翌日――。
イオルク達は再び神殿を訪れ、同じ通路の同じ神官の居る部屋まで出向く。
神官に断りを入れて、イオルクは、昨日造った聖なる棒を竜の彫像が差し出す手に乗せる。
「一言言って置くけど、あの棒はあげないからね」
「構いません。しかし、どうして?」
「これを供えれば、確実に目が治る確率が上がるからだ」
「神官の私でも知らないことなのですが……」
「同じ職人だから分かる(嘘)。この像は、本来、この姿が正しい(嘘)」
「そうなのでしょうか? しかし、貴方の言う通りかもしれません。早速、儀式に移りましょう」
神官は器を手に持ち、静かに語り始める。
「像の前に跪き、一心に祈ってください」
イオルク達が言われた通りに跪くと、静かに目を閉じる。
「さあ、祈るのです」
クリス達が一心不乱にイフューの目が治ることを祈り出す中、イオルクだけは、少し別のことを意思に混ぜる。
(青水石よ、意思に応えろ。癒しの水を作り出せ)
願うのは青水石の力の発揮。オリハルコンの能力を青水石に作用させること。竜の彫像の手にあるオリハルコンがイオルクの意思を竜の像の中にあるオリハルコンへ伝える。
そして、強い願いは、クリス、ケーシー、エス、イフューが流し込む。青水石の彫像は真価を発揮し、神官の前で口から流れ出る水が黄金の輝きを放つ。
「これは……!」
神官は、今までにない現象に暫し呆気に取られるれると、慌てて竜の彫像の前に器を差し出し、流れ出る水で器を満たした。
「け、結構です」
神官の合図で祈りを止めると、流れ出る水は、いつも通りの普通の水に戻る。
(一体、何が?)
神官は、一切のことが理解できなかった。器の水も、今は静かに湛えるだけだった。
「直ぐに清めてみましょう。前へ……」
クリスに手を引かれて、イフューが前に出る。神官は器の中に布を浸し、閉じられたイフューの目の上にそっと布を置く。その時、ピンと張り詰めた空気が部屋の中を満たした。
イフューは、何か強い意思のようなものが目から流れ込んでくるように感じると、それは柔らかな温もりになって目を覆い始めた。
(あ……。治るんだ……)
不思議とそういう感覚が、イフューには確信のように広がっていた。イフューは自ら、目の上にある布にゆっくりと手を伸ばして取り、振り向いた先で目を開ける。すると、そこには懐かしい姉達の姿が映った。
「姉さん達……。凄く大人になってる……」
ケーシーとエスが口を手で覆う。
「イフュー……。見えてる?」
「あたし達が分かる?」
イフューがゆっくりと頷いて返すと、エルフの姉妹は抱き合って喜び始めた。
神官はイフューの目が治ったことよりも、驚きに口を開いた。
「信じられない……。今まで、こんな一気に治る現象が起きたことはないのに……」
全員の視線がエルフの姉妹に向かっているところで、イオルクは竜の彫像に近づき、聖なる棒の蓋を開けてオリハルコンの入った小瓶を回収する。そして、見られる前に小瓶をポケットに突っ込んで聖なる棒の蓋を閉める。
(これで、また唯の棒だ)
イオルクが振り向くと、神官の男が真後ろに居た。
「うわっ! 何だよ⁉」
「その聖なる棒を下さい!」
「さっき、やらんと言っただろうが!」
「しかし……」
イオルクは、一歩、距離を置く。
「これは木材から造った、何処にでもあるもんだ。コイツが奇跡を起こしたんじゃない。コイツを造ったことで――」
(どう言おうか?)
「――そう、コイツを造ったことで、一心に祈れるように集中したんだ」
「集中?」
「この像は間違いなく祈りを奇跡に変える。だけど、万能じゃない。強い祈りが必要なんだ」
「それで、その聖なる棒ですか?」
「そうだ。祈りに集中する」
「では、他の方が祈っても同じだと?」
「同じだ。集中力が高まるなら、これじゃなくてもいい。大事なのは、慢心して祈りが疎かにならないこと。これは、その戒めでもある。そのために造った」
「心が洗われるようです。まさか、そのような思いが込められていたとは……」
「そう! それだ! 思いを込めるんだ!」
(誤魔化せたか? でも、よく考えたらオリハルコンを回収したから、これ要らないな……)
イオルクは神官に聖なる棒を手渡す。
「さっきは、ああ言ったけど、ご利益があったのは確かだ。神官様のお話で参拝者の祈りが純粋なものになるなら、この聖なる棒を造った甲斐もあります。やはり、受け取って貰えますか?」
「おお、ありがたい。大事に致します」
「いえ、こちらこそ」
(捨てる手間が省けた)
イオルクは、にこやかに営業スマイルを浮かべると、クリスに目を移す。
「…………」
クリスとイフューは静かに見詰め合い、イフューからクリスに話し掛けていた。
「あの時の面影が残ってる……」
「そうか?」
「ありがとう……」
「いいよ」
「ありがとう……」
「……うん」
「クリス……」
イフューはクリスの胸に凭れるように抱きつくと泣き始めた。
「ごめんなさい…辛い思いをさせて……。ありがとう…姉さん達に会わせてくれて……。でも、クリスに対して申し訳ないの……。色んなものが胸にある……。苦しかったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、楽しかったこと……。色んなことが混ざり合ってる……。だから、気持ちが纏まらない……」
クリスは、そっとイフューを抱き返した。
「同じだよ。オレだって嬉しいのに、辛い思いをさせたことも胸に残ってる。きっと、言い表わせない。気持ちを伝えられない。だから――」
力一杯、クリスはイフューを抱きしめた。伝えられない気持ちの分だけ、分かり合いたいと強く強く……。
「温かいね……。人って、温かい……。そして、言葉なんてなくても伝わるんだね……」
「イフュー……」
「もう一度、言わせて……。ありがとう」
クリスは静かに頷いた。
そして、抱き合う二人を見たケーシーとエスは、嬉しさが胸に込み上げていた。
「エス……。本当は分かり合えるのかもね?」
「うん……。それなのに、どうして世界は違う種族を受け入れられないのかな? イフューとクリスは分かり合えたのに……」
「……そうね」
イオルクはケーシーとエスの会話を聞きながら、クリスとイフューを見ていた。
(本当に嬉しい時は、言葉よりも行動が優先されるんだな。長かったもんな。クリスが旅立って、イフューを取り戻して、街を復興させて、ようやく目の治療が出来て……。ただ、これからどうなるんだろうか? イフューを故郷に送り届けたあと、クリスは、どうするんだろうか?)
少しの疑問が残ったが、今は、ただ喜ぶことにした。
神官が声を掛けるまで、クリスとイフューは、ずっと抱き合って気持ちを伝え合っていた。