六年後――。
本日は、キリの声が城の敷地にある鍛冶場から響いた。
「イオルクは、何処に居る!」
この叫び声を何度聞いたことか……。
刀匠は苦笑いを浮かべながら答える。
「午前中に、本日の仕事を終えると――」
「終えると?」
「――色町に」
キリの額に青筋が浮かび、拳が握られると雄叫びがあがった。
「あやつは馬鹿者か! 戦うための修行は、どうした!」
「いつも寝る前に、一時間ほど基礎をしています」
「一体、どうしたのだ! ここ二ヶ月は、ずっと色町に通っているではないか⁉」
「何でも、納得できるものが出来たから、あとは時間を潰すだけとか?」
「その納得できたものとかのせいで、火炉を一つ潰しておるのだぞ! あの馬鹿者は!」
「はあ……」
キリが握っていた扇子を真っ二つに折る。
「直ぐに使いを出せ! 御爺様とわらわの前に引っ張って来るのじゃ!」
「わ、分かりました!」
刀匠の命令で、使いが色町に走った。
…
一時間後――。
テンゲンの部屋に、この国特有の着物を着たイオルクが頭を掻きながら姿を現わした。
「キリさん、何?」
「『何?』ではないわ! 御主は、何を考えておる! 戦うための修行は、めっきり減るわ! 本当に鍛冶屋になるわ! そして、ここ二ヶ月は、色町に通いっぱなしではないか!」
「血気盛んなもんで」
キリのグーが、イオルクに炸裂した。
「阿呆か! 本当に鍛冶屋になるつもりか!」
「そう言ってるじゃないか」
「御主の剣の腕は並みではないのだぞ!」
「並みじゃないかもしれないけど、この歳じゃ大成しないよ。やっと、国に帰れる年月が経ったけど、これから父さんに仕込んで貰っても、兄さん達以上になれないって」
キリは目をパチクリとしぱたく。
「は? 国に帰る?」
「言ったでしょう? 俺、国外追放されてるって」
キリは思い出したように呟く。
「そう言えば……。では、最近の行動は、何なのじゃ?」
「利益の還元だよ。鍛冶修行ばっかりで、テンゲンさんに収めてた武器の代金が貯まりに貯まってたからね。この国でしか使えない金で、持ち帰れないし」
「何で、使い道が色町なのじゃ?」
「俺がスケベだからだよ」
「御主なぁ……」
「それに、あそこは訳ありの子も多いでしょう? 俺は定価の二倍以上使って貢献してますよ」
「全く……。掴みどころのない男じゃな……」
「じゃあ、宵越しの金を残すつもりもないから」
「待て!」
また色町に繰り出そうとしたイオルクの首根っこをキリが掴んだ。
「無理に使わんでいい! その金をただで撒いてやるわ!」
「俺……、一発したいだけなんだけど」
キリのグーが、イオルクに炸裂した。
「御主、本物の阿呆じゃな! この国の要人を前に吐く言葉か!」
「どんな綺麗な言葉で飾っても、一発は一発だ……」
「クリスという抑止力がないと、ここまで馬鹿になれるのか!」
イオルクが溜息を吐く一方で、キリは憤慨して息を荒げていた。
そして、そんないつものやり取りを見て、テンゲンがイオルクに質問する。
「イオルク、いつ帰るつもりじゃ?」
「四日後にでも」
「また、急だのう。六年で、本当に満足いく技術を習得できたのか?」
イオルクは腕を組んで、首を傾げる。
「基礎の基礎から教えて貰って、あとは自分次第かな? 鍛冶屋である自分が造りたいものを造れる欲求を満たす技術を手に入れるだけ」
「何じゃ、それは?」
「結局、鍛冶屋も人間だから、仕事以外に造りたいものがあるんだ。鍛冶屋一人ひとりの理想がある。俺も、それを始めようと思う」
「この国の技術は、簡単なものではないのじゃがな」
「苦労しましたよ……本当に。たたら製鉄に始まり、折り返し鍛錬。素延べ、火造り、と続いて、焼入れに研ぎ……、他にも色々」
イオルクは持参していた細長い布袋を取り出す。
「本当は旅立つ時にテンゲンさんに渡すつもりだったんだけど――」
イオルクは、布に包まれた柄物をテンゲンに見せる。
「――俺の修行の成果です。これを受け取って欲しい」
イオルクから柄物を受け取ると、テンゲンは柄物の長さを確かめる。
「小太刀か……。何で、こんなものを持ってきたんじゃ?」
「キリさんに殴られると思ったから、ちゃんと修行してるってアピールしようと思って……保険で」
「思いっきり、殴られたあとじゃな……」
「万能じゃないんだから、怒られる理由ぐらい読み間違えるよ」
テンゲンは項垂れて溜息を吐く。
「……妙な気分じゃが、しっかりと見させて貰うわい」
テンゲンは小太刀を改めて見据え、柄から鞘まで見据える。
ちなみに小太刀とは、刀と脇差の中間の長さで、一般的には指先から肘より少し長い程度の刀の縮小版と考えて貰えればいい。
「鞘も繊細に出来ているな」
小太刀を鞘から抜くと、テンゲンが目の色を変える。
「黄雷石で出来ているのか……」
「その鉱石を溶かすのに火炉の温度を上げたら、火炉が壊れちゃったんだけどね」
テンゲンは水平に小太刀を構え、視線を刀身に這わせる。
「驚いたな……。名刀の一振りに匹敵する……」
(こやつ、ここまでの技術を習得していたのか……)
テンゲンは純粋に驚いていた。
「その黄雷石で出来た小太刀なら、あの鏃にも対抗できる……かもしれない」
「それほどの出来か……」
「切れ味も、ここの伝説の武器と同等ぐらいだと思うよ」
「斬鉄が可能だと?」
「数回なら。試しに造った黄雷石の小刀で薄い鉄を斬鉄してみたけど、四回目で僅かに刃毀れが出来た。繰り返せば、刀身は確実にダメージを蓄積させる。まあ、それでも研ぎ直してメンテナンスすれば問題ないと思うけどね」
「しかし、黄雷石を使うとはのう……。この国でも滅多に使わんぞ」
テンゲンは小太刀を眺めながら呟く。
「どうして、小太刀を造ることになったのじゃ?」
「何となく頭に浮かんだんだ。この国に残していく武器で、何がいいか迷った時、テンゲンさんの小太刀を構える姿が浮かんだ」
「この老いぼれが?」
「少し偉そうなことを言うけど、この国でテンゲンさんより技術を持っている人は居ないよ。当然、歳を取れば体力が衰えるし、力も落ちる。だけど、俺の武器を使ってテンゲンさんを生き返らせる。刀同士を合わせた時、斬鉄できる武器と斬鉄できる技術があれば……ってね」
「驕りじゃな。それは慢心だ」
「知ってるよ。だから、少し偉そうなことを言うって言ったじゃないか。そういうつもりで、テンゲンさんのために造ったんだよ」
テンゲンは顎鬚を撫でながら目を細める。
「嬉しいことを言ってくれる」
「テンゲンさん、お世話になりました」
イオルクは正座をすると深く頭を下げた。
頭を下げるイオルクに、キリが話し掛ける。
「そんな言葉よりも、戦ってくれる方が嬉しいのじゃがな?」
キリの言葉で、イオルクは顔を上げる。
「勘弁してよ。一回戦うとアサシンの挑戦者が十人は集まるじゃないか」
「よく言うわ。『槍が出来ました』『剣が出来ました』と言う度に、アサシンを利用して戦っていたくせに」
「そうなんだけど……」
キリは手の中で扇子を叩く。
「そうじゃ、いっそ残りの四日間は戦い尽くせ」
「は?」
「生きるか死ぬかの四日間耐久大会じゃ!」
「じょ、冗談じゃない!」
テンゲンはニヤニヤと笑い、キリは唇の端を吊り上げる。
「決まりじゃな。一日くれてやるから、自分の武器を整備するがよい。四日のところを三日の耐久にしてやるぞ」
「それこそ、阿呆だ!」
「黙れ!」
キリのグーが、イオルクに炸裂した。
「御爺様。早速、準備を始めます」
「許可しよう」
(この国、最後まで最悪だ……)
こうして、三日間耐久の実戦紛いの大会が行なわれ、イオルクはヘロヘロになってドラゴンテイルを後にすることになるのだった。