二日後――。
砂漠を抜け、暫く歩いて視界に広がったのは、緑と水の流れが入り乱れた景色だった。ドラゴンアームは、水源が豊富で草木が蔽い茂る。
「なのに何で、砂漠があるんだろうな?」
クリスの質問に誰も答えられず、代わりに、イオルクの相槌が返ってきた。
「そもそも国境に砂漠があるのも分からないけどな」
「めんどくせぇ、世界だ」
クリスがバタバタと外套の砂を払い出すと、他の皆も真似して砂を落とし、砂漠越えの装備を丁寧に畳んで、それぞれの荷物に入れる。
「さて……。道がないんだけど、どっちだ?」
イオルクはリュックサックから地図を取り出す。
「……道は整理されていないみたいだな」
「と、なると?」
「無理やりに東に突き進んで、一番近くの町まで行く。そこからは道がある」
「何で、道が出来てないんだよ?」
「神様でも居るんじゃないか? この国特有の自然を壊しちゃいけないような」
「町に着いたら聞いてみるか」
「それもいいかもしれない。それに、よく見れば足跡も薄っすら残ってる」
「これを頼りにするか」
イオルク達は水の流れと草木のざわめきを聞きながら歩き出す。
そして、歩いて直ぐにエスがイオルクに話し掛ける。
「この国にも薬草が生えているんじゃないの?」
「確か竜爪草だな」
「どんな効果があるの?」
「知らん!」
エスがこけた。
「じゃあ、何で集めるの……」
「イチさんが集めとけって。違う国で高く売れるかもしれないって」
「なるほど、そういう理由ね」
「それに誰かの役に立つかもしれないよ」
「でも、本当の目的は高く売りつけることなんでしょ?」
「その通り」
クリスが横目で二人を見る。
(売りつけるって……。物騒な話をしてるな……)
ケーシーとイフューも、エスがイオルクに毒されてきたような気がした。
イオルクが薬草辞典を取り出して開くと、エスが横から見る。
「これ?」
「そうそれ?」
イオルクとエスが辺りを見回す。
「なさそうだね?」
「都合よく生えてないらしい」
「じゃあ、見つけたらだね」
「ああ。忘れる前に確認しといてよかった」
「うん。今度は、ケーシー姉さんのとこに行こう」
エスがケーシーのところに走って行くと、イオルクは薬草辞典をリュックサックに仕舞う。
(エスって、イフューよりも幼く見えるな)
道なき道を抜けるまで、ピクニックにでも来たような賑やかさが続いた。
…
ドラゴンアーム最初の町に着く頃――。
太陽は真上から少し傾いた位置で輝く。そして、街に着くと、この国特有の髪の色の人々が目に入った。際立つ銀髪にほんのりと色が載る。
イオルクは、一瞬ティーナが沢山居ると思ってしまったが、ティーナは純粋な銀髪だった。額の汗を拭い『よかった』と呟くと、他の面々は首を傾げた。
…
宿に引き篭もるには、あまりに速い時間帯。イオルク達は宿を取る前に目的の奇跡の水なるものを貰える場所を聞き込むため、町の中を歩いて回ることにした。
町の大通りに出ると、露店が多く並び、変わった民芸品も目に入り出した。情報収集と民芸品の質問のために、イオルクが近くの露店の商人に声を掛ける。
「少しいいかな?」
「ああ、構わないよ」
「この国で、神官から奇跡の水を貰えるって聞いたんだけど、場所分かる?」
「それなら、王都だよ」
「王都か……。もう一ついい?」
「どうぞ」
「この民芸品は、何を表わしてんの?」
イオルクの指差すものは、棒のような細長いものに掘られた像だった。
「これかい? 神様を表わしているんだよ」
「何で、こんな細い棒に?」
「この国の伝説の武器を知っているかい?」
「槍だよね」
「そう。神聖な槍を表わしたいんだが、本物は危ないだろう? だから、棒に神様を掘って売っているのさ」
「そうなんだ」
イオルクは丸い缶に差してある民芸品を見比べる。
「色々と種類があるね?」
「安産祈願、学業成就、家内安全などなど……、神様が違うからね」
「へぇ」
「買わないかい?」
「一つ貰おうかな」
「どれにする?」
「よく娼館に寄るから、間違いが起きないように子供が生まれないヤツ」
露店の商人は項垂れた。
「そんな神様は居ない……」
「あはは、冗談だよ。ん~と……、この乳の付いてるヤツ」
イオルクの指差したのは、女性の神様が彫られている民芸品の棒だった。
「あんた、馬鹿だろ? 絶対に神様を冒涜してるよ……」
「じゃあ、頭がよくなるヤツ」
「手遅れなんじゃないか?」
「どういう意味だ……。あんたこそ、客商売する気があるのか?」
「これでも信心深いんだよ」
「う~ん……。ここは無難に病気が治るようなヤツか」
「ほら、これだ」
イオルクは露店の商人から民芸品を受け取ると、お金を払う。
「何かイケ面でムカつくな……、この神様」
「あんた、この国に何しに来たんだ?」
イオルクは笑って誤魔化すと露店を後にし、クリスに話し掛ける。
「クリス。これ、イフューに渡すか?」
「さっきの会話からすると、神様がへそ曲げて、ご利益なさそうだけどな」
「そうか? そんなことより、この神様の顔、ムカつかないか?」
イオルクはクリスに神聖な棒を見せる。
「……少しムカつくな」
「だろう? 無駄にイケ面なんだよ。体は凄いマッチョなのに」
「もう少し渋いべきだよな?」
「同意見だ」
ケーシーが注意する。
「本当にご利益が逃げそうだから、もうやめて……。イフューの目が治らなかったら、イオルクとクリスのせいですよ」
イオルクとクリスは慌てて会話を中止し、イオルクは、件のイケ面の神様の棒をリュックサックのポケットに突き刺した。
「王都までは遠いのですか?」
「いや、結構近い。王都はドラゴンの腕と手の中間の肘の辺りにあるから……三、四日、長くて五日かな」
「そうですか……。いよいよですね」
「そうだな。神様に祈っとく?」
「イオルクが居ないなら、きっと願いを聞いてくれます」
「ケーシーも言うようになったな」
クリス達が笑う中で、ケーシーは少し驚いていた。自分自身が冗談を言える日が来るとは思っていなかった。しかし、それは、きっと良い変化だ。ケーシーは小さく笑って見せた。