娼館一階のカウンターの奥の部屋――。
イフューの治療を終え、意気揚々と街を変える難問に取り組もうとしたイオルクとクリスであったが、二人は頭を抱えていた。
「ヒルゲが街の構成を考えていたから、街を変えるなんて簡単だと思っていたんだけど……」
「そもそも街の構成が把握できてないから、何処をどう直せばいいかさっぱり分からん……」
二人を見て、女主人は呆れている。
「あんた達、馬鹿じゃないのかい?」
イオルクがクリスに尋ねる。
「お前、この街の出なんだろ? どんな街か分からないのか?」
「分かんねぇ……。オレはこの街のスラムの出だからな」
クリスは肩肘を着いて頬杖を突くと、反対の手をあげて話し出す。
「スラムと平民街は差別で隔絶されてるんだよ。差別された壁があるから、街の様子なんて大雑把にしか知らねぇ……」
「じゃあ、逆にスラムのことは分かるのか?」
「ああ。差別されてて、皆、腐ってる」
「何の参考にもならないな」
イオルクが溜息を吐くのを見ると、今度はクリスから話し掛ける。
「オレも質問していいか?」
「ああ」
「お前さ……。ここ来る時、縄張りを仕切っているリーダーに会って、何かしようとしてなかったか?」
「……ん?」
イオルクは思い出す。
「そうだ……。ヒルゲの契約書見ただけじゃ訳分かんないから、クリスが娼館に行くついでに娼館を取り仕切ってるリーダーに相談するはずだったんだ……」
「お前、ふざけんなよ? ちゃんと順序立ててたんじゃねぇかよ。何で、不毛なことを考えさせるんだよ?」
「お前の勢いに乗せられた……」
(この二人が、今後、この街を治めるのか……。ヒルゲの支配は終わるかもしれないけど、経済的に潰れるんじゃないかね……)
女主人は不安しか生まない会話に溜息を吐いた。
そして、イオルクが女主人に話し掛ける。
「ところで、姉さん」
「誰が姉さんだ」
「相談したいことがあるんだけど」
「全部、筒抜けで知ってるよ」
「……そうだよね」
女主人は、かぶりを振って促す。
「それで?」
「この街を仕切っているリーダーを集めてくれないかな?」
「何で、私がリーダーだって言い切れんのさ?」
「舐めないで欲しい。俺の娼館通いで身につけたスキル――娼館のレベルの高さを見抜く目は誤魔化せない」
「寧ろ、そこで見抜けない人間の方が信用できるんだけどねぇ……」
「でも、合ってるんだろう?」
「……ああ」
「頼めないかな?」
女主人は笑みを漏らす。
「命令すればいいのさ。そっちの方が権力は上なんだから」
その女主人の言葉には、クリスが意見する。
「それは違うな。この街を変えるシステムを作るのにあんた達が必要なんだ。その点において、上だ下だなんて言いたくない。オレ達は対等でありたいんだよ」
「……本気なんだね?」
イオルクとクリスは頷く。
「分かったよ。会合は、夜。場所は、ここだ」
「ここ?」
「ヒルゲの趣味さ」
「そういうことか」
「じゃあ、合図を出しておくよ」
女主人が娼館の外に出ると、娼館には閉店の札が下げられ、看板に赤い布が巻かれた。
…
女主人は閉店の後処理で席を外し、残されたイオルクとクリスは椅子に凭れながら、これからのことを考えていた。
暫くすると、イオルクからクリスにだるそうに話し掛ける。
「思ったより、大変そうだな?」
「ああ」
「てっきり、ヒルゲに回ってた利益を『勝手に使ってね』って言うだけで終わると思っていたのに……」
「確かにな。最悪の奴だったけど、街の経済の仕組みを作る才能を持っていやがった」
「そうだな」
「お前の話だと、結構、完成度の高いシステムなんだろ?」
「ああ。確か……、この街の娼館の管理、街の商店の管理、街の自給自足の管理、奴隷の管理、スラムの管理だったかな?」
「そういう風に分けてんのか?」
「契約書を見た限りではな。ただ少し問題というか、付け足しがある」
「付け足し?」
「多分、クリスの方が詳しいと思うんだけど、ヒルゲがエルフだけじゃなく、禁止されているのに、かなりの人間を奴隷にしちゃってるんだ」
「ああ、知ってる」
「解放するのはいいんだけど――」
「刺青か?」
「うん……。あれって、放っといてもいいのか?」
「ダメに決まってんだろうが。あれは奴隷として買われたマークだから、ここで解放して野放しにしたら、別の奴隷商人が商品として扱っちまう」
「どうすればいいのかな?」
「イフューに刺青が刻まれることは予想してたから、刺青除去の技術は、オレが習得してる」
イオルクは驚いて、クリスを見る。
「いつの間に習得したんだ?」
「お前が鍛練してる時だよ。少し無理して覚えたんだ」
「お前、凄いな……。そんなこと出来る魔法使いは居ないと思うぞ?」
「凄かねぇよ。考えを向ける方向に違いがあるだけだ。オレだって、刺青を取ろうって思わなきゃ、そんな面倒臭いこと思い付かねぇよ。回復魔法なんて圧縮する意味なんてないだろ? 普通に掛けても治るんだから」
「それは、そうかもしれないけど……」
「そういうことだ。オレと違う分野で魔法の応用を考えて、自分なりの使い方をしている奴なんてゴロゴロ居るさ」
「う~ん……」
魔法に詳しくなく、今まで応用した魔法を使う魔法使いに会ったことのないイオルクには、クリスの言っていることが、今一、納得できなかった。
しかし、よく思い出せば、クリスは色々と魔法の応用に手を出している。イオルクは『自分が無知なだけなのかもしれない』と、今は拘らないことにした。
クリスが椅子に座り直すと続ける。
「で、この街の娼館を管理してたのが、さっきの姉さんなんだよな?」
「あ、うん。ヒルゲの買ってきた女の奴隷が娼館に入れられて、街の娼館の管理を姉さんが取り仕切る感じだ」
「娼館以外は?」
「街の商店は売り上げの何割かがヒルゲの懐に入る。また、怪しい薬とか闇取り引きも、ヒルゲの権限で許されてる」
「まあ、予想通りだな」
「街の自給自足は少し問題だな。作る量をワザと制限してるから」
「何でだ?」
イオルクが右手の人差し指を立てる。
「まず、金銭面。量が少なければ食べ物の代金は上がる。それを利用して、街の人間に財産を貯めさせないようにコントロールしているんだ」
「道理で、オレがガキの頃に頑張っても、金が溜まらんわけだ……。理由は、街の人間にハンターなんかを雇わせないようにすることとかか?」
「だろうな。ランクB以上のハンターを雇うのが幾らか分からないけど、謀反禁止。あと、スラムの人間を痛めつけるのもあるかもな。スラムには十分な食料を回さない」
「あのヤロウは、スラムの人間を嫌ってたからな」
クリスが顎を撫でながら舌を打つと、イオルクは腕を組む。
「それだけじゃないんじゃないか?」
「ん?」
「見せしめだよ」
「何のために?」
「スラムの生活って厳しいんだろう?」
「ああ……」
「街を追われた人間の行き着く場所――スラムは見せしめに丁度いいじゃないか。スラムを残しっぱなしっていうのも、おかしいだろう?」
「まあ、街の景観を考えりゃ、スラムは要らないな」
クリスは溜息を吐く。
「ヒルゲの奴、自分に逆らったりして追い出した連中を苦しめるのと同時に、平民街の奴らの見せしめにしてたんだな」
「クリスの出身のスラム目線だと、ヒルゲの屋敷は権力の象徴」
「で、街の平民街の連中からすれば、スラムは見せしめの象徴か……。街を支配するために、よく考えてやがる」
最悪の人間ではあるが、ヒルゲという人物は治める能力は秀でているのかもしれない。経済を作って利益を生み出し、街の人間を逆らえないようにルールを作る。これが正当なやり方で利益を分け合い、恐怖でなく人徳でルールを守らせていれば、ヒルゲという人間は尊敬されていただろう。しかし、その能力が発揮されたのは、自分のためだけだったのである。
イオルクがクリスに話し掛ける。
「関係ない話だけど、お前って、生まれたのスラムなんだから、平民街から追い出されたわけじゃないし、ヒルゲに恨まれる理由もないんだよな」
「……本当だな。オレの両親が原因か?」
「お前の両親は?」
「名前はおろか顔も知らないって、言ったよな?」
「……本当にハードな生い立ちだな」
「周りも、そんなんが溢れてたからな」
「逞しいな」
「そりゃあ、もう。でも、このままにして置けない。逞しさばっかりが自慢でも、しょうがねぇし」
「そりゃそうだ」
「で? 他は?」
「スラムの管理の話は合わせて終わったな。あとは、男の奴隷について。男の奴隷はヒルゲの屋敷で管理してる」
「は……? ハァッ⁉」
「だって、街で男の奴隷は見掛けないだろう? この娼館の女達ぐらいに刺青があっただけだ」
クリスは刺青という言葉に顔を険しくする。
「そうだ……。街に女の奴隷の居場所があるなら、ヒルゲの屋敷に男の奴隷が居ることになる。イフューは屋敷に居て、そこで鉱山で働いていたと言っていた。つまり、屋敷から何処かの鉱山に繋がっているってことだな?」
「頭が働いてきたな。俺にこういう話をさせるなよ。クリスのポジションなんだから」
「いつ、そんなポジションになったんだよ」
「魔法使い=頭脳派のイメージだからだ」
「見た目か?」
「見た目だ」
クリスが腕組みをする。
「でも、やっと頭が冴えてきた気がする。ここからは、オレがリードしてやる」
「ああ、頼む」
「そうなると、大きく二つ分けなきゃいけないな」
「二つ?」
「そうだ。見えているものと見えていないもの。見えているものは街の中。見えていないものはスラムと奴隷。街を纏めるなら、どちらもオープンにして統一しなければならない」
「なるほど」
「そして、これがヒルゲのシステムにない新規作成部分でもある。イオルクの説明から予想すると、この二つに摩擦が起きるはずだ。街の人間はスラムと奴隷を認めない。スラムと奴隷は街の人間を忌み嫌う。ヒルゲが長年差別してきて刷り込んじまってる」
「それは簡単に取り払えないわな」
「だけど、オレは、そんなの納得しねぇ」
クリスの言葉に、イオルクはジトッとした視線を送る。
「お前、やっぱり欲求のままに動いてるじゃないか」
「ああ、もういいよ。それで」
(開き直りやがった)
「兎に角、街を纏めるなら、街中全部を巻き込んで、同じベクトルで突き進むしかねぇ」
「だな」
「今日の会合とやらで、ヒルゲの管理体制と街の人間の考え方を理解する。そっからだ」
「あと、奴隷とかって、基本的にどうすればいいのかも相談したいな」
「確かに……。そもそも何人ぐらい、あそこに居るんだ?」
「そっちの把握もしないとダメか……」
「やることが、しこたまありそうだ」
「何か、この街に長く滞在しそうな予感……」
イオルクとクリスの会話はここで終わる。
また、腹の虫が鳴った二人は、会合の時間まで料理店で腹ごしらえをすることにした。
…
夜――。
女主人の娼館に、街を仕切るリーダー達が集まる。そして、リーダー以外に奴隷を管理する者とスラムを管理する者が初めて顔を見せる。
客の居ない娼館の一階の大テーブルを囲んで、早速、クリスが話を切り出す。
「オレが、今日からこの街を仕切ることになったクリスだ」
「俺達じゃないのな……。まあ、いいけどさ。その仲間のイオルク・ブラドナーだ」
イオルクの自己紹介に、街の商店を纏めるリーダーが片眉を上げる。
「苗字があるのか……。では、貴族だな?」
「ああ」
「そいつがクリスとかいう普通の人間の部下か」
「対等のつもりなんだけど」
「……まあ、いい。それで?」
クリスが続ける。
「そっちの姉さんに聞いていると思うが、今日、ヒルゲを倒した。そして、その時にヒルゲから全ての権限を奪い、街を取り仕切る人間が代わった」
「本当だったのか……」
「ああ。そこで、姉さんに頼んで会合を開いて貰った次第だ。まず、自己紹介からして貰っていいか? 纏めている役割と名前だけでいい」
少し戸惑いを見せる中、イオルク達と話し慣れている娼館の女主人が自己紹介を始める。
「街の娼館を預かり、奴隷になった女達を纏める役目をしている。姉さんじゃなくて、モジューラだよ」
そう語ったのが娼館の魅惑の女主人。それに続いて自己紹介が続く。
「街の商店全部を預かっている。ファンクだ」
ファンクは、身長の高い聡明そうな男。
「街の自給自足である農作と酪農を仕切っている。ティオンという」
ティオンは、日々の仕事から逞しい体を持つ男。
「ヒルゲ様――いや、もう主ではないのですね。ヒルゲの屋敷で奴隷を管理していました。エンディと言います」
エンディは、姿勢がいい執事を思わせる老人。
「スラムでは勝手に長という位置付けにいる。ハンドラーだ」
ハンドラーは、ボロに身を包んだスラムの長老。
この街はヒルゲを除くと、このメンバーで管理されている。
「モジューラ、ファンク、ティオン、エンディ、ハンドラー……、名前は覚えた」
「……少し待ってくれ。顔と名前を一致中」
モジューラとファンクから、イオルクに対して溜息が出た。
少し時間を置くと、イオルクはクリスに手でOKを出す。
「まあ、馬鹿な相棒は置いといて、今後についてだが……。率直にどうしたい?」
リーダー達は、直ぐに答えが返せないでいた。
あまりにストレート過ぎる質問に、ティオンがクリスに説明を求める。
「『どうしたい?』と漠然と言われても困る。俺達は、縛られて生きてきたんだ。何処までの制約を無視していいか分からない」
「思った通りでいい」
「……無茶なことを言って、立場が追われるんじゃないだろうな?」
「そんなことしないよ。そもそも、ヒルゲの構築した街を管理するシステムが分からないから、会合を開いたんだ。あまりシステムを弄らないで改善できるところは直そうと思っているから、どうしたいかを聞きたい。遠慮なく言ってくれていい」
クリスの話を聞いたティオンが暫く考えると答えた。
「出来るなら、農地と牧場を拡大したい。土地はあるんだ。街の人間にしっかりと供給を行き渡らせたいんだ」
「ヒルゲに制限を掛けられていたんだな?」
「ああ」
(イオルクの説明通りだな)
次にモジューラが前に出る。
「私からは奴隷の身分の返上と上納金の均等だ。そして、生き方を自由に選ばせて欲しい」
「奴隷を解放するということは自由になるってことだな。娼館も潰したいのか?」
「それは辞めて欲しいね。ここを最後の駆け込み寺にする人間も居るんだ。そういう場所も残して欲しい」
「分かった」
続いて、ファンクがクリスに話し掛ける。
「私もいいか?」
「ああ」
「私は、根本から変えたい」
クリスは首を傾げる。
「はっきり言って、どうしようもない。利益も大部分が持っていかれる上に、商品の中には危ないものも混ざっているから、危険な客も寄って来る。そのような客に街をうろつかれるのは迷惑なのだ」
クリスは腕組みをして、視線をファンクに向ける。
「……危ないものっていうのは薬とかか?」
「ああ、中毒性がある上に体をボロボロにする。もっと言えば、火薬の類も流している。それをハンターだけでなく、賊の類が買っていけば、何が起こるか想像できるだろう」
「毎年、悪質になっていく盗賊の武器は、この街も絡んでたのかよ……」
「私達も売りたくて売っているわけではない。逆らえばスラム行きだ。逆らえる奴は居ないのだ」
クリスが軽く片手をあげる。
「こっちもハンターを雇えば?」
「ハンターは金で動く。ヒルゲより上等のハンターを雇う金は、上納金に全て変わってしまって、どうしようもない」
「ここも予想通りか……」
残ったリーダーではない二人に、クリスは目を向ける。
「エンディって言ったよな。あんたは?」
「私は、今は主人が代わっています。私はヒルゲに仕えて奴隷を管理していました」
「じゃあ、やりたいことはないのか?」
「仕える仕事をしたいのです」
「ああ……。つまり、ただのお仕事をしていた人なわけ?」
「はい」
クリスがイオルクを見ると、イオルクは軽く片手をあげて話す。
「仕事内容を聞いてみたら? 不満なところを俺達が都合のいいように変えればいいんだから」
「そうだな。そもそも、奴隷を使って、鉱山で何かしていること以外は分からないからな」
「待ってくれ」
ファンクがクリスとイオルクに声を掛けた。
「その話は、私達も聞いていいのか? 街を支配するなら、奴隷という労働力は支配者の力の一部だ」
「…………」
イオルクとクリスは考える。
「クリスに任せる。この街をどうしたいかは、余所者の俺じゃ決めらんないよ」
「そうだよな。オレが決めることだ」
クリスは腕を組んで考えると、自分の答えを言う。
「聞いて貰ってもいい――いや、聞いてくれ。街の人間が奴隷の扱いを知らないのは問題だ。奴隷も街の人間として扱うつもりでいる」
ファンクは頷く。
「分かった。聞くだけ聞いて答えを出そう」
クリスはエンディに質問をする。
「エンディは、ヒルゲの屋敷で、どんなことをしていたんだ?」
「屋敷の傭兵や奴隷の管理です。暇があれば、ヒルゲの身の周りの御手伝いなどを」
「そうか。……傭兵の役割って?」
「街でのいざこざの鎮圧。ヒルゲの屋敷の警護。奴隷の調教などです」
「奴隷の調教って、何さ?」
「刺青を入れたり、反抗心のある者を力で抑えつけるのです」
「……お前、さらっと言うな」
「そういう仕事ですので」
クリスは溜息を吐き、他の人間も、あまりいい表情をしていない。
「で、調教を終えた奴隷の仕事は? 街の娼館で働かされてる女の人以外は、何をしてるんだ? 鉱山で働いているとは聞いているけど、ここらには鉱山なんてないだろ?」
「地下にトロッコで通路が続いているのです」
「地下?」
「ドラゴンレッグです」
全員の顔が青ざめ、イオルクが直ぐに反応した。
「最悪だ! あの国に繋がっているなんて!」
「そうだよな……。特にお前は、あそこの国と戦った回数が多いからな……」
「ああ、何を考えているか、未だに分からない国だ。戦場では、やたら好戦的で指揮官の合図があるまで死を恐れずに襲ってくる」
「ゾンビみたいだな……」
「だから、繋がっている先が、あの国だってのは最悪だ。そのトロッコで続いている地下から攻め込まれたら、街は壊滅するぞ」
モジューラがイオルクに質問する。
「あんた、その歳で戦に出ていたのかい?」
「俺は、ノース・ドラゴンヘッドで騎士をしていたんだ」
「それで……。その軽い性格からは想像できないね」
イオルクは頷くと、クリスを指差す。
「ちなみにクリスも何回か戦争に出ている」
「金が欲しくてな」
「意外だよ。二人とも、結構、厳しい環境に身を置いてたんじゃないか」
「まあな」
「それで、その経験からして、どうするべきなんだい?」
「奴隷を全て回収して地下の通路を閉じる」
「質問していいか?」
イオルクがティオンを見る。
「素朴な疑問なんだけどよ。どうやって、この街からドラゴンレッグまで穴を掘ったんだ?」
「え?」
「だってよ。ここから砂漠までの距離もそうだけど、砂漠の地下を掘って……。更に目的の鉱山までだろう?」
「言われてみれば……。人間の手で、そこまで掘れるような距離じゃない気がする」
クリスが意見する。
「掘ったのが、こっち側からとあっち側からだったら距離は半分だ。それに、イオルクの話だとドラゴンレッグの奴らは徹底して任務を遂行する危ない連中だ。奴らが馬鹿みたいな張り切りようで掘りまくったのかもしれない」
「ドラゴンレッグの人間って……」
未だ謎の多い国、ドラゴンレッグ。かつては世界に平安を齎した勇者を輩出した国であるはずなのに、現在進行形で、各国に戦の火種を巻き続けている。
そして、過去はどうあれ、そんな危険な国と繋がったままなのは放置できない。
「兎に角、道は塞ぐ。いいな?」
「ああ」
ティオンとの会話を区切り、クリスが改めてエンディを見る。
「鉱山で働いている人間は何人ぐらいなんだ?」
「百人は居ません」
「……けど、それぐらい居るんだな?」
「はい」
「結構な人数じゃねぇか。全員、こっちに回収する日数は?」
「一日あれば十分です。そのためのトロッコでもあります」
「なるほどね。じゃあ、何を採掘してたんだ?」
「色々です」
「漠然としてるな」
「リストは屋敷にあります」
「了解。あとで、チェックする」
イオルクが自分の目的を思い出し、クリスと代わってエンディに質問をする。
「採掘する鉱石の中に、白剛石はなかったか?」
「ありました」
イオルクが拳を握る。
「よし! これで、あの危ない国に足を運ばなくていい!」
イオルクの様子を見て、ファンクがイオルクに話し掛ける。
「あの意味のない鉱石が欲しいのか?」
「意味がない? 凄い貴重で高いって聞いてるけど?」
「ああ、高くて誰も買わない。鍛冶屋が買っても、満足に扱うことも出来ないと聞いているぞ」
「そんなわけないだろう?」
「理由があるのだよ。まず、鉱石が高過ぎて手に入らない。故に練習用に使用できる量が足りない。だから、値段が高いだけの無用な鉱物だ」
クリスがイオルクを肘で突っつく。
「オイ。お前、本当にそんな鉱石を使うつもりなのか?」
「大丈夫なはずだ……。手順さえ間違えなければ……」
「本当かね?」
イオルクがエンディを見て手を合わせる。
「ギリギリは拙そうなんで、大目に譲ってください!」
「既に貴方のものでしょう?」
「……そうだった」
クリスが手を叩く。
「鉱石の話はここまで。明日にでも奴隷を回収して、通路は爆破だ」
「え? 爆破?」
即、イオルクが反応し、複雑そうな顔になった。
「久々の粉塵爆発を使う」
「いい予感がしない……」
「今回は自信がある。砂漠の真ん中で岩盤を壊して、砂で通路を塞ぐんだ」
「それ、粉塵爆発でやる必要があるのか?」
「大有りだ」
イオルクが大いなる不安を抱えたところで、エンディの奴隷に関する話は終わった。
次にスラムの話を聞こうと、クリスがハンドラーに話し掛ける。
「今のスラムは、どうなっているんだ?」
「スラムは変わらんよ。今も昔もな」
「そっか……。ゴミを漁って、その日の仕事を貰って生きてくだけか」
「ああ」
クリスは溜息を吐く。
「奴隷とスラムの住人は、纏めて何とかしないとな……」
クリスが腕組みをして考え始めると、直ぐにファンクから疑問の声が上がった。
「どうにかなるのか?」
「ん?」
「この街でスラムの生活は底辺だ。その仲間になりたくなくて、街の者はヒルゲに服従して生活を守ってきた。それが突然、スラムの人間と同等に扱われるのだ。納得いくはずがない」
クリスは予想通りだと思いながらも、直接、街の人間の口から話させることにした。それは予想の確認であり、全員の意識を統一させる必要があるからだ。
「どういう風に納得いかないんだ?」
「街の人間はヒルゲの横暴に耐えてきた。それに対して、スラムの人間は耐えることをやめて逆らった結果だ。ヒルゲの横暴に耐えることをしなかったスラムの人間を同等に扱うことを許すはずがない。故に納得しないのだ」
「なるほどね。そういう風に考えてたんだな」
イオルクは首を傾げる。
「なあ、クリス。いいのか? そういう風に言われて?」
「正直、気分は悪いさ。オレはスラムの出だからな」
「じゃあ――」
「でも、この街をヒルゲから解放した人間がスラムから出ちまったんだ。今、街の人間の肩身は狭いと思うぞ。実際、微妙だろ?」
クリスがモジューラ、ファンク、ティオンを見ると、彼女達は言葉を詰まらせた。
「そう……。今度は、支配者がスラムの人間になっちまったんだよ」
イオルクは、さすが地元だと納得する。
「だが、オレは支配者になんかなりたくない」
モジューラ、ファンク、ティオンが顔を上げる。
「オレは、この街をここに居るリーダーに、そのまま取り仕切って貰いたいと思っている。その代わりに妥協して欲しい。オレが支配しない代わりに、スラムの人間と奴隷を組み込んだ新しい街造りを――オレ達の街を何とかすることを考えて欲しい」
クリスの真剣な言葉にモジューラ、ファンク、ティオンは黙って考え始め、ティオンが先に切り出した。
「スラムの人間と奴隷達に農地や牧場の拡大を手伝って貰えないかな? そうすれば、いきなり働く場所がないということはないはずだ」
「いいアイデアだ」
ファンクも何かを思い付く。
「それなら、正当な理由でヒルゲに盾突いてスラムに送られた者を採用し直すこともありではないか? 彼らの意見や能力を取り入れることが出来れば、街は更に発展するはずだ」
クリスは溜息を溢す。
「何だよ。結構、いい案が出るじゃないか。たったこれだけの人数で二つもいい案が出た。あとは、各リーダーがその下についている人間から意見を収集すれば、もっと案が出るんじゃないか?」
クリスの前向きな言葉にリーダー達は呆然とするが、直に笑みを浮かべた。
「そうだな……。この街が嫌いじゃないんだ……」
「この街をいい街にしたい想いは同じなんだ」
クリスは、その言葉に笑みを浮かべた。
モジューラは、この流れを作り出したクリスに少し尊敬の念を持つ。そして、それ故に、クリスに頼みごとをする。
「クリス。少し我が侭を言っていいかい?」
「ん? いいけど?」
「奴隷やスラムの人間の中には、ここに強制的に連れて来られた人間も多い。彼らは故郷に帰りたいんじゃないかい? もしくは、辛い思い出のあるこの街に居たくない人間も居るんじゃないのかい?」
「…………」
クリスは暫し考えると、答えを返す。
「そこは善処しよう。街とかそれ以前に、オレ達が人間として恥ずかしくない選択をしよう」
「あんた……」
「まあ、人数減れば、街での仕事の割り当ての問題も少し減るしな」
「台無しだよ……」
イオルクがクリスらしいと笑うと、クリスは最後の締めに入る。
「まず、大きく二つに分けよう。モジューラ、ファンク、ティオンの各リーダーの下で街の人間に説明。オレとイオルクで、奴隷とスラムの人間に説明。リーダー達の方は問題ないと思うけど、オレ達の方は問題がかなりある」
「だな」
「エンディと一緒に奴隷の解放と傭兵の解約。それが終わり次第、奴隷とスラムへの説明に入る。オレ達がゴタゴタしている間は頼むな」
頼まれたリーダー達を代表して、ファンクが質問する。
「それは構わないが、その間に出た利益はどうする?」
「ファンクに任せる」
「任せる?」
「ああ、信頼している。生活に必要な分だけ調整して、残りを街の再建に回すようにしてくれ。使い道は、またオレ達で会合を開こう。ちょっと、リーダー達にはオーバーワークな日が続くけど、付き合ってくれ」
ファンクはクリスの言葉に頷き、他のリーダー達も同じく頷き返した。
「じゃあ、今日は解散だ」
初日の会合は無事に終わり、ファンク、ティオン、エンディ、ハンドラーは娼館を後にした。