翌日から、イオルクとクリスは街の外で戦い続けることになった。
その際にクリスは、見せしめは一回で十分であることと、強いハンターに守られていることを知らせるには継続的に追い払い続けることの方が重要だとイオルクに説明し、初日のような戦いをしないように釘を刺した。
それに対し、イオルクは素直に従った。元々、一回目の見せしめ行為の後は、様子を見るつもりだったというのも理由の一つだが、クリスが時間を掛けても継続的に力を合わせて追い払うことを望んだからだ。
イオルクは、自分の行為を反省していた。クリスはイオルクの背中を任せられる親友になったはずなのに、イオルクは、あの時と同じように一人で背負おうとした。
それは間違いだった。一緒に事を成そうとしている友に遠慮をしたり、相談しなかったりするのは信頼を裏切る行為だ。出会いは滅茶苦茶だったが、一緒に旅をして築き上げた信頼関係は嘘ではないのだ。イオルクは、そう心の整理を付け、クリスと共に街を守ることを選んだのだった。
そして、三日間は、初日と変わらない人数が街に押し寄せて来た。イオルクの行為は、まだならず者達に広がっていないようで、ヒルゲが支配者でなくなったことを理由に、街にはドラゴンチェストのならず者達が集まって来ていた。
だが、四日目以降から成果が表われ始めた。撃退を続ければ、ならず者達も街は用心棒に守られていると理解する。当然、撃退している二人のハンターの素性を調べる。その結果、初日に行なわれた行為とイオルク・ブラドナーの名が知れ渡り、もう一人のハンターがヒルゲを倒したクリスであることも知れ渡った。街は二人の支配下にあることが周知の事実になったのである。
五日目からは街を襲う人数が激減し、街にはようやく静けさが戻り始めていた。
そして……。
「今日で七日目。襲撃はなくなったんじゃねぇか?」
「油断できないな。俺達が街の奥に下がったところを狙うのかもしれない」
「騎士の経験か?」
「ああ」
「じゃあ、暇でも街の入り口に居るしかないな」
現在、イオルクとクリスは街の入り口に椅子を置いて、座りながらの監視中だった。
そんな暇そうにしている二人を一人の少年が訪ねた。
「イオルク……」
「どうした?」
少年は、既に泣き出していた。
「母さんがイオルクには近づくなって……」
「どうして?」
「人殺しで怖いからって……」
その言葉に、イオルクは少し困った顔になる。
「オレ…オレ……。イオルクが悪い奴じゃないって知ってるのに、何て言い返せばいいか分からない……」
「何て言えばいいんだ? 半分合ってるからなぁ」
クリスのグーが、イオルクに炸裂した。
「半分合ってるって、何だ! そんなんで分かるか!」
「……説明が難しいんだよ」
クリスが少年に話し掛ける。
「よく考えて、自分で理解した方がいいぞ。コイツは、とてつもない馬鹿だからな。まともな答えが返ってこねぇんだ」
「お前、今度、ボコボコにするぞ」
イオルクは咳払いをすると、少年に向き直り話し始める。
「えっと、だな。お前のお母さんが言うのは正しい。人を殺すなんていいことじゃないし、覚えないで欲しい」
「……うん」
「そして、変なのが襲って来てるから、俺の近くは危ない」
「……うん」
「だから、言い返す必要はない」
少年は言葉を強くする。
「でもさ! オレ達を守ったのには理由があったじゃないか! それを悪いことだなんて、一方的だ!」
「そうなんだけど……。俺が親でも、そう言うし……」
「だけどさ……」
イオルクは、少年に右手を差し出す。
「怖くないか?」
「何が?」
「俺の手。人を殺してるんだぜ?」
少年はイオルクの手を見て唾を飲み込んだ。しかし、直ぐにイオルクの手を強く握り返した。
「ひ、人殺しが怖いのは知ってる! イオルクとクリスを見たから!」
「うん」
「でも、オレは守られたのも知ってる! だから、平気だ!」
「そうか」
「それに――」
「ん?」
少年の語気が弱くなる。
「――イオルクは……。イオルクのこの手は、絶対に剣をオレ達に向けない……」
イオルクは少年の言葉を噛み締めるように自分の中で受け止める。
「そっか……。ありがとう」
「……何が?」
少年は感謝されたのが分からずに、イオルクを見続ける。
「励まされたよ。少し怖かったからな」
「怖い? イオルクは強いのに?」
「そりゃあね。守った相手に嫌われたら、どうしようとか思ったし」
「そうなのか? それだけ強いと怖いものなんてないと思ってた」
「沢山あるって。普通に無視されると嫌だし、箪笥の角に足の小指をぶつけりゃ、のた打ち回る。食い過ぎで腹痛なんてのもよくあることだ」
「……普通だな」
「普通だよ。ただ殺す方法を知ってるだけ。そして、それを使わなくちゃいけない事態があるから仕方なく使ってるんだ」
「そうなの?」
「そう」
イオルクがいつも通りに見え始めると、少年はイオルクから預かったダガーを取り出す。
「返すよ」
「いいのか?」
「どうせ、街の外に出れないしね。街を守るのに、これが必要なのはイオルクだからな」
「物質(ものぢち)がなくても、約束は絶対に守るよ」
「期待してるからな」
少年は手を振ると、去って行った。
「最後、タメ口に戻ったな」
イオルクの言葉に、クリスは笑う。
「やっぱり、こっちの方がらしいな。最近、お前が剣を持ってない方があってる気がしてきたよ」
「少し微妙だな……」
だが、イオルクの心の疑問は少しだけ晴れた。