宿に戻ると、クリスとイフューを部屋に残し、他の面々は気を利かすことにした。
イオルクはケーシーとエスを連れ出し、エルフである二人でも気を抜けるように小部屋のあるレストランを王都で探すことにした。
しかし、小部屋付きのレストランは中々見つからず、少し時間が掛かってしまった。それでも、ようやく小部屋の付いているレストランを見つけると、三人はそこで食事ををしながら会話をすることにした。
…
レストランの小部屋――。
ケーシーとエスはフードを取って、楽な状態でテーブルの前の席に並んで座り、イオルクは二人の対面に座っていた。
イオルクがケーシーに話し掛ける。
「イフューと話さなくていいの?」
「ええ……。クリスには話を優先する権利があります。前は、私達が先でしたから」
「そうか」
「それと、クリスを除いて、お話をしたいこともあるのでは? わざわざ、小部屋のある飲食店を探していたようですし」
イオルクは頷く。
「そうなんだ。個人的なことが、ほとんどなんだけどね。ケーシーとエスは、里の人から伝説の武器について昔話を聞いたことがあるか?」
「はい」
「あるよ」
「はっきりと覚えてる?」
二人は首を振る。
「そうか。俺はゴブレさんに聞いていたんだ。だから、あの竜の彫像の秘密も何となく分かる」
「そうなのですか?」
「ああ。少し危険な会話だから、覚えてないのであれば里に戻ってから会話をしよう」
「分かりました」
「それで、だ」
イオルクが二人を改めて見る。
「これから里に帰るだけになるわけだが、俺にも用事が残っている。青水石を手に入れなくてはならない」
「この国の伝説の武器に使われている鉱石ですね?」
「その通り。鍛冶職人としては、是非、手に入れておきたい。帰るのは、それが終わってからになるけど、いいよね?」
「反論する権利はありません。ここまでして頂いて」
「助かるよ」
「それで、鉱石は直ぐに手に入りそうなのですか?」
「調べるのは、これから」
「そうですか」
エスが指を顎に当てて、話し出す。
「気のせいかな? それって、青水石でいいんだよね? お土産屋さんに売っていたような……」
「「え?」」
「露店じゃなくて、少し高級な感じの」
「何処で見たの?」
「ここに来る途中にあったよ。あたし、覚えてる」
「何で、そんな高価なものが……」
「さあ?」
「まあ、帰りに寄るからいいか」
「相変わらず、軽いね……」
「そうか?」
エスは頷くと、話を変える。
「ところで、鍛冶屋のイオルクは、武器なんかは見なくていいの?」
「見なくていい感じだな。武器屋の張り紙に『ドラゴンチェストから入荷』って書いてあった。ここでは、武器よりも祈りに使う道具を主に造っているみたいだ」
「ふ~ん……。そうなんだ」
自分の用事に目処が付くと、イオルクは、もう一つの話をしようと地図を取り出す。
「俺のことは終わったから、今度は、ケーシー達の帰路について。今、ドラゴンアームの肘の辺りに居るんだけど、陸路でドラゴンウィングに行く方法と海路でドラゴンウィングに行く方法がある。俺は海路でドラゴンウィングまで行って、隠れ里に向かおうと思っているんだ」
「どうして?」
イオルクが地図のドラゴンアームを指差す。そして、指は陸路でドラゴンチェストまで進むと止まる。
「正直、ここを通りたくない。行きにコリーナを攫った奴、ケーシー達を攫った奴隷商人、そんなのが居るところへ、ケーシー達を連れ回したくない」
「尤もですね……」
「やっぱり、怖い……」
イオルクは二人の反応を見て、頷く。
「陸路ではなく、海路ならドラゴンチェストを通らずにドラゴンウィングに入れる。この国にも人攫いが居ないとは言い切れないけど、無法地帯のドラゴンチェストよりは、ずっといいはずだ。船旅は、一ヶ月ぐらいかな? ドラゴンアームを出て、ノース・ドラゴンヘッドを経由してドラゴンウィングの翼の先端と中間の中間ぐらいの町に着くはず。そこから北上して隠れ里だ」
「本当に行ったことがあるのですね。位置まで分かるのですから」
「まあ、信じられないのも無理ないよ。里に人間は居なかったし、固いルールで守られていたからね」
「はい……。だから、私のしたことは大きい。ルールを破ってしまったから、こんなことになってしまった」
「ケーシー姉さん……」
エスは心配そうにケーシーを見詰める。ケーシーは里に帰ることが近づいて、気持ちが揺れているのかもしれない。
イオルクは、優しい声でケーシーに語り掛ける。
「里に戻って責められるのは仕方がない。しっかりと謝まろう」
「はい……」
「それと人間が如何に怖い存在かを伝えなくてはいけない」
「でも、イオルクやクリスは――」
イオルクが手で制す。
「俺達が例外だ。確かにエルフと人間が仲良く出来るのが一番いい。でも、世界には差別がある。まだ歩み寄っていない。それが出来ていない以上、里のエルフを守るためにケーシーとエスは、しっかりと人間が怖いということを伝えて仲間を守らないといけない」
ケーシーは訴えるように、イオルクに問い掛ける。
「イオルク……。あなたは、どうして人間をそこまで言い切れるのですか? あなたも人間でしょう?」
「そうだ」
「この前も……。街の人に冷たい目で見られても、街の人を守るために戦い続けた」
「変か?」
「変だと思います。いつもは子供ぽかったり優しいのに、それにそぐわない態度や厳しさが見えるから」
「ケーシーは、はっきり言うなぁ」
「す、すみません。ただ……、そう感じるのです」
イオルクは少し頬を指で掻く。
「ケーシーの指摘は正しいと思うよ。俺は騎士だったから、守らなければいけないものに厳しかったりするんだと思う。騎士である以上、前に出て戦って殺し合いもしてる。だから、野盗なんかと戦って残酷さを知っている。守った町や村から離れる時、その怖さを教えてテリトリーを守る話もしっかりした。また、剣を抜いてからは、人を殺す気持ち悪さも嫌ってほど知っている。あれは、何も知らない人に教えちゃいけない。一度、剣を抜いた者の宿命……。俺が受け持つことを認識してる」
「だから、厳しいのですね」
「そう思う」
「それでも、イオルクが普段通り居られるのは、何故なのですか?」
今度は、イオルクは少し緩い顔になる。
「昔も今も、ダチが居るからね。自分を見失わないで居られるよ」
「辛い時はなかったのですか?」
「沢山あったよ。でも、それでも大丈夫だった。だから、ケーシーやエスも大丈夫。俺みたいな変な人間も頑張ってこれたんだ。里に戻って辛いことがあるかもしれないけど、周りの皆が力になってくれる」
「……そうでしょうか?」
「そうだよ。ケーシーは責任感強過ぎるよ。エスなんて、何も考えてないじゃないか」
エスのグーが、イオルクに炸裂した。
「失礼ね! しっかりと考えてるよ!」
「そうなの?」
「そうだよ! そうだよね?」
エスがケーシーに同意を求めると、ケーシーは微笑んで頷く。
「イオルクって、本当に話を台無しにする天才だよ!」
「褒めてるのか?」
「そんなわけないでしょ!」
「だよな。俺が褒められるなんて、今までの人生でないことだからな」
「そんな人生レベルの話じゃないんだけど……」
「いいさ。どうせ、俺は嫌われ者さ」
「そこまで卑屈になる?」
「もう、開き直るしかないな」
「いつも通りじゃない」
「分かる?」
イオルクがエスに笑ってみせると、エスは、またからかわれたと気付く。
「もう!」
エスの態度にケーシーが笑った時、部屋をノックする音がした。
イオルクが扉まで行って、料理を置いておくように頼み、店の人間が料理を運び終わるのを確認すると、イオルクは扉を開けて料理を部屋に入れた。
「兎に角、食事にしようか? お腹が減るから怒りっぽくなるんだよ」
「イオルクの一言のせいだと思うのは気のせい?」
「気のせいだ」
((言い切った……))
エスは諦めて溜息を吐く。真面目に考えるのは馬鹿らしい。それに最後のあれは、ケーシーに対するイオルクの気遣いとも感じた。
「もう少し掴み易い人だと、分かり易いんだけどなぁ」
イオルクは、ただ笑うだけだった。そして、イオルクは『いただきます』を言う前にツマミ食いを始めていた。
「ケーシー姉さん、あたし達も食べよう。イオルクに食べられちゃうよ」
「そうね」
「里に戻ったら、何したいかを話さないか?」
「それ、イオルクも加われるの?」
「そうだな。俺の場合は、何をしたいかじゃなくて、何をさせられるかにしようか?」
「帰ったら、また木を切る時期なんじゃないの?」
「だとしたら、家具造りですね」
「今度は、エルフ達に仕込まないとな」
イオルク達は笑いながら食事をして過ごした。
そして、その帰りの土産物屋では、本当に青水石が売っていた。ただし、ここ二年売れていないとのこと。イオルクは、使用方法を考えると、量は沢山要らないと判断したが、一応と漬物石ぐらいの青水石を100万Gで買った。