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材料編  81 【強制終了版】

 数日後の街の入り口――。

 イオルクとクリスが街を離れる日が来た。

 貴族という扱いだが、貴族ではない苗字を手に入れたリーダー達に権利書の類を譲渡し、街を離れる準備も終わっている。

 リーダーを代表してファンクが話し掛ける。

「クリス、イオルク……。本当に世話になった」

 イオルクが返事を返す。

「基礎が出来たばっかりだから、これからも頑張って」

「ああ」

 スラムの長老だったハンドラーがクリスの右手を両手で握った。

「すまなかった……」

「何で、謝るのさ?」

「見て見ぬふりをし続けた。諦めて怠惰な生活を送り、何もしなかった……」

 クリスは頬を左手でチョコチョコと掻く。

「今なら少し分かるんだ……。何もしないと何も出来ないの違いがさ」

 クリスは真っ直ぐにハンドラーを見詰める。

「何も出来なかったってことだ」

「そう……だろうか? 私達はヒルゲの支配に誰一人立ち上がらなかった」

「立ち上がれなかった」

「助けなかった」

「助けられなかった」

「どうして言い切れるのですか?」

 クリスは軽く笑う。

「簡単だ……。ヒルゲが居なくなったら、立ち上がったからだ」

 クリスが左手を添えて、ハンドラーの手を強く握り返す。

「動いてくれたよな? 鍛冶場に職人を送ってくれたし、街の方にも元の専門職の人間を復帰させてくれた。これは出来るようになったからだ」

「クリス……」

「オレには戦う力が生まれた時から備わっていた。魔法を扱う力が強かったんだ。そして、街を出る時、何の切っ掛けもなかったら、ここには絶対居ない。切っ掛けになったイフューが居なければ絶対に何もしなかった。それと同じ様に、オレが切っ掛けになって、スラムの人間が出来ることを始められたなら……、オレは、この街に戻って来てよかった。大嫌いだった、この街にな」

「ありがとう……」

 ハンドラーはクリスの言葉に涙を流した。この街の誰もが何も出来ない胸の痛みを抱えていた。それは老人になるまでの間、耐える苦しみが続いていたということ。クリスは街の復興を一緒にしたことで、スラムの人間のことを理解できた。

「長老! 頼むぜ!」

 クリスがハンドラーの肩を強く叩くと、ハンドラーは深く頷いた。

 一方では、モジューラがイオルク達と旅立つエルフ達の前に出る。ケーシー、エス、イフューは、お揃いのフードの付いた外套に身を包んでいた。

「ケーシー、エス、お別れだね」

「ありがとうございました」

「あたしからも、ありがとう」

 モジューラは首を振る。

「結局、守ってやれなかったよ……、私は」

「この街の事情は……分かりました。何も出来ない中で、精一杯守ってくれました」

「あたしも、そう感じてる」

 モジューラは溜息を吐く。

「情けない話でね。この街では女同士で守り合わないと生きていけなくて……。あんた達だけじゃなくて、この街に来た女の子を愛した人に抱かせてやりたかったよ」

 ケーシーとエスは目を伏せるが、エスは直ぐに顔を上げる。

「確かに大事なものを失くしたけど……。それでも……。そんな中でも手に入れたよ」

「……何をだい?」

「仲間……。絆……。遠いところまで来て、モジューラさんに会えた。お店の子とお話できた。街の人と仲良くなれた」

 ケーシーも頷く。

「人間のことが少し分かりました。怖い人だけじゃないって」

 モジューラはケーシーとエスを抱きしめた。

「しっかりね」

「「はい」」

 そして、イフューに近づく。

「イフュー……。あんたのことは、何も分からないけど、お姉さん達と仲良くね」

「ありがとうございます」

「きっと、クリスが故郷まで守ってくれる。目……、しっかり治すんだよ」

「はい……」

 モジューラがクリスに叫ぶ。

「クリス! 怪我でもさせたら承知しないからね!」

「させるかよ。でも、勝手に転んで怪我するのまでは面倒見切れないぞ」

「あたし達、そんなドジじゃないよ!」

 エスの言葉に皆が笑う中で、ティオンが手提げの荷物を置く。

「少しだけど、収穫の早かった作物を持って行ってくれ」

 クリスが礼を言う。

「途中で、大事に食べさせて貰うぜ」

「しっかり味わってくれよ」

 イオルクが手提げの中身を確認する。

「これが農耕器具を造った成果か。頑張った甲斐があったな」

「イオルクにも世話になった」

「収穫は、どんな感じ?」

「蓄えの出来る量が採れる予定だ」

「自給自足が出来るなら、俺達は安心して旅立てる」

 これで、街を離れる不安はなくなったと言える。

 イオルクは一振りのナイフを取り出してティオンに渡す。

「今、俺に近づくの禁止令が出てるからさ。代わりに子供達のリーダーに渡しといてくれるかな?」

「誤解なんだがな。戦う理由があるのに……」

「そういう考えが出るのも、ヒルゲから離れて戦いが遠いところにあるって感じたからだよ。そして、それを嫌悪しているのは人としていいことだし、この状態が維持できることを願うよ」

「そういう風に理解してくれると、ありがたい」

「俺、これでも騎士だっだからな。しっかり守るものを理解してる」

「多分、そこに違和感があったんだろうな。街の皆はイオルクを騎士だと知らなかったから、殺しをする人間と思わなかった。ヒルゲに雇われたハンターを倒したと聞いただけで、殺すという言葉を知らなかった」

「分かるよ」

「もう少し言うなら、殺されるという立場には慣れていたが、実際、殺す立場に立ったことがなかったんだ」

「それも分かる」

 ティオンは首を振る。

「……言い訳だな」

「考え続けても、答えは出ないと思うよ」

「ああ……。殺し合いの善悪なんて分からない」

「でも、あえて答えるなら考え続けることかな? 暴力に疑問を抱かなくなったら、人間をやめることになるような気がするよ」

「そうかもしれない」

「まあ、だから……、深く考えないでくれ。少し考えてくれればいいから」

「少しか……。それも微妙に難しいな……」

「じゃあ、適当でいいよ」

「最後は投げやりか……」

 クリスが付け足す。

「いい加減、慣れた方がいいぜ? イオルクにもオレにも」

「さり気なく自分も入れているのに自覚があるんだな?」

「入れなきゃイオルクが突っ込むから、手間を省いたんだよ」

「やっぱり、何処か繋がっているよな? お前達って」

 最初から最後まで理解できないのが、このコンビなのかもしれない。


 …


 最後に残るリーダーはエンディになるが、この男だけは最後までよく分からなかった。仕えることを中心に生きてきた男の気持ちは理解できない。

 しかし、感じるものもあった。ヒルゲの支配よりも、イオルクやクリスの行動に笑みを見せていた。この分からない男の中に闇よりも強い光が確かにある。

 エンディはイオルクとクリスに視線を送ると、少し先を指差した。

「少し個人的な御話があります」

「珍しいな」

「最後だからか?」

「それもあります。そして、これを託すために……」

 エンディはガラスのような小箱に包まれた歪な宝石を見せた。それは削り出す前の赤い宝石の原石のようだった。

 三人がエンディの指差した場所まで離れると、クリスが小箱を指差す。

「何だい? これは?」

「何だと思いますか?」

「オレが分かるかよ? イオルク、お前なら分かるんじゃないか?」

 イオルクは険しい顔をしている。

「俺の推測が間違いじゃなければ、これがここにある理由が分からない」

「どういうことだ?」

 イオルクがエンディに視線を移す。

「魔力が結晶化したもの……じゃないのか?」

「御存知なのですか?」

「知っている」

 クリスが疑問符を浮かべる。

「おかしいな? 魔力感知の出来ないイオルクが分かるなんて。いや、それよりも、オレが魔力を感知できないというのも――」

 エンディが小箱を前に出す。

「この小箱が特殊なものなのです。この小箱が全ての者から、この宝石の存在を見せなくしているのです」

「何で、出来ているんだ?」

「分かりません」

 クリスの視線の問い掛けに、イオルクも首を振る。

「小箱の秘密は分からない。でも、この宝石が誰から来たかは知っている」

「来た?」

「魔族だ」

「ま……!」

 クリスは言葉を止めた。

 名前だけ伝わる凶悪な種族。魔族が居たことは、何百年も前の書物から史実として残っている。しかし、その一方で。存在が確認されていないのも何百年前からの事実だ。

「信じられねぇな」

「でも、事実だ。その宝石は魔族の中でも高い魔力を持つ者が、体の何処かに魔力を結晶化させて出来る。そして、その証拠になるものが、この世界には四つ残っている。伝説の武器に埋め込まれている宝石だ」

 クリスの頭にドラゴンテイルの伝説の武器が過ぎった。

「あの宝石の正体が、これなのか?」

「そうだ」

 エンディは少し感心してイオルクを見る。

「侮っていました。この真実を知っているのは、極僅かな人間だけだと思っていました」

「偶然さ」

「そうなのですか?」

「ああ……。続きを話してくれるか?」

「はい。ヒルゲの屋敷は、一見何処の部屋も同じに見えますが、一室だけ魔力を完全に遮断する部屋があります。御存知の通り、この世界の魔法は呼吸するように外から取り入れ、吐き出す時に魔力を魔法に変換します。取り込む魔力が遮断されれば魔法は使えません」

「何のための部屋なんだ?」

「魔法を使わせないための部屋です」

「どうして?」

「有能な魔法使い――そして、魔族を従わせるため」

「腕力だけがものを言うのか」

「そうです」

 クリスが割り込む。

「それは変だな。その宝石が魔力結晶なら、魔族は魔力の遮断された部屋でも魔法を使えるはずだ」

 エンディが言われて気付く。

「そう言われれば……」

「その部屋、魔力を遮断するだけじゃないはずだ。もっと別の――根本から魔法を使わせない秘密がある」

「ヒルゲの説明ではそうでしたから……。ヒルゲ自身も部屋の秘密を理解せずに使用していたのでしょう」

「そうだろうな。はっきり言って、どんな仕組みなのか、オレにも分からん。だから、魔法を使えなくする部屋と、漠然と理解しておくよ」

「分かりました。そう解釈して進めます」

 イオルクも頷き、全員が納得したところでエンディが続ける。

「ある日、燃えるような赤い髪の魔族の女が屋敷に連れて来られました。何処から連れて来たのか分かりません。ヒルゲ自身も、街で何者かに渡されたようでした。魔族の女は死なない程度に痛めつけられて気絶していました。部屋のベッドに手足を拘束し、ヒルゲは彼女の頬を叩いて起こしました。そして――」

 エンディは言いよどむ。

「――彼女の服を引き裂き、胸の中心にある宝石を力任せに抜き抜こうとしたのです」

 イオルクが心痛な面持ちで質問する。

「どういう状況か理解できないが、その宝石っていうのは、どういう風にくっ付いていたんだ?」

「多分、彼女の体の一部として……。彼女の叫び声が、今も耳に残っています」

「…………」

 全員が押し黙る中、エンディが続ける。

「……ヒルゲは宝石を力任せに引き抜き、彼女の胸は血で染まりました。そして、ヒルゲはそのまま彼女を犯したのです」

「胸糞悪くなってきた……」

 クリスが額に手を置き、イオルクは気分を悪くしながらもエンディに質問する。

「何で、俺達に話したんだ?」

「傷つけられ、犯され、ボロボロになった彼女に頼まれたからです。『助けて欲しい』と……」

「逃がして欲しいって?」

「そうではなく、『その抜き取った宝石を渡さないように……助けて欲しい』と」

「どういう女なんだ? 自分の命より、その宝石を優先するなんて?」

「分かりません。ただ彼女は、その宝石が悪用されるのを拒んでいるように感じました」

「魔族の女が?」

「はい」

 何処か繋がらない。魔族は凶悪な種族のはずだ。

「そのあと、私は、宝石を抜き取られて魔力を失った彼女の世話と宝石の加工をヒルゲに命令されました。そして、世話をさせられて分かったことがあります。彼女は魔族の住む世界で女王だったということ。五つの国に分かれていた、その世界で、彼女を除く統治者は、皆、同じ様に宝石を抜かれて死んでいるということ。抜かれた宝石を使って造られた武器で、国単位の大虐殺が起きているということです」

 クリスが腕を組む。

「随分とオレ達の知っている史実と異なるな。オレ達の知っている話だと、伝説の武器ってのは、勇者が携えてドラゴンレッグの悪の支配者を倒して完結する。それが四回……。伝説の武器の回数分だ」

「彼女の話では、魔族側で起きた虐殺は完成した武器の実験だということです。その大虐殺が終わったあと、人間の世界で実用され、ドラゴンレッグに勇者が向かうと言っていました」

「その魔族が勇者と言うのかねぇ?」

「勇者は事実を知らないそうです」

 クリスは目をしぱたく。

「何だそりゃ?」

「彼女の話では、人間の世界の歴史も真実、魔族の世界の歴史も真実だそうです。ただし、管理者によって、見せられないものが存在しているとのことです」

 イオルクが額に手を置く。

「最近、聞いたばっかりだ。管理者――管理者の魔法」

「オレが、お前に教えたヤツか?」

「ああ。例の王様の暗殺騒ぎで使った魔法だ。冷凍系の呪文魔法。ジェム兄さんが管理者の魔法かもって」

「オイオイオイオイ……。ノース・ドラゴンヘッドが襲われたのも、この街に魔族が連れて来られたのも、何か関係あるのか?」

「分からない」

 クリスは『そうだよな』と呟くと、エンディに質問を続ける。

「でもよ。何で、その宝石がヒルゲの手元になくて、ここにあるんだ?」

 エンディは暫し目を伏せると、答えを返す。

「あの時……、生まれて初めて主に逆らいました。彼女の言葉を信じて、贋物の宝石の原石を用意して加工する職人に渡し、宝石を封印する箱ごと隠し持ちました。そして、街を離れられない私は、街を離れる信頼できる者を待ち続けました」

 エンディがイオルクとクリスを見る。

「ヒルゲの居たこの街に、これがあるのは危険なのです。彼女の約束を守るため、これを持って行ってくれませんか?」

 クリスが言葉に詰まる。

「いや、持って行けって……。持って行って、どうすればいいんだよ?」

「出来るなら、彼女に返して貰いたい」

「生きているのか?」

「それも分かりません。『魔力を失った魔族の女が、どのように惨めに死んでいくのか見ものだ』と言って、怪我が治った彼女をヒルゲは街の外に捨てました。彼女は当てもなく歩き出し、やがて私の視界の届かないところまで行ってしまいました」

「何処に居るかも分からない魔族を探せないって……」

「ならば、悪用されない場所に隠すか、捨てるかして頂けないでしょうか?」

 クリスは頭を掻きながら、イオルクに振る。

「どうする?」

 クリスの振りに、イオルクも困る。

「どうするって……。でも、エンディに持たせておくのも危ないような……」

 クリスは、何か思い付く。

「そうだ。お前が造る武器に組み込んだら、どうだ?」

「伝説の武器みたいにか?」

「そうだよ」

「それなら、彼女も報われるかもしれません」

 イオルクは、また困った顔になる。

「難しいな……。俺の技量はそこまで達してないし、普通の武器には組み込めないと思うんだよな」

「何でだ?」

「耐えられるのか? 強い魔力の力に?」

「……そういうことか」

「それに実験もしないで加工なんてして、失敗したら?」

「……無駄遣いだな」

「それでも、持って行ってくれませんか?」

 エンディは真っ直ぐにイオルクを見た。

「使えないよ……。多分、何処かに隠すことになるけど――」

「お願いします」

 エンディが深く頭を下げると、イオルクは理由を尋ねる。

「約束か……。エンディは、その魔族に惚れたの?」

「外見は若い女性でした。しかし、こんな年寄りが惚れるはずもありません。若く見えた彼女の必死な訴えを娘のように感じてしまいました。私に娘なんて居ませんが……」

 その答えに、イオルクは大きく息を吐く。

「預かるよ。この街に居るエンディより、旅をしている俺達の方が魔族の女に会える可能性が僅かにある。会えたら、その人に渡すことを約束する。会えなければ、一生口を噤んで隠し通すことを誓う」

「ありがとうございます」

 エンディは、再び深く頭を下げた。

「皆のところに戻ろう」

「はい」

 イオルク達は、リーダー達とエルフ達の待つ場所へと戻った。


 …


 イオルクは脇の壁に置いていた自分の大きなリュックサックから物を取り出し、リュックサックの丁度、真ん中に当たる場所に小箱を入れる。そして、出した荷物を順番に入れ直し、リュックサックを背負った。

 久々のリュックサックを背負うスタイル。両手両足には、ティーナのくれた重りも装着済みだ。

 エスがイオルクを見て、驚く。

「凄い荷物……。箪笥を背負ってるみたい……」

「鍛冶屋だから道具一式を入れると、こんなになっちゃうんだ」

 皆も、それぞれ自分の荷物を持つ。クリスは肩掛けの鞄とティオンに貰った手提げ。エルフ達はナップザックを背負う。

 クリスが手をあげる。

「じゃあ、行ってくる」

「「「お世話になりました」」」

「皆、元気で」

 イオルク達は、街のリーダー達に見送られて街を出た。次の目的地は、ドラゴンアーム。

 イフューの目を治す旅が始まった。

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