夜――。
昼間、ゆっくりと話すことの出来なかったコスミがイオルクの部屋を訪ね、『少し外を散策しないか』と、イオルクを誘った。
イオルクは、それに二つ返事を返し、ヒルゲの屋敷の庭を歩くことになった。
「ジェム兄さんと一緒じゃなくていいの?」
「はい」
「子作りする時間では?」
「こづ――!」
コスミは顔を真っ赤にして、イオルクにグーを炸裂させた。
「何を考えているのですか!」
「いや、そういうこともするかと……」
「重要な話し合いに来ているのに、そんなことをするわけないでしょう!」
「俺なら、そんなの気にしません」
「黙っていてください!」
「それだと会話が出来ないんだけど……」
コスミは溜息を吐いて、右手を腰に置く。
「いつも、こんな調子なのですか?」
「いや、相棒のクリスもボケの性質を持っているから、ノース・ドラゴンヘッドに居る時よりも突っ込む比率が増えて、まともな会話が増えたよ」
「全然、想像できないのですが……」
「まあ、アイツはイチさんのヌードを見たがる奴ですから、想像できないでしょうね」
「……イオルク共々、この世から消しますか?」
コスミから殺気が瘴気のように立ち上っていた。
「嫌だなぁ。ちゃんと阻止しましたよ。そこで、突っ込みを入れさせられたんだから」
コスミは頭が痛かった。
ユニスから様子を見てくれるように言われたことを実行し、イオルクの情報を収集するつもりだったが、もう十分だった。
(何も変わってない……)
イオルクは馬鹿のまんまだった。
コスミが項垂れている訳も知らずに、イオルクは話し掛ける。
「イチさん」
「名前では呼んでくれないのですね……」
「いいじゃないですか。イチさんが相性で」
「もういいです……」
イオルクは笑いながら続ける。
「イチさんの薬、凄く役に立ちました」
「小箱のことですか?」
「はい。エルフの知り合いを助けることが出来ました」
「そうですか……。よかった……。ん? エルフ?」
「…………」
コスミは暫し固まったあと、声をあげる。
「エルフ⁉ エルフと知り合いになったのですか⁉」
「ドラゴンウィングで。この街にも三人居るよ」
「そういえば、昼間もエルフという単語が出たような……。人間を毛嫌いして姿を見せない種族と、どうやって?」
「ドラゴンウィングではイチさんの薬を使って助けてあげて、ドラゴンチェストでは奴隷商人から助けました」
「信じられない……」
「どちらも切っ掛けは奴隷商人ですから、ドラゴンチェスト特有の悪い風習が原因だけどね」
「確かにドラゴンチェストなら、そういうことも……」
コスミは一応の納得をすると、笑みを浮かべる。
「でも、安心しました。イオルクは、国を離れても騎士で有り続けて居たのですね」
「そこは譲れないね」
「そして、相変わらず言葉遣いは滅茶苦茶ですね」
「ん?」
「タメ口になったり、敬語が混ざったり……。話していて酔いそうです」
「ごめんね。もう、タメ口で統一していいかな?」
「私は構いませんが、実家に戻った時にティーナ殿にぶっ飛ばされますよ」
イオルクは目を逸らして諦めた。
「もう、いいよ。面倒臭い。敬語使う場面なんてないよ」
「投げやりですね……。王様や姫様に会った時は、どうするのです?」
「会わなければいいんじゃない?」
「国に帰還して、挨拶もしない気ですか?」
「そのつもり」
(イオルクは、ノース・ドラゴンヘッドに縛り付けとかなければいけないのではないだろうか……)
コスミは、いつかイオルクがとんでもないことを仕出かしそうな気がした。
「イチさん。ところで、何の用だったの?」
「イオルクの様子を報告しようと会話を試みたのですが――」
「知的な会話に度肝を抜かれたと」
「何処にそんな要素がありました? 輪を掛けておかしくなっていたではないですか」
「おかしくなってたって……」
「背ばかり大きくなって」
イチは別れた時よりも、イオルクを見上げることに気付いていた。
「伸びましたかね?」
「ジェム様とほぼ同じになっていましたよ」
「じゃあ、伸びたんだな。……ところで、イチさん」
「はい」
「ジェム兄さんと一緒になれて幸せですか?」
「…………」
イチは突然の質問に押し黙ると、少し間を空けてから小さく微笑んで頷く。
「はい……」
「よかった。ジェム兄さんも幸せそうだったから凄く安心だ」
「イオルクのお陰です。テンゲン様と戦って力を示してくれたから、私達の婚約が認められたのです」
イオルクは乾いた笑いを浮かべながら答える。
「あの戦いは無理やりだったんだけどね……」
「分かっています。そういう国柄ですから。それでも、ありがとうと言わせてください」
「うん。俺も役に立ててよかったよ。ただ、フレイザー兄さんだけは離婚してくれないかと……」
コスミはクスリと笑った。イオルクにとって、ティーナは、いつまで経っても天敵のままのようだった。
「明日、ノース・ドラゴンヘッドに帰ります。土産話も沢山できました」
「道中、気をつけてね」
「はい。イオルクは、いつ帰られるのですか?」
「約束の十年が経つまでは色んな国を回って、最終的にドラゴンテイルで修行すると思う」
「戦いのですか?」
「いや、鍛冶の」
「勿体ないですね」
コスミはイオルクの身体能力を考えると、やはり戦うことに関する技術を伸ばすのが一番だと思っていた。
「少しタイミングが悪いからね。父さんに一子相伝の技を教えて貰いたいけど、ノース・ドラゴンヘッドに戻る頃は二十代後半。あまりに遅過ぎる。それにユニス様を襲った暗殺者に対抗する武器がない以上は、開発するか研究するかをしないと、と思うようにもなってきてる」
「まだ気にされていたのですか?」
「今は、伝説の武器に近いものを造るつもりでいる」
「ドラゴンテイルで、その技術を習得するのですか?」
「うん……」
イオルクは拳を握り、視線を拳に向ける。
「ロングダガーを斬られた感覚が、まだ手に残ってる。そして、切れ味を追求するなら、ドラゴンテイルしかないと思ってる。ドラゴンレッグは置いといて、ドラゴンアームに渡って鍛冶の技術を見て回ったら、最終的に習得する技術を決断する予定だ」
「そうですか……。イオルクの道だから、私に止めることは出来ません」
「うん、もう決めた。この武器造りは必須だと思うんだ。対抗できる武器がないと、どうにもならない」
「あの暗殺者と同等の武器を持った敵を相手にする時ですね?」
イオルクは頷く。
「使い手の方は、どの様に?」
「イチさん達、現役に期待する」
コスミは少し納得する。
「造る者と扱う者を分けるのは、当然と言えば当然です。それにノース・ドラゴンヘッドには伝説の武器がないのだから、順番で言えば……」
「そういうこと」
「しかし、造れるのですか?」
「出来る出来ない以前に、行動を起こさないと何も起きないよ」
「それも当然ですか」
イオルクは頭を掻く。
「本当は、俺が造り手をする必要もないんだけどね」
「じゃあ、何故?」
「多分、言っても誰も造らないでしょう? だったら、俺が造るしかないじゃない。イチさんに頼めば造ってくれる?」
「御断りします。そして、言われた通り、誰も造らないでしょうね」
「そういうわけ」
「……貧乏くじを引いた気がしますね」
イオルクは頷く。
「そうだね。でも、やってみたけど、武器造りって結構嵌るよ?」
「そうなのですか?」
「そうなのですよ」
イオルクの笑顔に、コスミはイオルクが新たな道を歩み始めているのだと感じる。これは、この街に来てから初めて感じるノース・ドラゴンヘッドに居た時との差異かもしれない。
「次に会う時は、立派な鍛冶屋かもしれませんね」
「そうなれるように精進するよ」
「やっと、無駄ではない会話が出来た気がします」
「イチさん、皮肉も言えるようになったんだね?」
コスミが微笑んで返すと、二人はヒルゲの屋敷へと戻った。