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材料編  99 【強制終了版】

 サウス・ドラゴンヘッドの一本道――。

 ミリアムと別れたイオルクは、砂漠を抜けてドラゴンヘッドに入っていた。予定より三日遅れての砂漠抜けだったが、砂漠で不自由をしていたわけでもない。体調は至って良好。

 しかし、問題はないが気掛かりはある。

「ミリアムの言ってた女難って、何だろう? 普段なら気にも留めない言葉なんだけど、魔族の女王様だもんなぁ」

 約十年ぶりのドラゴンヘッドの大地なのだが……。

「どうも、気になるんだよなぁ」

 イオルクは真っ直ぐに続く道を見ると、頭を掻いて道を外れる。

「人に会わない道を行こう……。順調に到着すると追放期間の十年経過しないし……」

 イオルクは地図にあるノース・ドラゴンヘッドの王都への道を無視して、直線で向かう険しい進路を取った。


 …


 三日後の深夜――。

 魔法の国であるサウス・ドラゴンヘッドの城で事件が起きていた。十年前のノース・ドラゴンヘッドの失敗以来、練られていた計画――支配者の挿げ替え。獣の指示の下で、獣に忠誠を誓ったサウス・ドラゴンヘッドの大臣達は、王と王に従う臣下を手に掛けた。

 王の暗殺、残った王の臣下の拘束……。謀反を起こした大臣達が持つ私兵の圧倒的な数と獣の圧倒的な力により、挿げ替えは難なく成功した。

 しかし、その中で、最後の抵抗を起こす者が居た。歳の離れた王の妻――王妃である。王妃は生まれたばかりの我が子を抱いて、夜の森を走っていた。

 追っ手は馬に乗った二人の兵士。王妃は狭く立ち並んだ木を利用して逃げ続けていた。しかし、魔法を使うことに長けていても、走ることには慣れていない。追う兵士二人も、それが分かっているから弄ぶ。

 馬の上から弓を引いて矢を当てるゲーム。王妃の背中や腕には、何度となく矢が刺さり、その都度、矢を引き抜き、回復魔法を掛けて傷を塞ぐ。息は切れ、腕の中の我が子は鉛のように重たかった。

(それでも、死ねない……。諦め切れない……)

 小高い崖の上に追い詰められて、王妃は口を強く結んだ。馬では下りられない回り道が必要な場所。王妃は覚悟を決めると、崖から飛び降りた。


 …


 イオルクは焚き火をしながら、先ほど仕留めた猪の肉を焼いている。一人分にしてはあまりに多い量。そのため、余計な客まで呼び寄せてしまっていた。近くには狼の死体が三体転がる。

「残ったらあげてもよかったのに、食べる前に猪を掻っ攫おうとするんだもんな。ついでに俺まで食べようなんて……」

 狼には仕方なく死んで貰った。

「狼って食べれるのかな?」

 味噌をつけて焼きあがった猪の肉を食べながら、残った猪の肉をどうしようかと考えていた時、声を掛けられた。

「助けてください!」

「ん?」

 赤ん坊を抱えたボロボロの女性。身なりのいい服から貴族を思わせる。鮮やかな長い金髪と青い目からエルフを思い浮かべるが、耳は尖っていない。

 イオルクの頭にミリアムの言葉が思い浮かんだ。

「女難的中か……」

 イオルクは、ゆっくりと立ち上がった。


 …


 イオルクが立ち上がると、女性は駆け寄り叫んだ。

「兵士に追われています! 匿ってください!」

「匿えって……。ここは森ん中で、俺の家じゃないし……」

「御願いします!」

 イオルクは頭を掻く。

「悪者なら、手っ取り早く倒そうか?」

 女性は首を振る。

「ダメです! 彼らは、ただ命令をされているだけだから!」

「殺されそうになってる相手を庇うのか?」

「御願いします!」

 イオルクは女性の抱いている赤ん坊を見る。

「赤ん坊の方は、お母さんに協力的みたいだ。こんな状況なのに泣かないなんて」

 女性は腕の中の赤ん坊を見ると、涙を流して強く抱きしめた。

「逃げるんだから、時間を稼がないといけないんだろう?」

「……はい」

「一つ、皆の知ってる伝説に準えて騙してみるか」

「え?」

 イオルクが女性の髪に触れる。

「髪を貰うよ」

 女性は青い瞳に強さを宿らせて頷くと、イオルクに従った。


 …


 馬の蹄の音が響き、兵士が王妃を探しに回り道をして崖下まで下りて来た。だが、直に辺りを漂う不快な臭いに顔を顰める。

『何の臭いだ?』

『分からん』

 馬を進めると月明かりに異様なものが映った。血塗れの狼の獣人。

『何だ⁉』

 狼の獣人はグチャリと口から金髪の髪と肉片を吐き出すと、兵士に話し掛ける。

「何者だ?」

『お、お前こそ……』

 狼の獣人が足を進める。

「俺が聞いている」

『ひ、人を探している!』

「……女か?」

『そ、そうだ』

 狼の獣人は指を差した。先ほど、吐き出した肉片が転がる場所。そこには捜し求めた女性の首が血塗れで転がり、よく辺りを見渡せば血と内蔵と思しきものが散乱する。兵士の一人が思わず口を押さえた。

「持って行くか? 食べ残しだが……」

『い、要らない! 行くぞ!』

『キラービーストだ!』

 兵士二人は馬から降りることもなく、その場を走り去った。

「…………」

 狼の獣人が頭に手を掛けると、不快な音を立てて狼の頭部が外れた。

「気持ち悪い……」

 イオルクは狼の屍骸を投げ捨て、女性の首のところまで走って地面を掘り起こし、女性を引っ張り上げる。

「多分、報告に行ったから、往復の時間を考えれば、かなりの時間を稼げるはずだ」

「ええ……」

「残りの狼と猪の屍骸を潰して、あんたの髪を撒いておく。多分、バレると思うけど、キラービーストの線を調査する可能性が高い。そうすれば、更に時間を稼げる」

「そうですね……」

 女性は凄惨な現場に失神しそうになる。

「この先に川があるから、先に清めてろ。俺は後始末をしてから、荷物を持って追う」

「必ず来てくださいね。貴方も狙われるかもしれませんから……」

「道々、理由を聞かせて貰うよ」

 女性は川に向かい、イオルクは狼と猪の死体と女性の髪を撒き散らす作業に入った。


 …


 女性は川で身を清めて狼の血を洗い流し、服も出来るだけ手洗いする。矢により穴だらけの服をきつく絞り、もう一度、身に纏った時、イオルクが現われた。

 イオルクは豪快に川に入ると一気に体を洗い、頭を洗う。そして、リュックサックから替えの服を出し、着替えを始める。

「あんたは、どうする? 貸してやるぞ?」

「御借りします」

 女性はイオルクに服を借りると、森の奥へと入って行った。そして、暫くして着替えを済ませると、今まで着ていたボロボロの服を持って現われた。

「手荷物は、俺が持つ」

「御願いします」

 イオルクは女性の着ていた服をリュックサックに詰め込むと、リュックサックを背負い直して川の中を歩き出す。

「行くぞ。足跡から追跡されるから、川を上流に進んで足跡を消す。そうすれば、連中は俺達が上流に向かったのか、下流に向かったのか、何処で上がったのか、向こう岸なのか、こっち岸なのか、分からなくなる」

「はい」

 イオルクが川の浅瀬を進むと、女性は赤ん坊を抱きながらイオルクの後に着いて行った。女性は城を出て森に入り、ずっと走り続け、今度は川を流れに逆らって歩くことになる。浅い部分とはいえ、僅かな川の抵抗で残り少ない体力は奪い去られていく。また、川の水の冷たさも容赦なく体力を奪った。それでも歩き続ける。歩みを止められないと、自分を奮い立たせる。

 イオルクがチラリと後ろを見ると、女性は必死に喰らい着いて来る。何が彼女をそこまでさせるか分からないが、この必死さは信用するに値するものだと、イオルクは思った。

 そして、更に二十分ほど歩き続けると、バチャンと水の音をさせ、女性が膝を突いた。

「限界だな」

「……ま、まだ大丈夫です」

「嘘をつくなよ。限界まで歩かせたんだから」

「……え?」

 イオルクが赤ん坊を抱いたままの女性を両腕に抱きかかえる。

「何を……?」

「いいから。ここまでが、あんたの限界だ。ここから俺が、あんたを抱いて川を上って行けば、連中の予想した捜索範囲よりも外に出ることになるだろう」

「……あ」

「分かったか?」

 女性は無言で頷いた。

 イオルクは女性を抱いて歩きながら質問する。

「休みながら話してくれないか? 一体、何があったんだ?」

 女性は逃げることだけで精一杯なっていて、忘れていたことを思い出した。凄惨な現場を目の当たりにして、そこにある死から逃げ出したことが記憶に蘇ると涙が零れた。

「……夫が殺されました……」

「殺された? それなのにさっきの兵士を倒すなって、どういうことだ?」

「殺されたのは、サウス・ドラゴンヘッドの王……。大臣達が謀反を起こしました……。そして、兵士は知らないまま動いているだけ……。国の民を殺せない……」

「……待ってくれよ。そうなると、王妃様か? 呪われてんのか、俺は?」

 イオルクは首を振る。

「そんなことは、どうでもいい。サウス・ドラゴンヘッドで謀反が起きたんだよな? ノース・ドラゴンヘッドの王様に助けを求めるっていうのは出来ないのか?」

「話が通るか分かりません。突然のことでしたし、私が罪人扱いになっているかもしれない……」

「罪を擦り付けられてるってことかよ。そうなると、ノース・ドラゴンヘッドから逆に引き渡すことになる可能性もあるのか……。じゃあ、どうするんだ?」

「身を隠すしか……」

「身を隠して、どうするんだ? 時期を待って権力を取り戻すのか?」

「いいえ……。この子が幸せに生きられるなら、何でもいい……」

「王妃をやめるのか?」

「立ち向かうには、あまりに大き過ぎる……」

(王の妻を逆らえなくするほどの権力が、謀反を起こした大臣達に備わっているってことか……)

 イオルクは暫く無言で川を歩き続け、あることを思い付く。

「あんた、その子のためなら身分を捨てられるんだよな?」

「はい。ニーナ・ビショップを捨てます」

「分かった。このままノース・ドラゴンヘッドに入って、東を目指す」

「東?」

「そこにドラゴンチェストからの移民の町がある。そこは俺の紹介が利くから、帰りにドラゴンチェストからの移民を連れて来たということにして、住まわせて貰え」

「移民の町……」

「贅沢はなしだ。正体がバレないように、髪は今のまま短髪。サウス・ドラゴンヘッドの出身だってバレないように魔法も使うな」

「はい」

 ニーナは強く頷く。

「他にも貴族の振る舞いとかもするなよ」

「はい」

「あとは、自分で考える。俺は、しゃべりながら歩くの辛い」

「え? あ、はい」

 ニーナは会話を止めて、言われた通りに考え出した。

(そろそろ、俺もきつくなってきた……。川を上がって、早めに国境を越えよう。最悪、何かあってもノース・ドラゴンヘッドに入っていれば……、兄さん達に助けを求められるかな?)

 イオルク達は川を上がると、北を目指した。ちなみに、この時、イオルクの頭の中からは国外追放の期間はすっかり抜け落ちていた。故に、最後の最後で十年間の国外追放の約束は破られることになる。しかし、この約束が破られていることに気付く者は、後にも先にも居なかった。それはイオルク本人も例外ではなかった。


 …


 川を上がり東に進んだため、目的だったノース・ドラゴンヘッドの王都は北西に位置していた。

 この逃避行では行方を晦ますために、町にも寄れず、宿屋にも泊まれない。食料調達も現地調達ということになり、食べられる野草の採取や獲物を狩って補っていた。そして、そんな悪条件の中、イオルク達は常人の足では辿り着けない日数での移民の町への到着を目指していた。これはニーナが移民の町に移住した日にちから、ニーナの存在を割り出させないためである。

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