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材料編  63 【強制終了版】

 娼館一階のカウンターの奥――。

 イオルクと女主人の居る部屋にクリスが姿を現わした。

 イオルクは少し複雑な顔をしているクリスに話し掛ける。

「どうだった?」

「ん? ああ……。今、入浴中だ。ちゃんと手伝って貰えたよ」

「そうか。……何かあったか?」

 クリスは真剣な顔になると、イオルクに話し掛ける。

「イオルク。オレ……、この街を変えなくちゃいけないと思うんだ」

 イオルクは、クリスが自分と同じ考えに辿り着いたと思う。同時に女主人は、この二人が近い考えを持っていて、友であるのは嘘ではないと思った。

「この街のルールのせいで、皆が苦しんでいる。これを断ち切れるのは、今しかないと思うんだ。ヒルゲを倒した、今しか」

「なるほどな」

「……また、お前の力を貸して欲しい」

「ああ、いいよ」

「……即決だな、オイ」

 女主人が笑みを浮かべて、拍子抜けしているクリスに話す。

「そいつは、もう考えていたよ。あんたが街を変えるために、そう言い出すって」

「……マジ?」

 クリスが確認を含めて、イオルクを見る。

「マジだ」

「オレのシリアスなシーンは?」

「茶番だな」

 暫し拳を握ったあと、クリスがキレた。

「ふざけんなよ! どういうことだよ!」

「落ち着けよ」

「いいだろう! 落ち着いてやる! だから、理由を話せ!」

 イオルクは『落ち着いてないじゃん』と思いつつも、頷いて話し始める。

「お前さ。自分じゃ分かんないかもしれないけど、簡単に捨てることの出来ない奴なんだよ」

「は?」

「気に入らないから、この街を出ようとした」

「オレの言った言葉だな」

「そんな言葉を口にした奴がここに居る」

「イフューのためだ」

「おかしいだろう? 長い付き合いの街の人より、付き合いの短いエルフの娘を優先するなんて」

「そうか? 長年居て嫌いになった人間達より、初めて見たイフューを優先するのが普通じゃないか?」

「そのイフューのために、今度は三年か? こっちの期間も長いよな? 簡単に捨ててないよな?」

 クリスは腕を組んで、顎に手を持っていく。

「……そう言われれば変だな」

「だろう? 悪く言えば、お前って諦めが悪いんだよ」

「は?」

「つまり、自分の納得のいく状況になるまで諦めないんだよ」

「オレは、もの凄く我が侭な奴みたいじゃねぇか……」

「否定しないよ。だから、お前は、今の状況に納得いかなくて足掻くんだ」

「それで?」

「結局、お前は、お前の一番嫌っているもの――この街を納得のいく状況に変えるはずだ」

「ああ……」

 クリスは、イオルクにグーを炸裂させた。

「お前、本当に最悪な例えしか出来ない奴だな! まるでオレが欲求の赴くままにしか生きてないみたいじゃねぇか!」

「褒めたつもりなんだけど……」

「何処がだよ!」

「でも、街を変えるつもりなんだろう?」

「うぐぐ……!」

 イオルクが、やれやれと溜息を吐くと、女主人が付け足す。

「あんた、見透かされてるよ。初めて会話を聞いた私だって、あんた達がどういう人間か分かったよ」

「達? 俺も、姉さんに見透かされてんのか?」

「あんた達、そっくりだよ」

「「納得いかない……」」

 女主人が溜息を吐く。

「で? どういう風に変えるつもりなんだい?」

 クリスは、今の状況を正直に答える。

「オレは、今のところ思い付いたところまでだ。あのエルフの姉妹を見たら、この街のルールを変えたくなった」

 イオルクが頷く。

「そうだろうな。俺はヒルゲを締め上げて、契約書にサインを書かせた時に目を通したから、大体把握している」

「じゃあ、お前の構想を話してくれよ。考えるのも面倒臭い」

「お前の街だろう……」

「性格似てんだろ? だったら、結論も同じとこに辿り着くだろ?」

「都合のいいところだけ納得するなよ」

「いいから、話せよ」

 イオルクは頭を掻く。

「ったく……。いいか? この街を纏める構成は、ヒルゲがほぼ作り上げてんだよ。そのシステムは、そのまま利用する」

「ああ」

「それで、このシステムの一番良くないのは、利益がヒルゲに行ってしまうところなんだ。それを街の住民に還元する」

「じゃあ、簡単じゃねぇか」

「本当にそう思うか? お前、スラムの出なんだろう?」

 クリスは腕を組み直して考える。

「そっか……。スラムの人間には利益が還元されないんだった……」

「そう、そこだ。街を復興させるなら、全員に利益が回るようにしなくちゃならない」

「分かったぜ。つまり、スラムの奴らも巻き込んで、街の構成の中に組み込まなきゃいけないんだ」

「その通りだ。ヒルゲの契約内容を見る限り、スラムの人間はヒルゲに差別された人間だからな」

「その差別した人間が居ないなら、仕事を与えることも出来るわけだ」

「ああ。ヒルゲをぶっ飛ばしたクリスの権限でな」

「オレの権限か……。いいな、好き放題できそうだ」

 イオルクとクリスは邪悪な笑みを浮かべる。

(この二人に任せて大丈夫なのかね?)

 女主人は少し不安が残った。


 …


 娼館二階の奥の部屋――。

 バスタオルを巻いたイフューが、がっくりと床に手を着いて項垂れていた。

「綺麗にして貰ったはずなのに穢された……」

 娼館で働いた技を駆使して姉二人に体の隅々まで洗われてしまったイフューは、耳の先まで真っ赤になっていた。

「あんなところまで……」

 ケーシーとエスは、やり過ぎたと少し乾いた笑いを浮かべる。しかし、後悔はしていない。

「もう、お嫁にいけない……」

「落ち込み過ぎだよ、イフュー」

「……エス姉さんは、いつもあんなことをするの?」

「相手によるかな?」

「ううう……」

 これ以上詰め寄られても困ると、エスは部屋の入り口へと向かう。

「ケーシー姉さん。クリスに伝えてくるから、イフューをお願い」

「分かったわ」

 エスは駆け足で部屋を後にした。

 残された部屋の中で、ケーシーがイフューに話し掛ける。

「冗談は、さて置き。足と手……、随分と酷い状態よ」

 イフューは膝を抱えるように座り直すと返事を返す。

「……うん、分かってる。でも、姉さん達だって娼館で辛いこともあったんでしょう?」

「……そうね。それでも、ここの主人は庇ってくれているし、客も選ぶことが出来るから」

「でも、怖かったでしょう?」

「ええ……。イフューも怖かったでしょう?」

「ええ……」

「…………」

 二人は暫く沈黙する。色んなことが二人の中で思い返される。

「わたし達……。このままなのかな……」

「イフュー……」

「里には帰れないのかな……」

「……帰りたいわね」

「……うん」

「…………」

 再びの沈黙。

 そして、クリスを連れて来たエスが沈黙を破った。

「クリスを連れて来たよ!」

「思いっきり引っ張りやがって……。腕抜けるぞ……。じゃあ、回復魔法を――ストップ!」

 三人のエルフがクリスを見る。

「イフュー! 服!」

 イフューの代わりにエスが答える。

「あの汚れた服を着たら、お風呂に入った意味ないよ」

「そ、それは分かるけど……! どっちか服を貸せよ!」

「この店用の際どいのしかないけど? いい?」

 クリスは項垂れる。

「そういえば、お前達の服も際どいよな……」

「今頃、気付いたの?」

「ああ……。エス、もう一回、頼まれてくれるか?」

「何を?」

「服を買って来てくれ。金は、さっきの部屋にあるから」

「いいよ」

「三人分な」

「え?」

「お前達も普通の服を着てくれ。オレの理性が持たん……」

「あれ? クリスは初体験まだなの?」

「ああ、それどころじゃなかったからな」

「へ~」

 エスがニヤニヤとクリスを見ると、クリスは妙な気分になる。

「ほら、急いでくれ」

「りょ~か~い」

 エスが再び部屋を後にすると、クリスは少し落ち着きを取り戻し、大きく息を吐いて目のやり場に困らないイフューの手から見ることにした。

 ケーシーがイフューの手を見ているクリスに質問をする。

「治りますか?」

「ん? ああ。そのつもりで回復魔法の修行もしてきたからな」

「そのつもり? クリスは、イフューの手足のことは知らなかったのでしょう?」

「そっちじゃない」

 クリスがイフューに視線を向けながら声を掛ける。

「……イフュー」

「はい」

「少し辛いこと聞いちゃうけど、いいかな?」

「構いません」

「奴隷の刺青が体の何処かにあるよな?」

 イフューとケーシーの顔が強張る。それは奴隷商人に買われた証で、一生消えないものだからだ。

 イフューは小さく頷くと、クリスに背中を向けてバスタオルを緩めた。すると、左の肩甲骨の辺りにヒルゲの奴隷を表わす刺青が見えた。

「やっぱりか……。これがある限り、制約が掛かるんだよな」

「ええ……。わたし達は売り買い出来る商品です」

「今から、これを取るから」

「「え?」」

 イフューとケーシーが驚いた声をあげる。

「取れるんですか⁉」

「少し痛いけど」

 ケーシーが怯えながら話す。

「刺青は皮膚にしっかりと刻み込まれています。それを取るということは――」

「ああ。その部分を切り取るということだ」

「耐えられないです。そんな痛み……」

「だから、少し痛いだけになるように考えたっての」

 クリスは右足の靴を脱ぐとズボンの裾を巻くって膝を指差す。

「もう、ほとんど治り掛けて分かんないと思うけど、ここに四角い痕が残ってんの分かるか?」

「ええ、微かに」

「これ、オレが回復魔法と併用して皮を剥いだ痕なんだ」

 ケーシーは再び驚く。

「自分で剥いだのですか⁉」

「他人で実験できるかよ。実証済みだから信じてくれないか?」

 ケーシーは戸惑った顔でイフューを見るが、目の見えないイフューは首を傾げるだけだった。

 クリスはズボンの裾を元に戻して靴を履き直すと、イフューに話し掛ける。

「イフュー、どうする?」

 イフューは少し不安を顔に浮かべるが、直に決心を浮かべて頷く。

「お願いします。そして、わたしで上手くいったら、姉さん達も」

「分かってる。ちょっと大仕事になりそうだから、出来ればイフュー達にも魔法を覚えて欲しいからな」

「え?」

「はは……、こっちのこと。もう少し方針が決まったら全部話すよ。ケーシー、しっかり見ててくれよ」

 クリスは事前に消毒していたナイフを取り出すと、イフューの背中に向き直る。そして、右手にはナイフ、左手には回復魔法と役割を分けると集中を高めていく。

「かなりの高等技術だけど、エルフのケーシー達の方が習得は早いはずだ」

 クリスは掌に広がっていた回復魔法を人差し指へと集め始める。

「攻撃魔法なら、レベル4の圧縮する魔法だ。オレは未熟だから掌ほどの圧縮は出来ないけど、何とか指先に集中できるまでにはなった」

 クリスがイフューの背中にナイフを当てると同時に回復魔法を掛ける。

「回復魔法ってのは細胞を活性化させる。回復させるには魔法使いの魔法以外に対象の体力も必要になる。そして、回復魔法を掛け過ぎると細胞が死んでしまうから注意も必要だ。だけど、今回は、その禁忌を利用する。まず、ナイフで刺青に沿って切れ込みを入れつつ、一気に圧縮した回復魔法を掛ける。そうすると回復魔法の掛け過ぎで体力の供給が間に合わずに切った部分がカサカサになっちまう。これを刺青に沿って一周する」

 イフューの背中で刺青の部分の外周がカサカサになる。更にその刺青のカサカサの皮膚の境目にナイフを当てつつ、圧縮した回復魔法を掛ける。

「あ……」

「分かったか? ナイフの下では新たに皮膚を再生し、ナイフの上の皮膚は回復魔法の掛け過ぎで役目を終えるんだ。圧縮した回復魔法によって瞬間的に治されるから、痛みを感じる時間を短縮できる」

 クリスの手がゆっくりと動き、刺青を全て撫で終えるとカサリと枯れ果てた皮膚が落ちた。

「よく我慢したな。これで終わりだ」

 クリスは枯れ果てた皮膚を拾い上げ、ケーシーに見せる。

「見事に刺青だけ取れただろ?」

 ケーシーはクリスの手の中の刺青とイフューの背中を交互に見る。

「傷……、ほとんど分かりませんね」

「ああ。この程度なら時間が経てば消えると思うぞ」

 クリスは大きく息を吐いて力を抜くと、イフューがバスタオルを巻き直してゆっくりと振り返って質問する。

「あの……、刺青なくなったんですか?」

「ああ」

「本当に?」

 イフューはケーシーにも尋ねる。

「ええ、綺麗に消えたわよ。それより、痛くなかったの?」

「最初だけ。多分、ナイフの入ったところと魔法を当てるポイントが確定するまで……かしら?」

「それで合ってるよ。最初、どうしても、そのポイントを見極められないんだ」

「それ以降は、少し固い何かで引っ掻かれているような感じです」

「瞬間的に治してるからな」

 イフューがケーシーの方を向く。

「大丈夫だと思います」

「そう……」

 ケーシーは胸を撫で下ろした。

「ありがとうございました」

 ケーシーがイフューより先に礼を口にすると、イフューも慌てて頭を下げる。

「あ、ありがとうございました」

「いいって。これをイフュー達にもやって貰う予定だから」

「「は?」」

 クリスは笑って誤魔化す。この時、クリスは街の人間全員から刺青を取り払うことを考えていた。自分一人では手が足りないため、魔法のエキスパートであるエルフのイフュー達に手伝って貰おうと考えていたのだった。


 …


 一方、服を買いに行ったエスには、イオルクがお供に付いていた。この世界では、エルフは人間よりも下等な生き物と見下されているため、言い掛かりを付けられる可能性があることと、治安の悪いスラムも通るので護衛も兼ねている。

 しかし、特にいざこざも起きることなく、イオルクとエスは服屋に辿り着いた。

「どうしよう……。服のサイズが分からない……」

「イフューのか?」

「うん」

 困った顔をするエスに、イオルクは店の中に陳列されている服の一着を手に取って渡す。

「このサイズでいいはずだ」

「何で、分かるの?」

「女の人を見ると大体分かるけど?」

「…………」

 エスはジト~っとした目でイオルクを見る。

「何だよ?」

「変態さんなの?」

「いや。俺は、ただ女の人とすれ違った時に胸を見てサイズを割り出す癖があるだけだよ」

「それを変態さんって言うの!」

「男なら誰もがしていると思うんだが……」

 エスは腰に手を当て、不機嫌を表わす。

「この人、本当にあの初なクリスの友達なのかな?」

「俺の場合は大体しか分からないが、俺の親友だった奴はスリーサイズを的確に言い当てたぞ?」

「その人が元凶か!」

「そいつに教わった」

 エスは額に手を置く。

「頭痛くなってきた……」

「まあ、そう言うな。俺のお陰でイフューの服のサイズを間違いなく買えるんだから」

「そうね……。そうよね……。深く考えたら負けなんだわ……」

 エスはイオルクが選んだ服のサイズを頭に入れると、店の商品を物色し始めた。そして、気に入った一着を手に取ると、イオルクに見せる。

「どう?」

「そのサイズはエス用だな。明るい色でいいんじゃないか」

「うわ~……。この人、本当に見分けるんだ」

「疑り深いな」

「あたし、本物の変態さんを見るの初めてかも」

「変態じゃないって」

「でも、美的センスは普通でよかった」

「……まったく」

 イオルクは溜息を吐く。

「ねぇ、ケーシー姉さんとイフューには、どれがいいと思う?」

「イフューは分かるんだけど、ケーシーは見たことないんだよな」

「あ、言い忘れてた。ケーシー姉さんは、髪が肩までで冷静沈着なタイプよ」

「なるほど。じゃあ、エスと色違いにすれば? 落ち着いた色にすれば似合いそうだ」

「そうね……、そうする!」

 エスは色違いの服をケーシー用とイフュー用に選び出す。

「うん! これで仲良し三姉妹!」

「いいな、それ」

「でしょ!」

 エスが支払いを済ませようとすると、イオルクが前に出る。

「俺とクリスが出すよ」

「クリスも、そう言ってくれたけど、いいの?」

「ああ。クリスはイフューにいいカッコしたいだろうし、俺は個人的にエスのことが気に入った」

 エスは悪戯でもしそうな目で、イオルクを見る。

「何? あたしに気があるの?」

「恋愛感情なしに個人としてね」

「そこは嘘でも気があるって言うところじゃないの?」

「俺、女限定で来る者拒まずだし」

「やっぱり、変態さんだ⁉」

 イオルクが悪戯っぽい子供のような笑顔を浮かべて支払いを済ますと、エスは『からかわれたかな?』と思いつつも、品物を抱えて上機嫌でイオルクの前を歩き出した。

(何か懐かしいな……)

 イオルクはエスのエルフ特有の金髪を見ると、ドラゴンウィングで別れたエルフの人々を思い出していた。


 …


 娼館の二階の奥の部屋――。

 クリス達の居る部屋にイオルク達が合流すると、イオルクはクリスに話し掛ける。

「治療は完了か?」

「手と足が、まだ……」

「全然進んでないじゃないか。何してたんだ?」

 クリスはイフューを指差す。

「あんなバスタオル一枚で足に治療できるか! 見えるぞ!」

「見りゃいいじゃん」

「お前な!」

 クリスはイオルクの襟首を持って、縦に振りまくる。

 一方、それを無視してエルフの少女達は着替えを始めていた。

「なあ、クリス。お前、この街に来てからエロに対して厳しくないか?」

「確かに、それは認める。多分、イフューのせいだ」

「意識してんのか?」

「してるよ。助けてあげようと思った女の子だぞ? その女の子に、オレがセクハラするってわけ分かんないじゃねぇかよ」

「それもそうだな。じゃあ、制限なければ?」

「……見るかもしれない」

「我慢してたのか……」

「その通りだ。本当なら、娼館に踏み込んだ時点でテンションがおかしくなってる」

「フ……。やっぱり、お前は俺のダチだな」

「当然だ」

 イオルクとクリスに、グーが炸裂した。

「二人して、なんて馬鹿な会話をカッコ良く語っているのよ!」

「これがイフューの恩人だなんて……。クリス一人の時は尊敬できるのに……」

 イオルクとクリスが頭を擦る。

「イオルクと居ると、男の本性を晒されるんだ……」

「基本、男が二人以上集まれば馬鹿な話しか出来ないのが世の中の法則だろう」

「聞いたことない……」

「つまり、二人合わせなければ、まともな会話が成立するのね」

「オレ達は混ぜちゃいけない危ない薬品か……」

 会話が一区切りついたところで、イオルクとクリスの視線は着替え終わった色違いのお揃いの服を着るエルフの少女達に移る。

「いいな……」

「ああ、いい……」

 エルフの少女達は、イオルクとクリスの反応にクスリと笑った。


 …


 エルフの少女達の着替えが済み、クリスの治療が始まる。

 クリスは、イフューの右足を手に取る。

「刺青の時と同じ要領で刺さった石を抜くけど、今度は奥に刺さってるから、さっきより痛いかもしれない」

 イフューは頷く。

「大丈夫です。いつも歩く時に我慢できていたから」

 イフューは微笑んで見せるが、それは周りの人達に悲しみを与えた。その言葉が意味するのは、痛みに慣れるぐらい耐えるのが当たり前になっていたということだからだ。

 クリスは、その言葉に今まで以上に真剣になり、一つずつ慎重に回復魔法を掛けながら石を抜き始めた。

 イフューが口を開く。

「……おかしいな」

「どうした?」

「いつもは無表情で我慢できるのに……。今は歯を食い縛ってないと我慢できない……」

 クリスがイフューの右足と左足を取り替えながら答える。

「きっと、戦ってたんだよ」

「え?」

「嫌な相手に弱いところは見せたくないってな。オレは、そういう相手に出会った時は、最終的には無視だったからな」

 クリスの手は、集中している分だけ、機械の様に無駄なく正確に動き続ける。そして、最後の石を引き抜くと、傷は全てなくなった。

「どうだ?」

「……うん、痛くない」

「そうか。じゃあ、もう少し魔法掛けるぞ」

「でも、傷は……」

「いいから」

 クリスの集中力が更に高まる。ここからは、絶対の失敗も許されない。クリスは慎重に慎重を重ね、イフューの左足の裏を左手で確認しながら右手の圧縮した回復魔法を要所要所に当てていく。それは、イフューの左足と右足を取り替えても同じだった。そして、イフューの両手にも同じことを繰り返した。

 クリスがイフューの両手を包み込むように握る。

「どう……かな?」

「……クリスを握り返す手が柔らかい」

「ああ、女の子の手だ」

 クリスは微笑む。

「足も女の子の足だ」

「何をしたの?」

「さっき、思い付いたんだ」

「さっきって……?」

 クリスは静かに頷く。

「刺青を取った回復魔法の禁忌。回復魔法を掛け過ぎることで皮膚の抵抗力を下げる。きっと、掛け過ぎると赤ちゃんの弱い肌になっちゃうから慎重に掛けた……、どうかな?」

「どうって……。こんなに嬉しいことはないわ」

 イフューの目から涙が溢れた。

「よかった」

 クリスは、ケーシーとエスの方に振り向く。

「今日は、ここでイフューをゆっくりさせてあげてくれないか? 回復魔法を沢山掛けたから、イフューの体力は見た目以上に減っているんだ」

「ええ、構いません」

「久々に、お話もしたいしね」

 クリスは、イオルクに声を掛ける。

「行こう」

「いいのか? イフューともっと話をしたいんじゃないのか?」

 クリスはチラリとエルフの少女達を見る。

「明日、話せばいいさ」

「そうか?」

 クリスに続いてイオルクが扉に向かうと、先を行くクリスの背中にイフューの声が響く。

「ありがとう!」

 クリスは心底嬉しそうな顔をすると、照れて振り向けなかった。

「今日は、ゆっくり休むんだぞ」

 クリスは足取り軽く、イオルクと部屋を出た。

「俄然、やる気が出た。さっさと一階の主人を巻き込んで、この街を変える会議をしようぜ」

「調子いいな」

 イオルクはクリスのやり切った顔を見て、友達として満足した気分になる。

 二人は、一階の女主人の元へと向かった。

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