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材料編  59 【強制終了版】

 エントランス――。

 クリスとエルフの少女は正座をして、向き合っている。そして、さっきから、どちらも声を掛けられないでいる。

 それもそのはず……。二人の関係は極めて特殊だ。三年前の出会いでは五分と会話をせず、名前すら、お互い知らない状態だ。ヒルゲ達が居た時、自然と会話が出来たのは感情が昂ぶっていたことが理由なのだろう。今、改めて落ち着くと言葉に詰まる。

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

 ようやくクリスからエルフの少女に話し掛けた。

「久しぶり……だな」

「……はい」

「その……、待たせて、ごめんな」

 エルフの少女は首を振る。

「もう、十分に伝わってる……」

「そうか……」

 クリスのぎこちない言葉を切っ掛けに、エルフの少女は申し訳なさそうに話し出す。

「わたし……。本当は後悔していたんです」

「後悔?」

「わたしが発した不用意な言葉で、あなたが死んでしまったんじゃないかって……」

 クリスはパチクリと目をしぱたく。

「何で、オレが死ぬんだ?」

「だって、あんな大金を稼ぐには無理をしないといけないから……。だから、あなたが死んだら、わたしのせいだって思って……。出来ることなら、わたしを忘れて欲しいって……。約束を破って欲しいって……。そう思っていた……」

 クリスは正座を崩して、胡坐を掻くと頭を掻く。

(この子、オレの生死の責任を背負って頑張ってたんだな……。自分は目も見えなくなって、手も足もボロボロなのに……)

 クリスは深呼吸すると話し出す。

「オレのことを思ってくれて、ありがとな。オレも君を思ってた。だけど、少し楽観的な考えだったんだ。金を貯めて、自由にしてあげられればいい。それだけしか考えてなかった」

「それは嘘です」

「いや、嘘じゃ――」

「それだけしか考えない人が、わたしのために泣いてなんてくれません。あなたは優しいし、しっかりと他人のことも思いやれる人です」

 今度は、クリスが首を振る。

「だとしたら、その気持ちをくれたのは君なんだ」

「わたし?」

「ああ……。オレは君の声を聞くまで、目覚めた魔法の力を使って、自分だけのために生きていくつもりだった。でも、君の声が昔のオレに重なった」

「昔のあなた?」

 クリスは頷く。

「……オレの助けを呼ぶ声なんて、この街じゃ誰の耳にも届かなかった。だから、君の声を無視できなかった。助けを呼ぶ声に背を向けるのをやめたんだ」

 エルフの少女は俯く。

「……少し分からない」

「分からないか……」

「わたし達エルフは、そういう風に無視をしないから……。いいえ、そういう風な状況が起きないから……」

 クリスは、エルフの少女に耳を傾ける。

「わたし達は、温和な種族と言われています。多分、種族間で争いをしないから。だから、誰かを助ける時に勇気を振り絞る必要がありません」

「そういうことか……」

「はい。あなたの様に正しいことに声をあげて非難されたり、力で抑えられたりすることがありません。だから、わたしが声をあげた時、周りの人の無関心が凄く怖かった。人間を知って、わたしの取った行動があなたを傷つけると分かった時、怖くて堪らなかった」

「人間の悪いところを見せちゃったな……」

 エルフの少女は頷く。

「でも、わたしも悪かったことがあるんです」

「ん?」

「わたし……。上のお姉さん二人と黙って家を出て、遊びに出ちゃったから」

「その時に捕まったのか?」

 エルフの少女が頷くと、クリスの顔が変わる。

「……待った。他に二人居たのか?」

「ええ」

「今も、この街に?」

「……多分」

 クリスは顎に手を当てて考える。

「だとすると、貴族に売られたか……。娼館に売られたか……」

 予想は出来るが、情報が少な過ぎる。

「ここには、お姉さん達は居ないんだよな?」

「会っていません」

「貴族でエルフを買えるほどの金持ちなんて、ヒルゲの馬鹿ぐらいのはずだ。そうなると娼館か……」

 黙って考え込んでしまったクリスに、エルフの少女が心配で問い掛ける。

「どうしたんですか?」

「いや、君のお姉さん達も助けるとなると、娼館で掛け合わなくちゃいけないと思って」

「でも――」

「分かってる。自分の都合で助ける相手を勝手に選ぶなんて、そんなもん差別だ。が~~~っ! どうすりゃいいんだ!」

 エルフの少女も、クリス同様に困った顔になる。

 しかし、クリスは暫し苦悶しただけで、溜息を吐いて気を取り直した。

「まあ、それはイオルクが来てからでいいや……」

「……いいんですか?」

「少し頭を冷やしてから考えるよ。まず、目先の問題から解決して、すっきりさせたところで考える」

「それがいいかもしれませんね」

 お互い納得したところで、目の見えないエルフの少女のためにクリスが手を握る。

「改めまして、クリスだ。貴族じゃないから名前だけ」

 エルフの少女がクリスの手を握り返す。

「イフューと言います。助けてくれて、ありがとう……クリス」

 クリスとエルフの少女は笑顔を浮かべる。

 そして、クリスは、早速、分かる範囲の解決するべきことを話し出す。

「これから、君の治療をしようと思うんだ」

「治療?」

「ああ。手と足は、オレの魔法で治せると思う。目は、医者に見て貰わないと分からない」

「はい」

 少し落ち着いたクリスは、イフューがエルフであることを思い出し、疑問を覚える。

「エルフって、魔法のエキスパートだよな? 自分で怪我を治さなかったのか?」

「わたしは魔法を使えません。教えて貰う前に捕まってしまって……」

「そうか……。それで、自分で治療できなかったのか」

 イフューは頷く。

「ヒルゲは『魔法の使えない方が好都合だ』とも言っていました」

「好都合?」

「本来、エルフには魔法を使わせない首輪を付けられるのですが、それを用意しなくて済んだからだそうです」

(人間は、何処まで腐ってるんだ……)

 同じ人間としてクリスは恥ずかしく思うと、額に手を置く。

(オレは、この世界のルールそのものが嫌いみたいだ……。世界のルールより、自分に正直に生きたくなる……)

 クリスはイフューへと目を向ける。

(その切っ掛けをくれたのは、目の前のイフューだ。自分らしさを貫かせてくれたイフューに返さなければいけないものがある)

 クリスはやるべきごとをやるため、話を続ける。

「とりあえず、ヒルゲのことは置いておく」

「はい」

「まず、イフューの治療だ。オレが回復魔法を掛けるけど、問題ないよな?」

「はい」

「ただ魔法を掛けるに当たって、大きな問題があるんだよな……」

 クリスは困り顔で、手を頭に持っていく。

「問題ってなんですか?」

「バイ菌が入ると困るから、回復魔法を掛ける前に傷口とかを洗いたいんだ」

「それが問題?」

「ああ。イフューは目が見えないだろ? どうやって洗えばいいんだ?」

「え?」

「オレもイオルクも男なんだよ。異性に体を洗って貰うわけにはいかないだろ?」

「わたしは、クリスになら……」

「へ?」

 クリスは一瞬で赤面すると、頭から湯気をあげた。

「そ、そ、それはダメだ!」

 イフューが首を傾げる。

「男と女が……。その、兎に角! ダメ!」

 クリスは頭をガシガシと掻く。

(ダメだ! 理性が吹っ飛びそうだ!)

 暫くの間、クリスは混乱し続け、おかしな行動を取り続けていた。

 そのクリスの近くに、イオルクが歩いて戻って来た。

「何やってんだ?」

「イオルク! いいところに! イフューが風呂に入って、治療をしたいんだが、娼館にお姉さん二人も居るみたいなんで、何とかしたいんだ!」

 イオルクのグーが、クリスに炸裂した。

「落ち着け!」

「落ち着いていられるか!」

 イオルクは、イフューに話し掛ける。

「この馬鹿、どうしたの?」

「えっと……。わたしを入浴させたいみたいです」

「ああ、それで?」

「わたしは、目が見えないから……クリスにって」

 再び赤面するクリスを見て、イオルクは溜息を吐く。

「お前、普段あれだけスケベなのに、どういうこと?」

「それは……。普段の対象は、そういうことを職業としている人だからセーフなんだよ!」

「お前、俺の知り合いのヌード書けって言っただろう?」

「それも本物じゃないからセーフ!」

「じゃあ、何がアウトなんだ?」

 クリスはイフューを指差した。

「分かんない……。大体、女の裸なんて初めてじゃないだろう? 童貞でもあるまいし」

「童貞だ!」

「マジ?」

 クリスは頷くと、イオルクに質問し返す。

「お前は、どうなんだよ?」

「俺? 俺は体の成長が早かったから、年齢詐称して娼館に通ってた」

「お前の行動って、貴族から逸脱してるよな……」

「まあ、付き合ってたダチも悪かったからな」

「あの……。そういう話は、遠慮して貰えませんか?」

「「すまん」」

 イオルクは気を取り直して、クリスに話し掛ける。

「クリス、お前の予定は?」

「イフューの治療だよ」

「じゃあ、それも含めて付き合ってくれ」

「何処に行くんだ?」

「お前の方が詳しいと思うんだけどさ。この町ってヒルゲを頭にして、縄張りを仕切っているリーダーが居るのは知っているだろう?」

「ああ」

「そいつらのところへ、交渉しに行くんだよ」

「は? 何で?」

「何でって……。お前がヒルゲをぶっ倒して町を開放したんじゃないか」

「……そうだったな」

 クリスとイフューは、そういう流れだったと思い出す。

「じゃあ、お姉さん達も? 解放されたんですか?」

「ああ……と言いたいが、具体的にどうすればいいんだ?」

 クリスがイオルクに視線を変えると、イオルクは苦笑いを浮かべる。

「そうだと思ったよ。ヒルゲの契約関係を俺に譲渡するようにしてきたから、大丈夫だよ」

「そうか。……何で、イオルクに譲渡なんだ?」

「クリスだと、一般人で同名が居る可能性があるけど、俺の名前は、国で姓と一緒に登録されているから、同名が居ても問題ないんだよ」

「貴族の特権を利用したのか」

「そういうこと。無駄な知識が役に立つ時もあるもんだな」

 クリスは腕を組む。

「まあ、釈然としないが良しとするか。……ところで、ヒルゲは?」

「自分で造った牢屋の中だ」

「凄い皮肉だな……」

「ついでに、この屋敷の見取り図も作らせて、使用人達に俺が新しい主だって言ってある」

「手回し早いな」

 イオルクは右手でクリスを制す。

「いや、そこを徹底しておかないと、牢に入れたヒルゲを解放するかもしれないから……」

「それもそうか」

「目を話した隙に、ヒルゲが逃げ出しかねない」

 話は、ここで一段落つき、ようやくイフューの治療とリーダー達と交渉をするために移動することになる。

「じゃあ、行こうか」

「何処へ?」

「この町で一番大きい娼館だ。その子の入浴も頼めるし、目的のリーダーの一人も居る」

 イオルク達は、ヒルゲの屋敷を後にすることになった。

「ところで、イフューっていうのは、その子の名前?」

(今頃かよ……)

(この人、何なんだろう……)

 クリスとイフューは溜息を吐いた後で、イオルクに頷いて返した。

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