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材料編 100 【強制終了版】

 二日後――。

 イオルクの目的地だった王都からは随分と離れ、現在、イオルクとニーナと赤ん坊はドラゴンヘッドの中央付近を進んでいる。ちなみに赤ん坊は、ニーナの腕から背中におんぶされる形に変更している。

「足場が悪いですね」

 踏み固められて舗装されていない凸凹の道なき道を進み、ニーナからは弱音が零れた。

「近道をしてるからだ。移動時間にも誤差を作る。万一、移民の町に追っ手が来て、名簿を確認しても時間的に無理だと思わせるんだ」

「……よく考えていますね」

「ノース・ドラゴンヘッドの騎士の勉強で、追っ手から逃げる方法ってのを実践してる。使うのは初めてだけどな」

「イオルク様は騎士でしたか……」

「様は付けない。言葉遣いに気を付ける」

 ニーナは慌てて言い直す。

「す、すみません……、イオルク」

「うん、それでいい。忘れてたけど、俺、苗字もあるんだ。苗字も付ければ、イオルク・ブラドナーだから」

「ブラドナー……。有名な騎士の名家ですね」

「そこの追放されてた三男坊だよ」

「あの……王様を足蹴にした?」

「そう」

「貴方が……」

 ニーナは足を止め、じっとイオルクを見続ける。

「どうしたの?」

「いえ、ユニスさ――ユニス姫は、貴方のことを高く評価していましたから」

「知り合いか?」

「王族同士の御付き合いです。話が合わなくて暇そうにしていたら、ユニス姫から声を掛けて頂きました」

「不思議な人でしょう」

「ええ。人を引き付ける魅力を持っています」

「懐かしいな」

 イオルクは目を細め、視線を遠くへ向ける。釣られるようにニーナもイオルクの視線に目を向けると、二人の視線の先に防壁に囲まれた町が小さく見える。

 イオルクが町を指差す。

「寄らないけど、あそこがノース・ドラゴンヘッドの中央の町だよ」

「大陸の真ん中の町ですね」

 イオルクは頷く。

「あそこは騎士の国でも少し特別で、魔法特区になっているんだ。魔法が推奨されている」

「騎士の国なのに、どうしてですか?」

「魔法を使った相手との戦いを研究するために、魔法を研究しているんだ」

「興味深いです」

「何年かして町に溶け込んだら、寄ってみるといい」

「ええ」

 ドラゴンヘッド大陸の真ん中まで辿り着き、イオルクの頭の中にはノース・ドラゴンヘッドの地図が明確に浮かんでいた。見習い時代に派遣される戦場への距離を割り出すのに、この町をよく基準にしていたのだ。

「このペースで、あと十日ぐらいかな?」

「そんなに……」

「本来、二週間以上掛かるよ」

「……泣き言は言えませんよね」

「ああ。俺は無償で付き合ってんだから」

「す、すみません」

 笑っているイオルクを見て、ニーナは、この状況を作り出してしまった自分に、何故、笑って返してくれるのか少し不思議だった。

 イオルクの笑顔に誘われるように、ニーナは、今まで聞かなかった疑問を問い掛ける。

「イオルク……。どうして、貴方は、私を助けてくれたのですか?」

 イオルクは静かに答えを返す。

「どうしてだろうね……。死なせちゃいけないと思ったからかな」

「見ず知らずの人間を?」

「見ず知らずでも、悪い人には見えなかったよ。赤ん坊を守って、必死な顔してる人間は弱い立場の人間だろうから。逆に登場が傲慢で追う立場の人間だったら助けないよ」

「そういうことを聞いているのではないのですけど……」

「ん?」

 ニーナは視線を少し下に向ける。

「あれだけの状況です。助けるのも命懸けでした。話す余裕の出来た、今だから分かることですが、見捨てられても文句は言えなかった……」

 イオルクは理由を考えると、それは過去に繋がっている気がした。

「騎士をやってたからかな……。多くの命を奪った分、多くの命を失いたくないんだと思う」

「だから、命も懸けるし、見返りも要らないのですか?」

「う~ん……」

 考え込んでしまったイオルクを見て、ニーナは微笑んだ。

 出会った男は、何も考えず――つまり、自然に当たり前のこととして弱い立場の者を助けてくれただけだった。

「国を離れても騎士でいらしたのですね」

「え? うん、そうかな? まあ、本職は鍛冶屋になっちゃったけどね」

「鍛冶屋?」

「外に出て鍛冶の技術を身につけてきたんだ」

「……変わっていますね?」

「よく言われるよ」

 イオルクはリュックサックから地図を取り出して広げる。距離感は分かっても地形の詳細が思い出せない。確認した結果、ここの近くの川を最後に暫く水源がなさそうだった。

「水を確保するために川に寄る。そこで休憩しよう」

「はい」

 イオルクはニーナの背におんぶされた赤ん坊の頬を突っつく。

「しかし、この子は気丈だな?」

「ノエリアは、いい子ですよ」

「本当だ。お母さんのために泣かないみたいだ」

 ニーナは赤ん坊を愛おしそうに優しく抱きしめる。

「多くは望みません。この子に、ただ普通の人生を歩ませてあげたい」

 イオルクは頷いて、腰に手を当てる。

「ったく……。ゴタゴタは、ドラゴンレッグの戦いだけにして貰いたいもんだよな。それ以外に争ってる場合じゃないだろうに」

「ええ。皆、ただ平穏に暮らせるだけでいいのです」

「同感だ」

 その後、イオルク達は止めていた足を動かし、川に着くと本格的な休憩に入った。水を補給したり、食事をしたり、赤ん坊の世話をしたり……。

 イオルクと王妃達の逃避行は続いた。

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