クリスとイフューが街を出て、二日後――。
ドラゴンチェストの南東――ドラゴンレッグの手前の街では、鍛冶場から一定のリズムで鉄を叩く音が響いていた。それと一緒に子供達の声も響く。
「なあ……。お前ら、暇なのか?」
イオルクの質問に『暇~』という答えが返る。
「見てて楽しいか?」
子供達の中から、一人の少年がイオルクに話し掛ける。
「早くナイフを造ってくれよ」
イオルクは鉄を叩く手を止める。
「何で、俺が、お前のナイフを造らなくちゃいけないんだ?」
「女子にはアクセサリーを造ってただろ?」
「あれは、余った木を再利用したんだ」
「じゃあ、ナイフも再利用してくれよ」
「鉄屑を再利用しているのが農耕器具に変わるんだけど……」
「そんなの、あとにしろよ」
イオルクは溜息を吐く。
「何で、ナイフなんて要るんだよ?」
「森に行くんだから必要だろ?」
「だから、何に使うんだよ……」
「木を切ったりするじゃんか」
「そういう歳か……」
イオルクにも少し覚えがある。ただし、イオルクの場合は、父親との一緒の稽古をせがんでいたような気がした。
イオルクは少年に話し掛ける。
「全員分なんて無理だぞ」
「一つを皆で使う」
「使い方、分かるのか?」
「当たり前だろ」
「危ないんだぞ?」
「大丈夫」
「誰か大人も一緒なら考える」
子供達が相談を始めると、街の大人の名前が出る。
「分かった。じゃあ、貸してやる」
「くれないの?」
「まだ造ってないんだよ」
イオルクは腰の後ろのダガーを鞘ごと外すと、少年に手渡す。
「ほら、大事に使えよ」
少年はナイフより大きいダガーを持って驚く。
「これ、いいのか?」
「どうした?」
「これ、イオルクの宝物だろ? 父さんから貰ったって、言ってただろ?」
「兄さんな。ナイフが出来るまで貸してやるよ。約束が果たされるまで物質(ものぢち)だ」
少年達は顔を見合わせると、先ほどの少年が代表して聞き直す。
「造ってくれるのか?」
「ああ。男の子だもんな。俺にも少し覚えがあるよ」
「やった!」
「だけど、本当に気を付けろよ」
「分かってる!」
少年は、『行こうぜ』と仲間を誘うと、鍛冶場を後にした。
そして、残されたのは女の子達……。
「一緒に行かないのか?」
「アクセサリー出来るの待ってるの」
「お前達にはロングダガーを貸そう」
「要らない」
イオルクの追い払い作戦は失敗した。
「しかし、何で、ここは子供の溜まり場になっているんだ?」
「大人は、皆、復興を頑張ってるから――」
「頑張ってるから?」
「――イオルクのところに遊びに行きなさいって」
(俺を何だと思っているのか……)
イオルクが溜息を吐いた時、今度は、大人が訪ねて来た。
「すみません」
(大人気だな……)
「何ですか?」
「鍛冶を手伝いに来たんだけど……」
「へ?」
イオルクには、理由が分からなかった。
「え~と……。あなたは?」
「随分と前になるけど、ここで働いていたんだ」
「じゃあ、この鍛冶場の――何で、突然?」
「スラムの長老から」
「長老? ハンドラー?」
「はい」
イオルクは腕を組んで考える。
「はて? 何で、いきなり?」
「ファンクさん経由で、イオルクさんには説明なしで問題ないと」
「何で、大人から子供まで、俺の扱いは雑なんだ?」
「よく分かりませんね。でも、ここ数日で、そういう雰囲気が広がってます」
「格下げ?」
「クリスさんが、しっかりしているからですかね?」
「ああ、それで格下げか。納得しないよ?」
女の子達がイオルクを見て笑っている。
「扱いは分かったけど、何で、ハンドラーから?」
訪ねて来た男が、頭に手を当て話し出す。
「うちの長老は、少し時間が掛かるもんで。他のリーダーが作業を始めて、うちの長老もスラムの人材を調査してたんですけど、さっき、ようやく終わったんです」
「言ってくれれば手伝ったのに」
「爺様なもので、頭の回転も……」
「酷い言い草だな」
「そういうのを気にしないのもスラムです」
「へ~」
(凄いな、スラム……)
「まあ、そういうわけで、ようやくスラムの人間の振り分けが始まりました」
「そっか。あ、そうだ」
「何か?」
「確かスラムの人の中には、ヒルゲに追い出された人も居たんだよね?」
「はい」
「それが元に戻るってこと?」
「そんな感じです。専門職の人も多いんです」
「なるほどね」
(話し合いの通りだ)
イオルクは右手の人差し指を立てる。
「もう一個いいかな?」
「はい」
「ヒルゲに支配されていた時は、皆、街を出れなかったんだよね?」
「はい」
「何で、クリスは街を出れたんだ?」
「あの人ですか……」
「ああ」
「本当は出れなかったはずです」
「そうだよな?」
「多分、ヒルゲの遊びだったからだと……」
「アイツ……。どんだけ性格が歪んでるんだ……」
「そう思います。そして、子供が出て行くのに、何もしてあげられないのがスラムの大人達です」
イオルクは困った顔で頭を掻く。
「ごめん、責めたわけじゃないんだ。出来なかった理由も知ってる。ただの好奇心だから忘れてくれ」
「……はい」
「それで、えっと……。鍛冶場に職人が増えるってことでいいのかな?」
「はい。あと、二、三人増えます」
「助かるよ……と、言っても、俺の方が部外者なんだよな」
男が首を振る。
「そんなことはありません。鍛冶場を見れば分かります。あなたは、再開させる時の我々の意図を汲んでくれている」
イオルクは、今度は照れながら頭を掻く。
「未熟だけど、同じ職人として頑張らせて貰ったよ。そして、きっと、この鍛冶場も職人が戻るのを待っていたと思う」
「長い間のブランクで、腕が鈍ってるのが心配です。大丈夫だろうか?」
イオルクは頷く。
「時間は掛かるかもしれないけど、大丈夫。それに、その方が都合がいい」
「どうしてですか?」
「俺が熟練の鍛冶職人じゃないから、あんまり早く作業されても着いていけない……」
イオルクの本音に、男は吹き出した。
「そういうことなら、じっくり腰を据えて勘を取り戻せそうです」
「勘が戻ったら、手ほどきしてください」
イオルクは頭を下げる。
そして、また緩い表情に戻ると、言葉遣いも戻る。
「スピードも上げないといけなくなってて困ってんだ。農地開拓に人手が増えたり、モジューラから調理器具の作製の依頼も来てる」
男は笑みを見せる。
「ええ、頑張っていきましょう。直ぐに皆を呼んできます」
「よろしく」
男が鍛冶場を出て行くと、女の子の一人がイオルクに話し掛ける。
「忙しくなるの?」
「なるだろうな。会話からも職人のおじさん達とかが増えそうだ」
「そう……」
――この子達の行き場がなくなってしまう。
イオルクは困った顔を浮かべながらも、女の子に話し掛ける。
「クリスと少し考えるよ。皆の遊び場」
「大丈夫?」
「何とかする。誰だって年月過ぎれば大人になるし、その時、子供を邪険にするような大人になられても困るからな」
「イオルクから真面目な言葉が出るなんて不気味ね」
「俺は、どうすればいいんだ?」
女の子達はイオルクを見て、可笑しそうに笑っていた。
…
夕方――。
クリスがイフューを連れて街に戻ると、その足でイオルクの居る鍛冶場に向かう。
「ここは託児所か?」
遊びから戻った男の子達も増え、鍛冶場は職人と子供だらけになっていた。
「クリス、いいところに帰ってきた。ハンドラーがスラムの人間を纏めて、鍛冶場や専門職に人手を戻してくれた」
「そうか。また勢いづくな」
「それで、職人達と本格的に仕事をするから、子供達の遊び場を確保してくれないか?」
クリスは賑やかな鍛冶場を見回しながら、腰に右手を当てる。
「そうだな。人数が増えれば狭くなるし、燃え盛る火炉は危険だ」
「ついでに教育なんかもしたら、どうだ?」
「学校を作るのか……。いいかもしれないな」
「ただ、街で手の空いてる人間が居るかなんだよ」
クリスは悩みながら、ふと気付く。今、左手を握っている人物に……。
「イフュー達が居る」
「え?」
「じゃあ、決定だな」
「ちょ――っ! そんな勝手に決めちゃうんですか⁉」
「子供の相手ぐらい出来るさ」
イフューは強引な話の運び方に溜息を吐くが、何もしていない今の状態を思うと思い直す。
「……姉さん達と頑張ってみます」
「決定だな」
「イフューも、大分、俺達の会話に慣れてきたな」
「慣れじゃないです……。クリスとイオルクの会話は特殊過ぎて、気付いたら取り残されているんです……。いっつも、話が終わった後に考えさせられるんですよ」
こうして、街では暫く穏やかな時間が流れることになった。イフューの目の話は、クリスからイオルクとエルフ達に話され、街の復興が完了してから旅立つことが決まった。