イオルクはブデイの左腕からダガーを抜き取り、一振りして血を払う。同様にロングダガーも一振りして血を払うと腰の後ろの鞘に納める。そして、最後に剣を拾い上げ、腰の左にある鞘に納めた。
「行くか?」
「ああ」
クリスは、途中で治療を止めた両腕に回復魔法を掛けながら歩き出す。
そして、クリスの腕が回復しきったところで、イオルクとクリスは、ヒルゲの前に立った。
立場が逆転し、無様に後退りをするヒルゲの胸ぐらをクリスが掴む。
「言ってやりたいことが山ほどある!」
「ひぃ!」
ヒルゲを掴む、クリスの右手は震えている。
「だけど……。何かを言うよりも、殺してやりたいという感情がさっきから溢れ返って仕方ねぇ!」
「頼む! 殺さんでくれ!」
「そう言って頼んだ奴も殺してきたんだろ!」
クリスは、ヒルゲを突き飛ばす。
「もういい……。これ以上は、我慢できねぇ……」
クリスの右手がヒルゲに翳されると、バタバタとヒルゲは後退する。
だが、イオルクがクリスの右手を掴んだ。
「何で、止めるんだ!」
イオルクは、当然のように言い切る。
「当たり前だろう。これから、コイツの財産を搾り取るんだから」
クリスは、一瞬、『何を言っているのか?』と眉を顰めるが、直にイオルクの目的を思い出した。
「お前……。本当に外道だな……。殺さないで絞り尽くす気かよ……」
「大きなお世話だ。あと、俺が締め上げるから、あの子のところに行ってあげな」
クリスは目を瞑って、大きく息を吐き出すと冷静になる。
「……悪いな。今回、オレは暴走しっぱなしだ」
「そうなると思っていたよ。俺も、何回かキレ掛かってたし。クリスより、一歩引いてるから自制が利いているだけだ」
「本当にイオルクがダチで良かったよ。ありがとな」
クリスは踵を返してエルフの少女のところに向かうと、残されたイオルクがヒルゲに近づく。
ヒルゲは怯えた目でイオルクを見ている。
「これが美少女なら嬉しい展開なんだけどなぁ……。何で、オッサンなんだよ……」
イオルクは思わず溜息を吐く。
「さっさと、お仕事を済ませますか」
腰の後ろからダガーを引き抜くと、イオルクはしゃがみ込んでヒルゲの頬を叩く。
「死にたいか?」
ヒルゲはブンブンと首を振っている。
(割かし早く落ちそうだな)
イオルクはヒルゲの首筋にダガーを当て直して問い掛ける。
「死ぬのと財産を全部失うの、どっちがいい?」
ヒルゲが凍りついたような表情で目を潤ませて、イオルクを見ている。
(だから、可愛くないんだよ……!)
イオルクがダガーでヒルゲの喉を叩く。
「ひぃ!」
「今死んで勝手に屋敷を荒らされるのと、財産を全部失うけど生きているの、どっちがいい? 生きてても死んでても、結局、財産を失うのは決定済みだから。前者だと俺の手間が増えるだけ。だけど、その分、面倒臭いことが増えるから、ストレスが溜まって、お宅を殺すのに痛みを与える工程が追加されるかもしれない」
「ご、拷問するのか……」
イオルクがニッコリと笑うと、ヒルゲは、がっくりと項垂れる。
「……分かった。……財産を差し出す」
「じゃあ、案内して貰おうか」
イオルクはヒルゲにダガーを突きつけたまま立たせると、エントランスの左の通路へと入って行った。
…
ヒルゲの屋敷内――。
大きな屋敷で右折左折を繰り返し、階段を上りヒルゲの部屋に辿り着く。扉を開けると部屋は大きく広がり、豪華な家具、見たこともない美術品で埋め尽くされていた。
(ユニス様の部屋だって、ここまで豪華じゃないぞ……)
イオルクは部屋を見回すと、派手な装飾のしてある机と側にある金庫に目を付けた。
(あれだな)
イオルクがヒルゲをダガーで軽く突っつく。
「ひぃ!」
「刺さってないって……。あの机に座って貰おうか」
普段から使い慣れている机の椅子に、ヒルゲは座らされる。
「さて、いつまで掛かるか分からないから、さっさと始めようか」
「な、何を……?」
イオルクは金庫を指差す。
「あそこに契約書が入っているだろう?」
一般人が契約書という言葉を出したことに、ヒルゲは驚いている。
しかし、イオルクは曲がりなりにも貴族の三男坊だ。
「今から、お前の持ち物を――」
(クリスに譲渡させるか? 待て。貴族じゃない者に苗字はない。それだと面倒だ。……俺の名前を使うか)
「――俺の物にする」
「な⁉」
「驚くことじゃないだろう?」
「ま、待ってくれ!」
「あん?」
眉を歪めるイオルクに、ヒルゲは指を差す。
「お前を雇うぞ!」
「は?」
「お前を言い値で雇うと言っているのだ! あの小僧に雇われたハンターなのだろう⁉」
(作戦じゃ、一切使われなかった、あの設定が……。まさか、こんなどうでもいい場面で使われるなんて……)
イオルクは項垂れながらガシガシと頭を掻き、溜息を吐く。
「却下。全部奪うのに雇われるメリットがない」
「そんなことはない! 長期的に見れば絶対に損はさせん!」
「却下」
「何故だ⁉」
「今のお前の財産で十分だ」
ヒルゲは観念する。もう、何を言っても通用しない。
「さあ、金庫の鍵を渡して貰おうか?」
ヒルゲが素直にポケットから鍵をイオルクに渡すと、イオルクは金庫の鍵を開けて紙の束を全て取り出し、ヒルゲの机の上に乗せる。
「財産譲渡の契約を一枚ずつな」
ヒルゲは仕方なく言われた通りに書き始めると質問する。
「お前、名前は?」
「イオルク・ブラドナー」
ヒルゲが驚いた顔でイオルクを見る。
「お前、貴族なのか⁉」
「そうだよ」
「しかも、イオルク・ブラドナーだと⁉」
「それが何だよ? 知っているのか?」
「当たり前だ! こんな危険人物を、あのガキは雇っていたのか!」
「危険人物って……」
イオルクは項垂れる。
「危険人物ではないか! 世界で一番人を殺している男だ!」
「それ、傷つくからやめてくれ……」
「っ! 道理で、ランクBのハンターがやられるわけだ!」
イオルクは面倒臭そうに言い放つ。
「早く書けよ」
「ま、待て! 何で、貴族が金を欲しがるんだ?」
「お前だって、貴族のくせに金欲しがってるじゃないか」
「それはそうだが……」
「もう、いいから早く書けよ。俺が危ない奴なのも分かってんだろう」
イオルクがダガーを向けると、ヒルゲは顔を逸らす。
「わ、分かった、書く! 書くからダガーを向けるな!」
ヒルゲは黙って契約書に財産譲渡の契約をサインしていく。それと同時進行で、イオルクは、ヒルゲのサインした契約書を見ながら所有する財産を頭に入れていく。
(そうか……。この町の土地から店舗まで、全てがヒルゲのものなんだ。確かにクリスの言う通りだ。これじゃあ、幾ら働いても見返りは返らない。……それにしても、人身売買から危ない薬まで、随分と手広くやってるなぁ)
そして、三十分ほど掛けて全て書き終わると、ヒルゲが踏ん反り返る。
「さあ、終わったぞ」
「嘘をつくな。ここの屋敷の権利の譲渡がまだだ」
「それまで奪う気か⁉」
「当たり前だ。お前は、今日から無一文になるんだ」
「そんな……」
「死にたいか?」
「っ!」
ヒルゲが机の引き出しから最後の権利書を取り出してサインすると、イオルクは譲渡の確認をする。
「OKだ。じゃあ、しゃべって貰おうか?」
「な、何を?」
「この屋敷の宝物庫と奴隷として連れて来た人々が何処に行ったか、だ」
「それは知らない!」
しらばっくれるヒルゲをイオルクの視線が射抜く。
「もう、遅いんだよ。お前は大ポカをやらかした。クリスに絶望を味わわせるために、あの子を連れて来てしまった」
ヒルゲがハッとする。
「そうだ。この屋敷から何処かの鉱山に繋がっているんだよな?」
イオルクがヒルゲの嘘を見抜くと、ヒルゲは歯を喰い縛った。