次の日――。
イオルクは、ノース・ドラゴンヘッドの家族、王女であるユニスへの手紙、そして、ドラゴンテイルのテンゲンへの手紙を書きあげる。
その手紙を持って、エントランスに居る刺青の除去を始める前のクリスに声を掛ける。
「これ、ノース・ドラゴンヘッドへ向かう人に持たせて」
「手紙か?」
「ああ、俺の家族とユニス様宛て。あと、金を渡しておくよ」
「分かった。営業所に行こうぜ」
クリスがケーシー達エルフの三人に『少し外す』と声を掛けると、二人はエントランスを後にして、ハンターの営業所へと歩き出した。
「ドラゴンテイルに入って、ドラゴンテイルの人間に会って、手紙を渡してから帰ると、多分、旅立つ人達の見送りは出来ないな」
「往復で最低四日は掛かるか?」
「それも、直ぐに人が見付かればの話だ」
「ちょっと、無理そうだな」
「やっぱりだよな……」
見送りが出来ないことをイオルクは少し残念に思う。
「ところでさ。街が労働者を受け入れ切れなくて、早めに旅立つように急いでんのは分かるんだけど、旅立つ人の都合はいいのか?」
その質問に、クリスは片眉を歪めて腕を組む。
「何と言えばいいのか微妙なんだけど……、全員が用意するものを持ってないって言えば、分かるか?」
この街の人々は、ヒルゲに利益を奪われて蓄えというものがないのである。
「そっか……。出て行くにも、体一つでいいのか」
「ああ。だから、準備をするのは送り届けるオレ達次第ってことだ」
「それで、こっちの都合が優先できるのか」
イオルクは頭を掻く。
クリスの言うように、何とも微妙な理由であった。
「やれるだけのことはしないとな……」
「ああ。イオルクの任務も、そのうちの一つだ」
「……だな」
それから二人は特に会話をすることなく、ハンターの営業所に辿り着いた。そして、イオルクの登録証からクリスの登録証に500万Gの受け渡しが終わる。
「しっかり届けてくるよ。こっちは、今後の街の人のためだ」
「ああ、頼む」
イオルクとクリスは、ハンターの営業所の前で別れると、それぞれやるべきことのために歩き出した。
…
夕方――。
ドラゴンレッグの砂漠の前の街を出て、再びドラゴンテイルを目指していたイオルクは、一日歩き通して、ドラゴンチェスト南西――ドラゴンテイルに続く砂漠の前の町に辿り着いていた。
そして、本日は、これ以上の移動は諦め、この町の宿で一泊明かそうと歩いていると、声を掛けられた。
仮面に忍装束。ドラゴンテイルの人間である。
「イオルク殿」
「名前は分からないけど、ドラゴンテイルの人だよね?」
「はい」
「奇遇だなぁ。今から、またドラゴンテイルに向かうところなんだ」
「そうなのですか? 私は少し品を手に入れるために、この町まで来ました」
「自給自足じゃ足りないもの?」
「そんなところです」
イオルクはポンと手を打つ。
「少しお願いしたいことがあるんだけど、頼まれてくれないかな?」
「構いませんよ」
「時間はあるの?」
「はい。この町に一泊する予定です」
「よかった。じゃあ、宿か酒場で」
「宿にしましょうか」
「分かった」
イオルクとドラゴンテイルの人間は、宿へと向かった。
…
ドラゴンチェスト南西の町の宿――。
イオルクとドラゴンテイルの人間は、二人部屋を借りて宿賃を浮かすことにし、一階に割り当てられた部屋に設置されている、小さなテーブルを挟んで向かい合って座って一息ついた。
「それで、御用とは?」
「手紙を頼まれて欲しいんだ。本当は直接がいいと思うんだけど、忙しくて」
「そうなのですか? まあ、手紙ぐらい構いませんが」
「少し詳しく話すよ。ここから東のヒルゲって奴が支配していた街のことなんだ」
ドラゴンテイルの人間が深く頷く。
「よく知っています。あそこは戦略的に重要な町ですから」
「戦略的?」
「本来は、あそこにドラゴンテイルの人間を滞在させ、ドラゴンレッグの動向を監視したいのです。しかし、町の支配者であるヒルゲが、それを許しません」
「お得意の武力で、何とかすれば良かったんじゃないの?」
「それでは町の人間に被害が出ます。町の人間に罪はありません」
「じゃあ、もう一つのお得意の暗殺は?」
「それも難しいですね。ヒルゲは、強いハンター達に守られていました」
(きっと、油断してなければアイツら以外にも沢山居たんだろうな……)
イオルクは少し簡単に行き過ぎた、自分とクリスの潜入を思い出す。
「それでも街を取り囲んで、数で押し切るとかはしなかったのか? 脅しぐらいなら、問題ないだろう?」
「ええ。テンゲン様も、実行はしたのですが……。あの男は守るべき自分の町の人間を盾にしまして……、近づけば町の人間を殺すと」
「やることが逆だろう……」
「そう思います。そして、本当に町の人間を殺した時、テンゲン様は引き返すことにしたのです」
イオルクは、ここには居ないヒルゲに嫌悪感を募らせる。やり方が、あまりに汚い。
しかし、クリスに対する仕打ちを思い出すと、それがヒルゲらしいと思わされ、イオルクは項垂れる。
そんなイオルクに、ドラゴンテイルの人間が問い掛ける。
「ところで、あの町に何か起きたのですか?」
ドラゴンテイルの人間の声でイオルクは我に返ると、顔を上げて話を戻す。
「ごめん。えっと……、そのヒルゲを成り行きでクリスと倒したんだ。あそこはクリスの故郷でもあって、今、その街の復興を手伝ってる」
「本当ですか?」
「ああ」
「一体、どうやって?」
イオルクは腕を組むと考える。
「う~ん……。詳細は追加の手紙を書くよ。ヒルゲと対面できた理由も書かないといけなさそうな気がする」
「そこまで書いてくださるのですか?」
「いや、書いてないと、キリさんが暴れるだろう? 戦略的に欲しがってた街なんだから」
「…………」
今度は、ドラゴンテイルの人間が項垂れた。
「暴れますね、確実に……」
(キリさんは共通の認識を持たれているんだな)
イオルクは乾いた笑いを浮かべた。
「あとで、書き上げた手紙の内容確認して貰っていいかな?」
「分かりました」
ドラゴンテイルにとっても重要な位置にあるドラゴンチェスト南東の街は、思わぬところで詳細を伝える必要が出てきた。
また、ドラゴンテイルの人間から街の重要性を理解したイオルクは、クリスやリーダー達にまだ話していない重要な話を質問する。
「そうなると、なんだけど……。もしかして、お願いすれば、ドラゴンテイルの人間が駐屯してくれたりする?」
「願ったり叶ったりですね」
「ありがたいな。金が掛かるから傭兵を解約して、今、街を守る人間が一人も居ない状態なんだ」
「そうだったのですか」
「まあ、復興が始まったばっかりで、駐屯の準備なんかは、まだ先になりそうなんだけどね。クリスや街のリーダーとも相談してないし」
「でも、ドラゴンチェストにある町なだけに心配ですね」
「絶対に省けない案件なのは確かだ。ドラゴンテイルとのやり取りが増えることになるな」
「そうなります」
「手紙なんかでのやり取りになると思うんだけど、普通の手段じゃ届かないんだろう?」
「はい。我々アサシンの手渡しが必要です」
「どうすればいい?」
「国に帰り次第、テンゲン様とキリ様に御伺いを立ててみます」
「お願いします」
イオルクが頭を下げると、ドラゴンテイルの人間も頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。きっと、キリ様は大喜びです」
「『でかした』って言いそうだな」
「言いますね」
こうしてクリスに頼まれた手紙と新たに書いた手紙をドラゴンテイルの人間に渡すことで、イオルクは、次の日に復興途中の街へと戻ることが出来るようになった。
ちなみに、ドラゴンテイルからテンゲンの了承の手紙が届くのは、これから一週間後のことだった。
…
ドラゴンチェスト南東の街――。
ドラゴンテイルまで行かなくて良くなったイオルクは、次の日の夕方になる前に辿り着くことが出来た。
イオルクのあまりに早い帰還に、事情を知らないクリスが街の入り口で文句を言う。
「何しに帰って来やがった?」
「砂漠の前で、ドラゴンテイルのアサシンに会ったんだよ」
「じゃあ、ドラゴンテイルには行っていないのか?」
「ああ。手紙を頼まれてくれた」
「そういうことか。運がいいな」
「お陰で、見送りが出来るよ」
「そいつは良かったな」
イオルクは頷くと、街を出る人達で賑わっている周りを見回す。
「どんな感じだ?」
「お前が出掛ける前に話した通りだ。刺青の除去をして、各方面に旅立つ人間を纏めて護衛のハンターを付けた」
「資金は?」
クリスは腕を組みながら話す。
「色々と考えたんだけどな。出稼ぎしたとして、稼いだ分だけ支払うことにした」
「それって、どれぐらい?」
「相応の仕事量に値すると思ってくれていい」
「そうなると、かなりの出費額になったんじゃないか?」
「……なったな。預かった500万Gの手前までになった」
「うわ……。ギリギリまで使ったのかよ?」
「アイツらには辛い思い出だけしかないからな。その分、金で支払うことにしたよ。情けないけどな」
(情けない……)
クリスは、金以外で、この街を去る人間に何かしてあげたかったのだと、イオルクは思った。
しかし、それが出来ないのも分かっている。金銭の理由や旅立つ者の理由から、満足に留まり続けて貰うことも出来ないのが現状だった。
イオルクは、クリスの背中を叩く。
「まあ、元気出せ。俺達が来なければ、今より最悪だったかもしれないんだ。そこだけは自惚れて優越感に浸ろう」
「そうだな……。悪いことをしたわけじゃないんだし……」
視線の先では、ハンターを先頭に、この街を去る人々が動き始めていた。
クリスは、しっかりと旅立つ人々を見詰める。
「皆、ここから始まるんだ。ここから、仕切り直しなんだ」
「ああ」
奴隷として働いていた人達やスラムから出て行けなかった人達などが旅立ち、街は少し静かになった。
旅立った人達は、それぞれの生活に戻ったり、新しい生活を始めることになったりと、新たな道を歩み出す。間違いなく、この日は、大きな人生の転機になる日だった。