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材料編  92 【強制終了版】

 コリーナの家――。

 コリーナの両親――父親のエブルと母親のレミーは畑仕事に出ている。

 台所のテーブルにて、イオルクの話を聞こうとゴブレの隣にはコリーナも座っているが、イオルクは少し困り顔で話す。

「コリーナ。土産話をしてあげたいんだけど、優先して話したいことがあるんだ」

「いいよ」

「ただ、子供が聞くには、その話がちょっとキツイんだけど……」

「そうなの?」

「うん。……それにしても、随分、子供らしくなったな?」

「少し無理するのをやめたんだ。お爺ちゃんも、ゆっくり大人になりなさいって」

「それはいいことだ」

 ゴブレはイオルクの言葉に、コリーナを少し気にする。

「イオルク、表現を軽くして話すことは出来ないかね? 詳細は、夕方に皆が揃ってからでいいから」

「だったら、今、話すこともないんじゃない?」

「いや、簡単に話を聞いて、質問を纏めておきたいのだよ」

「そういうことか」

「……君は、話し方が少し雑になったな?」

「敬語使うと気持ち悪いんで、思い切ってやめることに」

「敬語を使い続けるという選択肢はなかったようだね……」

「でも、恐怖の対象に会った時は、事故防衛本能で切り替わるよ」

「君は、どんな人に会って来たんだ……」

 イオルクは笑って誤魔化すと、腕を組む。

「さて、どうやって話そうかな?」

「オレが話す」

「クリス?」

「切っ掛けは、オレだからな」

「そうか?」

 クリスは頷くと、咳払いをする。

「まず、自己紹介から。名前は、クリス。ちょっとした理由で、苗字も手に入ったが貴族が嫌いなんで省略する」

 クリスの変わった挨拶に不思議そうな顔を浮かべる、ゴブレとコリーナ。二人が簡単に自分の名を名乗ると簡単な挨拶が終わり、クリスはイフューとの出会いから簡潔に話し出した。

 自分が旅に出た理由、その途中で会ったイオルク、ドラゴンチェストでの再会、街の復興、ドラゴンアームでの治療、そして、里への帰還……。

 一応、コリーナを気にして血生臭い話や奴隷にされていたことの詳細は省いてある。それでも、クリスの話にコリーナは自分の置かれた立場を思い出していた。

「やっと、戻って来れたんだ……」

 コリーナの言葉に、イオルクは質問する。

「コリーナ。前は歳の近い子は居ないって言ってたよね? どうして?」

「……ごめんなさい。人間に連れ去られた子は、忘れるルールになっていたの」

「理由は?」

「里を守るため。昔、攫われた子を探しに行って、沢山のエルフが捕まったことがあったから。だから、助けるのを諦めようって……」

「そうか……」

 ゴブレが付け加える。

「それに連れ去られたら、まず戻って来れない。里でそのことを口にすると、連れ去られた親族が、いつまでも辛いままだからね」

 そのゴブレの補足に、クリスが気に入らないと質問する。

「助けないのか?」

「助けられないのだ。人間の中で、エルフは格下に見られている。そのエルフが人間に文句を言って話が通るのかね? 更に人数にも大きな差がある。一つの里に収まる人数しか居ないエルフと世界中に居る人間……、戦って勝つのは?」

「そりゃそうだ」

「我々は人間を信じない。君達が例外に見えるのだよ」

 クリスが軽く右手を上げて話す。

「本当は、そんなことないんだけどな。実際、イフュー達は復興させた街の人間と仲良くやってたんだ」

「信じられんな」

「多分、その格下っていうのが原因だよ。いつから根付いているか知らないけど、オレが物心つく頃には常識で浸透してたからな」

「君も、そう思うか?」

「いや……。寧ろ、スペックだけで考えればエルフの方が遥かに上だ」

「ほう……」

「ドラゴンチェストの街で、初めて使う魔法をエルフのイフュー達は直ぐに習得した。人間なら有り得ない。特に回復魔法は呪文を唱えない高度なものだ――人間にとっては、だけどな。あの調子だと、もっと上位の魔法も簡単に扱えるはずだ。同じ数の魔法使いとエルフが競い合えば、絶対にエルフが勝つ。なのに、何故かエルフの扱いが低い」

「不思議なことだ」

「きっと、数の暴力だろ? どっかの人間の馬鹿が、下らない自尊心から広げた風説に違いない」

「君は、同じ種族でも卑下するのだな?」

「馬鹿に馬鹿と言って、何が悪いんだ? オレは、例え人間でも、気に入らなきゃ仲間意識を持つ気はねぇ」

「変わった青年だな」

 イオルクがクリスを指差す。

「故に気に入ればエルフでも好きになる。コイツ、イフューに惚れてます」

 クリスのグーが、イオルクに炸裂した。

「くだらねぇことをバラしてんじゃねぇよ!」

 ゴブレとコリーナは驚いている。

「それは本当なのかね?」

「もう、命懸けちまったよ」

 ふて腐れて答えたクリスの答えに、イオルクが付け足す。

「ちなみにイフューもクリスのことが好きみたいだ」

「聞いたことのない話だ。エルフと人間が好き合うなど」

「見た目は似てるし、気が合えば、そういうこともあるんじゃないの?」

 ゴブレは額を押さえて考え込んでしまった。

「そもそも人間と話したことがなかったから、人間がどんな考えのもとで動いているか分からなかったからな……」

「そうなの?」

「儂の記憶の中では、イオルクが初めてまともに話した人間だった。それ以外は、過去の記録や噂からエルフを連れ去る存在であり、恐怖の対象だった」

「モンスターと同じ扱いだな……」

「仕方あるまい。そういう事実があるのだから。しかも、魔法を使わせないアイテムまで開発して捕らえに来るのだから、恐怖の対象になっても文句を言えないだろう」

「尤もだ……」

 イオルクとクリスは溜息を吐く。

「オレ達のせいじゃないんだけどな……」

「何か、どうしようもなく気落ちするよな……」

 ゴブレは笑いながら話す。

「君達は信用しているよ。イオルクには、その証拠を話してあるだろう?」

「はい」

 クリスは首を傾げる。

「何だよ? その証拠って?」

 イオルクがゴブレを見ると、ゴブレは頷く。

「俺が鍛冶屋なのは知ってるな?」

「ああ」

「俺は、ゴブレさんから伝説の武器を造るヒントを貰っているんだ。オリハルコンを探し出す方法や伝説の武器を造るのに必要な鉱石の特性とか」

「そうなのか……」

「今だから話すけど、ドラゴンアームでイフューの目が治った理由も知っているんだ」

「理由?」

「あの湧き出ていた水は、青水石の彫像から流れ出ていただろう?」

「ああ」

「オリハルコンっていうのは人の意思に反応する特性があるから、あの彫像に多く含まれているオリハルコンが、クリス達の願いを受信して青水石に癒しの力を与えたんだと予想している。それと、俺が聖なる棒を供えるって狂っただろう?」

「ああ」

「あの中には、俺が旅をしながら集めたオリハルコンを入れておいたんだ。簡単に言うと、クリス達の願いを増幅させたことになる」

「そんなことをしていたのか……」

「ゴブレさんとの約束があったから、俺は説明できなかったんだ」

「理由があるなら仕方ない。許してやるよ」

 ゴブレがイオルクに話し掛ける。

「約束を守ってくれていたのだな」

「当然」

「オリハルコンも大分集まったのかい?」

「小瓶三つ分。まだナイフも造れない」

「頑張っているじゃないか」

「集めるだけでも数十年単位になりそうだ」

 ゴブレは安心していた。イオルクは別れた時と変わらないままで、約束も守ってくれていた。その約束も明確なものではなく、曖昧な心に依存するものだった。

 また、それだけでなく、イオルクの親友も同じ様な信頼できる人間だった。

「儂は、少し人間を見直したよ」

「だけど、信じない方がいいぜ? ドラゴンチェストは相変わらずの無法地帯だったし、変わったのは、その中にある街の一つだけだ。今まで通り、絶対に外に出しちゃいけない」

「分かっているさ。それでも、君達みたいな若者が人間の中に居るということは救いなのだよ」

「そうか?」

「ああ、そうだ。さて、大体の流れは分かった。夕方まで寛いでくれ」

「寛いでと言ってもな――あ」

「どうしたのかね?」

「オレに魔法を教えてくれないか?」

「ん?」

「どう考えたって、エルフに魔法を教わる方がいいだろ?」

「構わんよ。しかし、教えられるのは、この里の子供に教えるのと変わらんよ?」

「それでも頼むよ。オレ、魔法を独学の我流で覚えてきたから、基礎が合ってるんだか分からないんだ」

「魔法の師は居ないのかね?」

「これだけだ」

 クリスは鞄の中から読み返してボロボロの本を取り出した。

「努力の跡が見られるな。いいだろう、着いてきなさい」

 ゴブレがクリスを連れて出て行くと、イオルクとコリーナは残された。

「どうしようか?」

「土産話の方を聞かせて」

「分かった。歩いて回った町の特性なんかを話すよ」

「また、悪い人達をやっつけたりした?」

「え~と、口に出せないぐらいの戦闘があったりも……」

「そこは怖いから聞かないどく」

「そうしてくれると、助かるよ」

 イオルクとコリーナは、久々の会話を楽しむことになった。


 …


 夕方――。

 コリーナの家で、イオルクとクリスは夕飯をご馳走になる。そして、夕飯が終わって少し経ってから、ケーシー、エス、イフューが訪ねて来た。

 ゴブレは当事者を自分の部屋に招き入れると、人数分用意していた椅子に座るように促した。

「皆、よく来てくれた。三人とも、久しぶりだ」

 ケーシー、エス、イフューがゴブレに頭を下げた。

「まず、儂の立場をイオルクとクリスに話しておこう。儂は、この里では最年長のエルフになり、相談役や纏め役になっている。本来、もっと長寿のエルフが居るのだが、数年前に、皆、死んでしまった」

「病気か何かか?」

「その通りだ。儂はイオルクの持っていた薬草で、一命を取り留めたがな」

「そんなことがあったのか」

 クリスがイオルクを見る。

「各国に、頭に竜のつく薬草があるだろう? あれが必要なんだけど、エルフはドラゴンウィングの薬草しか手に入れられない。俺はイチさんに渡された薬草を持っていたから、偶々、ゴブレさんを救えたんだ」

「そういうことか」

 ゴブレが続きを話し出す。

「それで、彼女達に起きたことの詳細を聞きたい。ケーシー、エス、イフュー、君達には心の傷を開くことになるかもしれない」

「構いません」

 ケーシーの言葉に、エスとイフューが頷く。

「では、里を守るために連れ去られた経緯から話してくれるかね? 今後、里を安易に出ないように注意を呼び掛けないといけない」

「分かりました」

 ケーシーからゴブレに里の外に出た経緯と捕まる過程が話される。そして、その後、ヒルゲの街に連れて行かれたこと、娼館で純潔を失って働かされていたこと、イフューが鉱山で労働させられていたことと……。

 ゴブレは目頭を押さえて悲観に暮れていた。

「こんな子供に信じられん……」

 イオルクとクリスも黙って聞いていたが、改めて聞くと気分が悪くなった。

「それからクリスが連れ去られたイフューの声を聞いて、立ち上がったのか……」

「そんな大層なもんじゃねぇよ。オレは、イフューが叫ばなければ無視していた。イフューの声に、人間としての良心が動いただけだ。結果からすれば、あそこでオレの心を救ったのがイフューになる」

「それで、最初に会った時の言葉に繋がるのだな」

「そうだ」

「君も苦労したのだな。三年で魔法を独学して」

「正直、かなり無理をしたと思う。でも、後悔はしてねぇよ」

「そうか」

 その後、街の復興で人間とエルフが手を取り合って頑張ったこと、イフューの治療のために、ドラゴンアームに赴いたことが語られた。

 ゴブレは、その話の最中にイフューを見て、イフューがクリスに対して好意を寄せていることを感じ取った。それと同時に、クリスもイフューに対して労わりを見せているのも感じられた。

 話は続き、ドラゴンアームでの治療については、イオルクからオリハルコンの説明を加えて話され、先ほど居なかったケーシー達にも真実が伝えられた。そして、里に戻るまでの穏やかな旅の説明で話は終わった。

 ゴブレは深く頷くと、静かに話し出した。

「なるほど、よく分かったよ。ケーシーとエスは、心に大きな傷を負ったはずだ。忘れたくても忘れられないだろう。大丈夫なのか?」

 ゴブレの問い掛けに、エスは正直に打ち明けた。

「正直、大丈夫じゃないです。お父さんやお母さんを悲しませてしまったし、純潔を失った時の記憶は消えないから……」

「そうか……」

「それに自分が汚い存在に思える時がある……」

 ゴブレは首を振る。

「そんなことはない。忘れられない記憶だけど、この里で時間を掛けてゆっくりと癒しなさい」

「はい」

「ケーシーもだ」

「はい……」

「ケーシーは自分を責め続けているが、この問題は君だけのものじゃない。子供達を放っておいた儂達、大人にも問題があるのだ。自分だけで悩まないで、皆で、この問題を解決していこう」

「はい……」

 小さく頷くケーシーに、ここに居る誰もが、ケーシーが一番心に傷を負ったと感じていた。里に帰るのを楽しみにしていたはずなのに、里に帰ってから自責の念が溢れてしまっていた。

 ゴブレは分かっていたが、話を続ける。もう一人の少女とも話さなければいけない。

「イフュー、君は肉体的にも精神的にも酷使させられた。大丈夫かね?」

「わたしは平気です。辛い思いをしていたけど、それが過去形になっていますから。ケーシー姉さんやエス姉さんの失ったものに比べれば……」

「そうか……。そして、その支えになっているのがクリスなのだね?」

「……はい」

「彼が居なくなったら、どうするんだい?」

 イフューは少し寂しそうに笑う。

「そうなりません。クリスに着いて行くつもりです」

「そこまで……」

「だから――」

 会話を続けようとしたイフューに、クリスが割り込む。

「オレをこの里に置いてくれないか?」

 クリスの言葉は、イフューを除く全員を驚かせた。

 イオルクがクリスに話し掛ける。

「この里で一生を終える気か?」

「そのつもりだ」

「でも、許してくれるのか?」

 イオルクがゴブレを見る。

「ちょっと、待ってくれ。突然の申し入れで――」

 止めるゴブレを無視し、クリスは続ける。

「イフューと話して、難しいことも承知だ。オレが先に年老いて死ぬこと。その年老いていく様をイフューに見せなければいけないこと。それでも、イフューと居たいと思っている」

 はっきりと言い切ったクリスに、イフューは嬉しそうに微笑み、ケーシーとエスは告白を目の当たりにして頬を赤く染めた。

 ゴブレが話しに静止を掛ける。

「待ってくれ。他にも質問したかったが、このままでは進められない。ケーシー、エス、イフュー、君達のことはよく分かった。これから、イオルクとクリスだけで話しをさせてくれ」

 ケーシー達は頷くと部屋を出て、帰宅して行った。

 部屋の中が広くなると、ゴブレは呆れながら話し出す。

「君という人間は……」

「本気で、嘘じゃない。それに、オレがここに居たい理由は他にもある」

「何かね?」

「イオルク、お前も無関係じゃない」

「ん?」

 クリスは一拍置くと、真剣な顔で話し出した。

「世界に何かが起きてる」

 クリスがイオルクを見る。

「お前、ノース・ドラゴンヘッドで異変が起きたよな?」

「異変というほどのものかは分からないけど、ユニス様の暗殺とかが起きたのは確かだな」

「その時、お前の武器の切断に管理者の魔法が使われたはずだよな?」

「まあ、呪文で凍らせた鏃を造ったのは事実だな」

「そして、ここからが重要なことだ。ゴブレさん、さっき、話さなかった話がある」

 それはドラゴンチェストを出た時から付いて回っているもの……。

「何の話だ?」

「オレ達は魔族の魔力が結晶化した石を持っている」

「な……!」

 長い時を生きているゴブレ自身も魔族という者に会ったことがなく、ゴブレは驚きを隠せなかった。

「魔族から結晶化した魔力の宝石を抜くところに携わった者から、こうも聞いている。その魔族から『管理者によって、見せられないものがある』と語られているって」

「見せられないもの……?」

 イオルクも管理者について話す。

「俺もクリスと同様の思いがある。管理者という者が何かをしようとしているんじゃないかと感じている」

「何かとは?」 

「連想するのは伝説の武器。単純に結びつけると、伝説の武器がないのはドラゴンヘッドだけで、必要な魔族の宝石が出てきたから」

「管理者が伝説の武器を造ろうとしていると言うのか?」

「そこまでは分からない。でも、魔族が言ったことが真実で、魔力の結晶化した宝石を取り出したんなら、伝説の武器の材料を取り出したことになる。そして、魔族の話には続きがあって、伝説の武器が造られると、それの実験に魔族の世界で大虐殺が起きるらしいんだ」

「そんな馬鹿な……」

「信じられないけどね。でも、宝石を体から引き抜かれた自分のことよりも、魔族の世界の心配をした、その魔族が嘘をついてるとも思えないんだよ。例えば、伝説の武器が造られた時、ただ造られただけだったら、何も心配することはない。自分の命の心配をするのが普通だと思うんだ」

 ゴブレは頷く。

「確かにそうだ。自分の心配を優先するはずだ。――そうなると管理者と呼ばれる者は、一体、何がしたいのだ?」

「分からない。だけど、伝説の武器というのは、ただ理由もなく造られるとは思えない。その管理者という者が、何らかの形で関わっていると思う」

 ゴブレは考え込んでしまい、代わりにクリスが話をする。

「そこでだ。オレのさっき言った、この里に居たい理由の二つ目。何か起きた時に何かをしておきたいってことだ。管理者という奴が何かをして、世界的な危機が訪れるとも限らない。だから、何か対応策を用意しておく必要があると思う。――その対応策として、オレは、この里で魔法を極めたい」

 イオルクは首を傾げる。

「それが何の役に立つんだ?」

「魔法を極めて、管理者の魔法と呼ばれるものを調べるんだよ」

「なるほど」

「だから、イオルク。お前は伝説の武器に対抗できる武器を造れ」

「……は? 伝説の武器を造るのか?」

「そこまでは分からないけど、ノース・ドラゴンヘッドで管理者の魔法が使われたり、お姫様の暗殺が起きたりするのは偶然か? 管理者ってのが悪者で、魔族の世界じゃなくて、こっちで伝説の武器を使って大虐殺をしたら、どうするんだ?」

「う~ん……」

「現にお前は、管理者の魔法を使って造られた鏃に対抗できる武器を求めて動き出したんだろ?」

「まあ、材料は揃い始めてるからな」

 ゴブレが顔を上げる。

「揃い始めている? オリハルコン以外の鉱石が集まっているのか?」

「赤火石はまだだけど、俺の国で採れるから」

「そうだ……。もう、魔族の宝石まで……」

「だけど、その宝石を使う気はないから、伝説の武器は造れないよ」

「「は?」」

 クリスとゴブレが疑問符を浮かべる。

「俺、純度100%のオリハルコンの武器を造るつもりだから」

「何で、そんなもんを造るんだよ? 魔族の宝石があるなら、組み込んだ方がいいだろ?」

「エンディとの約束だ。魔族の宝石は魔族に返す。それが出来ない場合は、海にでも沈めて存在を隠す」

 クリスは額に手を置く。

「……そうだった」

「だから、出来上がるのは最高の強度と切れ味を持った武器になると思う。まだ、ナイフになるか剣になるか槍になるか……、どんな武器を造るかも考えてもいないけど」

「でもよ、魔族の宝石を組み込めないんじゃ、武器で対抗できないんじゃねぇか?」

「いや、ガチで武器同士がカチ合えば、俺の求めている武器が勝つよ」

「何でだ?」

「ゴブレさん、いいかな?」

「ああ」

 ゴブレが返事を返すと、イオルクは続ける。

「金属で一番強固なのはオリハルコンなんだ。次がオリハルコンを混ぜた合金。そして、伝説の武器は、魔族の宝石を制御するのに宝石の属性に合わせた合金になっているんだ」

 クリスは納得する。

「そういう理由か。なら、それでいい。伝説の武器を壊せる武器っていうのは、十分に対抗できる武器だ」

「その分、使い手を選ぶことになると思うけどな。伝説の武器は、遠距離攻撃が出来るんだ。それを退ける力を持っていて、且つ、武器を扱える者が使い手になる」

「難しいな」

「難しいよ。しかも、この計画には、俺がオリハルコンを扱えて、それを形にする鍛冶屋の技術が備わっている必要がある。造った武器が鈍らじゃ対抗できない」

 クリスは力強い視線で、イオルクに語り掛ける。

「それでもやろうぜ。管理者に対抗できる何かを残さないと拙い気がする」

「まだ敵とも決まってないがな」

「敵と分かった時に、お互い爺になってたら、どうするんだよ?」

 イオルクは顎に手を当てる。

「それもそうだな。俺の方は、数十年単位の可能性が高いし」

「オレもそうだ。自分が完成された人間だと思ってないぞ。やるからには徹底的にやる。魔法をエルフの域まで高めなくちゃいけないんだから」

「……そうだな。やるからには最高のものを目指すべきだ」

「じゃあ、決まりだ」

 クリスはゴブレを見る。

「そういうわけで、オレに魔法を教えてくれ」

「困った青年だな……。もう決めてしまっているじゃないか……」

「一応、宣言しとくけど、一番はイフューだ。二番目が魔法」

「はっきりと言い切るな……。まあ、いいだろう」

「本当か?」

「ああ、何も起きないことが一番だが、何か起きてからでは遅いしな。それに人間が一人ぐらい里に居る方がいいかもしれん。外の情報を調べに行けるし、必要な薬草の調達もして貰える。エルフの身で外に出れば、悲劇が繰り返されるかもしれん」

「ああ、手足のように扱き使ってくれて構わねぇぜ」

 ゴブレは苦笑いを浮かべた。

「じゃあ、必然的に、俺は対抗する武器造りだな」

「そうだ」

「だけど、俺、ノース・ドラゴンヘッドに戻るまで、テンゲンさんのところで鍛冶修行をするつもりだから、それが終わってから自分の鍛冶場を造ると――本当に何十年掛かるか分からないんだよな……」

「そんなに掛かるのか?」

 イオルクは腕を組む。

「掛かると思うぞ。鍛冶場を造った後にオリハルコンを錬成しなくちゃいけないし、それが正しく錬成できるかの試行錯誤が、どれだけ掛かるかも分からない」

「聞いてるだけで気が遠くなるな」

「でも、間違いなく、そうなると思う。オリハルコンで武器を造るには、経験と知識を溜め込むしかない」

「まあ、オレもエルフの魔法を扱うのに、どれぐらい時間が掛かるか分からないか」

 イオルクとクリスは軽く笑い合う。

「クリスとは、ここでお別れだな」

「お互い、一段落したら会おうぜ」

「鍛冶場を開いたり、材料調達の時にここに来る。その時、俺の居場所も教える」

「ああ、さっきの話だと、オレも外に出ることがある。その時にお互い情報交換だ」

 イオルクがゴブレを見る。

「明日、この里を発ちます」

「ゆっくりしていけばいいではないか」

「鍛冶修行が少し遅れてるんだ。色んなところで寄り道をしてしまったから」

「寄り道か……」

 イオルクは笑いながら付け加える。

「外せない寄り道ばかりだったけどね」

 ゴブレはケーシー達に対するイオルクなりの気遣いだと感じると、無理に引きとめることは出来ないと判断した。

「今夜は、ゆっくり休んでくれ。……しかし、コリーナはイオルクに再会できるのを楽しみにしていたのだがな」

「人間は、せっかちなんだ」

 イオルクはゴブレに再び笑って見せた。


 …


 翌日――。

 クリスの里の永住願いが話されると、エルフの隠れ里は俄かに混乱した。しかし、ゴブレの補足説明で里に信頼できる人間が居る必要性が話されると、エルフ達は落ち着きを取り戻し、納得も広がった。

 クリスの扱いについてはゴブレの弟子という位置付けになり、魔法の資質に関しては里で一番低い存在に変わった。これから、コリーナやイフュー達と共に、基礎からの再出発である。

「イオルク、もう行っちゃうの?」

 里に残るクリスと違い、イオルクの滞在期間は一日だけ。コリーナは寂しそうだった。

「この前とは、違う約束をするよ。数年単位で頻繁に来る」

「本当?」

「俺都合だから嘘じゃない」

「イオルクの都合なの⁉」

 コリーナの反応に周りの皆が笑っている中で、イオルクがクリスに向き直る。

「長かった俺達の旅は、ここで一区切りだな」

「終わらないで、また連れて行かれる勢いだ」

 クリスは悪態をついてみせる。

「ノース・ドラゴンヘッドに薬草を取りに行く時もあるし、人間しか果たせない仕事も出てくる。その時、旅の続きをしようぜ――人生の旅の親友として」

「それも悪くないな」

「だろ?」

 イオルクとクリスは笑い合うと、イオルクは心に引っ掛かっている一緒に旅したエルフの三人に話し掛けた。

「楽しかったよ」

 エスが頷く。

「うん、楽しかった」

「今度来た時、里での楽しいことを教えてよ。ゆっくり出来る時間を作るから」

「うん、分かった。また旅をしてみたいけど、もう無理だよね?」

「無理だろうな。本当は、盗賊が居たり戦があったりするから、人間だって危ないんだ」

「それは、よく分かってる……」

「だけど、エスが、また旅をしたいって思えたのはいいことだよ」

「いいこと?」

「辛いこともあったけど、世界には見たり、感じたり、他にも色々と楽しいことが溢れているということを知ることが出来たんだ」

「うん!」

「それを里の皆に話してあげなよ。里の外に出たのはエス達だけなんだから」

「そうだね」

「ただし、あまり好奇心を煽って、無闇に里の外に出歩かせないように」

「ふふ……。それも、りょ~かい」

 イオルクはイフューを見る。

「クリスを頼むな」

「はい」

「イフューだけじゃなくて、三人に言えることだけど、これからクリスと大切な時間を取り戻していけばいいと思うよ」

「こんなにいい事が続いて、少し欲張りかなって思います」

「普通じゃないの? これは日常の中の当たり前の中の一つだよ。だけど、それが大事に感じられるから、欲張っているように感じるんだよ。きっと、里の皆が、それでいいんだと分からせてくれる」

「はい」

 最後に、イオルクはケーシーに話し掛ける。

「まだ責任を感じてるみたいだな?」

「…………」

 ケーシーは、何も言うことが出来なかった。

「俺と少しずつ返していこうか」

「……え?」

 俯くケーシーが顔を上げた。

「落ち着くまではダメだけど、俺と返していこう」

「何故、イオルクが?」

「まあ、俺も人間だし、直接的な原因に関わってなくても、ケーシー同様にモヤモヤしたものが胸に残っているんだ」

「……でも、何を返せばいいのですか?」

「そうだな……」

 イオルクは少し考えると、ポンと手を打つ。

「俺、ここに長期滞在すると色々やらされるから、その時に優先的に手伝ってよ」

「……手伝いだけ?」

「そう、二人で里に何か造って残していくの」

 イオルクはリュックサックを下ろし、中を漁ると小箱を取り出す。

「まず、一つ返したいんだけど、頼まれてくれる?」

「はい」

 少し瞳に強さを戻し、ケーシーは返事を返した。

「この中に旅で集めた薬草が入ってる。エスと一緒に拾い集めてたのを覚えてる?」

「はい」

「里から出れないエルフには貴重なものだから、これをケーシーに任せる。必要な時に煎じて使って、足りなくなったらクリスに頼んで補充して貰う。これは俺達人間とエルフの繋がりを保つものだから、絶対に疎かに出来ない。……任せていいか?」

 ケーシーはしっかりと小箱を受け取る。

「頑張ります」

「うん、任せた。エルフの技術は口伝が基本。薬草の効能を覚えて、使い方をしっかり覚えて」

 イオルクはコリーナを指差す。

「コリーナのお母さんが詳しいはずだ。コリーナと一緒に伝授して貰って」

「コリーナと?」

「コリーナは歳の近いエルフが居ないから、ケーシーぐらいしっかりしているお姉さんが居ると安心できる。俺やクリスと一緒に居ると馬鹿がうつる」

 クリスのグーが、イオルクに炸裂した。

「オレは馬鹿じゃねぇよ!」

「いや、そんな粗雑な態度を覚えさせるわけにはいかんだろう……」

「殴られんのは、お前に原因があるんだろうが!」

 イオルクは頭を掻く。

「まあ、兎に角……。頑張ってみてよ。今度来た時、また頼むから」

「……ええ、頑張ってみます」

 ケーシーは少しだけ微笑んだ。

「あと、三人にお願い」

 ケーシー、エス、イフューは疑問符を浮かべる。

「クリスが暴走したら、止められるのはイフューとケーシーとエスだけだから、しっかり頼むな」

「お前、まだ繰り返すのかよ!」

 ケーシー達は笑って頷いた。

「そのために必要な突っ込みスキルを旅で伝授したつもりだから」

「イオルクのあの行動に、そんな理由もあったの⁉」

 エスの声に、旅の時に流れていた雰囲気が漂うと、皆が笑っていた。

「じゃあ、そろそろ行くよ」

 イオルクはリュックサックを背負い直し、旅をして来た仲間とエルフ達に見送られて山を下り始めた。

 背中を預けあった親友とは、これからは別々の道を歩み出すことになる。クリスはエルフの隠れ里で、そして、イオルクは鍛冶技術の習得のため、ドラゴンテイルを目指す。

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