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材料編  62 【強制終了版】

 娼館一階の酒場のカウンター――。

 女主人がひたすらにイオルクを睨んでいた。

「今度は、何をさせる気なんだい? これ以上は、店の子に無理はさせられないよ」

 イオルクは頭を掻く。

「あの馬鹿と一緒の時点で、ヒルゲと同様の扱いはないと思うんだけど……」

 しかし、女主人の疑いの目は消えない。

 イオルクは溜息を吐く。

「何が起きたかを順に話すよ」

「そうしておくれ」

 女主人が親指でカウンターの奥を指す。

「向こうで話を聞かせな。ここじゃ、客の目もある」

「分かった」

 イオルクはクリスの残して行った鞄とカウンターに置いた紙を持つと、女主人の後に続いた。


 …


 女主人は、カウンターの奥に進むと扉を開ける。

 中は手狭な部屋になっており、簡易的な机と向かい合わせに椅子が二脚あるだけだった。女主人が先に椅子に座ると、イオルクにも椅子に座るように指示する。イオルクは黙って椅子に座った。

「さあ、話して貰おうか?」

 イオルクは頷く。

「まず、この街に来た理由だけど、俺は、さっきの――クリスの付き添いなんだ」

「付き添い?」

「そう。俺、アイツのダチなんだ」

「それで?」

「アイツはこの街の出で、三年前、100万Gであの子と交換って条件をヒルゲに出されて、旅に出ていたんだ」

「ヒルゲの奴……。また、そんな馬鹿げた金額を……」

 イオルクも、そこは同じ気持ちだった。

「それでもクリスは、何とか目標の金額を集めたんだよ。それが、そこにある鞄だ」

 女主人は、さっき見た鞄の中身を思い出す。

「クリスって言ったか? 随分と男らしいじゃないか」

「まあ、クリスに言わせれば人間らしいってことなんだけどね」

 女主人は首を傾げるが、イオルクは、そのまま話を続ける。

「それで、ヒルゲのところまで行ったんだけど、ヒルゲの奴が最後に裏切ってね。簡単に言えば『娘は返さん! 金は置いてけ!』って展開になったわけだ」

「あの欲の塊が……」

「そこでクリスがキレて、アイツの雇っていたハンター二人をぶっ飛ばして、俺がクリスの代わりにヒルゲから契約とか、その他諸々を奪い取ったわけだ」

「何で、あんたが奪うんだよ……」

「俺が貴族の肩書きを持っているから。種類が正式なものになるだろう?」

「なるほどね……。それで?」

「ん?」

「あんた達は、ヒルゲの権力を奪って何をしたいんだ?」

 イオルクは腕を組むと、椅子に体重を預ける。

「クリスはあの子を治療することで、今は、頭が一杯だろうな」

「あんたは?」

「ダチとして、出来るだけクリスの希望を叶えたいと思ってる」

「希望? どういうことだい?」

「この街を住民の手に取り戻すことになると思う」

「ハァッ⁉」

 女主人の予想通りのリアクションに、イオルクは再び笑みを浮かべた。


 …


 娼館の二階――。

 クリスはエルフの少女達の話を聞いて、少し彼女達の関係が分かった。

 年上の落ち着いた雰囲気を漂わせた、エルフ特有の金髪を肩まで伸ばしているのがケーシー。活発そうな顔立ちにエルフ特有の金髪を短めに揃えているのがエス。エスとイフューは『姉さん』と呼んでいたが、彼女達は血の繋がった姉妹ではなく、歳の近い三人は、お互いを姉妹のように過ごしてきたということだった。

 そして、エルフの少女達が落ち着いた今は、ケーシーとエスの二人に対して、クリスが説明をしているところだ。

「――そういう訳で、イフューを治療したいんだけど、オレは男だから、あんた達二人にイフューの入浴を手伝って欲しいんだ」

 娼館に居たエルフの少女二人が頷き、ケーシーがクリスに話し掛ける。

「お願いされたことは、やらせて頂きます」

「ありがとう。助かるよ」

「でも……」

「何だ?」

「その前に、イフューに謝っておきたいのです」

「謝る?」

 ケーシーは頷くと、イフューに手を着いて謝った。

「ごめんなさい……。私が二人を連れ出したりしたから……。こんなことになって……」

「ケーシー姉さん……」

 ケーシーの目に涙が溜まり始める。後悔と自責の念が少しずつケーシーを押し潰していた。

 イフューは耳で様子を理解すると、静かに話し出す。

「皆の責任だと思う……。誘ったケーシー姉さんも悪いし、里の外に出ることに賛成した、わたし達も悪い」

 エスも同じことを口にする。

「そうだよ……。一人の責任じゃないって言ったじゃない」

 ケーシーは頷くが、涙が止まらない。どうしても、自分が許せないのだ。

 そのケーシーの気持ちが、クリスには何となく分かる。さっきイフューと話したから、少しだけ人間とエルフのものの捉え方に違いがあるのを理解している。争いを好まない彼女達にとって許す範囲というものは、きっと小さな事柄しか起きないのだ。これだけの大事になることは、種族の中では起きないに違いない。

(それに……。一番悪いのはエルフを捕らえて売り買いする人間だ。一体、いつから人間は、エルフを自分達より下等な生物としてきたんだ? 人間の売り買いは守られてないこともあるけど、一応、禁止の条約がある。しかし、エルフの売り買いは合法的に許されている。オレが物心ついた時には、もう定着していた……。何だろう? この傲慢なルールは?)

 クリスは自分が人間であることが少し嫌になる。そして、自分を責め続けるケーシーにも、それを慰めているエスにも、イフューと同じことをしないといけないと思った。

 だから、イフューにしたようにクリスは頭を下げる。

「すまなかった……」

 ケーシーとエスは意表を突かれるとクリスを見続け、暫くしてクリスが自分達に対して謝っていると気付いた。

 イフューは、またクリスがエルフを傷つけた人間の代わりに頭を下げたのだと感じた。

「どうして……」

「おかしいよ……」

 クリスは、何を言っていいか分からない。それでも、今、胸の中にある想いを口にした。

「オレが謝っても、どうにもならないのも分かってる。でも、悪いのは人間なんだ。そのせいでイフュー達が心を痛めているのが……何か納得できない。そして、オレは自分を人間だって思うと情けなくて……。だから、謝った……」

 クリスの言葉に、ケーシーが口を開く。

「それは、あなたがやったわけじゃ――」

「分かってる。でも、ケーシーが謝っているのと同じ理由なんだ」

「……同じ?」

 クリスは顔を上げる。

「ケーシーがエルフを攫ったわけじゃない。でも、自分を許せないんだよな?」

「……はい。……許せない」

「オレも人間ってだけで、自分を許せない」

 ここに居る全員が認識する。全員が自分のしたことじゃないことに心を痛めている。それでも、全てが許されることではないことを理解している。

 ケーシーは、クリスに問い掛ける。

「……あなただったら、私のしたことを許せますか? 自分のせいで他人を巻き込んで……」

「自分を許せないと思う。そうやって勇気を振り絞って謝ると思う」

 ケーシーが俯くと、クリスが続ける。

「謝るのも勇気が要るけど、許すのも勇気が要る。イフューとエスは許すと言っているように聞こえた。その思いが受け入れられないと、二人は辛いんじゃないか?」

 ケーシーがクリスを見ると、クリスは困った顔で頬を指で掻く。

「あと、ケーシーがオレを許してくれると、オレは救われるんだけどな……。受け入れてくれないと、オレは人間である自分を許せないままだ……」

 ケーシーの目にじわりと涙が浮かぶ。そんなことを言われたら、クリスを許さないわけにはいかない。そして、それは同時にケーシーもエスとイフューに許して貰うことを受け入れるということになる。

 ケーシーはクリスにしがみ付くと、暫くして大声をあげて泣き出した。感謝と謝罪を口にすることで、長年蓄積された感情が弾けたためだった。年長者であることを意識して必死に耐えてきたケーシーの初めて見せた弱さだった。

 それは伝染する。イフューとエスも加わる。

(このままじゃいけない……。この娘達をどうにかしなければいけない……。何よりも、この街を変えるんだ。そうしないと繰り返しだ)

 クリスは泣き声の響く中で決意した。

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