それが目的ですから」

 刀に見入っているイオルクに、キリが声を掛ける。

「どうだ? イオルク?」

「どうって……。信じられない……。刀に強度を加えられると、鉄をも斬れるなんて……。この薄さで、厚みによって強度を補う騎士剣を超えている……。切れ味と強度――名刀に強度を加えたんですから伝説の武器と言われるはずです」

 イオルクの言葉に、テンゲンが付け加える。

「本来、名刀の一振りは鉄をも斬れるのじゃよ」

「……そうなんですか?」

 付け加えられた言葉にイオルクは驚きもしたが、胸の奥で別の期待も膨らんでいた。テンゲンが言った通りなら、この国には過去から伝わった切れ味を再現する技術が残っている。ノース・ドラゴンヘッドの技術も高いと自負するが、騎士剣では鉄は斬れない。叩き折ることになる。しかし、この国の技術では同じ材料で造った武器で鉄を斬れるのだ。

「まあ、いくら名刀とはいえ、伝説の武器以外の材料は鉄じゃ。当然、接触面を薄くする分だけ強度が落ちる。鉄など斬ったら、一発でお釈迦じゃ」

「でも、そういうものを造っているんですよね?」

「儂らは鎧ごと斬る戦い方をせんからな」

 イオルクの中には、ロングダガーを切断した武器の感触が蘇っていた。

「この伝説の武器が全てオリハルコンだと……、どうなりますかね?」

「半分で止まっていたものを全て両断できよう」

 イオルクが唾を飲み込む。

(ドラゴンテイルの鍛冶技術でオリハルコンの武器を造れたら……)

 造るべき姿の武器の陰が、イオルクには見えた気がした。


 …


 イオルクの鍛冶屋としての見方とは別に、刀の切れ味を見たクリスには他の疑問が浮かぶ。それは魔法使いの見方からだった。

「しっかしな~。この刀に、何で魔力の結晶石が付いているんだ? 必要ないだろ?」

 テンゲンが刀を構え、精神を集中すると刀身に電気が走った。

「それは魔法を使えない伝説の武器の所有者が魔法を使うためじゃよ」

「そういうことかよ」

 クリスが勾玉に込められた魔力を感じて納得する。

「伝説の武器ってのは、その刀の宝石からエネルギーを取り出して、刀身から解放するんだな?」

「その通りじゃ」

「コイツは、切れ味以外の秘密も隠れてそうだな」

 クリス達の話を聞いて、イオルクはゴブレの『オリハルコンは意志に反応する』という言葉を思い出す。つまり、オリハルコンが黄雷石と宝石を繋ぎ、使用者の命令を伝えてエネルギーを月明銀の形態変化で発揮するのだ。

(理屈は分かる。だけど、新たな疑問……、魔族の存在が出てきた。今は見ることの出来ない彼らと伝説の武器に何か関係がある。魔族とは、どんな存在なんだろう? 何故、魔族は生まれたんだろう?)

 考えに耽るイオルクに、テンゲンが刀を差し出す。

「使ってみないかね?」

「え? 使って……? 触っていいんですか⁉」

 イオルクは我に返り、テンゲンの言葉を理解するのに少し時間が掛かった。キリの方も見ると、キリも黙って頷く。

 イオルクは恐る恐るテンゲンから刀を受け取った。

「家にあった見本の刀の感触と同じだ。これで強度が備わっているなんて……」

「君も斬ってみては、どうかね?」

 イオルクの視線がテンゲンの指し示す鉄の塊に移る。そして、手の中の伝説の武器に移り、自らも試したいという衝動に駆られる。

「やらせていただきます。ついでに鞘も貸して貰っていいですか?」

「鞘?」

 イオルクはテンゲンから鞘を受け取ると、一度、刀を納める。

「少し大きいモーションを使うんで離れてください」

 イオルクを除く全員がイオルクから離れると、イオルクは前傾姿勢で鞘を脇に構える。そして、刀を上半身のバネと腕の振りで引き抜く。その時、鞘を走らせると更に加速させ、鉄の塊を真横に一閃した。

「居合いか……。御主なら、何でも使えそうじゃな」

 テンゲンが鉄の塊に近づくと、持った鉄の塊の上半分だけが綺麗な切断面を残して取れた。

「凄い切れ味ですね。刀が歪みもしないから、一刀両断できる。それと――」

「何じゃ?」

「――この鞘も特別せいですね。居合い抜きを再現できる代物です」

 イオルクが刀を鞘に納め、テンゲンに返す。

「刀も喜んでおるよ。久々に実力を発揮できたとな」

 テンゲンは笑顔で刀を受け取った。

 一方、クリスとキリは呆れている。

「アイツ、只者じゃないと思っていたけど……。鉄を斬りやがった……」

「わらわも初めて見るぞ……」

「爺さんの斬鉄を見たことあるんじゃないのか?」

「あんな塊を斬ったところは見ておらん」

 こうして、伝説の武器の披露は終わった。


 …


 各々、お茶を啜り、これからは、少し他愛のない話をすることになる。

 早速、キリが口を開いた。

「イオルクはいい男だのう。是非、わらわの従者にしたいところじゃ」

「旅の途中です。鍛冶屋を失業したら、お願いします」

「この嘘つきめ。絶対に鍛冶屋を辞める気などないくせに」

 イオルクは微笑んだ。

「さて、御主も欲しいものがあるのだろう?」

「はい」

「黄雷石か?」

「どうして分かったんですか?」

「鍛冶屋をしていて伝説の武器に興味がある奴が、他に何を欲する?」

 クリスは、その通りだと笑っている。イオルクの行動は分かりやす過ぎる。

「好きなだけくれてやるぞ」

「じゃあ、リュックに入り切るだけ」

「分かった。用意させよう」

 イオルクもクリス同様に目的のものを手に入れて安心する。

「これから、どうするのじゃ?」

「北上してドラゴンチェストに入ります」

「そうか……。出発は?」

「明日にでも」

「寂しくなるのう」

「いや、会って直ぐに、ここまで打ち解けられる方が奇跡に近いかと。寂しくなるほど滞在してないですし」

「全くだな」

 クリスも同意して頷く。

 『そうか』と口にすると、キリはクリスを見る。

「どうでもよいことなのじゃがな。クリスは、何故、旅をしておるのだ?」

「どうでもいいって、何だよ?」

「やはり、わらわは肉体を使った強い男が好きなのでな」

「はいはい」

 クリスはそっぽを向いて、片手を振った。

「それで?」

「あ?」

「何故、旅をしているのじゃ?」

「金を稼ぐためだよ。手っ取り早くハンターになって稼ごうとしてたら、酒場でイオルクを見つけて、利用して、今に至る」

「御主、イオルクを利用しているのか?」

「従者にしたいって言ってたのと大差あるか? オレはイオルクの行きたいところに着いて行ってるから、キリさんよりマシだ」

「マシか?」

 キリがイオルクに視線を向ける。

「全然マシですね」

 キリの質問にイオルクは間髪入れずに答えた。

 故にキリのグーが、イオルクに炸裂した。

「少しは遠慮をしろ! まったく御主達は!」

 テンゲンは大笑いをしている。

「それぐらいにしておきなさい。今日は出発のための宴を開こう。儂も、強い者が大好きじゃからな」

 ドラゴンテイルでの戦いが終わり、別れのための宴が開かれる。この王都での滞在期間は本当に短かったが、得たものの大きい街だった。

 そして、翌日にはテンゲンとキリに見送られて、イオルクとクリスはドラゴンチェストに向けて旅立つのであった。

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