二ヶ月後――。
ドラゴンチェストの南東の街から世界に散った移民達は、それぞれの目的地に到着し始めていた。
イオルクが手紙を託し、新たな新天地を求めていた移民達も例外ではなく、ノース・ドラゴンヘッドの王都に入っている。トラブルらしいトラブルが起きることもなく、唯一、足止めを喰らったのも、途中のサウス・ドラゴンヘッドだけであった。しかし、それもブラドナーの名前が入った手紙を見せると問題なく国境を通された。
そして、移民達は、そのままイオルクの実家へと向かい、旅を終えようとしていた……。
…
一方のイオルクの実家――ブラドナー家では、盛大な催しが行なわれていた。この日は、めでたいことが二つ重なっていたのだ。
それは長男のフレイザーと次男のジェムが同時に婚礼を挙げることである。長男・フレイザーは、騎士の家系クーガン家の長女であり、王女の親衛隊隊長ティーナを妻に迎え、次男・ジェムは、ドラゴンテイルのアサシンであり、王女の親衛隊副隊長イチこと、コスミを妻に迎えていた。
フレイザーとティーナは城の中では周知の存在で、皆、いつ婚礼を挙げるのかを待っていた状態だった。しかし、ジェムとコスミの縁は誰も知らなかった。
実のところ、二人はイオルクを切っ掛けに知り合いになり、何度か会話をし、コスミが副隊長になってからは、よく会うようになっていた。そして、いつの間にか、お互いがお互いを意識するようになり、ドラゴンテイルに婚礼の承諾の手紙を送ることになったのである。
だが、この手紙は受け入れられない可能性を多大に秘めていた。というのも、本来のコスミの立場は、密偵をかねてのノース・ドラゴンヘッドの勤務であったため、テンゲンとキリから許しが出ないはずだったのである。
ところが、手紙は恐ろしい早さで返信され、最初の一文の内容は二つ返事だった。一体、何があったのかと、後に続く手紙の内容をコスミが読み進めると、イオルクが絡んでいたことが分かった。しかも、手紙には、『ついでにブラドナーに伝わる技の一つでも盗んでこい』と冗談も書かれていた。
そういった経緯があり、城で王と王妃、そして、王女のユニスに祝福されたあと、親族を囲んだ祝いの席になっていた。
しかし、その祝いの席に移民達が次々に流れ込んで来たのである。
…
ブラドナー家の執事が移民達を止めると、移民を連れて来たハンターから手紙を渡され、執事は項垂れた。そこには、この家のよく知る人間の名前が記されていた。
仕方なく執事は、それを当主のランバートに届けると、同じくランバートも項垂れた。そして、ランバートから無言で渡された手紙を見たイオルクの母・セリアは声をあげた。
「イオルク!」
新郎新婦は何ごとかとセリアに駆け寄り、手紙を見せられると呆れた。
「「「「あの馬鹿……」」」」
ジェム、フレイザー、コスミ、ティーナの順番に言葉が漏れる。
「こういう日を狙い打ちにするのが、実にイオルクらしい……」
「アイツ……。居所不明で連絡できなかったというのに……」
「明日の姫様の話題が出来ましたね」
「姫様は大喜びだろう……。祝いの席に移民を送りつけて来るなど……」
ランバートは額を押さえながら、フレイザーに話し掛ける。
「一体、どうすればいいのか……」
フレイザーは笑みを浮かべながら頷いた。
「歓迎しましょう。長い旅をしてきたのですから」
「しかし、だな……」
「それに少し肩が凝りました。これから城に向かいます」
「おいおい、主賓が居なくなる気か?」
「彼らを放ってはおけません」
フレイザーは、ティーナを見る。
「一生に一度のことだが、どうする?」
ティーナも釣られるように微笑む。
「ええ、結婚初日に夫婦で共同作業をするというのも悪くないでしょう。私もドレスを着ているのが少し疲れました」
「じゃあ、決まりだな」
ジェムとコスミも頷く。
「では、我々も」
「そうですね。この人数は親衛隊を動かさなくては対応できません」
ランバートはテーブルに突っ伏した。
「まったく……。イオルクのせいで……。親戚やドラゴンテイルからの客人も居るというのに……」
イオルクからの盛大な贈り物は、少し飽きのきていた新郎新婦達の逃げ道になった。しかし、ブラドナー家は移民で溢れ返り大混乱。翌日、城では王女のユニスが大爆笑。数日の間、ノース・ドラゴンヘッドは珍妙なニュースで沸き立った。
そして、後日、移民達はノース・ドラゴンヘッドの東に国の支援の下で新たな移民の町を造って生活することが決まったのだった。