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材料編  72 【強制終了版】

 クリスとイフューが街を出て、二日後――。

 ドラゴンチェストの南東――ドラゴンレッグの手前の街では、鍛冶場から一定のリズムで鉄を叩く音が響いていた。それと一緒に子供達の声も響く。

「なあ……。お前ら、暇なのか?」

 イオルクの質問に『暇~』という答えが返る。

「見てて楽しいか?」

 子供達の中から、一人の少年がイオルクに話し掛ける。

「早くナイフを造ってくれよ」

 イオルクは鉄を叩く手を止める。

「何で、俺が、お前のナイフを造らなくちゃいけないんだ?」

「女子にはアクセサリーを造ってただろ?」

「あれは、余った木を再利用したんだ」

「じゃあ、ナイフも再利用してくれよ」

「鉄屑を再利用しているのが農耕器具に変わるんだけど……」

「そんなの、あとにしろよ」

 イオルクは溜息を吐く。

「何で、ナイフなんて要るんだよ?」

「森に行くんだから必要だろ?」

「だから、何に使うんだよ……」

「木を切ったりするじゃんか」

「そういう歳か……」

 イオルクにも少し覚えがある。ただし、イオルクの場合は、父親との一緒の稽古をせがんでいたような気がした。

 イオルクは少年に話し掛ける。

「全員分なんて無理だぞ」

「一つを皆で使う」

「使い方、分かるのか?」

「当たり前だろ」

「危ないんだぞ?」

「大丈夫」

「誰か大人も一緒なら考える」

 子供達が相談を始めると、街の大人の名前が出る。

「分かった。じゃあ、貸してやる」

「くれないの?」

「まだ造ってないんだよ」

 イオルクは腰の後ろのダガーを鞘ごと外すと、少年に手渡す。

「ほら、大事に使えよ」

 少年はナイフより大きいダガーを持って驚く。

「これ、いいのか?」

「どうした?」

「これ、イオルクの宝物だろ? 父さんから貰ったって、言ってただろ?」

「兄さんな。ナイフが出来るまで貸してやるよ。約束が果たされるまで物質(ものぢち)だ」

 少年達は顔を見合わせると、先ほどの少年が代表して聞き直す。

「造ってくれるのか?」

「ああ。男の子だもんな。俺にも少し覚えがあるよ」

「やった!」

「だけど、本当に気を付けろよ」

「分かってる!」

 少年は、『行こうぜ』と仲間を誘うと、鍛冶場を後にした。

 そして、残されたのは女の子達……。

「一緒に行かないのか?」

「アクセサリー出来るの待ってるの」

「お前達にはロングダガーを貸そう」

「要らない」

 イオルクの追い払い作戦は失敗した。

「しかし、何で、ここは子供の溜まり場になっているんだ?」

「大人は、皆、復興を頑張ってるから――」

「頑張ってるから?」

「――イオルクのところに遊びに行きなさいって」

(俺を何だと思っているのか……)

 イオルクが溜息を吐いた時、今度は、大人が訪ねて来た。

「すみません」

(大人気だな……)

「何ですか?」

「鍛冶を手伝いに来たんだけど……」

「へ?」

 イオルクには、理由が分からなかった。

「え~と……。あなたは?」

「随分と前になるけど、ここで働いていたんだ」

「じゃあ、この鍛冶場の――何で、突然?」

「スラムの長老から」

「長老? ハンドラー?」

「はい」

 イオルクは腕を組んで考える。

「はて? 何で、いきなり?」

「ファンクさん経由で、イオルクさんには説明なしで問題ないと」

「何で、大人から子供まで、俺の扱いは雑なんだ?」

「よく分かりませんね。でも、ここ数日で、そういう雰囲気が広がってます」

「格下げ?」

「クリスさんが、しっかりしているからですかね?」

「ああ、それで格下げか。納得しないよ?」

 女の子達がイオルクを見て笑っている。

「扱いは分かったけど、何で、ハンドラーから?」

 訪ねて来た男が、頭に手を当て話し出す。

「うちの長老は、少し時間が掛かるもんで。他のリーダーが作業を始めて、うちの長老もスラムの人材を調査してたんですけど、さっき、ようやく終わったんです」

「言ってくれれば手伝ったのに」

「爺様なもので、頭の回転も……」

「酷い言い草だな」

「そういうのを気にしないのもスラムです」

「へ~」

(凄いな、スラム……)

「まあ、そういうわけで、ようやくスラムの人間の振り分けが始まりました」

「そっか。あ、そうだ」

「何か?」

「確かスラムの人の中には、ヒルゲに追い出された人も居たんだよね?」

「はい」

「それが元に戻るってこと?」

「そんな感じです。専門職の人も多いんです」

「なるほどね」

(話し合いの通りだ)

 イオルクは右手の人差し指を立てる。

「もう一個いいかな?」

「はい」

「ヒルゲに支配されていた時は、皆、街を出れなかったんだよね?」

「はい」

「何で、クリスは街を出れたんだ?」

「あの人ですか……」

「ああ」

「本当は出れなかったはずです」

「そうだよな?」

「多分、ヒルゲの遊びだったからだと……」

「アイツ……。どんだけ性格が歪んでるんだ……」

「そう思います。そして、子供が出て行くのに、何もしてあげられないのがスラムの大人達です」

 イオルクは困った顔で頭を掻く。

「ごめん、責めたわけじゃないんだ。出来なかった理由も知ってる。ただの好奇心だから忘れてくれ」

「……はい」

「それで、えっと……。鍛冶場に職人が増えるってことでいいのかな?」

「はい。あと、二、三人増えます」

「助かるよ……と、言っても、俺の方が部外者なんだよな」

 男が首を振る。

「そんなことはありません。鍛冶場を見れば分かります。あなたは、再開させる時の我々の意図を汲んでくれている」

 イオルクは、今度は照れながら頭を掻く。

「未熟だけど、同じ職人として頑張らせて貰ったよ。そして、きっと、この鍛冶場も職人が戻るのを待っていたと思う」

「長い間のブランクで、腕が鈍ってるのが心配です。大丈夫だろうか?」

 イオルクは頷く。

「時間は掛かるかもしれないけど、大丈夫。それに、その方が都合がいい」

「どうしてですか?」

「俺が熟練の鍛冶職人じゃないから、あんまり早く作業されても着いていけない……」

 イオルクの本音に、男は吹き出した。

「そういうことなら、じっくり腰を据えて勘を取り戻せそうです」

「勘が戻ったら、手ほどきしてください」

 イオルクは頭を下げる。

 そして、また緩い表情に戻ると、言葉遣いも戻る。

「スピードも上げないといけなくなってて困ってんだ。農地開拓に人手が増えたり、モジューラから調理器具の作製の依頼も来てる」

 男は笑みを見せる。

「ええ、頑張っていきましょう。直ぐに皆を呼んできます」

「よろしく」

 男が鍛冶場を出て行くと、女の子の一人がイオルクに話し掛ける。

「忙しくなるの?」

「なるだろうな。会話からも職人のおじさん達とかが増えそうだ」

「そう……」

 ――この子達の行き場がなくなってしまう。

 イオルクは困った顔を浮かべながらも、女の子に話し掛ける。

「クリスと少し考えるよ。皆の遊び場」

「大丈夫?」

「何とかする。誰だって年月過ぎれば大人になるし、その時、子供を邪険にするような大人になられても困るからな」

「イオルクから真面目な言葉が出るなんて不気味ね」

「俺は、どうすればいいんだ?」

 女の子達はイオルクを見て、可笑しそうに笑っていた。


 …


 夕方――。

 クリスがイフューを連れて街に戻ると、その足でイオルクの居る鍛冶場に向かう。

「ここは託児所か?」

 遊びから戻った男の子達も増え、鍛冶場は職人と子供だらけになっていた。

「クリス、いいところに帰ってきた。ハンドラーがスラムの人間を纏めて、鍛冶場や専門職に人手を戻してくれた」

「そうか。また勢いづくな」

「それで、職人達と本格的に仕事をするから、子供達の遊び場を確保してくれないか?」

 クリスは賑やかな鍛冶場を見回しながら、腰に右手を当てる。

「そうだな。人数が増えれば狭くなるし、燃え盛る火炉は危険だ」

「ついでに教育なんかもしたら、どうだ?」

「学校を作るのか……。いいかもしれないな」

「ただ、街で手の空いてる人間が居るかなんだよ」

 クリスは悩みながら、ふと気付く。今、左手を握っている人物に……。

「イフュー達が居る」

「え?」

「じゃあ、決定だな」

「ちょ――っ! そんな勝手に決めちゃうんですか⁉」

「子供の相手ぐらい出来るさ」

 イフューは強引な話の運び方に溜息を吐くが、何もしていない今の状態を思うと思い直す。

「……姉さん達と頑張ってみます」

「決定だな」

「イフューも、大分、俺達の会話に慣れてきたな」

「慣れじゃないです……。クリスとイオルクの会話は特殊過ぎて、気付いたら取り残されているんです……。いっつも、話が終わった後に考えさせられるんですよ」

 こうして、街では暫く穏やかな時間が流れることになった。イフューの目の話は、クリスからイオルクとエルフ達に話され、街の復興が完了してから旅立つことが決まった。

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