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材料編  51 【強制終了版】

 二週間後――。

 イオルクとクリスは、最短距離でドラゴンテイルを抜ける進路で旅を進め、ドラゴンテイルとドラゴンチェストとの国境に近づいていた。

 国境の砂漠が見えるか見えないかのところで、イオルクがリュックサックを背負い直しながらクリスに話し掛ける。

「テンゲンさんのお陰で後半は町にも寄れて助かったな」

「ああ……」

「この砂漠を抜けてドラゴンチェストに着いたら、営業所に行って、また荷物を預かって貰わないとな」

「お前の場合はな」

「クリスは? 大金を貰って鞄も重くなっただろう?」

「…………」

 クリスが立ち止まる。

「どうしたんだ?」

 いつもと違い、クリスの顔は少し思い詰めていた。

「ドラゴンチェストに着いたら、お別れだ……」

「は?」

「オレの目的はドラゴンチェストにあって、ドラゴンテイルで目標の金を稼ぎ切った」

 イオルクはチョコチョコと頬を掻く。

「よく分からないんだけど……」

「お前には話すって言ってたよな?」

「大会の最中に言ってた『落ち着いたら話す』ってヤツか?」

「ああ」

 クリスが道の脇にある木を指差す。

「立ち話も何だし、休憩がてらに座りながら話す」

「分かった」

 イオルクとクリスは比較的大きな木の下へと移動すると、日差しを遮るために木陰に入り、荷物を降ろして腰を下ろす。

 イオルクは一息つくと、クリスに尋ねる。

「それで、どういう理由なんだ? 成り行きの旅だから別れるのも仕方ないけど、クリスとはいい形で別れたいな」

「……そうだよな。あれだけ一緒に馬鹿やってきたんだし」

「真剣にな」

 イオルクとクリスは思い出して笑みを溢す。

 出会った時から馬鹿な会話をして、旅の最中でも変わらなかった。騎士と魔法使いでは性格が合いそうにないのに、二人の相性は格別に良かった。それは身分、職業を越えた個として――友として築き上げた掛け替えのない絆だった。

 クリスは肩の力を抜き、いつもと変わらない話し方で話をする。

「オレが孤児みたいな出なのは話したろ?」

「ああ」

「でも、ハンターになった切っ掛けを言ってない」

「そうだったな」

 クリスは太陽を遮る葉に視線を向ける。

「……オレは、約束をしたんだ」

「約束?」

「ある子を助けること。奴隷商人から、その子を買い戻すんだ」

(買い戻すって、どういう状況だったんだ? そもそも、その時、クリスはいくつだ? その子って……)

 次々と浮かぶ疑問の中から、イオルクがある可能性を質問する。

「もしかして……。助ける子って、恋人か?」

「違うよ。会って五分と話しちゃいない」

 イオルクは腕を組んで、首を傾げる。

「分からないな。そうなると、男なのか女なのか?」

「女だ」

「片思いの一目惚れってヤツか?」

「そういう感情じゃない。……同情だ」

「同情? 見ず知らずの女の子に? 五分と会ってないのに?」

「ああ……」

 クリスが一呼吸入れる間、イオルクは黙ってクリスが話し出すのを待ち続ける。

 そして、クリスは夢の中で繰り返し見せられた過去をゆっくりと話し始めた。

「……その子がさ、オレに『助けて』って言ったんだ。いや、オレだけじゃない。周りに居る人達に叫んでた。オレも、昔、同じことを叫んだよ。……無視されたけどな」

 クリスは軽く笑って続ける。

「その『助けて』って言葉を向けられた時、昔の自分を重ねちまった。そして、その時には魔法が使えるようになっていたから、力があるオレが助けないのは間違いだと思った……」

「クリスに、そんな一面もあったんだな」

「まあな……。でもよ、相手の奴隷商人にはランクBのハンターが二人も居てさ、どうしようもなかった。それでも虚勢を張り続けたら、向こうが条件を出してきた。『三年間で100万G』で交換ってな」

「ひゃく――」

 イオルクは、コリーナを攫った男達の話を思い出す。あの時、男たちは『エルフ一人につき、100万G』と言っていた。

「クリスが金と時間に拘ってたのは、それが理由か……。そりゃ、切り詰めるわけだ……」

 しかも、同い年のクリスが三年前の時に100万G稼げというのは……。

「滅茶苦茶な額だ……。三年前って駆け出しだろう?」

「ああ」

「吹っ掛ける方もイカれてるけど、お前も、よく決心したな?」

「オレの叫び声みたいでもあったし、あの叫び声は忘れられないよ」

 クリスが守銭奴になってしまったこと、ドラゴンテイルの王都で目標額を稼ぎきって泣いて喜んだこと、理由を聞くと納得がいく。

「じゃあ、今まで稼いだ金と、その子を交換してクリスの旅は終わるんだな」

「そうなるのかな……」

 イオルクはガシガシと頭を掻く。

「とりあえず、最後まで付き合うよ」

「ん?」

「奴隷商人のとこだよ」

「何で、そこまで付き合ってくれるんだ?」

「クリスに最後まで付き合うのは、ドラゴンテイルの王都を出る時に決めてたんだ」

「この話は、今が初めてのはずだぞ?」

 イオルクは片眉を歪め、難しそうな顔をする。

「どう言えばいいのかな……。クリスが何かを抱えてる雰囲気は感じてたんだ」

「そうだったのか?」

「うん、まあ……」

 イオルクはクリスが夢で魘されていたことを知っていたが、黙っていることにした。

「でも、いいのか?」

「いいも悪いも、俺、ドラゴンテイルでの鍛冶技術の習得は、とっくに後回しにしてるぞ」

「鍛冶――そういえば……。お前、王都で頼まなかったな?」

「まあ、俺の期限はあってないようなもんだから。ノース・ドラゴンヘッドには十年過ぎれば、いつでもいいんだ。それにクリスの話を聞いて、まだ役に立てそうだって分かった」

「もう、金を稼ぐ手伝いはしなくていいけど?」

 イオルクは首を振る。

「そうじゃない。奴隷商人との交渉だよ。よくあるだろう? 金だけ渡してバッサリなんてのが」

「……ああ、有り得るな」

「それに一悶着起きるのは、もう予想してるんだろう?」

「何で、そう思うんだ?」

「大会で試した魔法をランクBのハンターに使うんじゃないのか?」

 クリスは少し驚いたあと、笑みを浮かべる。

「お前には隠し事できないな」

「長い付き合いだからな」

 クリスは真剣な顔で、改めて確認を取る。

「……本当にいいのか? ランクBのハンターとの戦いになるかもしれないんだぞ?」

「いいよ、別にさ。上手くいけば、その奴隷商人の宝物庫から目的の鉱石を奪えるかもしれない」

 クリスがこけた。

「お前、略奪するのが目的だったのか⁉」

「だって、悪い奴なんだろう?」

「まあ……」

「じゃあ、いいじゃん。世のため人のためにぶっ倒して、お零れに預かる」

「……お前、最悪だな」

「出来れば白剛石がいいと思ってんだ。ドラゴンレッグには行きたくないから」

 クリスは額に手を当てる。

「オレの用事が二の次にしか思えねぇ……」

「この考え方はクリスに教わって、いつの間にか共通の認識になってたじゃないか」

「確かに……。オレ達は、そういう関係だな……。じゃあ、オレの方をついでで手伝ってくれるか?」

「了解だ」

 クリスの頼みにイオルクが笑って答えると、頼んだクリスは重たいものを押し付けたのではないように感じてしまった。

「ダチって、こういうもんなのかね……」

「そうなんじゃないか? 逆に俺が困ってたら、クリスは助けてくれんだろう?」

「場合によるな」

「えぇ……」

 クリスは声をあげて笑う。

「冗談だ。しっかり助けるよ」

「本当だろうな?」

 二人は話を切り上げ、荷物を持って腰を上げる。

 そして、ドラゴンチェストへと向かうため、再び砂漠へと歩き出した。


 …


 その頃――。

 ドラゴンテイルのテンゲンとキリに、ノース・ドラゴンヘッドのイチ――もとい、コスミから手紙が届いていた。

 キリは手紙を読んで微笑む。

「入れ違いに届いてしまったのう。これは、イオルクにも伝言が必要なようじゃった」

「どうした?」

「めでたい話です」

 キリがテンゲンに手紙を見せる。

「ほほう……。これはこれは……。本来なら相手を試す必要があるが、イオルクの親族であるなら」

「そうですね」

「二つ返事で返してやれ」

「よいのですか?」

「あの真面目な子を驚かせてやりたいわい」

「イオルクに触発されて……」

 確かにこんなことは、少し前の自分なら思い付きもしない。テンゲンは大きな声で笑う。

「若返った気分じゃ」

 キリは、ゆっくり頷く。

「そう感じます」

 コスミからの手紙の返事は、その日のうちにキリにより返された。

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