街が静けさを取り戻してから、更に三日――。
街の入り口で、イオルクとクリスは椅子に座りながら暇そうにしていた。
「今日か明日ぐらいに到着だよな?」
「そのはずだけどね」
「駐屯場所、何処にしようかな? やっぱり街の入り口か? ドラゴンレッグの砂漠も見渡せるし」
「警戒するなら、そうなるかな? 入り口にアサシンが居れば、街を襲う馬鹿もドラゴンテイルの関係って気付くだろうから、手を出さないだろう。国と一戦交えたくないはずだしな」
「今の内容でファンクに相談してみるか」
イオルクとクリスがくっちゃべっていると、ケーシーとエスが昼食を持って現われた。二人は襲撃初日に凄惨な戦いを見てから、イオルクとクリスとは一歩距離を置いている。話し方も少し声が落ちて、イオルクとクリスは自分達が怖がられているのを何となく感じていた。
「あの……、お昼」
「ありがとう。そこ置いといて」
イオルクの言葉に、ケーシーは黙って昼食の載ったトレイを近くの古い机の上に置いた。しかし、ケーシーとエスは戻ろうとせずに黙って立ち尽くしていた。
イオルクがケーシーに声を掛ける。
「どうしたの?」
ケーシーは両手を胸に置き、勇気を振り絞るように声を出した。
「……聞いていいですか?」
「いいよ」
「どうして……。どうして戦うのですか?」
ケーシーの言葉は、いつか問い質される言葉だった。
イオルクは、ケーシーに答えを返す。
「放っておけば、皆、殺されてしまう」
「何で、同じ種族なのに戦うのですか? おかしいと思います」
「俺もそう思う」
「…………」
エルフという種族に生まれ、戦いとは無縁の生活をしていたケーシー達。人間に連れ去られ、人間の中の黒い部分と白い部分を見てきた。そして、今度は、お互いが殺し合う姿……。理解できなくても仕方がない。
イオルクは続ける。
「あの人達が襲って来なければ、俺も剣を抜く必要はなかった。一応、言っておくけど、俺には剣を抜く理由があったんだからね」
「それは……分かります」
「聞きたいのは、労働をしないで対価を得ずに奪い取るという行為をして、殺し合いにまで発展しているということだよな?」
イオルクは質問されるだろうと考えていた内容を話すと、ケーシーは頷いた。
「まず、間違いなく言えるのは、彼らが生まれた時から悪者じゃないということ。そして、育っていく過程で性格が捻くれたということだ。街の子供達を相手にしただろう? あの子達に凶悪なものは感じないはずだ」
「はい」
「そうなると、育った過程に問題があるはずだ」
「そうなります」
「一番の原因は、今も何処かで戦があること。ドラゴンレッグからの脅威に常に怯えている。そのせいで、身近に武器がある。武器があるだけで、武器を持つだけで、人間の中の凶暴さが膨らむ」
「凶暴さ?」
イオルクは腰の後ろからダガーを抜く。
「このダガー。これを持つだけで、誰でも人を殺せる力を手にする。本来は絶対に人に向けちゃいけない。だけど、この簡単に殺せるという手段が貧困や憎悪、嫉妬などで利用される」
「……馬鹿げてる」
嫌悪感を示して呟いたケーシーに、イオルクは頷く。
「その通りだ。だから、この手段の利用の意味を履き違えると、人に武器を向けることになる。そして、人に武器を向ける過程は千差万別だ」
「例えば?」
「自分の愛する人を殺された……、復讐。裏切り続けられて自暴自棄になり……、他人から奪い取る」
「……後者をもっと詳しく」
イオルクは頷く。
「聞いた話だ。真面目に働き続ける男が居た。領主に税も納め、収入もあった。しかし、ある日、他人に騙され財産を全て失った。それでも働き続け、再び財産を作った。今度は戦で街が焼かれ全てを失った。その次は、盗賊に奪われて……。ある日、男は思った。働いても意味がない。奪われ続ける人生は、もう嫌だ。今度は奪う立場になろう」
「……おかしいです」
「そう、おかしい。だけど、街が焼かれ多くの人間が盗賊に変わる時もある。生きていくために奪うこともあるのが人間の世界なんだ」
「そんなのって……」
「これも数多くある理由の一つでしかない。お互いを思いやれる余裕と環境がないと、きっと繰り返される。だけど、この街では、そういうことを起こさせない」
「だから、イオルクが剣を抜いて、クリスが魔法を使うのですか?」
イオルクに代わり、クリスが答える。
「イオルクの受け売りだ。オレ達がこの街を守って、街の人間には殺しはさせない」
「では、その役目を受け持ったイオルクとクリスを誰が守るのですか?」
「……居ないな。でも、それでいいさ。な、イオルク」
イオルクが頷くと、それを見たエスが寂しそうな顔で話し掛ける。
「イオルクとクリスは……、街の人の犠牲になるの?」
イオルクとクリスが頷くと、イオルクが話を続ける。
「最初にこういう道を選んだからね。最後まで、やり通すよ。それで手を汚さなくていい人が居たなら、俺達の努力も苦労も無駄じゃない」
「その中には、あたし達も含まれているんだよね?」
「もちろん」
エスがイオルクとクリスの手を取った。
「ごめんなさい……。あたし達のせいで……」
「いや、エス達のせいじゃないよ」
エスは頷きながら、震えた声で本音を語る。
「でもね、話して分かっても……。理解しても……。やっぱり怖いの……」
イオルクが微笑む。
「それでいいよ。殺されるのも殺すのも、怖いままで。その気持ちのまま故郷に帰るといい。寧ろ、平気になっちゃダメだ」
「……うん」
「ケーシーも」
「……はい」
「帰り道は、俺とクリスが怖いものから、しっかり守って送り届けるから」
ケーシーとエスは頷いた。
「少し人間のことが分かった……。怖い人間だけじゃなくて、怖いものから守っている人間が居るのも……」
「うん」
ケーシーとエスは少し穏やかな顔になって街へと戻って行った。
イオルクがクリスに話し掛ける。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だ。自分達から分かろうとしてくれた。オレ達が教えることもなくなった」
「そうか。じゃあ、駐屯が終わったら旅立つか?」
「それが頃合だろうな」
イオルクとクリスの旅立ちが近づいていた。