ドラゴンアームへ向かう道――。
イフューの手を引いて先頭をクリスが歩き、その後ろをイオルク、ケーシー、エスが横に並んで歩く。
「ドラゴンアームで、イフューの目は治るの?」
エスがイオルクに話し掛ける。
「治るかもしれない……だな」
「治らなかったら?」
「長い治療生活になると思う。イフューが心から目を開きたいと思わせないといけないみたいだから」
「そうだったね。でも、きっと治るよね?」
「その可能性も高いだろうな。イフューは、クリスに興味が出てきているはずだから」
目の前には、しっかり握り合う手が見える。
「そうだね」
エスが納得する一方で、ケーシーは別のことが気になった。
「あの、イオルク」
「ん?」
「旅費のことなのですが……」
「うん」
「私達、お金を持ってなくて……」
「街を出た人間と同じ扱いだよ。娼館で働いた分を払うよ」
「払うって……」
「俺の金は300万Gも残っているんだから、五人で旅するには十分だろう?」
「イオルクが出すのですか?」
「結局、クリスは自分の金を置いてきたからな」
「いいのですか?」
「いいんじゃないの?」
ケーシーは肩を落とす。
「何で、人事なのですか……」
「付き合い長いから、このメンバーにお金を出し惜しみする気が起きないんだよね」
(この人、少し変わってる……)
「大体、クリスの街で500万Gは使ってるし、今更って感じだよ」
「あなたみたいな人が沢山居れば、争いは起きないのに……」
「そうか? 逆に俺みたいのが沢山居たら、経済が破綻すると思うんだけど?」
「……それも一理ありますね。そして、それを自分で言いますか?」
「本当だよね」
ケーシーは呆れてイオルクを見るが、イオルクはそんな目を気にせず歩いている。
そして、いきなりイオルクが立ち止まった。
「この草って、竜息草……だよな?」
イオルクは竜息草を一本摘んで確かめる。
「間違いない。補充しておくか」
イオルクが残った竜息草を摘み出すと、エスが横から覗き込む。
「何してるの?」
「綺麗なお花を摘んでるの」
「きもっ……!」
「冗談だよ?」
「冗談でもやめてよ」
エスのリアクションを見てイオルクは笑うと、手の竜息草を見せる。
「ドラゴンチェストで採れる薬草なんだ」
「ふ~ん」
「乾燥させて粉にすると長持ちして場所も取らないから、今、摘んでおいてリュックの上にでも置いておけば乾燥する」
「じゃあ、手伝ってあげる」
「助かるよ。でも、ここらのは取ったから、歩きながら見つけたら摘んでくれるか?」
「いいよ~」
イオルク達は特に危険に見舞われることもなく、竜息草や薬草を摘みながら、十日掛けてドラゴンアームへ向かう砂漠の前の町まで、のんびりと旅を続けた。
…
ドラゴンアームへ向かう砂漠の前の街の宿(五人部屋)――。
エルフの三人がフードを取ると、直ぐにエスが大きく息を吐いた。
「ふーっ! 息苦しかった!」
「しょうがないよ、エス姉さん」
「ええ、ここまでの町にエルフは一人も居なかったのだから。見つかればイオルクやクリスに迷惑が掛かってしまいます」
ケーシーの言葉に同意するように、イオルクが付け加える。
「気を付けてくれよ。故郷に帰るまでの辛抱だから」
その言葉に、ケーシーが思い出したように困った顔になる。
「イオルク、クリス。私達の故郷のことなのですが――」
イオルクは大体察しが付いていたが、クリスは疑問符を浮かべている。
「――教えられないのです」
当然、理由を知らないクリスから疑問付きの返事が返る。
「何でだ?」
「その――」
「隠れ里になっているからだ」
ケーシー達がイオルクを驚いて見る。
(((何で、知っているの……)))
イオルクが視線に気付いて、ケーシー達に話し掛ける。
「ゴブレって、名前を覚えているか?」
ケーシー達は無言で頷いた。
「エブルとレミーは?」
ケーシー達は無言で勢いよく頷いた。
「コリーナは?」
ケーシーの口から言葉が漏れる。
「まだ小さかった……」
「大きくなってるよ」
「どうして……」
「多分、俺と同じ理由で、クリスを連れて行って大丈夫だろうな」
クリスは少し不機嫌な顔で、イオルクに尋ねる。
「お前、何を知ってんだ?」
「口止めされてて言えないことがあったんだ。俺、エルフの隠れ里に滞在したことがあるから、場所を知ってるんだ」
「何故、お前如きが……」
「さっき出てたコリーナっていう子。クリスとは違う理由で助けて、隠れ里まで送ったんだ」
「コリーナは里の場所を教えてしまったのですか⁉」
ケーシーの言葉は当然だろう。里は固い掟で守られており、ケーシー達も知らぬ存ぜぬで守り通してきたのだ。
「ゴブレさんが病気に掛かって、コリーナは薬草を採りにドラゴンチェストまで、一人で出て来ちゃったんだよ。その時、人間に捕まっていたのを俺が助けた。ケーシー達もコリーナの年齢知ってるだろう? 一人で帰すには遠過ぎる。そこで、送り届けたんだ」
「話の流れからすると、里の方と信頼関係にあるみたいですが?」
「うん、暫く滞在した。同じ理由で里に入れるなら、クリスも資格を得たことになる」
「そういうことですか……」
ケーシーがクリスを見る。
「クリス……。全てが終わったら、私達をドラゴンウィングの隠れ里まで送ってくれますか?」
クリスは腰に手を当てる。
「元から、そのつもりだったよ。イオルクの次っていうのが気に入らないけどな」
「俺は、お前より下の存在じゃないといけないのな?」
「当然だ」
(俺は、クリスにとって下等生物か何かなのか?)
エスがイオルクの側によると、少し興奮した様子で質問する。
「里は、どうなってた?」
「俺の受けた印象だけど、穏やかな時間が流れてたよ」
「他のエルフの人の名前とかは?」
「あまり覚えてない」
「どうして……」
エスは自分の両親のことを聞きたかったため、少し元気をなくす。それはケーシーもイフューも同じだった。
イオルクは少し複雑そうな顔で腕を組む。
「だってさ。いっぺんに話し掛けられて手伝わされたから、名前なんて覚える暇がなかったんだ」
「…………」
沈黙するエルフの少女達を見て、クリスがイオルクに溜息を吐く。
「どういう状況だよ?」
「里の水車が壊れて造り替えることになったんだけど、エルフは森を大事にするらしくて、木を切ることが凄い行事なんだ。その時に切った木で水車を直して、余った分は、皆で分けて家具とかを造って新調する。……で」
「で?」
「俺、大工仕事も少し仕込まれてたから手伝わされた」
「は?」
「材木に切り分けたり、余った木でコリーナに髪留めなんか造ったりしてみせたら、里の女エルフにアクセサリーを造らされたり……」
「お前、客人じゃなかったのか?」
イオルクは顔の前で手を振る。
「いや、エルフも大概にして遠慮がない。偶にしか、そういうことをしないらしいから、俺の技術は珍しかったんだろう」
「それで集られたのか?」
「アクセサリーを造らされるのに列が出来てたから、名前なんて覚えている余裕がなかった」
「凄いな……、エルフ」
「そうなんだ。あの種族、歳取らないだろう? いつまでも若いから、そこら中が若者だらけなんだ。人間の歳だったら、おじさん、おばさんなのに永遠の十代だ。故に遠慮がないのが、一杯居る」
「マジか……、エルフ」
「ああ、あれは凄かった」
イオルクがエスを見る。
「そういう理由だ」
「どんな理由よ!」
「俺のせいじゃない」
エスが額に手を置く。
「ううう……。その中に私のお母さんも含まれてたかと思うと……」
「微妙だな」
「ホントだよぅ……。でも、イオルクって――」
「ん?」
「――この前の街でも、そうだったけど、何か利用されるというか……。押し付けられるような展開が多くない?」
「多いと思う」
「何で?」
「俺が押し付ける立場じゃないから……?」
「クリス」
エスがクリスを見る。
「そこでオレに振るのは、どうなんだ? まるで、オレがイオルクを利用するとか、押し付けるとか、集るためとか、パシリに使うためとか、馬鹿と挟みの使い方を証明するとか、イオルクだからいいんじゃないかとか、もう、オレのために働けよって、思っているみたいじゃないか?」
「そう思っていたのか! クリス!」
「そんなわけないだろ? これでも遠慮して途中で止めたんだ。オレの認識では、お前の扱いは、もっと低い」
「何、言い切ってやがる!」
ケーシーとイフューは必死に笑いを堪え、エスは可笑しそうに笑いながらクリスに話し掛ける。
「クリス、よく分かったよ」
「そうか?」
「納得もした」
「だろ?」
「納得するな!」
イオルクは『まったく』と、そっぽを向いた。
「結構、楽しそうな種族じゃないか? エルフ」
クリスが『機嫌を直せよ』肩を叩くと、イオルクは厳しい顔になって続ける。
「だけど、エルフの警戒はかなり固い。少し厳しい言い方するけど、ケーシー達のことは、俺の耳に入らなかった」
「それが、どう厳しいんだ?」
「コリーナを助けた時、『この里には近い歳の子が居ない』と言っていた。俺は、それを信用してたけど、実際には他にも居た」
イオルクはケーシー達に視線を移すと、ケーシーがイオルクに質問する。
「私達を忘れていたのですか?」
「それはない。だったら、コリーナも同じ扱いだ。考えられるのは、里の子供の人数を人間に知らせたくなかった。もしくは、『また助けてくれ』と、俺に言わないために口を噤んだ。里の情報を外に出さないルール――ケーシー達は思い当たらないか?」
「……忘れていました」
「俺への義理と里のルールを守るために、エルフ達は、そういう扱いにしたんだと思う」
クリスが頭を掻く。
「やっぱり、お気楽だけじゃ済まないか……。オレ達の状況が例外なんだな」
「ひょっとしたら、イフューを医者に診せたのも軽率だったかもしれない」
「そこは外せないだろ? 病状を知らないままには出来ない」
「……そうだな」
「それに最低、あと一回は顔を出す。ドラゴンアームで、奇跡の水とかいうのを貰うのにフード付けたままでくれるか?」
「そんな怪しい集団は、お払い箱だな」
「そういうことだ。今後は隠密行動をより気を付ける。口に蓋なんて出来ないんだ。あの街の誰かから、エルフの情報が漏れることだってあるかもしれない」
「街の人を疑うのか?」
「違うよ。ガキも居ただろ? ガキなんて、飴玉一つで口を割るっつーの」
「そりゃそうだ」
「だから、今日もいつも通りに――」
「どっちか残って、一人は買い物だな」
「そして、エルフの三人に砂漠の装備一式だ」
「俺が行って来るよ」
「そうか?」
イオルクは扉に向かうと振り返り、エルフの少女達を凝視する。
「何してんだ?」
「砂漠用の装備を買うから、心眼で新しいスリーサイズを記憶してる」
「「「エッチ!」」」
エルフの少女達のグーが、イオルクに炸裂した。
「そんな乳の合わないブラなんて買っても――」
「下着は要りません!」
「砂漠用の装備だけをお願いします!」
「だから、砂漠専用ブラを――」
「そんなのはありません!」
「通気性抜群! 優しくあなたの乳を保護します!」
「ないわよ!」
エスのグーが、イオルクに炸裂した。
「どいつもこいつも……」
イオルクは両手をあげると部屋を出て行った。
クリスがイフューに質問する。
「随分と過剰に反応するようになったな?」
「あの街では色々ありましたから……」
「そうなんだ」
イフューは無言で頷いた。
(特に色々は姉さん達からも……)
ここでは、人間とエルフの妙な連帯関係が形成されていた。