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材料編  96 【強制終了版】

 盗賊は砂漠を南下して、岩場の広がる場所にイオルクを案内した。小高い砂の丘に隠れた岩場の隙間が盗賊の隠れ家だった。

 イオルクは盗賊の後に続く。岩場の洞窟の中は奥深く、砂が途中から侵入しなくなっていた。盗賊は一番奥の薄暗い場所に腰を下ろし、ランプに火を灯した。

「へ~」

 岩場の奥は生活用品が置かれ、壁には外套が幾つか下がっていた。

「座りな」

「ああ」

 イオルクが盗賊の向かいに腰を下ろすと、盗賊はフードを取って外套を脱ぐ。盗賊は外套を丁寧に畳むと、直ぐ側に置いた。

 盗賊の肌は砂漠に居るにしては白く、長い髪は燃えるように赤かった。そして、エルフのように尖った耳が嫌でも目に入る。

「私が誰だか分かるか?」

「初対面のはずなんだけど?」

 盗賊は溜息を吐く。

「こっちの世界は、随分と情報が乏しいな」

「こっちの世界か……」

 イオルクは尖った耳を見詰めながら、エンディの話を思い出していた。

「私の名はミリアム……、魔族だ」

「そっか」

「…………」

 ミリアムが額を押さえる。

「その反応は凄く困るのだが……。驚くとかしてくれないか?」

「凄く驚いた」

「嘘をつくな」

 イオルクは笑っている。

「俺の名は、イオルク・ブラドナー。人間だ」

 『人間なのは知っている』という顔をしているミリアムを見ながら、イオルクは続ける。

「もしかして、魔族の女王様だったりするか?」

「……どうして、それを」

 驚くミリアムを余所に、イオルクは『やっぱり』と心の中で思う。何百年と存在を確認されていない魔族がここに居るということは、ドラゴンチェストで知った魔族以外ないと思っていた。

「よかった。約束を果たせそうだ」

「約束?」

 イオルクは頷くと、軽く右手をあげる。

「なあ、エンディっていう名前に覚えはないか?」

「エンディ? もしかして、ドラゴンチェストの、初老の?」

「そうだ」

「どうして……」

 イオルクはリュックサックを引っ張り、中をゴゾゴゾと漁ると、エンディに託されていた魔族の宝石を見せる。

「これに見覚えは?」

 ミリアムは目を大きく見開き、イオルクの手のものを凝視する。

「そ、それ……。私の探し物……」

「エンディは約束を守ったよ」

「……え?」

「詳しく話そうか?」

「聞かせてください!」

 ミリアムの言葉遣いが変わる。彼女は盗賊から女王に戻っていた。

 イオルクは頷くと、ゆっくりと話し出す。

「縁があって、ドラゴンチェストのヒルゲの街を訪れたんだ。覚えているか?」

「忘れられません。私の核を引き抜き、そのまま純潔も奪われたのですから」

「その諸悪の根源のヒルゲから、俺の親友が街を開放したんだ。親友はクリスっていうんだけど、クリスがヒルゲを倒したんだ」

「クリス……」

「クリスはその街の出身で、約束を果たす過程でヒルゲを倒した。その約束というのがエルフの子を助け出すことだったんだ」

「エルフまで犠牲になっていたのですか?」

 イオルクは頷く。

「続けるよ。その後、俺も街の復興を手助けして、街を離れる時にエンディに託されたのが、この宝石だ。エンディは、ミリアムの言っていた『宝石を渡さないように……助けて欲しい』という約束を守り、その過程で初めて主に逆らった。ヒルゲに命令されて加工するはずだった魔族の宝石を贋物の宝石と摩り替えてヒルゲに渡し、宝石を封印する箱ごと隠し持っていたんだ」

「貴方に託された理由は?」

「俺が街を出るからっていうのと、ヒルゲに捨てられたミリアムが生きて居たら、旅の途中で会うかもしれないから。エンディは街を復興させた、俺とクリスに託したんだ」

「あの方が……」

 ミリアムは両手を合わせる。

「ありがとう……」

 ミリアムはエンディに感謝の言葉を囁いた。

「これで、俺の話は終わり。そして、直ぐにこれを返したいけど、ミリアムのものだって証明できるか?」

「それは簡単です」

 ミリアムは服を着崩して胸の中央を見せる。

「この傷跡は消えることがありませんから……」

「分かったよ」

 イオルクは小箱をミリアムに差し出す。

「受け取って」

「はい……」

 ミリアムは小箱を受け取ると、大事そうに胸に抱えた。そして、何かに安堵すると、再びイオルクに視線を戻した。

「イオルク……。少し話を聞いてくれませんか?」

「構わない。俺も少し話をしたいと思っていたとこだし」

 ミリアムは静かに頷いた。


 …


 ミリアムは小箱を見せて、イオルクに問い掛ける。

「これを私が悪用すると思いませんでしたか? これで人間に復讐するって?」

「エンディに感謝の言葉を言った人が、そういうことをするとは思えないよ」

「……そうですか」

「それよりも、言葉遣いの違いに驚いたかな?」

「盗賊が丁寧な言葉で脅しても、誰も怖がりませんから」

 イオルクはミリアムの答えに疑問を思い出す。

「そうだ……。何で、盗賊なんかしてたんだ?」

「この宝石が、ここを通る可能性が高いと思っていました」

「理由があるのか?」

「はい。その前に私の世界の話をさせてください。そこから話さないと繋がりませんから」

「分かった」

 ミリアムは暫し目を閉じたあと、話し出す。

「イオルク。魔族の世界とは、どのような世界だと思いますか?」

「ミリアムに会うまでは、力と暴力が支配する世界かな? 皆、凶暴で常に戦っているような。だけど、穏やかな話し方のミリアムを見ると、『そんなことはないのかな?』って思う」

 ミリアムは自分の胸に手を当て、話を続ける。

「我々魔族は、エルフに近い存在です。魔法の力に秀でています。そして、エルフと違い、凶暴性があるのは確かです」

「そうなのか? しっかり理性で制御できてる感じだけど?」

「それは、こちらの世界に居るからです。あちらの世界に居ると、そうではありません。何故なら、魔族の世界はすべてが乏しいからです。奪い奪われる世界です」

「乏しい?」

「魔族の世界は、ここの世界の裏側にあり、砂漠と豊かな土地が逆なのです」

「それじゃあ……」

「はい、食べ物も行き渡りません。僅かな土地を巡って争いが絶えません。魔力の高い魔族から豊かな土地の中心に住んでいきます」

「なるほど……」

「私の住んで居た国は、この砂漠の裏側にあるのです」

「吃驚だな」

 ミリアムは頷く。

「この世界で属性が分かれるように、魔族の世界も属性が分かれています。火、風、雷、土、水……。そして、その国を魔力の一番強い者が治めます」

「ミリアムも女王様だから支配者になるのか?」

「そうなります。そして、私が魔族の最後の王になります」

「最後?」

 ミリアムは頷く。

「理由は分かりませんが、魔族の中で稀に核を持った者が生まれます。生まれた時から魔力が高く、長く生きていくうちに核を形成し始めます。その核に魔力を溜め込み成長するのです。また、この核は無限に近い魔力があると思われます。私は、核が一定の大きさを超えてからは、魔力を外から吸収しなくても魔法を使うことが出来ました。それだけではありません。瞬間的に発生させる魔法も巨大なものになります」

「その核っていうのは、一定の大きさを超えると大きくならないの?」

「私の核は、これ以上は成長しませんでした」

「へ~」

「しかし、この核があるが故に狙われるのです。今は亡き他の王達も核を持っていました。その誰もが核を抜き取られ死んでいます」

「その核が伝説の武器に使われているんだよな?」

「はい」

「抜き取られたミリアムが死んでいないのは?」

 ミリアムは視線を落とす。

「殺されなかったからです」

「……どういうこと?」

「私以外の王は核を抜き取られ、ただの魔族に戻ってから、他の魔族に殺されています」

「何で……」

「力で支配していたからです。積もりに積もった積年の恨みが、王に向かったのです」

「怖いな……」

「それだけではありません。その王の死が過ぎたあと、完成した伝説の武器を持って、管理者と呼ばれる者が、その国の人間を殺し尽くすのです」

「エンディの話だと、実験だっけ?」

「はい」

「そして、また管理者か……」

 イオルクは管理者という存在だけが、こちらの世界でも魔族の世界でも共通に存在しているのだと理解し、管理者という存在が異質な存在に思えた。

「これを話した上で、私がこの砂漠に留まった理由です。伝説の武器は、風、雷、土、水に携わった国にあります。私の核は火の力を宿し、ドラゴンヘッドは赤火石を持つ火の属性の国です。私は、ドラゴンヘッドで伝説の武器が造られると思いました。故に、この砂漠を通って来る可能性に賭け、盗賊に身を窶し、奪い返そうとしていたのです」

「なるほどね……。実は管理者が動いている節が、この世界でも幾つかあって、一緒に予想して欲しいんだ」

「構いません」

 この世界と管理者のことについて何か分かるかもしれないと、イオルクは自分のことから話すことにした。

「俺は、元々ノース・ドラゴンヘッドの騎士だったんだ。暗殺騒ぎの時に王を守るために、守るべき王を成り行きで足蹴にしちゃって、十年の国外追放になってる」

「どうすれば、そのようになるのですか……」

「それは置いといて」

 イオルクは話を続ける。

「その暗殺騒ぎの時、暗殺者が毒を凍らせた鏃を造ったんだ。だけど、人間が魔法の力に関してはダメダメなの知ってるだろう? 呪文を使って補助してやっと使える。レベル分けして、そのレベルに達した資質がなければ発動もしない。エルフは詠唱なしで扱える。魔族もなんだろう?」

「その通りです」

「で、その時な。暗殺者は呪文を唱えたんだ」

「それが?」

「人間の魔法で凍らせる魔法は、一番レベルの高いブリザードと呼ばれるものしかない。名前の通りの広範囲の大魔法だ」

「しかし、暗殺者はブリザードではない呪文を唱えて凍らせた……」

「管理者の魔法じゃないかと思う」

 ミリアムは頷く。

「その通りでしょうね」

「やっぱり……」

「理由もある程度、予想できます。狙われたのが王族なら、狙いは国でしょう。伝説の武器を造らせるためです。国のトップと丸々入れ替わるか、国の危機感を煽り、伝説の武器を造らせるように誘導する」

「……そんなことが可能なのか?」

「可能でしょうね。武器に伝説がつく時に逸話が出来ます。神からの御告げや伝説の魔物を退治したなどです」

「ああ、あるある」

「今回は倒すべき敵――魔物を用意していると思います」

「何故?」

 ミリアムは自分の核のあった胸に右手を置く。

「核を持つ私を、誰が倒したと思いますか?」

「管理者じゃないのか?」

「赤い目の黒い獣でした」

「黒い獣?」

「はい」

 イオルクは腕を組む。

「う~ん……。こっちの世界で、その姿の獣と言うと、キラービーストというモンスターが居るんだ。何百年も前から目撃されているモンスターで、暗殺騒ぎの時に見たって話も……」

「もう随分と前から準備されていたようですね」

「信じられないけど……、本当に何か起きるのか?」

「分かりません。しかし、貴方は何かを感じているから、魔族の私と話をしているのでしょう?」

「ああ……」

 イオルクは考え込む。この世界全てが何か絶対的なものに動かされている気がする。

「何より、人間だけの問題じゃないか……。ミリアムは、これからどうするんだ?」

「私は魔族の世界に戻り、身を隠します。伝説の武器にこの宝石が必要なら、管理者は新たな魔族の宝石を求めるでしょう。この宝石さえ奪われなければ、最悪、次の誰かが核を持つまで何も起きないはずです」

「なるほど」

「貴方は、どうするつもりだったのですか?」

「俺は、そんなことを知らなくて……。ノース・ドラゴンヘッドでロングダガーを切断されてから、それに対抗できる武器がなくちゃって思って、対抗できる武器を造ろうと考えてた。ちなみにロングダガーは、さっき言ってた鏃で切断されてる」

 ミリアムは少し嫌な予感を抱きながら、イオルクに問い掛ける、

「イオルク……。既に武器を造ろうとしている、今の状況に疑問はありませんか?」

「もしかして……、俺が管理者に動かされていた?」

「その可能性です」

「そう思いたくないから、口には出さないでいた」

「可能性の一つを黙殺して、どうするのですか……。しかし、個人で動くとは思っていないでしょうから、イレギュラー的な存在だと思います」

 イオルクは安堵の息を吐く。

「よかった……。あ、でも、親友と何か起きているのは分かっていたから、それの対策も含んでいたんだ。親友が管理者の魔法を……。俺が対抗できる武器を……」

 ミリアムは顎に右手を当てる。

「貴方は管理者にとって、予想外の人間かもしれない。この世界が出来て以来のイレギュラー」

「それがいいのか悪いのか……」

「でも、悪いことが起きた時の事前策なのでしょう?」

「クリスとも、そういう話になってる」

 ミリアムは呆れて緩んだ気を引き締め、改めてイオルクを見据える。

「正直、何が起こるのか分かりません。十分に気をつけてください」

「どうしたんだ?」

「少し気になることがあって……」

 イオルクは疑問符を浮かべる。

「造られる伝説の武器は、きっと最後になる。最後の武器を造り終わった時、何か起きるのではないでしょうか?」

「そうだな、属性からいって」

「それが、とてつもなく怖い……」

「確かに。そして、こっちの世界にも大きな謎が残ってる――勇者が最後に訪れるドラゴンレッグ。あそこは、何なんだろう?」

「……生憎、分かりません」

「そりゃあね。魔族の世界の人だし。でも、全部繋がってそうだ」

「…………」

 ミリアムが大きく息を吐く。

「とりあえず、この話は終わりにしましょう。もう、情報を交換できることもありませんから」

「そう……かな? うん、思い付かない」

 ミリアムは手の中の小箱を見る。

「これは、ここから出さない方がいいのかも……。この箱があるから存在を隠せるのだから……」

「そもそも抜かれた核って、元に戻るのか?」

「試したことはありません……」

「そして、その箱から出せば、魔力とかから場所が分かってしまうかもか……」

 イオルクも小箱を見る。

「それさ。蓋閉めて封じ込めてるから効果があるのかな? それとも、ある一定の距離にあれば、存在を隠してくれるのかな?」

 ミリアムは言っている意味が分からず、片眉を歪める。

「何を言っているのですか?」

「後者なら核を戻して箱を肌身離さず持っていればバレないだろう? だったら、核を戻して、胸の近く――ペンダントとかにして、首から下げておけばいいんじゃないか?」

「そういうことですか……」

「一度、開封してみないか? 拙そうだったら、直ぐに閉めるから」

 暫し考えに耽ると、ミリアムは頷く。

「そうですね。でも、開けた時に何が起こるか分かりません。ここを壊されても困るので、砂漠で試しましょう」

「分かったけど……、爆発でもするのか?」

「そういう訳ではなく、箱の中に魔力が充満していて、意志に反応するかもしれないということです。魔法を使うのは精神力ですから」

「この密閉された洞窟に魔力が充満するのは困りものかもな」

 ミリアムが微笑む。

「不思議ですね。私を襲った人間と貴方では全然違う」

「いい男だろう?」

「ええ。魔族の男よりも素敵です」

「本当?」

「魔族は、魔法が力の象徴ですからね。貴方のように逞しい人は居ないのです」

「納得」

 イオルクの言葉に、ミリアムは再び微笑んだ。

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