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材料編  75 【強制終了版】

 街を襲うとしていた、ならず者達を追い払い、街の入り口にイオルクとクリスが戻る。

 武器を使って戦ったイオルクは、全身血に濡れ、街の人々は無言で道を開けた。その分かれて出来た道を進んで近くの井戸まで行くと、イオルクは水を汲み上げ、頭から被った。辺りには赤い水が流れる。

 イオルクは、何度か水を被ると血で濁った水も流し、何も言わずに寝泊りしているヒルゲの屋敷へと歩き出した。

 クリスは、それを黙って見続けたあと、街の前に転がる大量の死体の後片付けを街の人間に命令した。街の人間は嫌そうな顔をしたが、クリスは無視した。それぐらいして、当然だと内面で怒っていた。そして、イオルクが忘れていったロングダガーと剣を拾い上げると、鍛冶場へと向かった。


 …


 ヒルゲの屋敷の浴場に向かったイオルクは、血塗れの服を捨て、体を洗う。不快な血は、何度洗ってもなかなか落ちない。それでも全てを洗い流し、バスタオルを腰に巻いて、与えられている自分の部屋に戻ると着替えを済ませ、ベッドに寝転んだ。

「やっちまった……」

 街を守る最善の方法とはいえ、戦う姿は街の人々に見て貰いたくなかった。

「折角、築いた関係だったのにな……」

 イオルクは溜息を吐いた。


 …


 一時間後――。

 クリスがノックもなしに、イオルクの部屋を訪れた。

「忘れもんだ」

 イオルクの寝転ぶベッドに、クリスはロングダガーと剣を投げる。武器は鍛冶場で整備され、新品同様で戻ってきた。

「大事なものなのに忘れてた……」

 イオルクは起き上がると頭を掻き、一方のクリスは近くの椅子を引っ張って座ると足を組んだ。

 イオルクがクリスに済まなそうに話し掛ける。

「悪かったな。大暴れしちゃって」

「仕方ないだろ。放っとけば、街に入ってヒルゲの支配に逆戻りだ」

「ヒルゲから別の主に代わってか……」

「ああ」

 イオルクは右膝を立てて、その上で頬杖を突く。

「街は暫く狙われるだろうな。一応、派手に斬ったから、恐れて来ないといいんだけど」

「派手に?」

「ワザと動脈を中心に斬ったから、血が多く出るんだよ」

「お前なぁ……」

 クリスは溜息を吐く。

「その殺し方のせいで、街の人間がビビっちまったじゃねぇか。返り血が多かったのも、そのせいだろ?」

「まあ……。同じ殺すにしても、ただ殺したんじゃ死んだ方も浮かばれないだろう。だから、二度と来るなって警告を込めて殺させて貰った」

「こっちには殺さなきゃいけない大義名分があるけど……」

「それに――」

 イオルクは頭を掻いた後に、目を鋭くする。

「――殺すことは汚いことなんだ」

 その表情を見て、クリスも少し真剣になる。

「俺はいい。騎士の家に生まれて殺すことを覚悟した人間だ。そして、それを実際に体験している」

「ああ」

「だけど、街の人間には殺しをさせない。子供達にもエルフにも……。殺させない……。汚させない……。俺が守る……」

 イオルクは拳を握り締めていた。

「……そうやって、ノースドラゴンヘッドでも戦ってきたのか?」

「そうだ」

「イオルク……」

 クリスは、どう声を掛けていいか分からなかった。他人事で戦いを見ていたのと、友として戦いを見たのでは大きな違いがあった。イオルクの気持ちは、剣を取って戦った人間にしか分からない。何も知らない自分の言葉は、慰めるにしても軽い気がした。

 そんなクリスを置いて、イオルクは思い出すように呟く。

「それにあの時より、最悪の戦場じゃない」

「そうか……」

 クリスは相槌を打つことしか出来なかった。

「……クリス」

「ん?」

「俺は旅に出て、触れ合った人達に俺の手を差し出していいのか迷う時がある。俺の血まみれの手をあの子供達に握らせていいのか……とか」

 普段は語らない、イオルクの心の奥にある本音だった。

 それを聞いて、クリスは逆に安心する。中々弱みを見せてくれないイオルクが、やっと心の重荷を見せてくれた気がしたからだ。それは自分が信頼されたこと――ダチであることを認めてくれたから語ってくれるように感じた。

「……不思議だな」

 イオルクは、クリスを見る。

「オレも少なからず人を殺してる。殺したあと、理由があっても、やっぱり心の中に何か嫌なものが残る。それは殺し続けていけば慣れて消えていくかもしれないと思っていた。でも、オレよりも戦い続けていたイオルクは、未だに悩み続けている」

「……うん」

「多い少ないじゃないんじゃないか? 人を殺すっていうのは、理性を持つオレ達人間には大きい事柄なんだよ。だから、一人殺した時から悩み続ける」

「……うん」

 クリスは目を閉じて、腕を組む。

「オレとお前は、何も変わらねぇさ」

「そうなの……かな?」

「そう思うね。だから、明日以降も戦い続ける。そして、オレ達の胸の中にある嫌悪感。これを街の人間には持たせちゃダメだ」

「そうだ……。その通りだ……」

 クリスは立ち上がる。

「それは騎士じゃないオレも同じ気持ちだ。……いや、大事な人達が出来て、そう思うようになった」

「クリス……」

 クリスは軽く笑う。

「明日から嫌われ者だな」

「だから、付き合うなって言ったのに」

「これをイオルクに押し付けるのは、もっと気持ち悪い。それにエルフのアイツらには知っておいて貰わないといけない」

「何を?」

「人間は殺し合うってことだよ。そして、ドラゴンチェストでは殺さないと殺されるということもな」

「無理に教える必要はないんじゃないか?」

「ダメだ」

「どうして?」

 クリスの言葉に厳しさが含まれる。

「アイツらは人間の怖さを知らなくちゃいけない。故郷に戻って、人間に捕まらないように仲間を守る義務がある」

「そこまで考えてたのか?」

「おまけで言うなら、もう一つ。ドラゴンアームに向かう時、戦闘がないとは言い切れないから、その時に嫌悪されても困る。例え嫌われようと、ドラゴンアームには無理やりにでも連れて行くからな」

「イフューの目か……」

「ああ」

 イオルクはクリスと話して、少しだけ楽になった。

「人間の汚さを教えるのも大事なことか……」

「そういうことだ」

 クリスは部屋の入り口に向かう。

「明日から、オレとお前は傭兵だ。ドラゴンテイルから駐屯のアサシンが来るまで戦い続けるからな」

「了解だ」

「リーダー達には、オレから伝えとく」

 クリスは部屋を出て行った。

「アイツ、いいリーダーになったな……」

 イオルクは、少しクリスが大人になったような気がした。

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