大剣を使うハンターのブデイが、クリスのところまで来る間に呪文を二つ詠唱する時間がある。クリスは二重詠唱の一つをレベル1のファイヤーボール、もう一つをレベル3のエアリバーに決定する。ファーストヒットは、絶対に外さないと決めていた。
「ランクBのハンター……。ガキのままだったオレのイメージをしっかりと持っててくれよ……」
クリスが右手をブデイに突き出す。
「当たれ!」
クリスの右手から撃ち出された火球がブデイに向かうと、ブデイは背中の大剣を抜き取り、両手持ちの一振りで火球を両断した。
「ここ!」
クリスが左手を突き出す。火球は切られてもいい。風を送り込み、更なる力を発揮する火種として残っていれば……。
「ぐぁぁぁ!」
風はブデイに絡み、火種を火炎に変えて包み込むんだ。
しかし、その有利な状況下でもクリスは詠唱を続ける。
(これで終わるはずがねぇんだよ!)
包まれている火炎から大剣が突き出ると、何度も火炎を振り払おうと暴れ回る。
(やっぱりな。鉄のベストが完全に熱を持つまで時間が掛かる。上半身は大剣で守った顔以外の両腕にダメージがあれば狙い通りだ)
だが、そう思い通りにはいかない。振り払おうとする大剣の剣速は、一向に落ちていない。
(さすがランクB。火傷で戦闘力を落とすような根性じゃねぇな)
クリスの前で、ブデイに纏わり着いていた炎が霧散する。
炎を振り払ったブデイが怒りの形相でクリスを睨むと、クリスを自分の間合いに入れる所まで迫る。
(普通にやって勝てないのは知っている!)
クリスも前に出る。
ブデイの振り上げた大剣の間合いより更に一歩踏み込み、突き進む。手甲で守られた両腕を盾に、加速して威力が最大限まで上がる前の大剣に自らをぶつける。
その有り得ない馬鹿みたいな相殺方法がブデイの意表を突く。
「死ぬのが怖くないのか⁉」
叫ぶブデイを無視して、クリスが傷ついた両腕を前に翳す。
「喰らいやがれ!」
溜めに溜め込んでいた二つの魔法。狙いはさっきの拍子に左手の離れた剣を握るブデイの右手。下からレベル3のアースリバーがブデイの利き腕である右腕の下を走り、上からレベル2のアースウォールが押し潰すように落下する。
ランクBのハンターであるブデイが大剣を支え切れずに手放し、右腕を挟まれた痛みで、もんどり打ってのたうち回った。
「まず、一匹目だ!」
クリスは歯を喰い縛ると、ヒルゲに強い視線を向けた。
…
ヒルゲと剣を装備しているハンターの目が見開かれる。
「い、いかれている……」
クリスの両腕に装備されている手甲はグシャグシャにへしゃげ、その下にある両腕が無事なわけがない。事実、クリスの額を流れている汗は痛みを我慢している脂汗だ。ダメージで言えば、ブデイよりも酷い。
クリスは右手の手甲がくっ付いている長手袋の端を口に加えると、強引に長手袋から右手を引っこ抜く。そして、その手に無理に左手を添えて回復魔法を掛け始める。
回復魔法を掛ける間、クリスの目はヒルゲ達を威嚇し続け、右手の治療をある程度終えると左手の長手袋を右手で外し、回復魔法を掛ける。それを掛け終えると両手を握り、回復具合を確かめる。
「七割ってとこだな……」
クリスは、この機に攻め込んで来なかった剣を装備したハンターの甘さを嫌悪すると、再び呪文を紡ぎ出す。
(必死さが足りねぇんだよ!)
一方のヒルゲ達は、クリスを得体の知れない者のように感じていた。適わないと分かっていて大剣の間合いに自ら踏み込んだ。下手をすれば、体を二つにされていたかもしれないランクBのハンターの一撃に……。
しかも、それだけではない。魔法使いが大剣を持つ剣士に接近戦の戦いを挑む矛盾。常軌を逸している。守られて呪文を紡ぎ、遠距離から攻撃するのが魔法使いのはずだ。
(コイツは、何だ? 何を考えている? 今のが勝つための戦略で手段なのか?)
剣を装備しているハンターの疑問は正しい。
しかし、格下が格上を倒すにはリスクを踏まなければならない。戦う前からクリスの覚悟は決まっていた。若さ、魔法使い、ハンターのランク、戦う場所の優位性、どれもクリスに味方していない。
――だったら、怪我をしてでも勝てる場所に踏み込め!
――振り切ったあと、何も出来ない僅かなタイミングを自分で作り出せ!
――この二つだけは何かを犠牲にしてでも手に入れて、未熟な自分の勝機に結び付けろ!
未熟だと知っていたから立てた作戦。怪我をすることが分かっていたから動揺がなかった。全ては勝つための覚悟。
ヒルゲが一歩後退する。
「い、行け! 行かぬか! そのためのハンターだろう!」
剣を装備しているハンターが仲間の醜態で冷静さを取り戻すと、左の腰からゆっくりと剣を抜き出す。
それを見たクリスは気を引き締め直す。今度は、両腕を守る手甲はないのだ。
「だったら! 間合いを詰められる前に!」
詠唱の一つを終えて、右手を翳す。
レベル3のウォーターリバーがヒルゲと残ったハンターを水流で押し流す。
(服が濡れりゃあ、少しは動きが悪くなるはずだ! セコいかもしんねぇけど、選んでる余裕なんてない! 何でもやるしかねぇんだよ!)
魔法で出来た水流が引く……が、そこには無様に這い蹲るヒルゲしか居ない。
「見失った⁉」
クリスは剣を僅かに下に構えたハンターの足音で気付き、体を反転しようとして動けなくなる。右手を挟まれて動けないはずのブデイがクリスを後ろから羽交い絞めにしていた。
(強引に手を引っこ抜きやがったのか⁉)
「自分の魔法のせいで、俺の足音に気付かなかったみたいだな」
クリスは舌打ちするが、力では完全に負ける。拘束を外せない。
「インビーダンズ! お前の剣でやっちまえ!」
インビーダンズと呼ばれたハンターはクリスに迫った。
…
インビーダンズが下から振り上げた剣は、クリスに届くことはなかった。しっかりと別の剣で受け止められている。
「ルール違反だな」
イオルクの言葉に、クリスに余裕が戻る。
「ああ……。一対一なら勝機もあったかもしれないのに……」
ブデイがインビーダンズに叫ぶ。
「何をしているんだ! そいつを斬り殺して、この魔法使いもやっちまえ!」
しかし、インビーダンズは動けない。両手が震えるほど力を込めているのに、剣が振り上がらない。
インビーダンズの剣を両手持ちの剣で押さえているイオルクが、振り返らないでクリスに問い掛ける。
「クリス、魔法は?」
「とっくに用意できてるよ」
イオルクは右手に剣を残すと、左手でインビーダンズの頭を掴む。
「何だ、この力は⁉ こっちは両手持ちなんだぞ⁉」
「……寝ていろ!」
インビーダンズの頭を固い床に叩きつけると、イオルクは剣を放し、振り向き様にダガーを腰の後ろから引き抜く。そして、振り向くと同時に、クリスを押さえつけるブデイの左手にダガーを投げつけた。
ブデイが呻き声を上げてクリスを解放すると、クリスとイオルクの目が合い、とどめを刺すべき敵を理解し、交差する。
クリスは起き上がろうとするインビーダンズにレベル3のサンダーリバーを発動して雷の奔流を浴びせ、イオルクはロングダガーを腰の後ろから引き抜くと、ブデイの胸の鉄のベストを貫いてロングダガーを突き刺した。
「悪いけど、今回ばかりは命を取る。強過ぎる、あんた達に隙を見せれない」
イオルクがロングダガーを引き抜くとブデイの胸から血が噴出し、やがて絶命した。クリスの魔法を喰らったインビーダンズは、全身が濡れていたこともあり、強力な電気の奔流の前に感電死した。