ドラゴンアームの王都――。
最初の街で一泊してから、歩き続けて四日目の午前中、イオルク達はドラゴンアームの王都に到着した。王都は参拝客でごった返しているのかと思ったが、そういうわけでもない。今の時期は、多くの神様を祝う祭の時期でもなければ王族の祝いの席もない。この国の普段の一日でしかない。
それでも、奇跡の水と呼ばれる水を求める者は多い。宿屋やレストランが多く、観光客が落とすお金が、この国の経済を支えている一つと言えるだろう。
イオルク達は高くもなく安くもない普通の宿を利用することにした。そして、奇跡の水を貰いに行くため、宿屋に不必要な荷物は置いおく。クリスとエルフ達は荷物を置いて必要最低限のものだけの姿。イオルクはリュックサックを背負ったままの姿。
「何でだよ?」
「大事なものが入ってるから極力置かない」
「あん? 何だよ、それ?」
「エンディに貰っただろうが」
「ああ……」
(あれは拙いもんな……)
「了解だ。その荷物を質問されたら、オレの従者ってことでいいか?」
「それが無難だな」
早速、イオルク達は王都の神殿へと向かうことにした。
…
王都の神殿の一つ――。
綺麗な白亜の石で建てられた、丸い円柱を支えに持つ大きな神殿。入り口までの庭は綺麗に整理され、水竜を奉るレリーフが門に刻まれている。
中に入ると黒い床石が神殿の奥に続く。神殿の途中で五つの通路に別れるとイオルク達は立ち止まり、クリスが案内をする女性に声を掛ける。
「ドラゴンチェストから奇跡の水を貰いに来たんだけど、どの通路に進めばいいんだ?」
「どれを選んでも同じです。祭りの際には多くの方々が訪れるため、五ヶ所に水を貰える場所を用意しています」
「じゃあ、目を治した人が利用した通路は分かるかな? 出来れば実績のある水を貰いたいんだ」
「困りましたね。神様を選ぶような行いをして欲しくないのですが……」
「……そうだよな」
イオルクがクリスに話し掛ける。
「五回来ればいいんじゃないか? 今の時期、人も少ないみたいだし」
「お前、本当に神を冒涜するよな? あの人、滅茶苦茶睨んでるぞ」
イオルクはクリスの言葉で視線に気付くと、笑いながら手を頭に当てる。
「すみません。田舎者なんです。ただ目を治したい情熱だけは分かってください」
「この神殿で情熱を語ったのは、貴方が初めてです」
「では、熱情と言い換えましょうか?」
「帰りますか?」
「冗談です」
イオルクは全員に煙たい目で見られると、咳払いをして露店で買った棒を手に取る。そして、それを通路の前で倒す。
「ここの通路にしよう」
全員のグーが、イオルクに炸裂した。
「お前、一向に反省しない奴だな!」
「そうだよ!」
「罰が当たるよ!」
「きっと、わたしのことなんか……」
「この人、追い出しますか⁉」
イオルクは溜息を吐く。
「黙ってる……。何処でも選んでくれ……」
イオルクは神聖な棒を拾い上げると、案内の女性に渡す。
「これ、あげるから許して」
「要らないなんて突き返せない……」
「運がいいよ、お姉さん」
案内の女性は激しく項垂れた。
「早く行って……」
クリスが真ん中の通路に向かって歩き出すと、ケーシー、エス、イフューは案内の女性に一言謝ってからクリス達に続いた。そして、イオルクは、今度こそ黙って続いた。
…
神殿の奥――。
神官の男が水に囲まれた竜の彫像の前に立っている。青水石の竜の彫像の口からは、水が滾々と溢れ続けていた。
神官の男が口を開く。
「ようこそ、いらっしゃいました。本日は、何を祈りに来たのですか?」
クリスはイフューの手を取り、神官の前に進む。
「心を閉ざしてしまって見えなくなった――この子の目が治るように」
「まだ、このような方が存在するのですね。世界は悲しみに溢れている」
「その通りだと思うよ。だけど、その中から立ち上がる術が、ここにあるんだろ?」
「そういう人の手助けになれれば幸いです」
「直ぐに治してあげたいんだ。どうすればいい?」
「分かりました。早速、始めましょう。でも、その前に……フードを取って貰えますか?」
クリスが神官を真っ直ぐに見据える。
「フードを取るのに条件がある。あんたは、何も言わないと誓えるか?」
「何を言っているのですか?」
「誓えないなら、ここでの治療は諦める」
「……いいでしょう。ここでのことは、誰にも言いません」
クリスは頷くと、イフューに耳打ちする。そして、ケーシーとエスにも視線を送る。三人は、ゆっくりとフードを取った。
「エルフ……!」
「そういうことだ。エルフは治せないとかあるか?」
神官は暫し呆然とし、やがて落ち着きを取り戻すと続ける。
「何となく貴方の言った意味が分かりました。そして、彼女がここに居る理由も……」
「察してくれて助かる」
真剣な眼差しのクリスを見て、神官は説明を始める。
「以前にも同じ様な症状の方が居ました。家族と共に、その竜の像に祈りを捧げ、竜の口から溢れる水で器を満たしました。そして、布を水に浸し、患者の目を清めました」
「それで治ったんだな?」
「はい」
他の皆も真剣に話を聞いている中で、イオルクは神官の話から、エルフの里で会ったゴブレの話を思い出していた。
(神様とか祈りとかと関係なしに、何か仮設が立つんだよな……)
イオルクは神官に質問する。
「質問していいか?」
「どうぞ」
「その方法で治らない人も居たんだよね?」
「はい、残念ながら……」
イオルクは顎に手を当て暫し考えると、指を立てる。
「もう一つ、別の質問」
「どうぞ」
「この像を造った経緯は?」
「おかしなことを聞きますね?」
「ちょっと気になって」
「名前も記録も残っていませんが、伝えられた話では伝説の槍を造った鍛冶職人の二代目か三代目という話です。選び抜いた青水石から、数体の竜の像を造り出したとのことです」
「なるほど……。青水石を選び抜いたのか」
「それが何か?」
「いや……」
イオルクはクリス達に振り返る。
「明日にしていいか?」
「「「「は?」」」」
「少し気が変わった。同じ鍛冶職人として、この竜の像に敬意を表わしたい」
イオルクは竜の像を指差す。
「この竜の像は両手を出しているだろう?」
神官が竜の像を見ると、竜の像は、確かに手を上に向けて両手を差し出している。
「ええ、確かに」
「ここに、この町の民芸品である神を模した棒を置くのが、きっと正しい作法なんだ」
「そうかもしれませんね……。古い伝承しかないので気にしていませんでしたが……」
「それを俺が造る」
クリスが微妙な顔でイオルクを見る。
「今度は、どうしたんだ? 急に信心深くなりやがって?」
「別に一日位いいだろう? その方がイフューの目が治るかもしれないんだから」
「そうかもしれないけど……」
イオルクは、イフューに向き直る。
「ダメかな?」
「いいえ、構いませんよ」
「ありがとう。それじゃあ、直ぐに宿に戻ろう。また来ます」
イオルクは振り返る。
「君、待ちなさい。出口は、あっちだ」
「そうなの?」
イオルクは回れ右をして出口に向かって歩き出し、残されたクリス達はポカーンと呆気に取られている。そして、イオルクが神殿を出て行ってしまうと、ケーシー達は慌ててフードを被り、クリスと共に急いでイオルクを追った。
「どうしたのでしょうね?」
神官は疑問符を浮かべて、首を傾げた。
…
王都の宿屋――。
宿に戻ると、イオルクはクリス達に荷物を預けて町の中へと消えて行った。そして、三十分ほどで少し大き目の木材を買って戻ると、直ぐに民芸品を参考に聖なる棒を造り始めた。リュックサックから蚤や彫刻刀、紙やすりが出てくると部屋の片隅が散らかり始めた。
クリス達が『一体、何が起きたのか?』と不思議そうな目で見守る中、その作業は夜になっても続いた。
クリスがイオルクに声を掛ける。
「お~い、夕飯だぞ?」
「要らない」
「本当にどうしたんだ?」
「鍛冶職人のプライドの問題だ」
「分かんねぇな」
「あとは鑢掛けだけだから、先に行っててくれ」
「……そうか?」
クリスはケーシー達を連れて入り口に向かう。
「夕飯の食いもん買って来る。適当でいいよな?」
「任せる」
「じゃあな」
クリスに続いて部屋を出たイフューが質問する。
「わたし達も出て、大丈夫?」
「本当は控えた方がいいんだろうけど……、今のイオルクの集中力を乱したくないかな?」
「そうですね」
「しかし、イフューのためとはいえ、あの変わり様は不気味だよな?」
クリス達が宿を後にして、イオルクは部屋の中に誰も居なくなったのを再確認するとリュックサックから小瓶を取り出す。
「まだ、小瓶三つ分しか集まってないけど……、一つあれば十分だよな?」
造り終えた聖なる棒の底を捻ると蓋が取れ、空洞の棒の中に小瓶を収めて蓋を閉め直す。
「あの仕組み……。多分、オリハルコンのせいだ」
イオルクは、昼間見た竜の彫像をこう認識していた。青水石で出来た、あの彫像には多くのオリハルコンが含まれている。オリハルコンの特性は、人の意思に反応して鉱石の力を発揮するところにある。故に青水石を通して溢れる水に、何かを治したいという強い意志が反映されて奇跡を起こした。
しかし、当然、奇跡は容易く起こらない。奇跡の水を作り出したのは、並々ならない意思の強さがオリハルコンを通して青水石に作用した時だけに違いない。
「それに青水石を選んだって話だからな。伝説の武器がオリハルコンと青水石の合金だから、それを造った鍛冶職人が特性を知っていて、選んで像を造ったってのは納得がいく。そして、オリハルコンを媒体となる竜の像の前に置けば効力は増加される。間違いなく治るだろう」
イオルクは腕を組む。
「本当はオリハルコンを神殿に置いていくのがいいんだろうけど、ゴブレさんとの約束もあるし……。それに盗まれでもしたら、元も子もないもんな。俺もオリハルコンを集め続けないといけないし」
イオルクは散らかしたものの片付けを始める。
「問題は、儀式が終わった後だよな。気付かれずにオリハルコンを回収し直さないと」
暫くしてクリス達が戻って来ると、イオルクはさっきまでの少し物静かな雰囲気を演技し続けた。