目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

材料編  82 【強制終了版】

 ドラゴンアームへ向かう道――。

 イフューの手を引いて先頭をクリスが歩き、その後ろをイオルク、ケーシー、エスが横に並んで歩く。

「ドラゴンアームで、イフューの目は治るの?」

 エスがイオルクに話し掛ける。

「治るかもしれない……だな」

「治らなかったら?」

「長い治療生活になると思う。イフューが心から目を開きたいと思わせないといけないみたいだから」

「そうだったね。でも、きっと治るよね?」

「その可能性も高いだろうな。イフューは、クリスに興味が出てきているはずだから」

 目の前には、しっかり握り合う手が見える。

「そうだね」

 エスが納得する一方で、ケーシーは別のことが気になった。

「あの、イオルク」

「ん?」

「旅費のことなのですが……」

「うん」

「私達、お金を持ってなくて……」

「街を出た人間と同じ扱いだよ。娼館で働いた分を払うよ」

「払うって……」

「俺の金は300万Gも残っているんだから、五人で旅するには十分だろう?」

「イオルクが出すのですか?」

「結局、クリスは自分の金を置いてきたからな」

「いいのですか?」

「いいんじゃないの?」

 ケーシーは肩を落とす。

「何で、人事なのですか……」

「付き合い長いから、このメンバーにお金を出し惜しみする気が起きないんだよね」

(この人、少し変わってる……)

「大体、クリスの街で500万Gは使ってるし、今更って感じだよ」

「あなたみたいな人が沢山居れば、争いは起きないのに……」

「そうか? 逆に俺みたいのが沢山居たら、経済が破綻すると思うんだけど?」

「……それも一理ありますね。そして、それを自分で言いますか?」

「本当だよね」

 ケーシーは呆れてイオルクを見るが、イオルクはそんな目を気にせず歩いている。

 そして、いきなりイオルクが立ち止まった。

「この草って、竜息草……だよな?」

 イオルクは竜息草を一本摘んで確かめる。

「間違いない。補充しておくか」

 イオルクが残った竜息草を摘み出すと、エスが横から覗き込む。

「何してるの?」

「綺麗なお花を摘んでるの」

「きもっ……!」

「冗談だよ?」

「冗談でもやめてよ」

 エスのリアクションを見てイオルクは笑うと、手の竜息草を見せる。

「ドラゴンチェストで採れる薬草なんだ」

「ふ~ん」

「乾燥させて粉にすると長持ちして場所も取らないから、今、摘んでおいてリュックの上にでも置いておけば乾燥する」

「じゃあ、手伝ってあげる」

「助かるよ。でも、ここらのは取ったから、歩きながら見つけたら摘んでくれるか?」

「いいよ~」

 イオルク達は特に危険に見舞われることもなく、竜息草や薬草を摘みながら、十日掛けてドラゴンアームへ向かう砂漠の前の町まで、のんびりと旅を続けた。


 …


 ドラゴンアームへ向かう砂漠の前の街の宿(五人部屋)――。

 エルフの三人がフードを取ると、直ぐにエスが大きく息を吐いた。

「ふーっ! 息苦しかった!」

「しょうがないよ、エス姉さん」

「ええ、ここまでの町にエルフは一人も居なかったのだから。見つかればイオルクやクリスに迷惑が掛かってしまいます」

 ケーシーの言葉に同意するように、イオルクが付け加える。

「気を付けてくれよ。故郷に帰るまでの辛抱だから」

 その言葉に、ケーシーが思い出したように困った顔になる。

「イオルク、クリス。私達の故郷のことなのですが――」

 イオルクは大体察しが付いていたが、クリスは疑問符を浮かべている。

「――教えられないのです」

 当然、理由を知らないクリスから疑問付きの返事が返る。

「何でだ?」

「その――」

「隠れ里になっているからだ」

 ケーシー達がイオルクを驚いて見る。

(((何で、知っているの……)))

 イオルクが視線に気付いて、ケーシー達に話し掛ける。

「ゴブレって、名前を覚えているか?」

 ケーシー達は無言で頷いた。

「エブルとレミーは?」

 ケーシー達は無言で勢いよく頷いた。

「コリーナは?」

 ケーシーの口から言葉が漏れる。

「まだ小さかった……」

「大きくなってるよ」

「どうして……」

「多分、俺と同じ理由で、クリスを連れて行って大丈夫だろうな」

 クリスは少し不機嫌な顔で、イオルクに尋ねる。

「お前、何を知ってんだ?」

「口止めされてて言えないことがあったんだ。俺、エルフの隠れ里に滞在したことがあるから、場所を知ってるんだ」

「何故、お前如きが……」

「さっき出てたコリーナっていう子。クリスとは違う理由で助けて、隠れ里まで送ったんだ」

「コリーナは里の場所を教えてしまったのですか⁉」

 ケーシーの言葉は当然だろう。里は固い掟で守られており、ケーシー達も知らぬ存ぜぬで守り通してきたのだ。

「ゴブレさんが病気に掛かって、コリーナは薬草を採りにドラゴンチェストまで、一人で出て来ちゃったんだよ。その時、人間に捕まっていたのを俺が助けた。ケーシー達もコリーナの年齢知ってるだろう? 一人で帰すには遠過ぎる。そこで、送り届けたんだ」

「話の流れからすると、里の方と信頼関係にあるみたいですが?」

「うん、暫く滞在した。同じ理由で里に入れるなら、クリスも資格を得たことになる」

「そういうことですか……」

 ケーシーがクリスを見る。

「クリス……。全てが終わったら、私達をドラゴンウィングの隠れ里まで送ってくれますか?」

 クリスは腰に手を当てる。

「元から、そのつもりだったよ。イオルクの次っていうのが気に入らないけどな」

「俺は、お前より下の存在じゃないといけないのな?」

「当然だ」

(俺は、クリスにとって下等生物か何かなのか?)

 エスがイオルクの側によると、少し興奮した様子で質問する。

「里は、どうなってた?」

「俺の受けた印象だけど、穏やかな時間が流れてたよ」

「他のエルフの人の名前とかは?」

「あまり覚えてない」

「どうして……」

 エスは自分の両親のことを聞きたかったため、少し元気をなくす。それはケーシーもイフューも同じだった。

 イオルクは少し複雑そうな顔で腕を組む。

「だってさ。いっぺんに話し掛けられて手伝わされたから、名前なんて覚える暇がなかったんだ」

「…………」

 沈黙するエルフの少女達を見て、クリスがイオルクに溜息を吐く。

「どういう状況だよ?」

「里の水車が壊れて造り替えることになったんだけど、エルフは森を大事にするらしくて、木を切ることが凄い行事なんだ。その時に切った木で水車を直して、余った分は、皆で分けて家具とかを造って新調する。……で」

「で?」

「俺、大工仕事も少し仕込まれてたから手伝わされた」

「は?」

「材木に切り分けたり、余った木でコリーナに髪留めなんか造ったりしてみせたら、里の女エルフにアクセサリーを造らされたり……」

「お前、客人じゃなかったのか?」

 イオルクは顔の前で手を振る。

「いや、エルフも大概にして遠慮がない。偶にしか、そういうことをしないらしいから、俺の技術は珍しかったんだろう」

「それで集られたのか?」

「アクセサリーを造らされるのに列が出来てたから、名前なんて覚えている余裕がなかった」

「凄いな……、エルフ」

「そうなんだ。あの種族、歳取らないだろう? いつまでも若いから、そこら中が若者だらけなんだ。人間の歳だったら、おじさん、おばさんなのに永遠の十代だ。故に遠慮がないのが、一杯居る」

「マジか……、エルフ」

「ああ、あれは凄かった」

 イオルクがエスを見る。

「そういう理由だ」

「どんな理由よ!」

「俺のせいじゃない」

 エスが額に手を置く。

「ううう……。その中に私のお母さんも含まれてたかと思うと……」

「微妙だな」

「ホントだよぅ……。でも、イオルクって――」

「ん?」

「――この前の街でも、そうだったけど、何か利用されるというか……。押し付けられるような展開が多くない?」

「多いと思う」

「何で?」

「俺が押し付ける立場じゃないから……?」

「クリス」

 エスがクリスを見る。

「そこでオレに振るのは、どうなんだ? まるで、オレがイオルクを利用するとか、押し付けるとか、集るためとか、パシリに使うためとか、馬鹿と挟みの使い方を証明するとか、イオルクだからいいんじゃないかとか、もう、オレのために働けよって、思っているみたいじゃないか?」

「そう思っていたのか! クリス!」

「そんなわけないだろ? これでも遠慮して途中で止めたんだ。オレの認識では、お前の扱いは、もっと低い」

「何、言い切ってやがる!」

 ケーシーとイフューは必死に笑いを堪え、エスは可笑しそうに笑いながらクリスに話し掛ける。

「クリス、よく分かったよ」

「そうか?」

「納得もした」

「だろ?」

「納得するな!」

 イオルクは『まったく』と、そっぽを向いた。

「結構、楽しそうな種族じゃないか? エルフ」

 クリスが『機嫌を直せよ』肩を叩くと、イオルクは厳しい顔になって続ける。

「だけど、エルフの警戒はかなり固い。少し厳しい言い方するけど、ケーシー達のことは、俺の耳に入らなかった」

「それが、どう厳しいんだ?」

「コリーナを助けた時、『この里には近い歳の子が居ない』と言っていた。俺は、それを信用してたけど、実際には他にも居た」

 イオルクはケーシー達に視線を移すと、ケーシーがイオルクに質問する。

「私達を忘れていたのですか?」

「それはない。だったら、コリーナも同じ扱いだ。考えられるのは、里の子供の人数を人間に知らせたくなかった。もしくは、『また助けてくれ』と、俺に言わないために口を噤んだ。里の情報を外に出さないルール――ケーシー達は思い当たらないか?」

「……忘れていました」

「俺への義理と里のルールを守るために、エルフ達は、そういう扱いにしたんだと思う」

 クリスが頭を掻く。

「やっぱり、お気楽だけじゃ済まないか……。オレ達の状況が例外なんだな」

「ひょっとしたら、イフューを医者に診せたのも軽率だったかもしれない」

「そこは外せないだろ? 病状を知らないままには出来ない」

「……そうだな」

「それに最低、あと一回は顔を出す。ドラゴンアームで、奇跡の水とかいうのを貰うのにフード付けたままでくれるか?」

「そんな怪しい集団は、お払い箱だな」

「そういうことだ。今後は隠密行動をより気を付ける。口に蓋なんて出来ないんだ。あの街の誰かから、エルフの情報が漏れることだってあるかもしれない」

「街の人を疑うのか?」

「違うよ。ガキも居ただろ? ガキなんて、飴玉一つで口を割るっつーの」

「そりゃそうだ」

「だから、今日もいつも通りに――」

「どっちか残って、一人は買い物だな」

「そして、エルフの三人に砂漠の装備一式だ」

「俺が行って来るよ」

「そうか?」

 イオルクは扉に向かうと振り返り、エルフの少女達を凝視する。

「何してんだ?」

「砂漠用の装備を買うから、心眼で新しいスリーサイズを記憶してる」

「「「エッチ!」」」

 エルフの少女達のグーが、イオルクに炸裂した。

「そんな乳の合わないブラなんて買っても――」

「下着は要りません!」

「砂漠用の装備だけをお願いします!」

「だから、砂漠専用ブラを――」

「そんなのはありません!」

「通気性抜群! 優しくあなたの乳を保護します!」

「ないわよ!」

 エスのグーが、イオルクに炸裂した。

「どいつもこいつも……」

 イオルクは両手をあげると部屋を出て行った。

 クリスがイフューに質問する。

「随分と過剰に反応するようになったな?」

「あの街では色々ありましたから……」

「そうなんだ」

 イフューは無言で頷いた。

(特に色々は姉さん達からも……)

 ここでは、人間とエルフの妙な連帯関係が形成されていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?